イメージ 1

 

「ヘウンデ」に戻って、イ・ミンギつながりで、リリカルな青春旅物語「おいしいマン」。

ロック・シンガーのヒョンソクは、バイト先の「音痴のためのカラオケ教室」で、元ファンだったという変なバツイチ女チェヨンと知り合うが、耳と音感に変調を覚え、バンドの音や自分の声がちゃんと聞き取れないことに苛立ち、作曲も滞っていた彼は、とある思いを胸に、流氷まつりの近づく紋別へと旅立つ。紋別空港に降り立ったヒョンソクは、派手な服装にデカサンをかけためぐみが煙草の火を借りにきたことがきっかけで、彼女の民宿に泊まることになる。言葉もろくに通じない、お互いに名前も知らない、二人の奇妙な日々が始まるが…

ヒョンソクに、TV出身ながら「ロマンチックアイランド」「ヘウンデ」「10億」と主演級の映画出演が続くイ・ミンギ、めぐみに、「ジョゼと虎と魚たち」の名演で韓国でも絶大な人気を誇る池脇千鶴、チェヨンに、「家族の誕生」「よいではないか」などアート色の強い作品で魅力を発揮しつつ最近ではエンタ系にも活躍を広げるキュートな個性派チョン・ユミ。特別出演では、”音痴のためのカラオケ教室”社長に、ともかく大好きなパク・チョルミン、ヒョンソクの音楽プロデューサーに、やはり大好きな年数本の出演を欠かさない名脇役チョ・ヒボンの顔が見えます。

クリオネ、流氷まつり、砕氷船ガリンコ号、流氷展望台など、いかにも観光地巡り風の素材に溢れていながら、実にリリカルな仕上がりになっていると思います。何処か心に傷や空洞を持った主人公たちの淡々とした出会いと日常を描いただけの作品ですが、役者と演出がピタリとはまって、見事な余韻を残します。イ・ミンギも熱唱を聞かせてくれたり名演ですが、池脇千鶴とチョン・ユミが絶品。池脇千鶴は、デカサンで顔を隠し、いつも煙草をふかし、捨て台詞を忘れない、人なつっこい世捨て人のようで、その醸しだす哀愁と愛嬌はさすがですし、チョン・ユミの演じる、おばさんパーマで、サンマを頭からかぶり、白飯を肴に爆弾酒をあおる何処か哀しく破天荒なバツイチ女も、魅力一杯でしょう。


演出も心地よく、基本的にはディスコミュニケーションが映画の重要な背景なんですが、通じない言葉の代わりに、流氷を砕く音、吹きすさぶ風の音、ロックや演歌や軽快なBGM、などなどの音や音楽、白いご飯、卵かけご飯、熊の肉、などなどの食べ物、これらが、言葉では作り得ない独特の関係性を、ほわほわと生み出しているように感じられます。さらに、好き嫌いは分かれるかもしれませんが、観客の想像力をちゃんと信じる監督の話法も、また、美しい余韻に大きく寄与しているような気がします。

結局、主人公たちが、何かを見つけられたのか否か、何かに癒されたのか否か、頭ではよく分からないながら、映画自体は厳寒の2月を描いているにも関わらず、後もう少しで春だなぁ、みたいな後味を残してくれる好編だと思います。最近DVDも出ているので、気楽な気持ちで試してみるのもありかと思います。それにしても池脇千鶴の巧いこと。正統派美人ではありませんが、見ている内に次第次第にしかも幾何級数的に惹かれていくのは、美貌が売りの女優には絶対できない魔法のようです。彼女のファンには見逃せない一本でしょう。

ちなみに、イ・ミンギがカラオケ教室で教材として使った演歌は、最近リバイバルヒットした1998年のキム・ソンミン「サイダーのような女」です。