2019年度 娘の大学受験☆サポート日記←2016年度 中受☆父と息子の思い出作り二人歩記 -16ページ目

2019年度 娘の大学受験☆サポート日記←2016年度 中受☆父と息子の思い出作り二人歩記

サピックスに通っていた息子(2016年2月受験終了)との中受奮闘記⇒2016年3月以降は長女の大学受験に備え情報収集をネタにした徒然日記☆

なかなか美談にはなりません。一生懸命頑張ってくれたマロンですが、本人の熱望校とは縁がありませんでした。これまでの模試データがここにあります。



【早大学院】

(1)2015年10月17日 早稲アカ模試<6年生>
【偏差値】
4科目 55.4
国語 44.1
算数 59.7
社会 48.9
理科 61.4

順位は175名中50位

(2)2015年11月3日 サピックス学校別SO<6年生>
【偏差値】
4科目 53.7
算数 62.8
国語 44.6
理科 43.2
社会 50.3

順位は190人中65位

(3)2015年11月21日 早稲アカ模試<6年生>
【偏差値】
4科目 57.0
国語 40.5
算数 65.4
社会 50.5
理科 59.9

順位は186名中43位。


(4)2015年12月12日 早稲アカ模試<6年生>
【偏差値】
4科目 59.8
国語 59.4
算数 55.4
社会 50.9
理科 63.3

順位は178名中27位。


ダメということはなかったと思います。むしろ彼の普段の成績ではよく頑張っていたほうかなと。肝となる算数について、もともと思考系の算数は好きなほうなので、もう少し丁寧に物事を考え細かいミスがなくなれば善戦していたかもしれません。

でも、不合格でした。最後はあれだけ頑張ったのに、彼の努力と思いは結局実りませんでした。

今後の為にも敗因分析をしておきたいと思います。

考えられること
(1)当日の問題に対応できなかった。これまでの模試がたまたま良かった(実力不足)
(2)塾または志望校別特訓が特訓になっていなかった(対策不足)

もちろん他にもありますが、大きくはこの二点に集約されるかと。


(1)当日の問題に対応できなかった。これまでの模試がたまたま良かった(実力不足)

結果から逆算するとそういうことかなと思う。認めざるを得ない。何しろ本番で対応できなかったのだから。

過去問に関しても合格最低点数に達していたり、また足りなかったりしていたということは結局実力がない証拠。年度によってバラつきがあったということはすなわち、合格率パーセンテージなどアテにならないくらいグラついていたということだったんだなと反省しています。

あとマロンの結果から分かったのは、試験にはオールラウンドにカバーする基礎力が不可欠だったということ。つまり、学校別サピックスオープンや学校別模試の結果よりは、基礎力の判定であるマンスリーや組み分けなどの日々のテストや、六年生なってからは合格力判定サピックスオープンの結果のほうが指標になりやすかったということ。

そしてさらに、本番試験に入る一か月前までに前にどれだけ苦手項目を潰しておくことは大変重要でした。本人はようやく12月末から本格的にスイッチが入ったのですが、もうこの頃はゆっくり考える時間もなかったので、「これ捨て問、これも捨て問!」って言ってポイポイ捨てていましたから。。。

すでに手遅れだったかもしれません。これ親の誘導ミスです。中学以降は如何に自分から考えて行動できるようになるか、直接ではなく間接的にサポートしようと思います。

(2)志望校別特訓が実は特訓になっていなかった(対策不足)

栗しょこらには後悔があります。実は小規模なマロンの校舎のSS特訓に早大学院はありませんでした。プリントは主に早稲田中のもので、早大学院対策をすることはありませんでした。しかもクラスは早稲田・慶応の混合。隔週で早慶どちらかの国語と理科を解きます。算数に関しては早稲田中のもの。早大学院ではなかったです。また国語も早中対策用のもので、頻出と言われている明治大正の物語文を突き詰めるようなピンポイントものはありませんでした。SSに費やした時間は多かったので、できれば特化した対策に踏み切りたかった。これもこちらの判断ミスです。

