勢い余ってシン・ヘソン主演作品をもう一本…格闘技の達人であることを隠して教育実習生として赴任すると、その学校は一人の極悪生徒が暴力で支配する地獄だった、ってな痛々しくも痛快な格闘技ファンタジー(補足後述)の傑作…「勇敢な市民」

 

ソウル、”2023年校内暴力防止優秀高”の横断幕を掲げるムヨン高校。そこへ爆音を響かす白いポルシェが横付けし、降り立った生徒に取り巻き連中が駆け寄る。生徒はハン・スガン、父検察幹部、伯父警察署長、継母弁護士という家系を笠に着て今日も陰湿で残酷な暴力をくり返している。最近のターゲットは祖母が細々とキンパブを売るジニョンだ。自分が屈辱を我慢しないと魔の手は祖母に向かうのだ。彼らの悪行は秘密裏に行われているのではない。今日も放送室で滅多打ちにされるジニョンのうめき声がスガンの笑い声と共に全校に流れていて、教師も生徒も聞かないふりだ。そんな学校で、ブリッコスマイルを振りまき、どんな雑用もこなす新入り教育実習生がいる。名前はソ・シミン(”小市民”と同音異字)、30歳で、頭の中は正規教員への採用のことで一杯だ。先輩教員は学校で起きる悪いことには、見ざる聞かざる、を貫けと教える。しかし、彼女がかつての女子ボクシング国家代表次点で、テコンドー、柔術にも長けていることは誰も知らない。そんな彼女は、スガンがジニョンにゴミ袋を被せて暴行する場面に出くわしてしまう。表立って邪魔できないシミンは廊下での出会い頭事故を装い何とかジニョンを助け出す。こうして、正規教員採用と正義との間で揺れ動くシミンの過酷な日々が始まるのだ…

 

格闘技の達人で正規教員を夢見る教育実習生ソ・シミン(”小市民”と同音異字)に、シン・ヘソン、有力な親を持ちムヨン高校を暴力で支配する絶対権力生徒ハン・スガンに、ボーイズグループ<U-KISS>のメンバーで「モラルセンス」からイメージ一新の二枚目イ・ジュニョン、貧しいキンパブ売りの祖母を狼藉から守るため凄まじい苛めに耐えるイケメン生徒コ・ジニョンに、「20世紀のキミ」主演イケメンの一人パク・チョンウ、シミンの父親で彼女の元ボクサー指導者ソ・ヨンテクに、演技派脇役パク・ヒョックォン、シミンに見て見ぬふりが大事と説く先輩女教師イ・ジェギョンに、端役では見てるらしいヨム・ヘランに芸風の似た巧いベテラン女優チャ・チョンファ、ジニョンのキンパブ売りの貧しい祖母には、90年代から活躍する名女優ソン・スク。

 

観始めてすぐ気づきますが、これは漫画が原作だ…その通りでエンドクレジットによれば、キム・ジョンヒョン作家のウェブ漫画「勇敢な市民」が原作として掲げられています。正規教員採用と正義の間でフラフラ揺れ動く美人教師は格闘技達人ですし、悪のボスは劇画でしか会えない極端な悪逆人ですし、典型的な物語展開だと思われます。特に序盤から中盤にかけては余りに在り来たりで、さらに悪いことには激しいファイトシーンではシン・ヘソンは間抜けな猫の仮面を被っていてボディ・ダブル使い放題(ちょっと後で補足)、シン・ヘソンは良いんだけどなぁ、ってな感じでどんどん時間が過ぎていきます。ところが終盤奇跡が起きます。ラスボスとの格闘技決戦の出来が余りに”美しい”からです。”迫力”でも”巧い”でもなく仮面を脱ぎ捨てたシン・ヘソンのファイト・シーンは血まみれ、傷だらけ、ボロボロでも、ともかく美しい。女性のファイトシーンは五つ星「パンチレディ」ト・ジウォンが最高だと思ってましたが、かなり微妙になったかもしれません。

 

映画は脚本・演出・役者のバランスだと常日頃いってますが、そんなのはどこ吹く風、美しいファイトシーンだけで充分に五つ星の価値があるでしょう。そして五つ星をさらに確信させるのが、”KSTYLE"に掲載されたシン・ヘソンのインタビュー記事です(2023年10月19日)。”トレーニングの過酷さ”とか”仮面でのファイトシーンでも上半身を中心に自分で演じさせてもらった”という話も好きですが、決め手は「私たちの映画は社会的な告発のためのものではありません。ファンタジー映画だと思うので、代理満足、代理体験をさせてくれるような作品だと受け止めてほしいです」との言葉です。何かと正義漢・インテリぶって社会派を気取る連中が多い中、この潔い女優魂もまた五つ星に値すると感じます。良い映画、だとは思いませんが、思い切り好きな映画、でその意味での五つ星です。