2026年2月19日にお出かけしました観梅&グルメ・街歩きレポのblog、後編をお届け致します。前編はこちら👇

「筑波山梅林」を後にしましたchu一行は、これまた毎年恒例の“年イチ ランチ”を戴くために土浦市の中心街に向かいます車ダッシュ車ダッシュ車ダッシュところで筑波山の麓にある「筑波山梅林」から土浦市の中心街に向かう際、少し走っただけで平地走行となる茨城県道14号線、国道125号線を経由して行くのが一般的です(青色実践で示したルート)。ところがこの日は最高の晴天晴れ晴れ晴れでしたので、もう少し関東平野の大パノラマの眺望を楽しみたいチューと思い、かつての有料道路でした旧「表筑波スカイライン」経由(赤色実線)のルートを選びましたニコニコ現在は「筑波パープルライン」という愛称が付けられていますウインク

「筑波パープルライン」は有料道路だった時代には“スカイライン”の名称が付けられていましたことから文字通り、空と地上の接点を走り抜ける道路。くにゃくにゃした道が続きますので速度超過(時速30㎞制限)は御法度パンチ!運転にはある程度のテクが必要ですが、全線、舗装された二車線の道路ですので走り難いと言うことはありませんニコニコ

そして途中に立ち寄りましたのが「朝日峠展望公園」ウインク

こちらの公園は茨城県の観光百選の一つとして知られる、“関東平野の大パノラマ”が眺められることで有名ですウインク展望台からは筑波山や霞ケ浦、関東平野を一望できるほか、晴れた日には富士山や東京スカイツリー、新宿副都心の高層ビル群までもを見通せます。またパラグライダー用の離陸地点が設けられており、週末を中心に多くのパラグライダー愛好家が訪れています。この日は平日でしたのでパラグライダーにチャレンジされる方はいませんでしたが、以前、土曜日に訪れた時には果敢にチャレンジされている方のフライトを見せて頂き、大いに感動したものでしたニコニコそして御覧下さい、こちらが展望台からの眺望ですウインク

パラグライダーをされる方はここを駈け下りていき、その後、直ぐに“フワッ”て感じで飛び立ちますニコニコ

ここまで走り下りて来た時には、身体は空に飛びあがっていますウインク

オレンジ色の四角で囲んだところが踏み台ポイントです👇

実際にここから飛ばれた方がYouTubeにアップされていますのでリンクさせて頂きましたウインク

こちらは土浦市のサイトから

そして眺望ビックリマーク正面には日本第二の大きさを誇る霞ケ浦ニコニコ

中央にポツンと見えているのは青銅製の像として世界一のギネス記録びっくりを持つ牛久大仏ウインク

ZoomZoomしますニコニコ

牛久大仏についてはこちらにて紹介させて頂いておりました👇

こちらは東京の超高層ビル群です。昼過ぎになり、「筑波山梅林」にいた時よりも気温が上昇してきましたのでやや霞んできていますが、なんとか確認できましたウインク

そして時刻は13時30分ころには土浦市中心街にあるお目当てのランチ会場に到着ビックリマーク年イチ訪問がマストの「天ぷら ほたて」(正式には保立食堂です)さん照れ

一見してお分かりの通り、建物自体、かなり年季が入っていますが味はピカ一ですウインク

天ぷらは店頭販売もされている他、一部、丼物や定食類のテイクアウトも可能ですウインク

13時30分を過ぎていましたが店内満のため、待ち時間発生。20分ほど並んだ後に店内にIN。そしてメニュー一覧ですが、chu一行が注文するものは一択ビックリマークもう、家を出る前から決めていました爆  笑

ありゃりゃ、混んでいる時は女将さんから“お待ちの方、どうぞぉ”って言われるまでお店の外で待つのが“暗黙のルール”なのですが、こちらのおじさんはどうやら“ほたてビギナー”さんらしく、店内に入って来ちゃいましたよニヤニヤ

そして着丼ビックリマーク「天丼」です照れあら汁も最高チュー

かき揚げと、海老天が2本ビックリマークこれが上天丼になると海老天がぐっと大きくなりますウインクですがchu一行は、もうこちらで十分に満足ですのでいつも天丼を頼みますウインク(一度、上天丼を頼んだことがありましたが、ボリュームがあり過ぎてお腹が苦しくなりましたあせるあせるあせるもう、若くはないのでね爆笑)

どうですビックリマークこのコンテンツチュー

そして完食ビックリマーク美味かったビックリマークめちゃくちゃ旨かったチューDynamiteだビックリマーク

 

お会計の時に女将さんと少しお話ウインク筑波山梅林に行ってきたことを話すと、“私たちは昨日(2月18日)に行きました”とウインクそーなんですよ、「ほたて」さんの定休日は毎週水曜日なんです。ちなみに営業時間は11時から18時まで。中休みはありませんウインクそして毎回リンクさせて頂いているのですが「ほたて」さんを紹介しているサイトをお借りしていますウインク(営業時間と定休日は、掲載当時の記載内容から変更されていますので御注意下さい)

さて、食事も終わり土浦の街歩きウインクこれも、“アフター観梅”の恒例行事です爆笑まずは「ほたて」さんがあった場所の説明から👇

要は街の中心街に位置しています。そうなんです、お店自体は旧水戸街道に接しているのですよ口笛で、観梅の季節に訪れていますので土浦訪問は例年2月の下旬です。「筑波山梅まつり」自体は3月中旬まで開催されていますので、例えば満開の梅林を見たいということであれば3月3日以降の訪問ということも有なのでしょうが、chu一行が3月4日以降に「筑波山梅林」を訪れたことは過去になく、よって毎年、土浦の中心街ではこのようなイベントが開催されています👇

土浦市中心部のいろいろな場所にて雛段飾りがあるようですが、毎年、拝見させて頂くのはこちらの蔵でしてウインク

土浦の街歩きと言ったら、なんと言っても蔵巡りが中心なんですよウインク(見学可能な各蔵の見学は無料です)

そして、“アフター観梅”ではない時期に土浦の街歩きを愉しんだことが有りましたウインクその時の拙blogがこちら👇

この時は👆土浦の街並み散策を目的に赴いたものです。土浦は、chuの住む千葉県松戸市とはJR常磐線で乗り換えなしで行き来き出来ます。特別快速で40分、普通で47分、お隣の柏で特急に乗り継げば最短29分で着いちゃうので(特急料金が加算されますので利用はしませんがグラサン)、都内に出向くのとを比較すると、上野や東京駅周辺、銀座界隈に赴く時よりは時間を要しますが、新宿や渋谷に行くよりは早いかもしれません(最もchuが新宿や渋谷に行くことは、余程の要件がなければ出向きませんがね爆  笑)そしてどうやらこの時に初めて「ほたて」さんにて食事をしていたようで、その時食べたのは平日ランチ限定のかき揚げ天丼だったのですが、その味に魅せられて、それ以来の大ファンになってしまったのでしたチュー

 

で、これらの蔵に飾られていましたお雛様がこちらです👇chuは男ですので幼少の頃より雛祭りにはとんと縁はないのですが爆笑でも、こうして豪華な雛段を拝見させて頂くと素直に“凄いなぁ”って思います照れ

こんな感じの土浦街歩きは毎年この時期の恒例行事となっており、「筑波山梅林」での観梅と、「ほたて」さんでのランチはchuのライフサイクルの中ではなくてはならないものになっているようですウインク

 

日本百名山の一つであります「筑波山」の中腹に広がる「筑波山梅林」には、ここ数年、毎年訪れています“早春を感じるスポット”なのですが、今年もお出かけしてきましたウインク今年で53回目を迎える「第53回筑波山梅まつり」のパンフレットはこちら👇