校舎を出向いてでもSS対応してもらったほうが良かったかもしれない。結果としてもダメでも、特化した対策をしていれば「もしかしてなんとかなったんじゃないの?」という後戻りのできない疑念に苛まれることもないので。

一方で、選択肢はありました。それは当初の予定通り、志望校を早稲田中のまま、途中変更しなかったら良かったかもということ。マロンの模試成績について、こちらも決してダメではありませんでした。ただ、試験に対して弱気な栗しょこらは、見込みがないなら早々に見切りをつけなきゃと思っていました。何しろ二人目なので。もしそのまま志望校を変更しなければ、SS特訓に使った13回分×9時間=117時間、冬期講習、そして正月特訓で得た力をはすべて集約できたはず。同時に、志望校の変更に伴い追加された早大学院の過去問や問題傾向に振り回されることがなかったはず。また3日も早稲田中を目指すため、数百時間を集約することができたはず。

途中まででしたが、こちらは早稲田中の模試の結果です。

【早稲田中】

(1)2015年7月19日 早稲アカ模試<6年生>
【偏差値】
4科目 57.9
算数 51.5
国語 58.5
理科 62.5
社会 55.6

順位は355名中72位。

(1)2015年8月29日 早稲アカ模試<6年生>
4科目 53.5
国語 41.9
社会 40.7
理科 53.5
算数 64.3

順位は349名中130位

(3)2015年9月21日 サピックス学校別SO<6年生>
【偏差値】
4科目 55.4
算数 50.7
国語 67.4
理科 45.1
社会 48.6

順位は565人中162位。


 良いとは言えないが、もしかすると2月1日なら何とか土俵には残れていたかもしれない。10月に志望校を変えるという話を先生にしたとき、「このまま頑張ってみてはいかがですか?」と切り返されました。最終的には振り切ってしまいましたが。

 そもそも受かっていたかどうかと言われれば不合格の確率のほうが高かったと思います。ですが、大切なSS特訓での内容を志望校に向けてフルに使うことができなかったのは悔やまれます。というか参謀としてマロンに申し訳なさ過ぎる。

後悔先に立たず、ですね。敗因分析はこれで最後にします。

続きを整理して書き綴ります。


【2/3 13:00】
一本の電話が鳴った。これからまさに、試験会場から子供たちが出てくるというのに。

この間の悪さは、間違いなく魔魔(黒い講師風)だ。番号通知を確認するとやはりママだった。

栗しょこら「どうした?」(ひそひそと)
ママ「結果でたよ」
栗しょこら「うん、それで?」(ひそひそと)
ママ「無かった・・」
栗しょこら「そっそっか、分かった・・あとでかけるよ」(ひそひそと)

周りが保護者だらけで声も出せなかったが、叫びたくてうずうずしていた。「こんな間の悪い時に最悪の内容の電話をしてくるなんて。LINEでいいじゃん!」(心の中で叫ぶ)

一生懸命頑張ってきたのに報われなかったマロン。神様はいったいなぜ息子に試練を与えるのですか ?

もう少し落ち込みたかったけど、いよいよマロンが会場から出てくる。最良の声掛けをしてあげないといけない、心が挫けてしまう前に。でも結果報告に対してオブラードに包みたくはない。敗者は敗者。しっかり受け止めてほしい。


栗しょこら「お疲れさま。どう? 手応えはあった? 」
マロン「ううーん、無いことはないけど、ダメだと思う。」
栗しょこら「え、なんで? もう諦めちゃっているの?」
マロン「そう。実はさ・・・」
栗しょこら「どうした?」
マロン「社会になってから、早大学院受かっているかどうか気になっちゃってさ。。」
栗しょこら「???? 試験中にか?」
マロン「うん。」
栗しょこら「そっか、行きたかったんだな・・。でも」
マロン「えっ?」
栗しょこら「ダメだったよ、早大学院」
マロン「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。(1分間ほどして、)まぁ仕方ないか」
栗しょこら「うん、まだ戦いは続いている。落ち込むのは後回しにしよう」

