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中央園芸のブログ

(株)中央園芸の庭づくりの様子や、日々の出来事

 こんばんは、押田です。10月18日(土)、19日(日)、心地よい秋晴れの中、第3回全国造園技能競技大会が京都府立植物園で行われました。

 この大会は、同じ材料、1日半という制限時間の中で、12㎡の庭づくりの技とアイデアを競う大会です。

全国から16チームが参加、造園連埼玉県支部青年部からも、作庭志稲田の稲田裕佳さんと、庭照苑の羽鳥照久さんの2人がチームを組んで参加しました。



18日、土曜日、これから、どんなものができるか?

といったところの埼玉チームの区画、11番。














今回は私の造園仲間も何人か出場しました。

ガーデンコンテストの常連、

東京からGREEN ARTの木下さん。


いつもは陽気な木下さんですが、競技中は基本的に参加者と話ができません。

外から声援を送ります。












こちらも東京、庭作の龍崎さん。

今回は造園連青年部からの参加。

作業に没頭している様子です。













しかしながら、同業者の仕事ぶりが見られる場もそうはありません。

どんな風に石を置くのか、どのように仕上げていくのか、

とても興味深いものです。

こちらは地元京都、「雅流」チーム。

地元だけあって並々ならぬ気迫を感じます。











時間が経つにつれ、我が埼玉県支部青年部チームもだんだんと形が見えてきました。















埼玉チームは10年来の友人である、稲田さんと羽鳥さんです。

まだ30代の若い二人です。


作業中はもちろん重機を使えません。

結構な大きさの石も2人で力を合わせて運んでいきます。


造園業界では石を動かしたり、運ぶことも技術の一つといわれます。







夕方5時、1日目の作業が終了。

各チームの進行状況はバラバラですが、明日の半日で完成を目指します。


この日の夜、埼玉から駆けつけた応援部隊10人を交え埼玉チームの激励会を行ないましたが、明日の作業が残っているため、早々に切り上げました。











翌、19日も快晴でした。2日間とも最高の天候でした。

残り時間も少なくなる中、各チームとも懸命の作業です。


和歌山県、くすのきとかぜチーム。


石の使い方一つをとってみても、立てたり寝かせたり、埋めてみたり、傾けてみたり・・とそれぞれのチームの個性が出てきます。








全国青年部チーム。東京の龍崎さんとチームを組んだ長野の荻原高志さん。

昨年4月、埼玉県深谷市で臥龍垣の講習をしていただいた荻原博行氏の息子さんです。


竹を割り、細くさばいていく技術は、見ていても飽きません。

得意の臥龍垣も創作的な形で今回披露しています。


大宮盆栽レストランの工事の際に自分も経験しましたが、竹を細く細く割いていくことは本当に難しいことです。

手際の良い仕事ぶりに、多くのギャラリーが感心しておりました。






女性の参加者も目立ちました。16チーム32人中、女性は4名。

滋賀県から参加のLake Hopeチーム。唯一の女性2人のチームです。


石積みの本場、滋賀県らしく見事な石積みと竹穂を使った独創的な垣根。

これからの造園業界は女性が活躍する時代です。








京都、雅流チーム。

こちらも京都らしい石の使い方を感じます。


それぞれの地域の個性が垣間見えるのもとても興味深いものでした。













日曜日ということもあり、京都植物園は多くのギャラリーで賑わいました。


東京、木下さんのチームも完成が見えてきました。












埼玉チームも作業が進みます。

初日に竹と丸太で作られた「縁側」がはこびこまれました。















埼玉チームの紹介図です。

チーム名は「稲と鳥の魂」です。私が考えました。

最初はチーム「空っ風」という案もありましたが・・。


稲田さんの稲と羽鳥さんの鳥から付けたチーム名です。

稲と鳥(本当はあと太陽が入ります)は日本の文化の原点を象徴するものといわれてます。


稲と鳥はとても相性が良いことや、日本文化の原点を尊重する意味でのチーム名であります。


そして、タイトルは「縁側の物語」です。














手前味噌になりますが、このコンセプトがとてもいいんです。

おじいさんと孫との縁側での穏やかなひと時を表現しています。

とても何気ない文章ですが、稲田さん、羽鳥さんの庭への強い思いや信念を感じました。