日本百名山の一つであります「筑波山」は女体山(標高877m)と男体山(同871m)の双耳峰を合わせての総称ですが、標高が1000mに満もたない低山カテゴリーの中にある山であるにも関わらず、日本百名山に選ばれているのはもちろんちゃんとした理由があり、関東平野の中央部のやや北東に位置しながら独立峰(正確には筑波山の北側には加波山などが連なるため完全な独立峰ではないのですが)であるため、都心方面から筑波山を眺めると、忽然かつ悠然と聳えている山であります。また筑波山山頂から都心方面を俯瞰すると、まさに“関東の大パノラマ”が映し出されているわけでして、都心方面から眺めたその威風堂々とした山容と、筑波山から眺めた関東平野の大パノラマを持つ山は、日本に山々は多いのですが、直ぐには富士山と筑波山しか思い浮かばないほどであり、それを以て“西の富士、東の筑波”と形容されることも数多きなのです照れさて、そんな筑波山中にあって、筑波山の梅園であります「筑波山梅林」は山の中腹標高250m付近を中心として、大きさ4.5haにも及ぶ高低差のある梅林で、植樹されている梅の木の数は約1000本。そのうち、白梅が80%、紅梅が20%と白梅が中心の梅林です。なおここで、chu的な拘りでもあるのですが、ここは来園者が木々を鑑賞しやすいように植えられている、フラットな地面が続く「梅園」ではなく、山の中腹に植樹されているため上段と下段とではかなりの高低差がありますので、山の中を歩いているのと同じです。そのためここは「梅園」とは呼ばず、「筑波山梅林」と呼ばれているのです。👇の地図にて御説明しますと、一番上に位置している展望四阿(てんぼうあずまや)から一番下の観梅広場との標高差は100m以上にも及びます。そのため一番上にある展望四阿からの視界は、これはまた実に素晴らしいチューアトデオミセシマスネウインク

こちらが「筑波山梅まつり」の概要ですニコニコ

この日は千葉県松戸市の自宅を7時過ぎに出発車しかしこの時間帯だと、もう通勤時間帯に嵌ってしまっていますので一般道の渋滞は避けられず常磐自動車道「流山IC」から茨城県の「谷和原IC」を目指すも、谷和原IC出口が大渋滞中ゲロー高速を降りるのに下手すりゃ小一時間はかかりそうなので、腹案として持っていたさらに北に向かい、圏央道の「つくば中央IC」で高速を出ました。するとズバリ、思惑通りに順調に走行を重ね9時前には駐車場(1回500円)に到着しました。なお自宅から「流山IC」までの渋滞は、抜け道を駆使しても朝の時間帯だと1時間弱はかかりますから、高速に乗ってしまえば筑波山は松戸市からはとても近いと言うことがわかりますウインクなんつったって、chuの高校(千葉県松戸市にある公立高校の校歌には“青垣の筑波ぞ近し”って歌詞がありますからね照れ)で、間もなく筑波山に到着しますニコニコそしてご覧の通り、この日は雲一つないピーカンです晴れ晴れ晴れ晴れ晴れ(もちろん、そうした日を狙ってお出かけしているんですがね爆笑)

「筑波山梅まつり会場」に到着ビックリマーク

こちらが「筑波山梅林」の解説です。実はこの梅林、今のような立派なものではなく、過去には相当な荒れ地だった時期もあるのですよチーンこちらの掲示板にはそのあたりのところをとうとうと説明されているのですが、そしてchuの過去blogでもその経緯は既に説明していますので今回は説明を省き、以前のblogで説明させて頂きました部分をそっくりコピーしてまいります爆笑

 

【筑波山梅林は元々は1970年代に梅を地域の特産物にしようと旧筑波町により造成されたもの。当初は3000本もの梅の苗木が植樹されたそうですが、しかしたいしたケアはせず長い間放置されていたため、成長した梅の木が過密状態となり開花状態も不良で梅林開設25年後の梅の木は1300本までに減少していたそうです。その後2001年になり、荒れ果てた梅林を筑波山の観光スポットにしようと「筑波山梅林再生プロジェクト」が組まれ、地元の筑波大学の協力の下、残存していた梅の木1300本の樹木診断を行い、樹勢、樹形が不良だった500本を伐採し健全な樹形に戻すため800本を剪定、また当時の老朽化した施設は全て撤去され新たに茅葺屋根の展望四阿(あずまや)や九十九折の木道の設置など、景観に即した施設が順次整備されたそうです。するとプロジェクトが発足してから15年、それ以前の過密で樹形が乱れ開花が殆どなかった梅林は見事に再生され、梅林内に点在している筑波石ともマッチして美しい景観にウインクこうした経緯を経て「筑波山梅まつり」には今では毎年20万人以上もの方が訪れるようになり筑波山梅林はつくば市を代表する観光スポットに照れ】(2023.2.24アップの拙blogから引用しました)

 

【筑波山の中腹、標高250~270mにあるこの地を梅の名所にしようと梅の木を植栽し始めたのは1970年代の事。その数3000本にもなる大規模なものだったのですが、その後の手入れが雑だったため、咲くには咲く梅の花でしたがあまり見栄えは良くなかったそうですショボーンそれと梅林の面積は4.5haと、そこそこ広いものの、それでも3000本は多すぎたため、互いの樹木が干渉し合い、何れの木も発育不足となり梅林計画は頓挫しかけたのだとか。しかし2005年につくばエクスプレスが開業することで、筑波山への観光客の増加が見込まれたことから、それより前の2000年に、当時のつくば市長が筑波大学の芸術環境デザイン研究室の教授に4年計画での筑波山梅林の再生を依頼したのでした。それにより当初は3000本植えられていた梅の木の、間伐と剪定を行い元気な木のみを残すことになり、そして今では紅梅200本、白梅800本と言う梅林に生まれ変わりました。さらに再生計画の4年間が終わる頃には施設の整備も進むと共に梅の木の花の質や量も向上し、つくばエクスプレスの開業も契機となり来園者が増えはじめ、「筑波山梅林」の名は次第に多くの方に認知され始めたのです照れ】(2025.2.28アップの拙blogから引用しました)

そして、“より詳しく、より正確に”はウィキペディアの説明だと皆さまの御納得感も格段にアップされるかとウインク

そして筑波山梅林の正面入口付近ですが、出入口は色々な所にありますので、ここからの入山にこだわる必要は全くありません爆笑

ですので、思い思いのルートを歩きてっぺんを目指します。実は「筑波梅林」内には筑波石と呼ばれるゴツゴツした石があちこちに配置されていたり、道端に転がっているため大変歩き難いのです滝汗そのため、パンフレットにも“※梅林内散策は、動きやすい服装・歩きやすい靴でお越しください”と明記されています。また梅林の標高差は100m程ですが、梅林の下部にあたる駐車場がある場所から最上部の展望四阿屋までは直線距離にして400mほど。この400mの距離を歩くのに100m以上の高低差があると言うことは梅林内の傾斜がそこそこキツイことを意味しています口笛ですのでchu一行は毎年、歩行距離数こそ倍以上になるのですが、コンクリート舗装されました林道を歩いて最上部を目指しています走る人走る人走る人先ほどのマップに、駐車場から展望四阿までのルートを赤の実線で記しました👇

大回りはしますが、こんな感じの道中ですウインク途中には「見晴らし縁台」もあり、ここからだと梅林を見上げたり見下ろしたりと、その全景が分かる上に小休止の場所にはピッタリですニコニコ(※到着が遅くなると梅林に一番近いところにある駐車場満となり、もっと下に位置している市営第一駐車場に停めざるを得ないのですが、そこから梅林までは正に山道とも言うべき道を歩かなければなりません滝汗で、その“山道”からひょっこり出られる場所が、この「見返り縁台」の横になります)

そして高度を上げていくに従い、今が見頃の「紅梅」群が迎えてくれますウインクなお「筑波梅林」の開花状況は👇のホームページにて確認することが出来まして、chuが訪れました2026年2月19日では全体が5分咲きとのことでしたので、見頃には早かったと感じる方も多いのかもしれません。しかしchu一行が大好きなのは紅梅であり、この時、紅梅は見頃であることを表示してありました。「筑波山梅林」にある1000本の梅の木のうち、800本は白梅ですから開花は早咲きの一部の木を除きまだ蕾の状態です。しかし200本ある紅梅が見頃を迎えても「筑波山梅林」全体で眺めた場合、咲いているのは紅梅と、早咲きの一部の白梅に留まりますから、全体で言うと5分咲きとか6分咲きになるのです。ですが白梅の多くが咲きそろう“見頃”を迎える頃には紅梅の見頃は過ぎてしまっていますから、chu一行が訪れた日の「筑波山梅林」は5分咲きではありましたが、満開の紅梅に愛でられ、大満足だったのであります照れ

それではここからは、満開の紅梅を中心に2026年の「春」を存分にお楽しみください照れチューただ、拙blogでは紅梅のほのかな香りをお届け出来ないことだけが、とても残念ですショボーン泣

コンクリートで舗装されました林道歩きを終えるとここからは九十九折の木道が続き、そしてその終点にあるのが展望四阿ですニコニコ

chu一行のお目当ての紅梅は、梅林の上部に集中しているんですよウインク見た目は勿論のこと、麗しい梅の香りを存分に嗅ぐことが出来ます照れ

こちらは早咲きの白梅ウインク

そして「筑波梅林」のてっぺん、最上部にあります「展望四阿」に到着合格クラッカー“一番乗り”ビックリマークではありませんが、ラッキーなことにこの時は独り占めでしたウインク

そしてこの場所から富士山まで155.6㎞ 果たして見えるでしょうか…!?

