"100選"はもう一回お休みして、近々公開されるパク・ソンウンの作品なので…とある地方都市で、密輸麻薬と金を巡る外道群像による陰謀・暴力戦を緻密に描くバイオレンス・ノワールの秀作…「THE WILD 修羅の拳」 (더 와일드:야수들의 전쟁(ザ・ワイルド:野獣たちの戦争))

 

海辺の地方都市。ソン・ウチョルが刑務所から7年ぶりに出所してくる。出迎えるのはかつてのボス、カン・ドシク社長とウチョルの後任カン・ユンジェ室長、若いヤクザ見習いヒョンテだ。ドシクはデコレーションした豆腐で出所を祝う。帰路の車でドシクは仕事に復帰するよう言うがウチョルは静かに暮らしたいと答える。ウチョルたちは海鮮屋で杯を交わすが、ドシクの携帯に非常事態だと連絡が入る。後の世話を若いヒョンテに任せドシクは先に店を出る。ヒョンテとしこたま飲んだウチョルはあるホテルの部屋に案内される。ウチョルが部屋に入ると待っていたのはボミと名乗るコールガールだ。そんな気のないウチョルだが、ボミの手首に多数の切り傷を見てかつての自分を思い出す。地下賭博拳闘場のボクサーだったウチョルはある試合で相手を殴り殺し8年の実刑を食らい、相手の母親や弟になじられ自らも手首を切ったことがあるのだ。一方のドシクが呼ばれていったホテルの浴室には手錠につながれ血まみれの女がぐったりしている。ドシクのシマのコールガールで、女をいたぶった客は薬中で狂った刑事チョ・ジョンゴンだ。ドシクは何とかその場を取り繕うが、この刑事はドシクの麻薬密輸・売買の後援者でドシクといえど逆らえないのだ。一方沿岸では漁船が海中から荷物を引き上げている。脱北者リ・ガクスは荷物を切り裂き密輸麻薬の品質を確かめる…こうして、元地下拳闘選手、裏社会を仕切る地元のボス、薬中狂犬刑事、北朝鮮からの麻薬密輸屋、コールガールたちによる凄まじい騙し合い・殺し合いの幕が開いたのだ…

 

元地下拳闘選手ソン・ウチョルに、最近出ずっぱりパク・ソンウン、地元の夜を仕切るカン・ドシクに、お馴染み脇役オ・デファン、脱北者の麻薬密輸屋リ・ガクスに、#MeeToo禍から立ち直りつつある超のつく名優オ・ダルス、コールガールのボミに、TVで売り出し中らしく映画デビューのソ・ジヘ(有名な方のソ・ジヘとは別人)、薬中狂犬刑事チョ・ジョンゴンに、「おひとりさま族」などの本来は二枚目チュ・ソクテ、ウンチェの付き人若い衆ヒョンテに、殆ど映画デビューの二枚目ソ・ジフ、新任室長カン・ユンジェに、脇役で見た筈のチョン・スギョ、ボミらのコールガール館”Blanc Noir"の元締ハン・マダムに、公開前に亡くなったという(故)ヨンス。

 

見始めた時は、いくら売れっ子のパク・ソンウンといえども”拳”で物語を引っ張る肉体派は似合いそうもない、と感じたわけですが、実は彼の存在感は全く別次元で発揮されることになり、後に見事なキャスティングだと思うことになります。とにかくこの脚本は秀逸です。最近流行りのアクション・ノワールみたいにドギツくド派手なファイト・殺戮・チェイスシーンは余りないわけで、それでも物語を圧倒的サスペンスフルに展開する「ありふれた悪事」「国際捜査!」の監督キム・ボンハンら製作陣の腕前はハンパじゃありません。”出だし”で書いた五人を中心に、カン新任室長、付き人若い衆ヒョンテ、コールガール元締ハン・マダム、さらにはウチョルが殺したボクサーの弟など、総勢9人が、それぞれストーリーを左右する鍵になるような役割で、騙し合い、謀り合い、殺し合う物語は一瞬たりとも目が離せない緊張感の速射砲といった感じになっています。そこにパク・ソンウンと美貌ソ・ジヘによる絶妙の距離感での男女の機微が加わるので尚更です。巧い脚本・演出だと思います。

 

日本語サイトでも”バイオレンス・ノワール”というキャッチを使ってますが、個人的には、相当にインテリジェント(知的)でインスティンクティブ(本能的)な群像劇といった印象を持ちます。勿論題材は麻薬と金なのでダーティー極まりないわけですが、9人の登場人物による欲まみれの行動や関係性は実に良く練られていると思えてなりません。もしご覧になるとしたら、今誰が誰を裏切り、今誰と誰が組んでいる、といったことをしっかり見極めながら観ることが楽しむ秘訣かもしれません。結構疲れますが…