是非読んでみてください。









これを見たのは大会の1週間前。

「ようやく形になった」ということで、稲田さんの自宅に何人かで激励に訪れました。これが10月11日午後6時半。


設計は数ヶ月前に提出していますが、実際につくりながらアイデアが湧き、変化していくのが造園家というものです。

自分で設計したものでも、もっと良くならないかと試行錯誤しながら完成までには徐々に変化していきます。


埼玉チームも設計段階よりも進化し、作業量がかなり増えたようです。

制限時間が1日半という時間の中でこれだけのものを作るのは正直大変かな、と感じました。しかし、きれいに仕上げることができれば上位入賞も夢ではない、と思いました。


そんな作品を見た後、稲田宅の和室で、コンセプトの文章を皆で読みました。

普段も一緒に仕事をされている稲田さんの奥さんとも初めてお会いしました。


今回、稲田さんの両親と3人の子供を連れて奥さんも京都へ応援に行くということをこの時知りました。

「こういう機会もなかなかないから・・。」

おじいさんやおばあさんが孫たちと旅行をするなんてそう何度もあることではありません。

今回の競技大会への参加は稲田家にとって、とても大きなものだったように思います。


そういえば自分も両親と自分の子供を連れて旅行なんて行ってないなぁ~

稲田家の和室、縁側越しに見える見事な庭園を眺めながらとても感慨深くなってしまいました・・。

今回の作品はつくりものではない、とてもリアルな「縁側の物語」でした。



埼玉チームもいよいよ完成間近。

稲田さんの家族もお昼頃、植物園に到着しました。


2日ぶりに見るパパに子供たちが歓声を上げました。

「何とか完成してくれ~」

作業量が多いため、時間がギリギリになりそうです。

応援部隊も祈るような気持ちで2人の作業を見つめます。


苔を張り、最後の仕上げに入る埼玉チーム。








残り時間もあとわずか。もう時間がありません。

見学者がアドバイスや話をすることは禁止なので、見ている方もハラハラドキドキでした。


残り5分、手水鉢に水が入っていません。

「早く、水、水!」と応援部隊も心の中で叫びます。











午後1時、制限時間終了の合図が流れます。


稲と鳥の魂、「縁側の物語」なんとか完成しました!




縁側を手前に配置、部屋の中から庭を眺める構成の作品です。

縁側の上には、秋明菊の苔玉がひとつ。

心憎い演出です。









石積みや流れ、揚げ簾戸、レンガ積みなど、様々な要素を取り入れ、見ていても飽きない作品です。


竹でつくった2つの湯呑がそれぞれの「縁側の物語」を演出しています。

もう少し時間が欲しかったところですが、とてもよくできたと思います。本当にお疲れ様でした。










今回の全国造園技能競技大会の金賞は、龍崎さん、荻原さんの青年部「KURO髭」チームの「湧くワクする庭」でした。


荻原さんのつくる、創作的臥龍垣の高さや角度が絶妙です。











龍崎さんのつくった延べ段や流れ、築山のひとつひとつにもしっかりとした技術の高さを感じます。


東京と長野という2人の距離を超えて、とてもバランス良く仕上がった作品でした。

金賞おめでとうございました!














銀賞と人気投票の1位が地元京都、雅流チーム、「大地との調和」という作品。

モミジ、石、竹、瓦、苔とシンプルで大胆な構成。

とても京都らしさを感じる作品です。












銅賞は山口県長州志士の「在り来たり」。

どこを見ても粗のない完璧な仕上がり。














水辺に竹でつくったカニが・・。

演出も多彩です。














香川県まんでがんチーム「足あと」。

美しい石積み。

土塀の壁面に秋明菊がとても映えていました。
















東京、和、「静寂の庭」。木下さんの庭。

これも良かった。

瓦屋根のある土塀。作ったばかりなのにとても「古さ」を感じました。












大分から「無想の庭」。

大胆な竹穂の垣根から見える景色が素晴らしい。


皆が同じ材料を使うことから、各チーム様々なアイデアを絞っての作品となっています。











京都からもうひとチームの京、「嵯峨野」。

こちらも京都らしさを感じる作品。入賞しました。















大阪府茨木市から「山裾に見える音」。

入賞はしませんでしたが、計算され尽くした見事な作品。














入賞した、佐賀県吉野ヶ里チーム。

細かく石を並べた延べ段がすごい!