見えました合格クラッカー現在、気温は4℃ 風速は約4mくらい(スキーをしているので体感的に分かります)、雲一つない快晴、という条件にあてはまりニッポン一の山、富士山が目視出来ましたチュー

ZoomZoomすると、よりはっきりと富士山が見えますチューそして、展望四阿から富士山までの平地部分は関東平野ビックリマーク正に関東平野の眺望を欲しいままにする大パノラマのスポットなのですビックリマークなお「筑波山梅まつり」開催中はさきほどchu一行が歩いてきました林道は車両進入が禁止されていますが、それ以外の時期であればこの近くまで車で来ることが可能ですタブンあせるあせるあせる

そして今度は新宿副都心方面を俯瞰 距離にして68.6㎞ですから意外と近いびっくり高速道路であれば40分くらいで着いちゃいますねウインク

で、肉眼で見た感じがこちら。ぼんやりとですが視界の先が高層ビル群であることがわかりますねウインク

楕円で囲んでみました

左端の尖がった構造物が「東京スカイツリー」であることは一目瞭然ですウインク

再び梅林内を散策走る人走る人走る人上へ下へと忙しい爆笑

こちらはロウバイ なんとか間に合いましたウインク

紅梅とロウバイとのコラボですニコニコ

展望四阿の東側から続く空堀の沢沿いを歩きますウインク

そして梅林の下部に来ると、今日初めて目視しました筑波山山頂ビックリマーク「筑波山梅林」に来ていながら、山頂を確認出来たのは富士山の方が先でしたニヤニヤ

本日、あさイチて歩いていました舗装された林道です。前掲の地図、赤の実線でお示ししたルートですが、ここから梅林内にも入ることは出来ますが、歩き難い道が続きますので上りに使うのはあまりお勧め出来ません。展望四阿へと続く九十九折の木道手前までは、距離は長くなりますが舗装された林道を歩かれることをお勧めいたしますウインク

そしてここからは、小休止ニコニコ「筑波山梅まつり」の期間中は毎日開催されています「ガマの口上」ウインク(但し雨天中止のようです)

「筑波山ガマ口上保存会」の皆様方による“ガマの油売り”の口上(実演販売)です。ただ“販売”というのは形だけで実際にガマの油を販売しているわけではありません。今回は最前列の席にて口上を聴かせて頂きましたウインクもう抱腹絶倒の連続爆  笑なお、口上を聴かせて頂くのは全て無料ですウインクまた「ガマの油」を買わされることはありませんビックリマークてか、ここでは売っていません爆  笑

で、実際にどんなことを語っているのかと言うと、一例としてこんな事です👇しかし、オリジナルネタも随所に盛り込まれており、皆さんの口上にはそれぞれ違いがあるようですニコニコ

 

さて、とっても楽しい口上を聴かせて頂き駐車場に戻る事にします。ここは梅林の下部エリアですが筑波山山頂を仰ぎ見るのはこの辺りからがベストアングルですウインク

以上、「第53回筑波山梅まつり」と、「筑波山梅林」の様子をお届け致しましたニコニコなお梅林の開花状況はこれからますます開花が進みますので、3月中旬まで十分お楽しみいただけると思われます。但し、chuの大好きな紅梅は来月になると見頃を過ぎてしまいますので紅梅の御観賞を愉しまれたいのであれば、2月中での鑑賞をお勧めいたしますウインク

“日暮里駅から荒川区、台東区、文京区、千代田区の4区を巡り、秋葉原へ向かうコース。御朱印長やカメラ片手に冬の東京の魅力を再発見する歴史文化探訪へと出かけましょう”をコンセプトとする「駅からハイキング」、を前後編の2回に分けてお届けしていますウインク前編はこちら👇

 

「湯島天神」にやって来ましたビックリマーク「湯島天神」と言えば言わずもがな、藤原道真公を祀る学問の神様合格クラッカー毎年、この受験シーズンには合格を祈願する受験生やその親御さんらが多数集まる天神様として知られています。

そしてまたこの時期には境内の梅が咲き競うことから「湯島梅まつり」も開催されているため、さして広くはない境内は年末の「アメ横」並みの混雑となります滝汗そして「湯島天神」の梅園では白梅多め紅梅少な目の構成で、その比率は概ね8:2くらいの感じ。ですがchuは紅梅💛ですので、都心で鑑賞出来る“湯島の梅まつり”って、結構、有名なのですが梅大好き人間のchuですが、今回のような機会(「駅ハイ」です)でもなければ、今は中々立ち寄らないスポットになっとしまいました。それにchu自身は勿論、その身内にも、これから○○高校や△□大学を受験しようとする人はいないので、「湯島天神」そのものにも足が向かなくなりましたwニヤニヤ

しかし、今回はせっかく「湯島天梅まつり」開催中に立ち寄ったのですから(※多分、10年ぶりくらいですキョロキョロ)と思って調べてみたら2017年の2月に訪れていました👇夜勤明けの朝で、きっと天気が良くて、それとその日は特に用事がなかったので帰宅途中にふらりと立ち寄ったものと思われます爆笑

おびただしい数の絵馬です。“困った時の神頼み”は「令和」の今も脈々と続くニッポンの風習ですね照れ

で、肝心の本殿へのお詣りはおびただしい参詣者が並んでいましたので、直接、お詣りをしなければならない方がいないchuは、ここにて一礼して「湯島天神」を辞去いたしますウインク

 

おっと、こちらは大きなパンダのぬいぐるみ。「上野動物園」からパンダが居なくなり早や20日。これまで日本国内には「日中国交回復」がなされて以降、日中友好記念のシンボルとして中国から複数頭のパンダをお借り出来ていたのですが、まぁ、パンダは希少動物でもありますから中国が国の方針としてこれを保護して、頭数などを適切に管理した上で適宜、各国に友好の証として貸し出すのは国策としても大ありですから、昨今の日中関係の状態を鑑みれば致し方ないことなのでしょうね。日中関係が正常なものに好転し、再び日本国内にパンダが貸与される日が来ることを切に願いますお願い

引き続き淡々としたコースを歩きます走る人走る人走る人すると前方には「sola city」(後記します)が見えて来ましたので「御茶ノ水」も近いウインクと思ったところのよもやの左折で次に向かった先は「神田明神」ビックリマーク御存知、江戸=東京の総鎮守でありますチュー

で、chuは“江戸の総鎮守”と書きましたが実はそれはややオーバーでニヤニヤ正確には神田、日本橋、秋葉原、丸の内など東京の108の町々の総氏神として都心を祀り続けている社であります。ですので、江戸時代は現在の新宿、渋谷、池袋はとんでもない田舎であり、いわゆる“江戸の町”を構成している場所ではありませんでしたので、よって、“東京の総鎮守”はいかにもオーバー爆  笑要は、江戸時代の江戸とは現在の皇居(江戸城)を中心とする千代田区と中央区、港区、文京区と台東区、江東区の左端あたりまでを指していたのでしょう。そうした地域の総鎮守という社でありました。しかし「神田明神」により開催されている「神田祭」は京都の祇園祭、大阪の天神祭と共に“日本三大祭り”とされていますから、やはりそれは相応の歴史と文化とが脈々と今に生かされているのですウインク

