もう一本キュートな働き盛り女流監督が描く女性への応援歌を…人生どん詰まり独身女性31歳チャヨンが”走ること”に出会って変わっていく、或いは、変わらない景色を描いて秀作…「アワ・ボディ」

 

31歳チャヨンは公務員試験塾で難しい経済学と格闘している。来週に2次試験を控えた日、いつものように恋人がやって来て愛を交わした後、彼は合鍵を置き”公務員は無理でも、人間らしく生きろよ”と言い残して去っていく。彼女の部屋は長い階段坂の先にあるが、気力も体力も底を突くチャヨンは坂の途中で腰を下ろし、買った缶ビールを飲もうとする。その時一本の缶ビールが階段を転げ始める。その行方を目で追うチャヨンだが、下から軽やかに階段を駆け上がってくるランニングスーツ姿の女性が缶ビールを拾い上げチャヨンに手渡す。驚くほど汗が美しく輝く女性だ。翌日チャヨンが目覚めるともう午後で中学生の妹ファヨンがいる。母親から”散らかり放題の姉の部屋を片付ける”よう言われたらしい。チャヨンも片付け始めるが、何枚もの作文や学業の表彰状が出てくる。チャヨンは有名大出の才媛なのだ。実家に帰ったチャヨンは母親に”公務員試験はもう受けない”と宣言する。教頭を務める教育者の母親は呆れかえる。夜遅く帰るチャヨンだが、近くの公園でまたあの”走る女性”を見かける。若い男を二人引き連れて颯爽と走る姿はやはり美しい。部屋にたどり着いたチャヨンは靴箱を漁り、古いランニング・シューズを引っ張り出す。こうしてチャヨンの”走る”ことと向き合う日々が始まる…

 

公務員試験に疲れ果てた31歳独身女性チャヨンに、「サヨナラの伝え方」「ただ悪より救いたまえ」などの個性派美形チェ・ヒソ、颯爽と”走る女性”ヒョンジュに、超C級低予算アクションのくせに妙に記憶に残る「スレイト」主演の美形アン・ジヘ、教育者のチャヨンの母親に、「ひかり探して」「82年生まれ、キム・ジヨン」などのベテラン女優キム・ジョンヨン、チャヨンの妹の中学生ファヨンに、「サバハ」「ハード・ヒット」では主演を食いそうな名演を見せる子役出身イ・ジェイン、チャヨンに仕事を紹介する中学校時代の友人ミンジに、端役では見た筈のノ・スサンナ。

 

これまたハン・ガラムというキュートな女流監督作品で、さらにクレジット・トップ5人を女優が占める”微妙な意味”で女性応援歌だといえるでしょう。とはいえ、決して”走ること”が実人生を豊かにする、という単純な構図ではない、一筋縄ではいかない語り口なので注意が必要でしょう。確かに、走るシーンは圧倒的に美しいと思います。まず師匠であるヒョンジュを演じるアン・ジヘが、あの間抜けな「スレイト」の主演女優か、と思わせる哲学的で美しいランナーを演じていますし、ヒロイン、チェ・ヒソもヨタヨタと始めながら次第に輝いていく姿は圧巻だと思います。ついでにいえば、二人のランニングコースは漢江沿いのコースなんですが、街頭に照らされる下町の路地だったり、カラフルな照明に輝く漢江の夜景だったり、朝焼けが美しい未明だったり、その背景だけでも陶然となる絵作りになっています。しかし、”走ること”で肉体は輝いていくチャヨンの実人生ですが、仕事、家族関係、仲間関係、恋愛(というより男関係か)いずれも曖昧模糊として、むしろ彼女にとって難しいものになっていく、という独特のアイロニーを示す語り口が、それはそれで映画的奥行きを深めていると思います。良く考えると、チャヨンを囲む、師匠、母、妹、友人の四人はチャヨンを心から応援する味方なんですが、だからといって人生が素直に前に進むと限らない、というのが切ないところです。

 

エンディングの”その後”を考えさせられる類の映画なので、くっきりした結末を望む観客には幾分しんどい映画かもしれませんが、チェ・ヒソとアン・ジヘの走る姿だけでも十分に”生きる希望”を感じる観客も多いかもしれません。女性の人生を独特の遠近感で描く美しい映画だと思います。