竹でつくったベンチも一般の方からとても好評だったようです。




















2日間の作業を終えた参加者。

昨日とは違い、皆がとても清々しい顔に見えます。

1日半の戦いを終え、一般の方からも、惜しみない拍手が送られました。


本当にレベルの高い大会でした。

今回埼玉チームは残念ながら入賞を逃しました。

ここに参加したという満足感とともに、もっと我々が練習をサポートできれば・・と悔しさも滲みます。

昨年、自社で日比谷のガーデンショーに参加した時とは全然違った感覚です。


 各地域のブロック代表ということもあり、地域を背負っての大会、まさに団体戦でした。

埼玉県支部からも12名が応援に駆けつけました。どのチームも数ヶ月前から準備してきた「本気」の戦いを久しぶりに見ました。

 全国から集まった各チームの見事な仕事ぶりを見れるというものは、自分にとってとても勉強になるものでした。

仕事への情熱、本気さ、庭への強い思い・・。

自分も忘れかけていた熱いものを思い出すような今回の京都旅行でした。


完成した庭園は11月3日まで公開しているそうです。




































こんにちは、押田です。昨日、東京都国立市へ行ってまいりました。



 国立駅に降りたときに、なんか違うなぁと思いました。


ここに来るのはかれこれ20年ぶりくらいになりますが、

そういえば国立駅は赤い三角形の駅舎だったと思います。


調べてみると、中央線の高架化に伴って解体されたそう。


どのような駅になるのかよくわかりませんが、画一的で殺風景な駅舎だけはやめてほしいと願います。

見た人が、「国立らしい」と思えるような駅になればと思います。





国立といえば「大学通り」です。

私も大学時代、野球サークルの試合で、一橋大学を何度か訪れたことがありました。

そのとき私は小田急線沿いに住んでいましたので、谷保駅から大学通りを歩いたのを思い出します。


それから、私は忌野清志郎のファンです。

高校時代からRCサクセションを毎日のように聞いていましたが、RCの初期の曲で「ぼくの自転車のうしろに乗りなよ」という曲があります。

この曲は、「国立」、「南口」、「一橋」、「大学通り」という歌詞が出てきます。

また、僕も大好きな名曲「多摩蘭坂」も国立にあります。清志郎もこの街をとても大切に思っていたことと思います。

清志郎ファンにとって国立はいわば「聖地」のようなものであります。

ちなみに忌野清志郎は日野高校出身です。




そんな国立に「さくら通り」という、大学通りと交差する通りがあります。

その名のとおり、開花時には見事な桜のトンネルとなる、桜の名所であります。


このさくら通りの改修工事が現在、問題になっています。


事の発端は、2011年この通りの桜の木が強風で倒れたことから始まりました。

樹齢47年、幅90cmの植樹帯で大木化した桜をどうするかということで、国立市が動きました。

http://www.google.com/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=2&cad=rja&uact=8&ved=0CCUQFjAB&url=http%3A%2F%2Fwww.tachikawaonline.jp%2Flocal%2Fsakura%2F5_kunitachi.htm&ei=Pkw8VN-ZM4zn8AXSvYKYAQ&usg=AFQjCNEmXt1Ksh45aCTgDoHiaiIzI2aT6A



そして、この通りは4車線あった道路を2車線にし、自転車道や歩道を整備、老朽化した桜を伐採し、新たに植え替えるということになりました。

しかしながら、開花前の桜の伐採を見た市民が

「桜がかわいそう!」と異議を唱え

「待った」がかかりました。


「くにたちさくらネット」さんの主催で、10月12日、

みんなで話そう!さくら通りの桜ののこと、

というイベントが行われました。


会場へ向かうまで、実際にこのさくら通りの桜の木を見て回りました。

 「桜のトンネル」だったこの通りの桜も、だいぶ樹勢が衰えている様子がわかります。

この地域に住む住民も、年々悪くなっていると口を揃えます。









あまり適切でない剪定も見受けられました。
























当初の計画では、183本のうち、91本を伐採して植え替えるというものでした。

しかし、計画の見直しということで、街路樹精密診断が行われ、「C判定(不健全)」とされた桜と交通安全上やむを得ず植え替えが必要な桜についてのみ植え替えることになりました。規模を縮小したというわけであります。