そしてこの日も参拝のためには長蛇の列滝汗こちらにて失礼させて頂きましたお願い

さて、続いてやって来ましたのはルートマップ上にも『ビュースポット』として紹介されています「聖橋」ウインクこの橋の全長79.3メートルのうち、神田川の上部の36.3メートルが放物線を描くアーチ形で形式は鉄骨コンクリートアーチ橋です。関東大震災(1923年)後の震災復興橋梁の一つで1927年(昭和2年)に完成しましたた。土木技術に加えてアーチ状の形状が美しいことから土木学会推奨の土木遺産にも選ばれていますニコニコまた「聖橋」の名前は公募で選ばれたのですが、橋の北側には「湯島聖堂」が、橋の南側には「ニコライ堂」(※今回の「駅ハイ」ルートに入っており、後ほど訪れます)という二つの「聖堂」があったことから「聖橋(ひじりばし)」に決まったようです。また観桜の時期などは聖橋の下を流れる神田川を遡上するチャーター船などが運行されており、船から見上げるアーチ橋はとても美しいそうですニコニコところでchuは神田川や日本橋川、隅田川を走るチャーター船への乗船経験もあり、ずっと昔ではありますが(2014年頃)拙blogにも綴っているのですがウインク残念ながらその時のコースは「聖橋」下を運航するコースではありませんでしたニヤニヤそれで、今回の「駅ハイ」では何ゆえにこの「聖橋」を『ビュースポット』にしているのかと言うと、その理由かこちら👇

「聖橋」から東側を眺められる3つの鉄道路線があり、そこを走って来る電車と神田川とのコラボ写真が秀逸なんですチュー1枚目はシルバーのボディに黄色のラインが入った総武線の電車。で、例えばお茶の水より西側の水道橋、飯田橋、代々木や新宿も超えて、中野、吉祥寺、三鷹までこの“シルバーに黄色”の電車は走っていますが、それは総武線の車両が中央線に乗り入れ(片側乗り入れ=総武線の車両のみが中央緩行線、三鷹までの線路に乗り入れています)ているのであり、総武線ではありません。この辺のところをよく勘違いされている方がとても多いようですが、実はJR東日本の案内の仕方にもやや問題があり、それは御茶ノ水駅以西~三鷹駅までを“総武・中央線”と呼称しているのですニヤリしかし総武線の起点はこの御茶ノ水駅ですビックリマークまだJRになる前の国鉄時代(昭和62年、1987年以前)には、概ね22時を過ぎると東京駅発の中央線は快速電車がなくなり、日中は停車しない水道橋、飯田橋、市ヶ谷、信濃町、千駄ヶ谷、代々木、大久保、東中野、の駅も全て停車していました。で、総武線はと言うと御茶ノ水駅を始発駅と終点駅として千葉方面に折り返し運行されていました。このとおり、総武線と中央線の分岐駅は御茶ノ水駅なのすビックリマークと、つい声高に叫んでしまいましたが少し大人げなかったかニヤニヤで、『撮影スポット』の話に戻りますと、ここからは総武線、中央快速線、そして東京メトロ丸の内線…これは丸の内線はとても古くに作られた地下鉄のため、比較的地表から浅いところに線路があるため、ちょうど神田川を渡るところではぽっかりと地上に出て来ちゃっているのです。しかしそれが幸いしてか、丸の内線の車両が通過するときにJR線(中央快速線、総武線)の車両が交差すると、最大のシャッターチャンスになるのですチューそしてそれぞれの電車のダイヤは昼間帯でも5分間隔くらいで運行されていますから、どれかしらの電車とのコラボ撮影はさほど難しくはありません。しかし東京メトロ丸の内線の双方向からのう車両が橋梁上でクロスし、かつ、中央快速線と総武線の車両の全てを1枚のフレームに入れるとなると、1時間に数回、あるかないかくらいの確立に下がりますあせるあせるあせるそしてこの日も「聖橋」にはカメラを構えた方が数、陣取っていましたが、chuは「駅ハイ」での通行と、「駅ハイ」マップでの「ビュースポット」として紹介されていたため、数分立ち寄っただけです爆笑もとよりここが鉄道写真を撮影する際の撮影スポットであることをchuは熟知していますが、1時間粘ってまでBestShotを撮影するほどの“撮り鉄”ではないので、👆の2枚を撮影して、早々にこの場所を辞去したのでした爆  笑

 

さて「聖橋」を渡った後は、ちょいとコースアウトをして懐かしの「sola city」へニコニコ

以前、この場所には「日立製作所」の本社屋があったのですが、同社の移転に伴いこの地が再開発されることになり、それにより完成したのが「sola city」。オフィスが中心のビルですが、飲食店なども数多く入る複合型高層ビルに生まれ変わりましたウインク

久しぶりでしたのでちょいと立ち寄りました「soia city」には、今回は立ち寄りませんでしたが「成城石井」があり、通勤途上には何度か立ち寄ったことがある、思い出の場所でもありますニコニコで、正面に目を転じると大きな建物のビルの名前は「Institute of SCIENCE TOKYO」とあります。ここには元々国立の「東京医科歯科大学」がありましたが、同大学は理系国立大学の牙城である「東京工業大学」と統合され「東京科学大学」になりましたねニコニコその英語名が「Institute of SCIENCE TOKYO」照れなんかカッコいいですねクラッカー合格

そして次の訪問先は「ニコライ堂」ニコニコもちろんこの地に「ニコライ堂」があることを、chuはそれこそ小学生の頃から知ってましたが実は中に入ったことはないびっくりしかし今回の「駅ハイ」では聖堂内の拝観が出来るそうなので、それは凄いことチュー(てか、後でも述べますが「ニコライ堂」の拝観はそれほど難しいことではありません。単に今までchuが訪れなかっただけです爆  笑)ま、今回のような機会(「駅からハイキング」です)でもないと、このまま「ニコライ堂」を拝観せずして現世を終えてしまうことにもなりかねないのでニヤニヤこの機会を逃すまじビックリマークとして「ニコライ堂」へと向かったのでした走る人走る人走る人

「ニコライ堂」は「日本ハリスト正教会教団」の中心を担う聖堂ですニコニコそしてこの建物を建てたニコライ大主教の御名前を戴き「ニコライ堂」の愛称として知られるようになりました。この建物の設計はジョサイア・コンドルさんと言う方が手掛け、完成は1891年です。西洋建築や高層建築が明治期の中期において高さが35mある西洋建築は瞬く間に注目を集め、当時の東京のランドマークとなったそうですウインク👇

しかし“日本ハリストス正教会”と言っても良く分からない滝汗敬虔な真宗大谷派門徒のchuが果たして足を踏み入れていい場所なのでしょうか滝汗そこでまず「日本ハリスト協会」とは何ぞやキョロキョロなる疑問が出て来て…主要な所だけ、wikiさんに聞いてみました👇

まぁ、そんなこんなで門を潜りました。“日本最大のビザンチン式建築物”なのだそうですニコニコ

そして聖堂の中…は残念ながら撮影は許されていないため写真はないのですが、四方には綺麗なステンドグラスが飾られ、ドーム状の内部の天井は高く、信者の方しか立ち入ることの出来ない(ロープで仕切りがあります)内側には、多くの祭祀に使われるであろう神具も飾られており、それはそれは荘厳でしたニコニコそしてchuが今回、初めて入りました「ニコライ堂」。そこで頂きました数々の資料はとても貴重なものと思われますので、数点のうちの一部をここにスキャンをし公開させて頂きます照れ

こちら資料は“正教会と他のキリスト教徒の違い”につき、とても分かり易く解説して下さっているものですウインクご御興味をお持ちの方、是非、御覧下さいませニコニコ

聖堂内部を拝観させて頂きまして、感動を頂きましたchu、「ニコライ堂」を後にしますニコニコ真宗大谷門徒のchuと、「ハリストス正教会」の施設、それぞけ信じるところは異なりましたが、同じ宗教と言うことでの一体感に近いものを感じ止めことは出来たと思います照れ

