中学理科教師のつぶやき

中学理科教師のつぶやき

中学校理科教師として25年。ひとつの意見として、ここに私の日々考えたことを記録していきます。同業の方、現役生徒、現役親御さんとのネットでの交流もできるといいですね。

ご同業の方からコメントで質問相談をいただきましたので、回答させていただきます。

***ここから相談*********************************

こんにちは、いつも大変参考にさせてもらっています。
私はこの春に転勤をし、中学3年生の担任をしています。ただ指導方針をめぐって生徒から「去年はこうだった」「○○先生の方がよかった」といったことを言われ、「みんな先生のこと嫌いだよ」とも言われます。私の話は聞かない、注意してもおしゃべりが続くかと思えば、○○先生のときにはすぐに従います。毎日がストレスでたまりません。何かよい具体的な行動もしくは、考え方を変える方法がありましたらご教授ください。よろしくお願いします。

***相談ここまで************************************

コメント質問ありがとうございます。

私も経験があります。担任教師を敵視する学級。毎日、学校行くのが嫌になりますし、ストレスで吐きそうになりました。他の先生の言うことを聞いたり、わざわざ「嫌われている」とか「親も文句を言っている」などと言われて、それまで培ってきた教師としての自信も人間としても自信も貶められて苦しみました。

 

そんな時期に心がけたのは


①ともかく教育実践を真摯にやり通すこと

生徒は、素直でかわいいときもありますが、不満を持ってストレスを感じていると、そのはけ口を求めておかしなことをやり始めます。

先生に対して、「嫌われている」「○○先生の方が良かった」などと、言ってもしかたのない情報をあえて持ってくるのはその1つです。先生を動揺させて、自分の都合の良いようにルールや組織を振り回したいのかもしれません。そんなときは、自分が値踏みされてんなーと自覚しながら、どういう反応が理想とする姿なのか考えました。

私は、ときに感情的に、ときに冷静にいろいろなパターンで反応して、生徒のリアクションを見ましたが、結果として良かったのは、明るく前向きに受け流すのが後腐れがなくていいなと思いました。

「そんなこと言うなよ」とか「でも、○○だろう」といった否定や対決姿勢でいくと、生徒の仕掛けた権力闘争の舞台に自ら上がってしまうことになります。勝っても「先生はやっぱり支配的」負けると「情けない先生の話は聞くな」となってしまいます。生徒が感服するくらい良いことを言えたら良いのですが、なかなかね。

それより「まじ?気をつけよう。教えてくれてありがとう」とか「去年のやりかたがいいの?じゃあ任せるよ。○○時までに終わらせるのが目標ね」といった好意的協力的な姿勢でいきました。あくまでも、「私はあなたを信頼している、一緒に取り組もう、最終的には自分たちでできるようになるんだよ。それを援助するために私はいる」と言う姿勢を根っこに置いて働きかけをしたほうが楽しいからです。てっきり嫌な顔をすると思っていた先生が、へこたれず余裕かまして感謝までするので、生徒の方が意外な顔をするから面白い。生徒が、図らずも自主性を発揮してくれるから、それを見ているのが面白い。

それと同時に、授業の腕を上げるとか、指示の出し方を工夫するとか、準備をしっかりするとか教師として成長しなくちゃならないことを地道に努力して「俺がんばってんなあ」と自信が持てるようにしました。そうすることで、生徒の悪口や陰口、無視といった意地悪な攻撃に翻弄されないブレない自分を保持するよう努めていたのだと思います。頑張っているという確信、自信があると、自分の失敗や不手際についても素直に認めて謝ることができます。その姿勢を生徒に示すことも信頼関係を築くことの1つ、指導の1つと考えました。

教師の態度がブレないと、生徒は変なちょっかいをかけるのをやめます。つまらないからです。生徒の挑発に乗らず真摯に教育実践に向かう担任をないがしろにしていると、「悪い生徒」になってしまいます。どの生徒も「悪人」にはなりたくないので、怒ったり泣いたりする面白い反応がなければ、生徒は危険な教師いじりから手を引きます。生徒のいじりが続くのは、まだ自分が「みんなにとって無くてはならない良い先生」になりきれていないのです。本当にそうなるのは難しいけど、それっぽく「なりきる」のは、難しくないので挑戦した方が良いです。