この日、国立に10年住んでいたという造園技師、NPO法人杜の会、副理事長の矢野智徳さんもトークゲストとして招かれました。







先日行った北杜市の五風十雨農場も矢野さんが「大地の再生講座」を何度か行っています。


最近、千葉の高田造園さんも矢野さんの自然農法や大地の考え方にもの凄く共感していて、本日も高田さんに誘われての参加であります。


矢野さんは以前、マンション建設に伴った、大学通りのコナラの移植工事のことを淡々と話し始めました。


大きなコナラをなんとか残して欲しいと、移植工事を始めましたが、3.5m掘ったところに硬盤層が現れてしまいました。

試しに水を溜めてみると、水が抜けません。水はけが悪いということは、植物にとって良いはずはありません。水が抜けるように処置をしたかったところでしたが、工事期間が2日しかなかったことから諦め、そのまま工事を進め、移植工事を工期内に終わらせました。

その後、何度となく矢野さんはコナラの様子を見に行きました。表土から穴を開け、空気や水が通るように処置をしたり、なんとか命を繋いで欲しいと面倒を見ていきましたが、新芽を吹いては萎れ、吹いては萎れを繰り返し、ついには力尽きてしまいました。


話は変わりますが、同じく東京都の青梅市で今年4月、大規模な梅の木の伐採が行われました。

http://www.asahi.com/articles/photo/AS20140402004572.html


梅の病気の感染を防ぐため、感染木だけでなく、周りのすべての木も伐採されたということであります。

梅の名所で、全ての公園の梅の木が伐採されました。本当にこれで良かったのでしょうか。


矢野さんや高田さんの話を聞いていると、やはり土壌の元環境が大切だといわれます。

その土地がどのような地形なのか、どのような土壌なのか、空気や水の流れはどうなのか?

その原因を突き止め、整備、改善してやらない限り、同じ悲劇は再び繰り返す。


矢野さんは「キャッチボール」という言葉を多く使いました。

樹勢を落とした木に対し、一気に改善するのではなく、少し改善しては様子をみて、その後の調子を見てはまた処置を行う。お金をかけて一気にやるものでもなく、ゆっくり時間をかけて木と対話しながら行うことが大切だと。



このイベントでは、矢野さんなどのお話の後は、4~5人のグループで分かれ、桜の現状や今後のことについて話し合いました。

私も全国の街路樹を何とかしたいという気持ちが強いので、実際に街路樹を剪定している業者側から少し意見を述べさせていただきました。

しかしながら、今日の矢野さんの話や高田さんの話を聞いていると、まだまだ勉強不足であることを実感します。

この2人は次元が違うところにいます。


木に害虫が付いたから、消毒をするとか、樹勢が落ちたからといって肥料を撒くなどというレベルの話ではありません。

現在木がどういう状態かを的確に読み取り、適切な処置をし、そこから見える木のシグナルを再び感じ取る。

本当に樹木と対話ができないと、一時的な処置になってしまい、永続的、持続的な緑化はできません。



この日数十人が集まりましたが、(20~30名くらいでしょうか)植木屋は自分と高田さんのみ。ほとんどは国立市民でした。
高田さんの存在もほとんどの方は知ることなく、自身のお客さんと樹木との心温まるエピソードを披露する高田さんです。


