待ち焦がれていてついにNetflixで公開されたので…今は語り合うことの出来ない愛しい人をバーチャル空間上に再現する”ワンダーランド”というサービスに、むしろ苦悩することになる人々を描いて絶品抒情SF…「ワンダーランド」

 

美貌の中国人バイ・リーの独白から物語は始まる…”私は世界を飛び回るファンドマネージャーだった。今は幼い娘と老母と韓国に暮らしている。そして考古学者となった今の自分には幼い娘が知らないのと同じく≪自分が死んだ≫という自覚はない…” そんなバーチャル空間上のバイ・リーを”ワンダーランド”運営者ヘリと後輩エンジニアのヒョンスが見守っている。空港でバイ・リーは中東行きの飛行機を待っているが、二枚目ソンジュンが声をかけてくる。バイ・リーは、発掘で3か月ほど家を空けるんだ、と言って飛行機に乗り込んで行く。現地に着いたバイ・リーは家にビデオ電話をかける。幼い娘バイ・ジアは砂漠や駱駝の様子に大喜びだが、傍では祖母ファランが心配そうに孫を見守る…宇宙ステーションではテジュが美しい地球を見下ろしている。ベッドで眠りこけるチョンインは鳴り響く携帯の音にもなかなか目覚めない。何とか携帯を開くとテジュが”起きろ、フライトに遅れるぞ”とハッパをかける。今日はバルセロナ行きのフライトで彼女はCAだ。宇宙にいるテジュとスクリーン越しに話して過ごす時間が彼女の生きがいなのだ。仕事帰りにチョンインは病院に寄る。そこにはあのテジュが何本もの管につながれて横たわっている。大事故による回復する望みのない昏睡状態で、宇宙のテジュは”ワンダーランド”のバーチャル人格なのだ…ヘリとヒョンスの新しい顧客は孫チングを亡くして苦しむ老婆だ。ロンドンで演劇を勉強している、という設定で”ワンダーランド”に申し込んできたのだ。ヘリがヒョンスと昼飯を食べているとヘリの母親から電話が入る。恋人はいないのか、と責める母親の言葉に、ヒョンスは割って入って恋人のフリをする。そしてそのヘリの両親もバーチャル人格なのだ…こうして様々な人々がバーチャル人格に関わり、癒され、苦しみ、さらには、そのバーチャル人格自身も様々な思いに翻弄されていくことになるのだ…

 

監督は圧巻の五つ星「家族の誕生」「レイト・オータム」のキム・テヨン、今は考古学者としてバーチャル空間に生きるバイ・リー(白李)に、監督とは「レイト・オータム」をきっかけに結婚・出産した美貌の演技派タン・ウェイ、昏睡する恋人テジュとバーチャル空間上のテジュの間で呻吟するCAチョンインに、五つ星「建築学概論」以来大注目<miss A>出身ペ・スジ、そのテジュに、「ソボク」でも難解な不死クローン人間を演じて圧巻パク・ポゴム、”ワンダーランド”を運営するヘリに、「家族の誕生」など圧倒的な演技を見せるチョン・ユミ、ヘリを慕う後輩エンジニアのヒョンスに、「パラサイト」など屈折した爽やか系チェ・ウシク、バイ・リーの母親ファランに、香港の有名女優だというニーナ・パウ(Nina Paw)、孫を亡くして苦しむ老婆ソン・ジョンナンに、お馴染みお母さん女優ソン・ビョンスク、亡くなった孫チングに、子役出身演技派タン・ジュンサン、死期を前に自ら”ワンダーランド”に申し込むヨンシクに、いまだにチェ・ミョンスの方がしっくりくる今回は軽めのチェ・ムソン。特別出演では、謎の二枚目ソンジュンに、キム・ユミとは4回目の共演二枚目演技派コン・ユ、ヒョンスの母親に、ベテラン美熟女キム・ソンニョン。

 

観る前は監督と主演女優の印象から「レイト・オータム」っぽい雰囲気を想像していました、全然違ってむしろコン・ユ、パク・ポゴム共演の「ソボク」のような生死を巡る哲学的抒情SFといった方が近いと思われます。余りの出来栄えに思わず原作を探しましたが”原案”としてキム・テヨン監督らの名前があるのでオリジナル作品ということなのでしょうが、驚くほどの完成度でしょう。基本的な軸は、幼い娘への愛着に苦悶する考古学者であるバーチャル人格と、バーチャル人格と実人格を相手に苦悩するCAの二人の物語が中心になりますが、そこへ、新たな顧客である老婆と死期間近に控える軽妙中年男の話を織り込み、さらに、”ワンダーランド”運営者とエンジニアも絡めて、見事な群像劇的SF譚に仕上げているという感じです。そして絵が圧倒的に美しいといえるでしょう。灼熱砂漠の発掘現場と宇宙ステーションという非現実的な背景を、生臭くも人間臭い現実社会と巧みにカットバックして展開する絵作りはかなり癖になってしまう浮揚感をもたらしてくれます。そして役者が良い。勿論、化粧気の少ないヒロイン、タン・ウェイとスジ、難解な二役を操るパク・ポゴム、ちょっとカリスマ的なチョン・ユミの四人が主に物語を引っ張るわけですが、どちらかといえば軽めオアシス的チェ・ウシクとチェ・ミンスが要所要所で緊張をほぐしてくれ良い仕事をしていると思います。

 

画期的なテーマ設定というよりは伝統的SF命題の範疇に入るでしょうから、本格SFファンには物足りない思いが残るような気はしますが、群像劇的物語構成、見事な映像美、演技陣の見目麗しい熱演、三拍子揃って五つ星以外は考えられないと思います。期待以上の出来栄えです。

 

楽曲について。宇宙ステーションを舞台にパク・ポゴムとスジがウクレレ伴奏で幻想的にデュエットするのは、聴いた時は気づきませんでしたが、J.S.バッハ”G線上のアリア”(BWV1068から)を編曲したもののようです。