校内の坂を下り門を出て、誘導係の方の指示に従い、いつもより一本奥の住宅街を通る道を、列になって戻りました。駅を越えて少し歩くとマロンの大好きなマクドナルドがあったので寄ろうかと提案したのですが、首を横に振ったのでそのまま家に帰ることにしました。


ということでこれまでの成績です
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1/8 函館ラサール(S偏差値 56) ×
1/20 市川学園 (S偏差値 52) ×
2/1 AM 早稲田高等学院(S偏差値 53) ×
2/1 PM 東京都市大付属中学(S偏差値 49) ◎
2/2 世田谷学園(S偏差値 48) ◎
2/3 浅野学園 (S偏差値 56) 未定
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マロンの熱望校はあっけなく散りました。
後半戦突入決定。今回の中学受験も順調とはいかないようです。

こういう運命なんだろうねしょぼん

でも、悲しいけど、悲しむのは後にしよう。


*2/3の黒い講師さんのブログ「中学受験をわらう」から 2016年2月3日版:保護者控室(待合室)のつぶやき。マロンの第一志望に振られ困惑の一日。書き込まれている方と心境は同じでした。



*当時のメモをもとに記憶を呼び起こしています。

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これまでの成績:
1/8 函館ラサール(S偏差値 56) ×
1/20 市川学園 (S偏差値 52) ×
2/1 AM 早稲田高等学院(S偏差値 53) 未
2/1 PM 東京都市大付属中学(S偏差値 49) ◎
2/2 世田谷学園(S偏差値 48) ◎
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【2/3 6:45】
自宅を出発。沿線から沿線への移動は結構面倒で、この日は少し早めに環七に出てタクシーを拾おうとするも朝のタクシーはなかなか掴まらない。天気は良かったが空気は冷たく風も吹いており、マロンに寒い思いをさせてしまった。
10分してようやく捕えたタクシーに乗って京浜東北線沿線の駅に行き新子安へ。都心から横浜方面の電車はこの時間でも快適だ。

浅野学園は栗しょこらの熱望校。ただしそれにしてはサピックスでも自宅でも特別な対策をするでもなく、ひたすら土特テキストで2/3校をカバーするのみ。

「果たしてこれで良いのかな? 足りているのかな? 」

心配は尽きない。でもいまさら心配しても仕方ない。

駅から学校まで徒歩で10分間。沢山の生徒さんが駆り出され寒い中コートを羽織ることなく交通整理をしてくれている。

「来年は整理する側に回ってくれたらいいなあ」。指示通り右端を二列に歩き、ゆっくりと地面にかかとを付けてとぼとぼ歩きながら会話を繰り返した。

マロン「何かさあ、やばいかも。」
栗しょこら「ん? 何がヤバいなんだ?」
マロン「校舎で見かける子が結構いるんだけど、アルファだらけだよ、あっちもこっちも」

~あとでマロンが教室の様子を教えてくれたのですが、会場の至るところに「開成クルトガ」を持っている子がいて、相当プレッシャーになってしまったそうです~

この動揺を押さえないと、何とかしないと。

栗しょこら「そっか。でも気にしない! なんてったって今日も天気が良いよ。天気はマロンの味方さ、だからイケるよ、多分!」
マロン「??? 説得力のかけらもないけど、まぁ頑張ってくるよ」

子供相手に気の利くようなアドリブができなかったことをどれだけ悔やんだことか。

マロンを会場まで見送った栗しょこらは、再び電車に乗り込み会社で数時間ほど仕事をした後、再び試験終了間際に新子安に戻ってくることにした。この時間の青い電車はぎっちぎちだった。


【2/3 12:30】
整理番号750番以上の生徒さんは中学棟を抜け本館前に待機。ざっと1000人近くの保護者の方と一緒に、12:45に試験が終わる子供たちを待っていた。