立ち退きを迫られ、アパートに引っ越すことが決まりながらも、家にある樹木を移植したという話。

2階の窓に伸びてくるコナラの枝を大切にしていた女の子の話・・

「この男はいったい何者なのだ?」

ほんの数分でしたが、皆が話に引き込まれました。




4車線を2車線にして、歩道が整備され、自転車道もできた、第一工区。

とても貧相になった桜が目立ちます。

せっかくのさくら通りも道路整備が優先していることが残念です。

47年という桜の年齢は都市の街路樹としては老齢かもしれませんが、青森 弘前公園のソメイヨシノは樹齢100年を越すものが300本以上もあります。

適切な管理技術も重要ですが、やはり植樹帯が90cmというところは樹木にとって致命的です。

しかし、この工事の際、植樹帯の幅を広げることもできたのではないでしょうか。




植え替えられた「神代曙」ジンダイアケボノという種類の桜。

夏の日射で葉が焼けていました。


大木化し、老齢化した樹木をどうするか、ここ国立だけでなく、全国的に問題になっています。

こんな場所に植えたから・・

もっと違う樹種なら・・

と嘆いていても始まりません。

今あるものをどうやったら生かしていけるかを考える必要があります。せっかく半世紀も生きてきた桜を簡単に切ってしまっても良いものでしょうか。

少しでも元気に長生きして欲しいと思います。


矢野さんがこの通りの改善方法をお話されました。

大雨のときに泥水が流れる。この泥水が地中に浸透することにより、硬盤層を余計に詰まらせているという。

泥水ではなく、綺麗な水を地中に浸透させることにより、この停滞している層を改善することができる。

そして、いつしかこの硬盤層をも溶かしていくことができる。

そのためには、埃をたてて草を地際まで刈るのではなく、風になびく程度まで伸ばすこと。表土を腐葉土やチップ等で覆うこと。

矢野さんの行っている自然農法にも共通しているやり方です。

これは今までの街路樹管理の考え方にはなかったものです。今までの常識を覆す必要があります。

しかし、道路にある樹木を付属物のような扱いをするのではなく、我々と同じ「命」があると思えばそれほど難しく考えることはないのかもしれません。

命を優先する方法はいくらでもあると思います。


しかしながら緑を思う国立市民の情熱には頭が下がります。

矢野さんも言われていましたが、国立は樹木を大切に思う気持ちが市民に浸透している地域です。

全てを伐採してしまった青梅市のようなやり方ではなく、街路樹と人々とが共存できる新しいやり方を自分も考えていきたいと思います。

そして、我々造園業者も弘前公園のさくらの剪定技術など、樹木にとって負担のかからない剪定技術をしっかりと勉強し、矢野さんや高田さんたちの樹木を的確に見れる目を養っていかなければなりません。


この街路樹問題は、行政、市民、業者が一体とならないとなかなかうまくいきません。

しかし国立市は緑を大切に思う市民が多くいらっしゃいました。これはとてもすごいことです。

街路樹の問題について、すごく可能性を感じた昨日のイベントでありました。





こんばんは、押田です。10月9日、10日再び山梨県北杜市に行ってきました。


8月に塩野谷博山先生の個展に行って以来の北杜市です。

その時に行った「八ヶ岳倶楽部」にどうしてももう一度行きたくて、今回は最初に訪れました。


相変わらず雰囲気の最高な八ヶ岳倶楽部です。










店内はストーブが焚かれ、屋外でも焚き火であります。

標高が高いだけあって、埼玉とは気温が違います。


すでに紅葉も始まっているようでしたが、最盛期にはまだ早かったようです。











今回の旅の目的は、五風十雨農場です。

8月の時は、お昼どきに突然お邪魔してしまいました。


千葉の高田造園設計事務所の高田さんに

「是非一緒に」

ということで何度か誘われていましたが、今回は都合がつき、

「ダーチャサポート」の会議に初めて参加させていただきました。


「ダーチャ」とは、ロシアの菜園付き週末別荘のことをいいます。

自然の中で、自然と共に暮らす、人間らしい生き方。

自然農法で安心、安全な野菜や米をつくり健康的に暮らす。

住まいは土地を新しく開発してつくる従来の「別荘」ではなく、土地を壊すことなく、地形を生かす。

地元の木材を使い家を建てたり、薪を採ったり・・。

昔の里山の生活は森林を人々が上手に使うことによって、自然環境や景観を維持してきました。

そんなスタイルを復活させ、いまでは機能しなくなった環境をも蘇らせていく・・。


このプロジェクトを立ち上げた人たちの様々な思いが一つ一つ今、形になろうとしています。





五風十雨農場の近隣の原野などを皆で見て回りました。


以前は田んぼだったところも、現在はその原型がわからないほど荒れています。

以前はクヌギやコナラ、赤松などの雑木林だったところはササに覆われて、中に入れません。


以前、「里山」と言われた地域のほとんどは現在、このような状況ではないでしょうか。

私も大震災以降、「何かしなくては」と思い立ち、「里山」を再生させることが、日本の再生になると考え始めました。


その後、この「ダーチャサポート」の考え方や活動と思いが重なり、ここに参加することになりました。


高田さんも自分もこのような荒れ果てた土地を切り開くのではなく、生かしてこそ価値があると感じています。



近くに赤松の林がありました。「あの赤松を使って家を建てても面白い」

この日、高田さんと一緒に来ていたベテラン大工さんも、「地の木材を使って家を建てるのが一番いい」と言い切ります。「地産地消」。

近くにはいわゆる「別荘」が立ち並びます。

価格が安いからとここに外材で高級別荘を建てるほど、矛盾するものはありません。

自然の摂理を無視した人間の行為は必ずしっぺ返しを食います。








以前のブログにも書きましたが、ここ八ヶ岳南麓は縄文時代の遺跡が多くあるところです。

その時代は日本の中心だったともいわれています。


四方を美しい山々に囲まれたこの地がこのダーチャサポート第1号地として現在計画が進行しています。











しかしながら、現在の里山暮らしは「獣害」による農作物の被害が絶えません。

この五風十雨農場の田んぼも1枚はイノシシにやられてしまったようです。

農場主の向山さんも「わははのハハハ」といつもの調子で笑っていますが、心中はとても残念な気持ちだったろうと察します。










しかし、先日心温まるエピソードが!