そしてここで謎のルートニヤニヤと言うのは、今回の「駅ハイ」の終点はJR各線が乗り入れる秋葉原駅。で、この後のコースとして途中の旧万世橋駅を経由させるようですので、「ニコライ堂」を出た後には聖橋交差点まで戻らせた後に右折して淡路坂を下るか、若しくは小川町交差点方面を少々下り駿河台3丁目の信号を左折させればいいわけなのです口笛なのに何故か遠回りをさせて明治大学駿河台キャンパスまで連れてこられちゃいましたよニヤニヤまぁ、今回の「駅ハイ」の企画は「明治大学地理学研究部」の皆さんによる【学生駅ハイ】と銘打たれていますから、彼らからしたら“オレ達の学校、見てってよウインク”と言いたくなる気持ちは分からなくはない爆  笑であるならばせめて茶菓の接待くらい、あっていいんぢゃねグラサンなんてそれは冗談ですが、別に学内に入れてくれる訳でもなく、特に写真の「明治大学リバティタワー」は明治大学のシンボルですし、それと一般にも公開されている刑事博物館なども案内してくれなかったですねえー「駅ハイ」の人がぞろぞろと学内に入って来て施設見学をしたり、あるいは🚻を借りたりはダメなんかいニヤリしかし時代は変わりけり、だビックリマークその昔、明治大学駿河台キャンパスは「社青同(社会主義青年同盟)」内の突出した組織である「革労協狭間派」の最大の拠点校でもあり、大学構内には標記や幟が乱立していましたから、まぁ、悪い意味ではなくて学生たちの自治権は守られていましたし、そして何よりも活気がありましたよね口笛ところが今はどこの大学に行って立て看の一つもなく、おしなべて平和になったというか静かになったというか、活気がなくなったような気がしますニヤリ

さて、「駅ハイ」もいよいよラストスパートビックリマーク「旧万世橋駅」に向かい歩いていたところ、その途中には損保業界大手の「大正海上火災」本社屋がありました。そして元々ありました本社屋はそのまま、新たに周辺が整備され「三井住友海上火災保険」へと様変わりしておりましたニコニコまたこれらのビルの周辺は緑地化され整備されており、その一角には河津桜が植樹されていましたニコニコそして満開合格クラッカー照れたまたま暖かかったこの日でしたが、本格的な春の到来が待たれますウインク

そしてこちらがいよいよラストの立ち寄り場所で「旧万世橋駅」。元々中央線にありました「万世橋駅」ですが、南隣の神田駅と西隣の御茶ノ水駅との中間に設置された駅だったのですが、神田駅からも御茶ノ水駅からも、余りにも近すぎるということで廃止となってしまいました。その後数十年にも及び、中央線の2本の線路に挟まれる形で、ホームの台座部分だけは残されていたというか放置されていたのですが…駅が廃止されたのが1943年(昭和18年)のこと。その後、2012年(平成24年)に“遺構”とされていました旧万世橋駅の整備が始まったのです。実に約70年ぶりに万世橋駅の再生が始まったのでしたウインクしかし“再生”とは言っても「駅」としての再生ではなく、複合施設としての再生ですニコニコそれがこちら👇

建物2階の御茶ノ水駅方面側にはレストランがオープンしており、飲食をしながらにしてすぐ真横を中央快速線が走り抜けていくのですニコニコ

そしてこちらは無料の休憩スペースニコニコいくつもの椅子があり長時間の滞在が可能ですウインク

“万世橋駅改修工事”中の2013年に発見されました旧万世橋駅のプラットホーム上屋基礎材で展示されています。

で、実際にどんな感じで電車が通り過ぎていくのかというとこんな感じです👇ただここは中央線の電車のみしか走りません。それでも昼間帯でも5分間隔くらいで運行されていますから、上下線が行き交いますので単純計算で言えば2分30秒ごとにどちらか側には電車が通過します。なお、どちら方向でも直ぐにお隣の駅は見えていますから電車の速度はゆっくりですウインクまた、メインは新宿発着の中央本線の特急「あずさ」と「かいじ」ですが、1日数本は東京駅発着のものもあるので、運がよければ中央本線を走る特急車両と遭遇することも可能です照れ

【御参考】今年、chuが「白川郷ライトアップ」を訪れる際に乗車した「特急あずさ」はこの車両ですウインク@新宿駅

こちらは「万世橋駅」のあゆみ、などウインク

さて、「旧万世橋駅」を復元した「マーチエキュード神田万世橋」を出て、左折するとそこは「万世橋」ニコニコここも、神田川に映る赤レンガ色の建物が映える場所として有名で、今回の「駅ハイ」マップでも「ビュースポット」として紹介されていますウインク

それがこちら👇あれニヤニヤ太陽光線の関係で左側の建物(「旧万世橋駅」で現在の「マーチエキビュ-神田万世橋」)のレンガ色が神田川には投影されていませんでした滝汗

暖かかったとはいえ、2月の半ばですから日が傾き始めるのは早いですよね口笛

そしてやって来ました懐かしの秋葉原電気街ビックリマークchuがまだ小学生だったころは、夏と冬に家族そろってここに来て、いろんな電気器具を見て歩き、買うのは結局、どれか一つなのですがとても楽しかった時間を過ごしたことが思い出される街です照れそのころは「ヤマダ電機」も「コジマ電気」も…今では日本全国、どこにでもありますこうした家電の量販店は世の中には存在していませんでしたからねウインク左端に見えています「EDION」は、昔は秋葉原の電気街の主でもありました「石丸電機」ビックリマークで、その石丸電機は今では「EDION」と合併していますから、現在、国内にある電気量販店で最も長い歴史の起源を有するのは「EDION」かも知れません。ですが電気量販店としての“規模”ではありません爆笑

そして秋葉原から、前編で上野池之端の不忍池に向かう際に横断しました「中央通り」の上野よりやや南に位置する末広町界隈まではホコ天となります。暖かい日差しが降り注がれ、真冬とは思えぬほどの人出で賑わっていましたニコニコ

建物の4階部分を走るのは総武線の上り電車。次の御茶ノ水駅が総武線の終点の駅なのですが、この電車は御茶ノ水駅を通り越し、ずっと先の中野区の中野駅まで、はたまた東京23区を通り越して三鷹市の三鷹駅まで運行されています。しかし、御茶ノ水駅以西にシルバー車体に黄色の帯が入っている総武線の車両が走っていても、それは総武線ではなく中央緩行線ですのでお間違いなくニヤリ

そしてゴールクラッカー合格この日の歩数は16585歩でしたウインク

今年初の「駅からハイキング」でしたが、暖かな日差しの中、十分に愉しむことが出来ましたウインク

 

2月も半ばになりお休みしていたblog、再開となります。何時までも寝ていては再起は出来ないビックリマークGO  DIE  GO(生き、死に、そして生きる、はロックバンド「ゴダイゴ」の語源です)の精神でニコニコ4年後を目指し、ガンバレ小川淳也さんビックリマーク

 

そして“気ままなお出かけ”の再開は「駅からハイキング」からウインク明治大学「地理学研究部」の皆さんが企画した【学生駅ハイ】ですニコニコで、今回の「駅ハイ」のタイトルは標記の通りなのですが、このタイトルからではどのような所を巡るのか、今一つ分かり難いのですが、スタート時に手渡されるコースマップに書かれている“日暮里駅から荒川区、台東区、文京区、千代田区の4区を巡り、秋葉原へ向かうコース。御朱印長やカメラ片手に冬の東京の魅力を再発見する歴史文化探訪へと出かけましょう”とありますニコニコですがここを読んでもやっぱり分かり難いニヤニヤ まぁ、そんなこんなでスタートするのは毎度お馴染みの日暮里駅。ところで…ん!?なんか日暮里駅に絡む(起点や終点など)「駅ハイ」がやたらと多いなぁ、と口にしたところ、奥方から“それは特に日暮里駅を基点とする「駅ハイ」を選んで参加しているからでしょ”と言われ、なるほどひらめき電球と納得爆  笑こちらが今回の「駅ハイ」のルートマップです👇

日暮里駅東口をスタートビックリマークで、何ゆえに日暮里駅を基点とする「駅ハイ」に参加することが多いのかと聞かれると、それはchuが住む千葉県松戸市から近いという極めてシンプルな理由でした爆笑chu宅最寄りのJR常磐線松戸駅から日暮里駅までの所要時間はJR常磐線快速電車で16分。そして日暮里駅は山手線、京浜東北線の駅であることに加えて、成田空港までのアクセスを一手に担う京成電鉄のキャッチコピーには“「成田国際空港」まで都心から36分”と紹介されている東京側の起点駅ですので一応、都心の駅。そーなんですよ、chu宅から一番近い“都心の駅”こそ何を隠そう、この日暮里駅だったのでした爆  笑

歩き始めて少しすると、今回の「駅ハイ」では全く触れられてはいませんでしたが史跡に遭遇ビックリマーク

いい感じの雰囲気を醸し出す旧家でもあり東京都の指定史跡にもされている正岡子規の旧居宅。元々は旧加賀藩の下屋敷だったようですが、正岡子規が文筆活動をしていた際に“命の炎を燃やし尽くした家”とも紹介されている史跡であり、今回の「駅ハイ」テーマでもある“歴史文化探訪”にもマッチしていると思うのですが、完全スルーにしたのはなんでかなぁニヤニヤ

