50,000人の写真展。 | 5番の日記~日々好日編~

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気の向いた時に気の向いた事を勝手に書いています。
よってテーマは剛柔バラバラです。

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私、関西一円に密かに工作員を放っておりまして、その工作員からちょくちょく、情報が寄せられます。


…あ、正確には、いかにも私が食いつきそうなネタを見つけた友人が、「こんなのやってるよ」とか、「こんな面白看板、見つけたよ」とか知らせてくれるんですけどね。



先日寄せられた情報がコレ(ありがとうございます)

グランフロント大阪の北館で、富士フイルム主催の『50,000人の写真展』が開催されてます…
というもの。

全国33会場で開催されている日本最大級の参加型写真展だそうです。

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日常を切り取ったスナップや、素人カメラマンの渾身の1枚などが、「お気に入りの1枚」部門、「平成の1枚」部門、「鉄道のある風景」部門、といったテーマでそれぞれ展示されています。


プロカメラマンが撮ると、撮られる側も無意識に身構えてしまいますが、そうではない力の抜けた自然な作品が多いですね。

13年にわたって開催されているそうで、「インスタグラム」部門があるのは時代でしょうか。


それでもやっぱり“狙って撮りました!”的なものがちょくちょく混じっておりますね(笑)
演出してたり。

そういうのはすぐにわかります。



写真に限らず、表現というのは、「どう」表現するか?、の技巧ではなく、絶対に、「何を」表現するか?、だと思っています。

技巧に走りたいなら、いくらでも便利なフィルターがありますから、それを使えば誰にでもまるでCGみたいな曲芸写真が撮れますが、そういうのって実はあまり感動しないんです。



それより、「何」を撮るのかが大事。

ここでいう「何」は、物理的に存在するものという意味もありますが、
「元気」を撮るんだ、とか、「躍動」を撮るんだ、とかいう「何」も含みます。


それを、ここに影入れて、こっちからライト当てて…とかの、「どう」撮るかを考えるのは違うんですよ。

全否定はしませんが、仕込んだ被写体、演出した被写体ってのは、何枚でも同じものが撮れますから。

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これは「狙って撮った」写真です(笑)
(すでにこのブログには何年か前に登場してます)

うまく撮れた!とは思ってますが、こういうのは「へえ~」だけで終わる写真。


それに対して、「たまたま撮れた」のがコレ。
↓↓↓↓↓

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これは単純に、偶然見た「綺麗」を撮りたかったんです。
この風景は、これより1分早くても1分遅くても、見る事はできません。
一期一会。

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↑↑↑↑↑
同じく、どれも一期一会の写真。

すべてこのブログにはすでに登場済みで、
すべてガラケーの写メです(笑)

私、カメラは一眼しか持ってませんので。
(あんな重たいモン、しょっちゅう持ち歩きませんから)



この富士フイルムの『50,000人の写真展』を見てますと(子供や猫・犬が多い)、やっぱり自然に写ったものの方が目を引きます。
プロ顔負けの写真も少なくないですが、「はいはい」と思うだけで。


子供は、最高の表情は気を許している相手、緊張のない場所でしか見せません。
スタジオアリスでヨソ行き着てライト当ててもダメなんです。


アマチュアにしか撮れない写真というものも、確かに存在します。


そう考えると、「インスタ映え」という流行りも絶対的な悪ではないようですね。