猿に向けたメッセージですが、見事にお猿さんたちはこの通りに実行してくれたとのこと。














この栗の木の下は確かに猿が食べた跡があるのですが、他の栗の木には猿は手を出していないようです。


人間が柵を作って食べ物を独り占めするのではなく、

「皆で生きていこう」と野生動物を受け入れることで、このような結果になったのか。

気持ちが伝わった向山さんは心の底からの

「わははのハハハ」であったと心中を察します。


こんな動物たちとのやりとりも、里山暮らしならではではないでしょうか。






また12月に会議を行うということですが、この地でダーチャサポートのモデルをつくり、その後は私も地元の埼玉で広めていければと考えております。


子供達とともに健康で安心、安全な暮らしをしたい。

美しい自然の中で自然に優しい暮らしをしたい、という方は本当に増えてきています。


現代の行き過ぎた利便性から脱却しなくては未来はありません。

過剰な利益の追求は自然を破壊していきます。


今こそ先人たちの考えや知恵を生かすときであります。


皆で決意を新たにし、秋晴れの10月10日となりました。












さて、今回は山梨に行くのに、秩父、雁坂トンネルを抜けて、山梨に入りました。


山梨からの帰り、多少時間があったので奥秩父を見てまわりました。


奥秩父、旧大滝村ですが、なんとも山が深い。

















山が深い!

富山の黒部峡谷も山が深かったが、

奥秩父も山が深い。


集落もない。送電線もない。

国道140号から見える景色ですが、とても感動的な風景でした。




















川は細い。

普段見慣れている荒川ですが、寄居や花園あたりの中流付近に比べると、さすがに源流に近いところの川は細い!(当たり前だが・・)


美しい流れです。




















 小さな橋から大きな石を発見。













石はでかい!
















奥秩父の集落といえば「栃本」集落です。

ここも初めてでした。

古民家がなんとも懐かしい雰囲気を醸し出しています。












傾斜地のため、石垣が多い、栃本集落。

おそらくその土地に出た石を積んでいます。
















一度来てみたかった栃本集落の全景。

人々が現在も普通に生活しています。


奥に見える道路が国道140号線。














奥秩父といえば「三峯神社」。

ここにも初めて寄りました。標高が1100m。

車で行けますが、ここの山も深い。

杉の背が高い!