②周りの先輩教師に相談すること

もうひとつは、周りの先輩教師に自分の苦しい状況や日々のエピソードを報告し相談していました。

これは、単純に弱音を吐いて力のある先輩に救ってもらうという受け身の姿勢ではありません。生徒の悪口を言って憂さ晴らしをしているのでもありません。組織的に指導にあたるためには、よい情報も悪い情報も組織で共有していなければならないからです。ですから、出来事事実と自分の気持ちは、分けて話しないといけません。

正直、自分のうまくいかない状況をまわりの先生に話するのは、自分のふがいなさを曝すようで嫌でした。しかし、状況がわかっていれば、まわりの先生もそれぞれの立場からフォローにまわってくれるのです。影で、担任を持ち上げるようなことを言ってくれるかも知れません。直接問題のある場面で、効果的なお説教をもらえるかもしれません。いずれにしても何にもわからないところに担当者でない先生が手を出し口を出すというのはあまり期待できません。良いアドバイスや先輩たちの経験を聞くこともできるかもしれません。あくまでも教師自身が楽になるために相談するのでなく、生徒に効果的な指導を行うための第1ステップとして相談するのです。

もちろん、職員室のメンバーによっては、何のフォローも期待できない場合もあります。それでも、何か大きな問題がおきたとき「なぜ、早く相談しなかった」と言われるのは担任ですから、まずは情報を共有するのがよろしいのです。

また、今の苦しい状況から逆転して楽しい学級を作り上げて見せつけてやりたいという野心もありました。誰もがさじを投げる状況からどこにも負けない信頼感と積極性をもった学級をつくる。そう考えるとわくわくしてきます。あとあと、あの立派な学級は、最初ひどかったんだよ。くす先生が苦労して指導したんだよ。と言われるためには、今の状況をみんなに知っていてもらう必要があります(笑)

私を拒否する学級は、いくつかありましたが、私は以上の2点を貫くことで指導しきってきました。卒業時、別れる生徒と話をしながら、「この生徒を罵ったり、脅迫したりして操作や支配をしなくてよかったな」と思うことを繰り返してきました。

卒業して成人した元教え子から、私の態度が一貫していたことを評価され意外に思いました。脅迫や支配をよしとしない私は、決して押しの強いキャラクターではないと自分で思っていたからです。でも、生徒の方から見ると、自分たちがどんな態度をとっても、同じ距離感と同じテンション、明るさで指導して変わらなかったのはくす先生だけだ。と言われたのです。

どんなに拒否され、逃げられ、あざ笑ったり、いじりを仕掛けてきても我関せず(ま、ときどき注意するけど)淡々と指導をあきらめなかったのが、そんな風に言われるとはびっくりですが、かなり嬉しかったです。

以上が、担任を拒否する学級で私が注意して実践してきたことです。

正直、人間は感情にアプローチされるのが一番ダメージを受けます。このダメージを自分なりに乗り越える術を身につけることができたら、最強なんだろうと思います。学校の生徒だけでなく、同僚や上司、保護者から精神攻撃(笑)を受けることもありますが、その場合でも上記2点の攻略法は王道ではないかと思っています。

質問から推察した状況について一般的な回答をいたしました。
個々のエピソードについての考え方や対処について、質問があればメッセージなどでお寄せください。

私の経験と考え方が参考になれば幸いです。

 

あ 最後にオススメ図書です。

 

人を動かす 新装版 人を動かす 新装版
1,400円
Amazon

 

 

まだ名古屋にいます 。

私にアドラーを教えてくれた北村さんのブログから。





アドラー心理学基礎講座のなかで、30年後の世界を話し合ってみましょう。というワークがありました。

私のグループでは、近代文明の負の側面によって、利己主義、物質主義、自然破壊、戦争危機などの心配もあるけど、正の注目をすれば、テクノロジーの発達によって生産性があがり、情報が共有化されリテラシーが浸透することによって、発達した民主主義が、世の中をコントロールするんじゃないかしら。と。食べ物や住まい、衣服や娯楽などが必要十分な量供給されれば、所有の概念が"私の"から"私達の"さらに"この世の"と広がっていくのではないかと。

