韓国映画界をけん引し続けてきた重鎮中の重鎮ミョン・ゲナムことトン・バンウに敬意をこめて、実にシュールな連作不条理コメディの秀作…「なまず」

 

かつて修道院だったマリア病院405号室X線検査室(X-Ray室)。女放射線士はボーイフレンドのX線写真を撮っている。「みんなX-Ray室が好きです」…モニターの中では、ボーフレンドの両手の骨がハート型、親指と人差し指の骨もハート型を描いている。病院の食堂は不味(マズ)いので、昼休みには誰もいなくなる。X-Ray室では、二人がイケナいことを始めようとするが、その時、スイッチが押されイケナいX線写真が撮られる。「マギー 地球を救う魚」…翌日、玄関前のマリア像にはそのイケナい写真が飾られ、「X-Ray室」の室名札には「SE」の文字が落書きで付け加えられている。看護師のヨ・ユニョンはその写真を持ち帰り、一緒に暮らす恋人ソンウォンと、写真を自分たちの体と見比べている。二人にも思い当たることがあるのだ。結局、自分たちの写真だと結論付け(なまずの声は『違うよ』と言ってくれてるのだが…)、ユニョンは恥ずかしさのあまり退職届(辞職書)を書く。「最後の出勤カード」…翌日ユニョンが出勤するが、誰も出勤していない。唯一出勤してるのは副院長のイ・ギョンジン整形外科医だ。二人は分担して休んでいるスタッフたちに電話をかけるが、みんな病気だと返事する。全員本当に病気なのか、それとも、全員写真に心当たりがあるのか…

 

マリア病院の看護師ヨ・ユニョンに、「春の夢」原付少女からどんどんメジャーになっていくイ・ジュヨン、副院長イ・ギョンジンに、アカデミーを含む四大映画祭個人賞受賞四人の一人天才ムン・ソリ、ユニョンの恋人ソンウォンに、本作の製作・脚本・プロデューサーに名を連ねる才人俳優ク・ギョファン、なまず(声)に、「ハン・ゴンジュ」を筆頭にミステリーな魅力一杯のチョン・ウヒ、冒頭の放射線士に、怪しさ満点パク・キョンヘ、入院患者でなまずの父親を名乗る男に、『冬ソナ』以来のファン、クォン・ヘヒョ、同部屋入院患者に、「息もできない」などの名女優キム・コッピ、同じく入院患者に、敬愛するミョン・ゲナムことトン・バンウ。

 

大阪アジア映画祭で公開され好評、7月29日からは順次全国公開される予定で、その公式HPには「半径0.5mの近距離恋愛群像劇」とのキャッチがあります。個人的には、ミスリード(misleadでもあり misreadでもある)ちゃうかな、「再入社」「殺人未遂だって」「ソンヨンの元カノ ジヨンさん」とか十ほどのタイトルからなる連作不条理コメディちゃうかな、って感じです。テーマも、これも観る人で全然違うでしょうが、恋愛というより、「信じる」「疑う」のすれ違いみたいなもののように見えます。いずれにしろ、この映画のホンワカでシュールな雰囲気を表現する能力はないので、個々人で確認するしかないでしょう。それにしても、イ・ジュヨンの魅力は半端じゃありません。最近NHK『恋せぬ二人』で大ファンになった岸井ゆきのに似て、重苦しい台詞のサラサラ、ドライな語り口は癖になります。

 

食虫植物、ロールスロイスのエンブレム、シンクホール(陥没穴)、シーソー…笑える、というよりは苦笑の連続ですが、楽しい時間を過ごせたのは紛れもない事実です。一方、これで映画と呼べるか、と怒る顔も想像に難くないので、充分に深慮遠謀されてください。

 

公式HPの監督インタビューでも語られ、劇中でも何度か登場する言葉について。「私たちが穴に落ちた時、私たちがやるべきことは穴を掘り進むことではない。そこから抜け出すことだ(우리가 구덩이에 빠졌을 때, 우리가 해야 할 일은 더 구덩이를 파는 것이 아니라 그곳에서 얼른 빠져나오는 일이다.) 」(訳は公式HPより)。これは、 クレジットによれば、文化ウェブジン(ウェブ雑誌)「チャンネルyes」4月号カバーストーリーから詩人リュ・シファ(류시화)の言葉のようです。今でも、全文読めたりします。

 

楽曲について。タイトルバックで流れるのは、Hank「Dark Country」、ソンウォンが失くした指輪を捜す時の曲は、Birds of Paradise「Maxine」。ウエスタンな響きが心地よいロックです。