樹齢800年の杉の木。

見事な三峯神社の拝殿。













とても立派な杉です。

こんなすごい神社が埼玉にあったことに感動です。
























直接杉の木に触れることができます。


これだけの樹齢を誇る木を触ると、何か感じるものがあります。とても神々しい気持ちにさせてくれます。


子供を連れてまた来たいと思いました。










奥秩父を後にし、最後は「寺坂の棚田」へ。

埼玉県最大の棚田として、最近有名になり、ここもいつか訪れたいと思っていた場所。

稲刈りもほぼ終わっていましたが、武甲山をバックにとても秩父らしいのどかな景観。


この棚田を守ろうと、地域の農家が「寺坂棚田学校」を平成13年に開設、現在は首都圏から60名を超える方々が参加しているという。

先代から受け継いできたものを生かし、守る。

とても大変なことですが、このような経験をしたい方が多くなってきたことはとても良い傾向だと感じます。


ダーチャの話に戻りますが、このような田んぼも人々が使ってこそのこの風景。

捨ててしまえばどこにでもある耕作放棄地。


先人たちの知恵を勉強し、知恵を絞り、廃れてしまった自分たちの身近にあるものを生かしていくことの大切さを感じた今回の旅でありました・・・。






















こんばんは、押田です。自分は普段、個人名でフェイスブックをやっていますが、今まで知り得なかった情報というのに出会うことが多くなりました。


普通にテレビや新聞、ラジオなどの情報とは違い、真実は何か、一般的なニュースの裏側や思惑が何なのか、ということを知ることが増えました。

最近は「内海 聡」さんの本を読んでいます。



内海さんは医者でありながら、「医学不要論」を訴えるという人物です。年齢も自分と同世代、現在4歳ほどの娘さんがいらっしゃるということです。

彼は結婚して、子供が出来たことで人生観が変わったと話しております。


私も、子供の誕生と東日本大震災が5日違いのほぼ同時期に訪れたことは、今までの人生観を大きく変貌させました。私の娘は現在3歳半。

今年の4月に長男が誕生しました。



内海さんの著書、「医者とおかんの社会毒」研究の内容がとても衝撃的です。





食品添加物のこと、遺伝子組み換え食品のこと、ワクチンのこと・・・。

今までの常識を大きく覆してくれます。


内海さんのフェイスブックでの投稿をたまに見てはいましたが、私の前回のブログ、「農薬について」の記事も元々は内海さんの投稿がきっかけでした。


この本を読むと、普段何気なく口にしていた食べ物が実はとても危険なものであったことがよくわかります。

私は昼食は安い牛丼チェーンやコンビニ弁当で済ませていたことが多いのですが、彼の投稿を読み、今ではほとんど口にしなくなりました。


内海さんのいう「社会毒」とは、人間社会が作り出した、本来の生物世界に反する物質の総称。

本来、人が食べたり使ったりしなかった物質、そしてそれが人体に悪影響をもたらす物質、といっております。

この「社会毒」があらゆる現代病の根源である、と彼は説いています。

人間が作り出したものが、人間を苦しめる、

考えてみれば不思議なことですが、「利権」というもののために、人間の健康や未来を捨ててきてしまったことは明らかであります。




そんな中、10月4日、私の娘の保育所での初めての体育祭がおこなわれました。

私も妻からビデオ撮影と「場所取り」を命じられ、開始時間の前に唯一の木陰であったキンモクセイの下を陣取りました。


41歳にして初めての娘の体育祭。自分もこの地元の保育所に通っていました。とても懐かしい。

小さな子供たちが集まって、一生懸命に体を動かしている光景を見るだけでなぜか涙腺が緩みます。






純真無垢な子供たちの心、子を思う親の気持ちはおそらく昔から変わらないのだろうと思います。


自らを汚していく「社会毒」から子供たちを守ること、教育していくことの大切さを最近強く思います。


子供の好きな食べものは体に悪いものばかりであります。


企業は売れるもの、利益の出るものを作っています。(全ての企業ではありませんが・・。)

それが体に良かろうが悪かろうが関係ありません。


虫食いの野菜ではありませんが、人々の健康を害するものが売れない時代になれば、企業も考え方を変えることになると思います。我々消費者の意識を変えることが子供たちを救います。

それには現状を知ることが必要です。このブログを読んでくださってる方々にも是非この本を読んで、現代の社会毒の実態というのを把握しほしいと思います。(私は内海さんの知り合いではありませんが・・。)