ま、私は、そういう感覚がアドラーで言うところの"共同体感覚"であろうと考えているのですが、違ったら誰か教えてね。

子育てや教育、仕事に関しても、リソースや情報、リテラシーが十分に供給されれば、"私の"や"あなたの"から解放されて"私たちの"ひいては"この世の"(これじゃ、なんか人ごとに聞こえちゃうね😅)という感じで、行けるようになるかもしんないね。

ますます世の中は良くなるなあ。

2019年

 

私のアドラー心理学基礎講座の旅は
本日をもちましてひと区切りがつきました。

2017.12 パセージ

2018.  パセージプラス

2019.5 基礎講座応用編

2019.7 基礎講座理論編

日本アドラー心理学会の講座を
可能な限りのスピードでこなしながら

アドラー心理学の全貌は?
日本アドラー心理学会認定の資格者になれる?
アドラー心理学はどう使えるか?
アドラー心理学って自分はわかっているのか?
アドラー心理学をまわりに薦めるのってどうなの?
いや、まわりに薦めるって具体的にどうしたら良いの?

ってなことに答えを求めて参りました。

まあ、一言で言うなら
アドラー心理学は難しいんだなってことがわかりました。

アドラー心理学を元にした考えや手法を使って
悩みを解決し生き方を楽にできると言うことは
わかった。

でも、それを具体的に自分が実践するのは
なかなか難しい。簡単にはいかない。
自分がアドラー心理学の考え方を身につけ
手法を実践できるようになるまでは
悩むだろうし、苦労して生きることになるだろな。


でも、その先に確かな光があることは実感しています。

アドラー心理学は、理論と思想と技法でできていて
特にも理論と思想が大切で。
さらに思想を、腑に落とすことが簡単ではない。

競合的な世界で
競合的に生きてきて
競合的にやって成果を上げてきた自分にとって
この「競合的」と決別するのは
ま、簡単でないべな。

でも、意識することができたので
できるようになるまで続けるのみだな。

この意識するというのは
物事を学ぶ上で重要なことで
意識することができれば
9割は学習が終わったようなもの。

残りの1割を突破したときに
学会認定の有資格者になれるんだなと理解しました。

いままで習った技法も、くり返し身につけようっと。


まわりくどい分析を毎回するなあと思っていたけど
その意味、意義もわかったしね。

そして、アドラー心理学はどこで何に使えるか?
自分の悩みや生きづらさを解決する以外に
他の人に影響をおよぼすことができるだろうか?
学校を変えることはできるか?
教員養成にどう取り入れることができるか?

はははっは。
これは、全然わからない。そして、難しそうだ。

何しろ、理論ばかり、用語ばかり理解しても
思想が伴わなければ、いかなる技法を駆使しても
アドラー心理学ではなくなるんだもん。

思想を言葉で伝えることはできるかもしれないけど
それを採用してもらい、実践してもらえるかというと
自分自身が怪しいのに。ねえ。

だから、アドラー心理学を広めるとか、伝えるとか
そういうことは、当面言わないことにします。
アドラー心理学や日本アドラー心理学会の存在は
まわりに伝えていきますが
「それってどんなの?」って聞かれても
安易に説明しないようにしようっと。

手短に説明するためのコピーは
よくよく相談してから決めたいと思います。

ただし、パセージと自助会については
今後とも積極的にまわりに宣伝し
自助会を安定して運営できるように頑張っていきます。

それと同時に
認定家族コンサルタント
認定カウンセラーの
資格を取れるように、日々の実践に励むことにします。
そして、資格取得のための養成講座の受講を
可能な限り早くにチャレンジします。

現在やっている教員向け研修講座(実践塾)や
保護者向けの子育て講座、講話では
アドラー心理学は、別物として紹介、推薦しますが
私流の競合的な手法を含むことがあるので
明確に区別して行くことにします。

いやー。だいぶ整理がつきました。
基礎講座理論編が終わってみると
なぜか大変感動しています。
アドラー心理学の偉大さにとか
新鮮さにとかじゃないな。

あーここまで来た。って感じ。
自分本位でちっちゃいんですが
私的には大きな感動です。

大竹優子先生はじめ
講座開催のみなさま
参加者のみなさま
ありがとうございました。
 

終わったところで同じ受講者さんから

終了記念のメダルをいただきました。

やったー。

 

よーし。次の講座に参加できるように

まず、金貯めよう。