引き続き歩きます走る人走る人走る人すると海外からのバックパッカーの方が滞在したり、あと、民泊施設として使われているであろうマンションを発見ウインク

おっと、これは何かなキョロキョロ

“劇団ズーズーCは秋葉原に自前の小劇場(秋葉原ズーズーC劇場)を持ち、喜劇にこだわり、一般顧客を動員し、役者の友達で客席を埋めている一般的な小劇団とは一線を画す劇団です。演劇の世界、特に小劇場は一般客が存在せず、ほとんどの劇場が役者の友人で客席を満たし、上演しています。劇団ズーズーCはこの現状に異を唱え、劇場折込や町中でチラシを配り続け、多くの一般客を動員してきました。今、ズーズーCの客席にいるほとんどのお客様が「初めて無料チラシ」をきっかけに劇場に足を運びファンになって頂いた方ばかりです。ですので、まずはお手にされた「初めて無料チラシ」でご来場下さい。そして、お気に召して頂けましたら、2回目以降はしっかり料金を頂きますね”とありますニコニコ「劇団ズーズーC」という小劇団の劇場のようですが、何分、資料の更新が2020年で止まっているようでして、最新の情報までは辿り着けませんでしたあせるあせるあせる

 

「言問通り」に出ました。視界の先には「東京スカイツリー」があるので、あちらは浅草方面ですねニコニコ

ここは首都高速1号上野線の入り口の近くで、東京メトロ日比谷線の「入谷駅」がありました。この辺り、地下鉄に乗車しての行き来はそこそこあるのですが、以前、入谷駅近くにありました鮮魚店が経営していた「割烹さいとう」がクローズ(2020年)しちゃいましたので、ここのところ、とんとご無沙汰しておりました。可愛らしいバスは、台東区が運行している循環バス「めぐりん」ウインク1日乗車券を使っての下町めぐり、何時かしたいなぁと思いつつ、中々、実現できていませんニヤニヤ

そして名所旧跡スポットであります「秋葉神社」に到着ビックリマークこちらの神社名の「秋葉」は、その昔は電気街、そして今ではサブカルチャーが盛んな街として若い方も多く訪れている「秋葉原」の名称の語源となっていますニコニコそしてこの社の起源はそう古くはなくて明治になってからですからまだ160年は経過していません。で、創建の経緯はと言うと、明治の初め頃、東京市内では大火災が頻発し、街中が混乱することが多かったのだとか。そのため、頻発する火災を憂慮された明治天皇の母親(英照皇太后)が明治天皇に働きかけ、天皇陛下より防火を祈念することを目的とした社を創建するようにとの御下命が太政官になされたのでした。こうして火災鎮護の祈願所として最初は現在の「秋葉原駅」近くに建立されたのだそうです。火災鎮護の祈願所として東京市民からは“秋葉様”と呼ばれていたのですが、1888年(明治21年)に当地に鉄道の駅が開設されることになり、そのため「秋葉神社」は現在の台東区松が谷に遷座されたのですが、新駅があった場所には元々は「秋葉神社」がありましたので、新しく造られた駅の名前が「秋葉原」になったのでしたウインク

【秋葉神社】(出典、ウィキペディアより抽出しました👇)

火、だけではなく、土と水の神様(火産霊大神、水波能売神、植山毘売神)も祀られているようですウインク

こちらが本殿ニコニコわが家の火防祈願をさせて頂きました照れ

「秋葉神社」の御朱印はこちら👇宮司さんが一枚一枚、書かれていましたのには驚きましたびっくり照れチューところで御朱印を集めるために全国の神社仏閣を渡り歩いています学生時代の友人、隅〇君はここには来ているかなキョロキョロラインでお知らせしようと思い、スマホでも撮影したのですが、先を歩いているうちにライン送信の機会を逸しちゃいましたから、このblogをアップしたら送ることにします爆笑

松が谷二丁目付近から見た「東京スカイツリー」。この道は「かっぱ橋本通り」ですから、合羽橋商店街の近くですウインク!?このアングルからの「東京スカイツリー」、いつかの「駅ハイ」でも撮影したな、と思って過去blogを読み返したら、ありましたよウインク

やはり日暮里駅からスタートしてました爆  笑

こちらは今回の「駅ハイ」では何の案内もありませんでしたが、浄土宗のお寺。境内の梅が満開でとてもいい香りを出していたのでちょいと休憩ウインクあと、お寺の鐘(銅製の「銅鐘」と記されていました)がとても立派でした照れ大きさは全高が2m20㎝と、江戸時代に造られた鐘としては最大の大きさらしいです。お寺の起源としては円誉道阿という方が1590年、現在の文京区湯島の地に草庵を結び多くの信徒を集めていたのだそうです。また徳川家康公も道阿には深く帰依していたそうで、1604年には草庵があった場所に寺院を開いたのですが、浄土宗の開祖である法然上人の御名前である「法然房源空」からお名前を頂き「源空寺」にしたのだそうです。その後、1657年の「明暦の大火」で寺院が類焼したため当地に移転してきたそうです。またお寺の南側にある墓所には、日本地図を完成させた伊能忠敬公の墓所もあるそうで、国の史跡にも指定されています。そーなんですよ、伊能忠敬公と言えば、chuの故郷であります千葉県が生んだ偉人で、現役中は地元の佐原で商いをしていたのですが、家督を長男に譲り時間が出来たことから、50歳の時に江戸に出て天文学者である高橋至時に弟子入りをします。その後、20年余りをかけて現在の日本地図の原型となる地図を完成させるのですが、今回の「駅ハイ」を企画した明治大学「地理学研究部」の皆さん、“歴史文化探訪へ出かけましょう”と言っておいて、君たちが志す地理学の大先輩で大偉人でもあります伊能忠敬公が眠る墓所、しかもそのお墓は国の史跡にまで指定されている「源空寺」をよもや素通りさせるとは、いやはや、“君たち、本当に「地理学」を研究しているのかいニヤリ”と、言いたくなるようなコース設定でしたグラサン

なお余談ですが、伊能忠敬公の墓所は実は二か所あり、もう一つは忠敬公が江戸に出る前まで住まわれていた千葉県香取市(旧佐原市)にある「観福寺」ですニコニコ

しかし、忠敬公の遺言には自分の亡骸は師が眠る高橋至時の隣にして欲しいと託されていたため、「観福寺」の“伊能忠敬のお墓”には、遺髪と爪のみが埋葬され、ご本人の御遺体はここ「源空寺」に埋葬されているのでした。

そして「源空寺」から歩くこと数分で、出ました東京の迷所爆  笑東京メトロ銀座線の上野車両検車区ビックリマーク突如として現れる地下鉄の線路が通る踏切ですチューそしてここは日本唯一の“地下鉄の踏切”なんですびっくり👆にリンクしました拙blog内にも、ここを訪れた時の様子を詳細に綴っていますので今回はあっさりと、ウィキペディア等のリンクに留めますねウインク👇

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E9%87%8E%E6%A4%9C%E8%BB%8A%E5%8C%BA

しかしここなど、日本に唯一の“地下鉄踏切”なのですから、折角、今回の「駅ハイ」ルートに入っているのですから、ルートマップ上にて何らかの説明を入れたらよかったのになぁ、と叫びだって、chuは地理大好き人間ですから、地理や地図が大好きな人間はこうした場所を訪れた時には燃えますメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラからね爆笑

そして上野駅に到着ビックリマーク普段は滅多に利用しない上野駅入谷口を激写した後、中央改札口から出たメインの出入り口であります正面玄関口。思えばバブル期に、この古い古い上野駅駅舎を取り壊し、ホテルや商業施設などを集約した複合超高層ビルの駅に建て替えようとした計画がありましたが、バブル経済の崩壊と共にその計画は霧散してしまい、結局、1932年築の古い駅舎が、ところどころ改修はされつつも、使い続けられることとなりましたニヤリ