昨日の仕事終わり、植木の圃場の一角に、野菜の種を蒔きました。先日から千葉の高田さんが実践されている「自然農」を参考にしています。


はっきり言って、野菜作りは全くの素人です。

このブログやフェイスブックで知り合いになった広島の下村さんから自家採種された種を分けていただき、ようやく昨日種まきとなりました。


自分の体は自分で守らなければいけない時代になりました。

いつ大地震が来るかもわかりません。

いつ戦争になるかもわかりません。


私も自身で無農薬の野菜作りを経験し、庭づくりの際にお客さんに提案できなくては、と考えております。


これからは一般の家庭においても自給自足のできる態勢を少しでも整えたほうがよいと感じています。

放射能はどうにもなりませんが、せめて薬漬けではない食べ物を子供たちに食べさせてあげたいと思います。


自然の摂理に逆らってはいけません。

不自然なものづくりは排除する時代を望みます。


こんばんは、押田です。朝晩がとても涼しくなってきました。

例年よりも秋が訪れるのが早い気がしますが、あまり暑いのは体が堪えます。



9月14日、自宅前の数本のコナラも真夏を乗り切りったようで、とても心地良さそうにみえます。

木々の間から見える澄み切った青空は秋を感じさせます。


私はこの雑木の庭をつくるようになってから、庭への消毒をやめました。











毛虫の嫌いな方は、見ないほうが良いと思いますが・・・。


今年はヤマザクラに「モンクロシャチホコ」という毛虫が9月上旬から現在も、発生しています。

木の下に糞が落ちているのですぐわかります。

この毛虫、この時期に年1回発生します。

しかし触ると痛いとか、かゆいとかの毒はないそうで、ただ黙々と葉を食べています。

見た目が黒くて少しエグイです。


ネットで「モンクロシャチホコ」と検索すると、

「食べた」、とか「おいしかった」などと出てきます。

どうやらこの毛虫、旨いらしい。

桜の葉を食べるので、桜の香りがするらしい・・。

茹でたり、炒めたり、揚げたり・・。

自分は勇気が足りないので、まだ試していないが、今後、この時期に食糧難になったときはこれを食べて飢えを凌ごうと思います。我が家は無農薬なので安心です。





千葉の高田造園流の雑木の庭は基本的に樹木に消毒はしません。

自然環境を戻すことが目的のひとつでもあるので、害虫だけでなく益虫など、全てを駆除してしまう消毒は自然環境に良いはずはありません。

自分のところは玄関前にある株立ちのヤマザクラ以外は今年も害虫を見かけませんでした。

元々桜は毛虫が付きやすい樹種ですが、土壌や根の状態に何か原因があるということでしょう。

ちなみに他のヤマザクラは虫は発生していません。



3年前だったら、DDVPとかデプテッレックスなどの消毒をしたと思います。

これらの消毒は有機リン系の農薬に分類されます。植木屋さんが使用する消毒はこの種類のものが多いと思います。しかし、この農薬の仲間が、あの「サリン」ということであります。


数年前まで、私は民間のマンションの植栽管理を数十棟やっておりました。

春先の消毒から始まり、梅雨時期、夏場、秋と1棟につき年間4回ほどの樹木消毒を行っていました。

しかも、住民に不安を与えないようにと、マスクの着用をせずに消毒を行っていました。

今考えると本当に恐ろしいことです。


有機リン系農薬が人体に良くないということが言われるようになり(当たり前のことだが)、新しく登場したのが、「ネオニコチノイド系」の農薬です。

これは、幅広い害虫に効果があり、人への毒性が比較的弱い(らしい)ということと、残効性があるということで、現在では稲作や果樹、野菜農家などとても重宝されている農薬です。




 しかし、このネオニコチノイド系の農薬が急激に生態系を破壊しているということが指摘されています。

この農薬は作物に吸収させて、その作物を食べる虫を殺す、という農薬ですが、無味、無臭であります。

作物内部に浸透し、1~2ヶ月で分解するということだが、農家としても農薬を使う回数が少なくなるので、日本の様々な作物で使用されています。


しかし、気になるデータがあり、例えばりんごの農薬使用基準が、EU諸国では0.1ppmに対し、アメリカが1.2ppm、日本は5ppm。EUの50倍の農薬を使用しているということになります。

イチゴもEUの50倍、一番ひどいのが茶で、EUが0.1ppmに対し、日本は500倍の50ppmということであります。

ミツバチの急激な減少がこのネオニコチノイド系の農薬が原因ではないかと、世界ではこの農薬の使用を禁止している国もあるそうです。そういえば、田んぼの畦を歩いても生き物の気配が全くありません。




農薬漬けの野菜は見た目のきれいさだけで、ほとんど栄養がないといいます。

うちの母親は畑で野菜を作っていますが、普通に露地で作れば虫が付かない訳がありません。


自宅横の水路は現在ブラックバスとザリガニが生息しています。私が小学校くらいまでは自然の小川でしたが・・。



農家の人が昔言っていたことを思い出しました。

「うちは、スーパーに出す野菜と、うちで食べる野菜は別だよ」

「だって、虫食いの野菜じゃあ売れないからね、」












我が家でも秋の味覚、栗が落ち始めました。やはり無農薬です。

たまに虫食いの実もありますが、それをはじけばいいだけのこと。

先日食べたぶどうが甘すぎることに驚きました。

果樹はいかに糖度をあげるかが売り上げを左右するのだと思いますが、やはり消費者の意識を変えないと本当にマズイですね。

野菜にしても、果樹にしても、多少キズがあっても安全、安心なものが売れる時代になってほしいものです。






連休を利用して、会社の圃場を整理していました。


1年半が経ち、剪定枝のストックが良質な土壌に変化してきました。

天然!埼玉産!安心!安全!の土壌です。

1年半かけて資源が循環しました!とてもうれしい出来事でした。










土壌改良には竹炭が最高です。

竹炭も少しずつ、生産しています。


せめて自分の仕事だけは、見せかけでない本当に良いものを提供したいと思います。

結局のところ犠牲者は子供たちです。

今年の4月に生まれた長男が年老いた頃はどんな日本になっているのでしょうか。とても想像できません。


持続可能、永続的なものを自分の仕事だけでも追求し、提案していかなくてはなりません。