ラ・ミランが時代に押し潰される庶民妻を演じて圧巻、1987年という韓国の暗部を描く衝撃作…「ありふれた悪事」

 

翌年にオリンピック開催を控えながら、金剛山ダム問題(*後述)や民主化運動に揺れるチョン・ドゥファン政権末期1987年ソウル。清涼里(チョンニャンニ)警察署では、カン・ソンジン刑事が民主化運動参加の大勢の学生を拘束してきて、警察署内は大混乱だ。署に住みついた白い犬に吠えられ、カン刑事はバカ犬と言い返す。当時警察は韓国全国に渡り発生していた連続殺人事件を血眼で捜査していて、カン刑事は、別件捜査の過程で血のついたジーパンをクリーニング屋に預けた小男キム・テスンを逮捕する。そんな時、カン刑事は、南営洞(ナミョンドン)にある国家安全企画部に着任した103対共操作室室長チェ・ギュナムに呼び出され、連続殺人事件の資料を渡される。被害者17人の悲惨な事件だ。それは暗にキム・テスンを犯人にでっち上げろという圧力だ。こうして、カン刑事は、陰惨な国家権力の闇に取り込まれていく…

 

清涼里(チョンニャンニ)警察カン・ソンジン刑事に、主演映画連発の芸達者ソン・ヒョンジュ、冷酷無慈悲な国家安全企画部103対共操作室室長チェ・ギュナムに、この役はファンにとってショックだったろうと想像される売れっ子チャン・ヒョク、カン刑事のベトナム戦友で自由日報記者チュ・ジェジンに、本来なら絶妙のお笑いを提供してくれるはずのキム・サンホ、犯人にでっち上げられるキム・テソンに、小悪党が巧いチョ・ダルファン、カン刑事の新入りバディ、パク・トンギュ刑事に、イケメン、チ・スンヒョン、チュ記者の同僚記者パク・ソニに、キュートなオ・ヨナ、美貌の妓生(キーセン)に、美形チェ・ユンソ。特別出演では、カン刑事の聾唖の妻チョンスクに、大好きなラ・ミラン、チェ室長の上司シン次長に、お馴染みチョン・マンシク、国家安全企画部長に、渋いソン・ビョンホ。

 

重めのクライム・サスペンスくらいの感覚で観始めましたが、その安易な姿勢は間もなく粉々に砕かれます。結局は、"反共"といえばどんな権力の暴虐もまかり通った時代、ビル群からトイレットペーパーが降り注ぐ民主化運動6・10デモに向けての悲劇のスパイラルを描くものなので、事前に呼吸を整えておく必要があったのでしょう。とにかく役者が凄い。ソン・ヒョンジュとキム・サンホは序盤、いつもながらの軽やかなやりとりを見せたりするんですが、決して騙されてはいけません。俳優への眼差しが一変するほどの熱演です。

 

どうしても同じ年を描いた五つ星「1987 ある闘いの真実」と比べてしまいますが、登場人物の幅・奥行きがやや小さいこと、序盤と終盤の落差がやや大きいことなどから、僅かに及ばないという感じです。しかし、映画人の作品にかける熱情が劣るとは決して思わないので、腹を据えて多くの観客に観て頂きたい作品であることに違いはありません。但し、カッコいいチャン・ヒョクがお目当てならば、考え直した方が良いでしょう。それと、拷問が苦手な方も…

 

しつこく邦題についてですが、原題「普通の人」は、極めて重要なシーンでのキム・サンホの台詞から取られていて、ロバート・レッドフォードの名作と重なるとしても是非とも邦題に残して欲しかった、と思います。

 

楽曲についてのメモ。冒頭のアングラ・フォークっぽいのは韓国最後のヒッピーといわれるハン・デス(한대수)「幸せの国で(행복의 나라로)」、ソン・ヒョンジュが豪華な料亭でカラオケするのは、チェ・ホン(최헌)「桐の葉(오동잎)」。

 

*金剛山(クムガンサン)ダムについてですが、物語の前年1986年に北朝鮮が着工したダムで、ソウルにつながる漢江(ハンガン)の上流、38度線のすぐ北側にあります。つまり、人為的もしくは老朽化で決壊した場合、韓国に多大な損害を与えるとして問題になったものです。その後、38度線のすぐ南側に韓国が同水量の”平和のダム”を建設し、その危険は除去されたとのことです。つまり、この物語の背景である南北対立の象徴として描かれているんだと思われます。