引続き、コースの「アメ横」を歩きます走る人走る人走る人山手、京浜東北線の線路下ガードに連なる商店街です👇

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%A4%E6%A8%AA%E4%B8%81

chuは混雑しているところが苦手なのでさっさと通り抜け、「上野公園」、不忍池湖畔を歩きます走る人走る人走る人そしてchuは上野は大好きな街照れお買い物や食事などを愉しんだ後、この場所にきて佇むこと数知れずでして、ここから眺める不忍池超しの高層ビル群の姿が最高に落ち着けますチューそれに上野は、松戸駅までJR常磐線の快速電車で19分(特別快速ならば15分)ですから、まぁ地元みたいなものなんですよウインク

不忍池の南西端まで来ました。が、👇の地図はchuが最も嫌う“上が「北」ではない”地図プンプン

正しい地図はこちら👇左下の赤字ので〇囲みしたところが👆の地図の現在位置になるのですが、「上野恩賜公園案内図」とされていますが、とんでもない地図ですよパンチ!明治大学「地理学研究部」の皆さんら、地理・地図の研究者や愛好家にはこうした地図が各地にまかり通っていることを問題視して貰いたいものですプンプン正確な地図は上が「北」、下が「南」、右が「東」、左が「西」というのが常道ですので真顔

そして立ち寄りスポットの「旧岩崎邸庭園」に来ましたニコニコここは三菱財閥を築いた岩崎家の茅町本邸だった建物とその庭園を整備した都立の庭園ですウインク園内にあります歴史的建造物と敷地全体が国の重要文化財に指定されている名勝ですが、chuは過去に訪れていますので今回は園内には入りませんでした口笛しかしまぁ、コースに設定されていますので一応、「旧岩崎邸庭園」前まで出向き、記念写真ということでカメラした次第です爆笑

後編に続きますウインク

 

2026年1月27日、自身の発言により引き起こした対中関係悪化に対する責任追及をかわすためや、統一教会疑惑(新聞その他の報道では、もはや疑惑ではなく事実となりましたニヤリ)の拡大により今後の支持率凋落が見込まれることから、こうした疑惑を隠すための高市早苗氏による大義なき選挙戦がスタートしましたプンプン衆議院解散から告示日まで、稀にもみない超短期間での決戦です。今回も“気ままなお出かけ”blogとは異なりますので、今回の選挙に御関心のない方、並びに妄信的に現政権を支持されています方は、ご遠慮なくブラウザバックして頂きますよう、お願い申し上げます。

 

2026年1月29日、この日の午後は安藤じゅん子さんの中学校の先輩で、松戸市市議会議員の原ゆうじさんが後輩、安藤じゅん子さんの応援弁士を務めて下さいましたウインク遊説に先立ち、事務所前にてカメラなお原市議は無所属の議員さんですが、可愛い後輩のために前回の選挙時にも、ひと肌もふた肌も脱いでくれる頼もしい先輩です照れ

午前中、選挙カーに乗り込み市内各所を回って下さいました戸張ともこ松戸市議(左端)さんとバトンタッチですウインク

午後のスタート直後は安藤じゅん子さんの地元を中心に回り、途中、お二人の母校である「松戸市立第六中学校」校門前にて記念撮影ウインクなお、同時刻は既に授業は終了している時間ではありましたが、学校(と、病院)付近ではスピーカーから音は出していませんニコニコ

 

2026年1月30日

そして選挙戦は早や中盤にさしかかりました。選挙戦序盤の情勢では与党有利、「中道改革連合」はやや苦戦しているとの報道が目立ちますあせるあせるあせるしかしそのような情勢の下、安藤さんを応援して下さる超大物議員さんにわざわざ松戸まで足をお運び頂けることになり👇

会場はJR常磐線&京成松戸線の松戸駅西口のペデストリアンデッキ上です。そしてつい1時間前には自民党から出馬している候補者の街宣が行われていました。またその場には、あのお米券で名を馳せたニヤリ鈴木憲和・前農水相が応援弁士を務めていまして、そこそこの人出を集めていました。また、一応、前農相ですから閣僚扱いされているようでして、周囲を警戒する制服私服の警察官が目立ちました。ま、警察官の皆さま方には、これはお仕事ですからお疲れさまと言うことで真顔

 

そして街宣開始の14時30分に近づくにつれて、この人だかりポーン前職閣僚が来ていた時は、聴衆もそれなりに居ましたが、警戒のための警察官も多数いました。ですがこちらには党代表(公明党です)の方がいらしているのですが、SPも含め、警戒のための警察官はいませんでしたので、ここにお集まりの方は「改革中堂連合」を応援している方となりますウインク(中には敵情視察に来ている他陣営スタッフも潜りこんでいる場合もありますがニヤリ)そしてお集まり頂きました人の数は、先ほどの自民党候補が街宣していた時を大きく凌いでいましたびっくり私はこの手の街宣には何度も参加していますが、今までの「立憲民主党」だけでは、野田代表にお越し頂ける時には沢山の聴衆の方が来るのですが、それ以外の場合はこんなに沢山の聴衆が集まることはなく、やや寂しいものもありました絶望しかしこの日は平日にも関わらず、こんなにも多くの方にお集まりいただくことが出来ましたウインク「公明党」さんの動員力にはたまげたものですチューそして、26年間の友を敵に回した高市自民党、困ったことになりましたねぇニヤリ

もぅ、前の方には行けませんので後ろの方から安藤じゅん子さんの演説を聴かせて頂きましたウインク

ZoomZoom

そして竹谷とし子代表の演説が始まると拍手喝さいの嵐拍手拍手拍手拍手拍手拍手拍手拍手拍手拍手

演説が終わり、お二人、手を取り合って必勝を誓いましたビックリマーク

竹谷さんの応援演説が終わり、深々と頭を下げる安藤じゅん子さんウインク

この後、竹谷とし子さんを囲んで記念撮影カメラ竹谷さん、お忙しいでしょうに、支援者の方がたくさんお集まり頂いているため握手やグータッチ、そして記念撮影のためのお時間を頂きました照れなお竹谷さん、昨日は北海道内を遊説されていたようで、大雪の中で今回の選挙戦が行われていることに苦言を呈されていました。ですが竹谷さんはとても上品な方です。決して口汚く高市氏を罵るようなことはされませんウインクなお現時点では参議院と地方議会は「立憲民主党」と「公明党」と、それぞれ独立した政党です。ここにお集まりの皆さんは、「立憲民主党」と「公明党」の地方議員さんが中心ですニコニコ

ちなみに私は今まで竹谷とし子さんとは全く接点はなく、今回、初めてお話を聞かせて頂く方でしたがこのようなお方ですウインク👇

これより前、長時間に渡り支持者の方を交えての記念撮影が行われていましたが、個々人の方のお顔は出せませんので途中、割愛いたしました。しかし“顔出し、全然構いませんよ”と言って下さる方、多数だと思いますチューそして竹谷とし子さん、お忙しい中、本当に有難うございました照れ

 

2026年1月31日

選挙戦、最初の週末です。時刻は16時。場所は京成電鉄「八柱駅」とJR武蔵野線「新八柱駅」(駅名は異なりますが、同じロータリーで繋がっている、松戸市内の交通の要衝です)。この場所で、安藤じゅん子さんの他、「比例南関東ブロック」から立候補されているお二人が支持の御訴え。なおこのお二人は旧「公明党」御出身の方ですが、比例名簿の単独1位と3位に登載されていますので当選はほぼ確実です。翻って小選挙区から立候補されています旧「立憲民主党」の候補者は、「中道改革連合」共同代表の野田佳彦・元内閣総理大臣は重複立候補はしておらず比例名簿に御名前は搭載されていないのですが、野田共同代表以外の候補者は全て4位で搭載されていますので、もし、小選挙区での当選が叶わなかった場合はそれぞれの候補者が獲得した票数を元に、当選した方との票差の惜敗率で競うことになります。ただ前回の衆院選ではオウンゴールによる自民党への逆風が吹く中、小選挙区で当選することが多かった「立憲民主党」の候補者でしたので、小選挙区で落選したものの惜敗率で比例復活出来た候補者は6名。また、旧「公明党」から「比例南関東ブロック」で当選された方は2名です。しかし今回の選挙では“焦点隠し”が奏功している自民党が優勢と報道される中、小選挙区では勝ち上がれない「中道改革」の候補者が比例での復活当選に期する方は現状のままでは前回選挙時よりも多くなる可能性は高いと言わざるを得ません。そして、重複立候補している「南関東ブロック」では旧「公明党」所属の議員の方が単独で1~3位として搭載されていますので、旧「立憲民主党」出身の候補者が「中道改革連合」として獲得できる議席数は、どんなに多く見積もっても5議席です。小選挙区で落選した「中道改革連合」の候補者…全てが旧「立憲民主党」に所属されていた方ですが、“惜敗率争い”でも熾烈を極めることになるのです。長々と綴ってしまいましたが、本日の街頭演説の様子ですウインク

支援者の間をくまなく回り、グータッチと握手をする安藤じゅん子さんニコニコ“握手をした数が票につながる”とは、かの田中角栄さんの名言ですが、田中角栄さんの秘蔵っ子である小沢一郎氏も、同じように支援者との握手は必ず行っていましたね。あと小沢さんの選挙戦術は“川上作戦”ビックリマーク選挙区内の、誰も演説を聴いていないような寂びれた場所から選挙戦を展開していくのが特徴でした。なので千葉6区のような都市部での川上戦術は、市の境(外れ、とも言います)から選挙カーを走らせたり、街宣をしていくのがより高いパフォーマンスを発揮できるのですウインク(お顔の出ている方は地方議員の方です)ただ、時代は変わりまして、今ではSNSやショート動画を使った選挙戦がより効率的とされる時代真顔ひと昔前までは、その手法は“空中戦”と呼ばれており、“風頼みの不安定な戦術”とされていました。そして当時は“確実に票につながるのは握手した数だビックリマーク”と言われていたのですがねニヤリ(しかし実際、それを実践している候補者も、特に自民党候補者にはたくさんいるのが現実です真顔)

 

話変わってこちらは京都府大山崎の「天王山」近くにあります「天王山宝積寺」ビックリマーク(一時的に何時ものお出かけblogちっくになります爆笑)

お寺の名前は「宝積寺」で、寺名の前に付く“〇〇山”と言うのを「山号(さんごう)」と言うそうなのですが、これは多くの寺院が山中に建てられたことに由来しており、多くは寺院が所在している山の名前を寺院名の前に冠するようになりました。なお平地に建てられた寺院でも山号が使われることがあるそうなのですが、これは必ずしもすべてのお寺についているわけではなく、また天王山の山号が付くのはこの「宝積寺」だけなのだそうです。山号で有名なところでは、「比叡山延暦寺」「成田山新勝寺」「音羽山清水寺」「高野山金峯山寺」などがあると、神社仏閣に詳しい学生時代の友人、隅〇君が教えてくれましたウインク

その隅〇君、今では時間の合間をぬって御朱印集めに国内各地を行脚しているのですが、昨日、この「天王山宝積寺」を訪れたそうですニコニコ場所は京都府乙訓郡大山崎町。京都と大阪の府境付近で、名神高速道路と京滋バイパスの大山崎JCTに併設された大山崎インターチェンジの近く。高級ウイスキーで知られるサントリーの「大山崎」を製造している工場もこの近くにあるそうなのですが、この付近では戦国時代にとある合戦が展開されました。そうてす、「天王山」と言えばすぐさま思い浮かぶのが「天王山の戦い」(「山崎の戦い」とも言われています)です。その「天王山の戦い」とは、1582年(天正10年)に羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)と明智光秀が京都府乙訓郡大山崎町付近で激突した合戦です。この戦いは、織田信長を討った本能寺の変の直後に起こり、秀吉が光秀を破ったことで天下統一への足掛かりを築くことが出来たのですが、この戦いは、勝敗を分ける重要な局面であったことから、転じて“物事の勝敗を決める正念場や運命の分かれ目”が「天王山」と称されるようになりました。そして前回のblogにも記しましたがその隅〇君、私のblogを熟読して下さっている一人なのですが、“お前のお出かけblogに政治のネタは似合わないパンチ!”と言っておきながらも、やはり私が応援している安藤じゅん子さんと「中道改革連合」については気にかけてくれているようでわざわざ激励のため!?この写真を送ってきてくれましたウインクなんでも昨日は雪がチラチラと舞っていたそうなのですが、日本海側の中国地方、北陸、新潟や東北地方、北海道では雪が舞うどころか、積雪により街宣活動が出来ず、ましてや選挙掲示板すらまともに見ることが出来ないような場所もあるようですゲローこんな時期に、国民の生活に直結する来年度の予算審議を後回しにして、大義なき選挙戦を展開するのは許せないムキーと言ってくれているのでしょうか、私には“兎に角、今回の選挙は天王山の戦いだぞ”(だからガンバレビックリマーク)というメッセージだと受け取りましたビックリマーク照れ隅〇君は、神奈川県某市にお住まいですので残念ながら安藤じゅん子さんに投票いただくことは出来ませんがショボーン貴君のお住まいの選挙区にはこちらの方々が立候補されていますので御参考までにウインク(てか、この選挙区はとっても分かり易い爆笑ですし羨ましいですニヤニヤ)あびっくり比例名簿は千葉県、神奈川県(あと山梨県も)は共に「比例南関東ブロック」を構成していますウインクなんだ、共通点、あるぢゃないウインク

 

そして本題に戻りますが、今回の選挙は正にこの「天王山の戦い」そのものですビックリマーク勇ましい発言だけが先走りして日中関係をギクシャクさせて、外国人を必要以上に差別して(※私も観光地における特にC国人の観光客の振舞いには辟易している一人ではありますので、何らかの対処は必要だと常々思ってはいるものの、排除などは考えません)、そして右傾化を益々加速させる高市自民党。しかし自民党内にもマイルドな保守志向をお持ちの方が沢山います。ですが小選挙区制の現在、時の総裁や幹事長などの党幹部に取り入らなければ党の公認が貰えません。今回の選挙でも、高石早苗氏とは距離を置く、つい数か月前までの石破政権時に総務相を務めていました村上誠一郎さん、選挙区減による区割り調整のため前回選挙では比例単独候補となり当選を果たされていたのですが、今回の選挙ではなんと比例単独で名簿順位は10位ですゲロー皆さん、これ、お分かりですが!?自分の意にそぐわない人物はバッサバッサと斬り捨てる高市流人事の現れですプンプン人事で人をコントロールするのは菅義偉だけの専売特許ではありませんでしたねニヤリ正に恐怖政治の典型なのですが、残念ながら村上誠一郎さんは国会に戻られることはありません。自民党内の中にも居る、良識ある人が排除され、中に残るのは高市早苗氏に媚びを売る人間ばかりプンプンかつての都議選の選挙応援時、辺りに響いた“安倍やめろ”コールに、“こんな人たちに負けるわけにはいきません”の妄言を吐きました安倍晋三氏。その安倍氏を政治の師と仰ぎ、安倍氏同様、“敵か味方か”で人を分別し、お友達には手厚く、それ以外の人は関係ないと、いとも簡単に冷淡に斬り捨てる人に、これからの時代を託せますか!?それでも下がったとはいえ、まだ6割台の支持率を有しているのですから、高市氏の“お友達”の方が多いんですねニヤリちなみにもちろん私は違いますから、もし高市政権が継続されるのであれば、この後バッサリと斬り捨てられることでしょう爆  笑ドクロ

 

最後に、安藤じゅん子さんの御主張はこちら👇ウインク

①あなたの生活を物価高から守る

②“政治とカネ”の問題と決別する(※公明党が自公連立与党と決別する大きな理由の一つでした)

③平和な社会を絶対に守り抜く

 

を公約に掲げています。来週の日曜日が投票日。勇ましい言葉だけを吐き続けて右傾化する日本国は、このまま進むと再び“いつか来た道”を歩み始めるのです真顔

国を護るのは防衛力ではなく外交力。そして「総合安全保障」こそが何より重きを置かれるべきなのです。と、国際関係論の権威でもあります私が教えを請うた故・衛藤審吉先生(特に東アジア情勢に造詣が深い方でした照れ)や田中明彦先生(日米関係に詳しい方です)は説かれていますウインク

 

【追記】

私は、選挙戦の終盤を迎えるこの大事な時期に、仕事と所用により火曜日からは地元を離れざるを得ません(>_<)次に再び合流出来るのは、投票日前日の2026年2月7日になります(>_<)なんとか、情勢が盛り返されていることを祈念するばかりですお願い

 

【追記2】

超最新の選挙分析です。“自民党を利する”を目的にしたかの読売新聞による分析ですので、話、1/5くらいで聞いてくださいニヤリ