※首都圏における2025年の観桜シーズンは、本日(2025年4月13日)時点では既に終了しています。そのため、今年のここからの観桜blogは回顧編となりますことを予めお断りさせて頂きます

 

東京都心の桜シーズンを予測するための、靖国神社にあります標本木の開花が宣言されてから一週間が経過した3月下旬の週末、首都圏各地では「さくら祭り」が開かれており、chuの地元である千葉県松戸市の各所でも桜祭りが開催されておりました。しかし生憎それは冷たい雨の中泣かろうじて30日には、ほんの少しだけ青空も見えたようですが、chuは仕事でしたので参戦出来ず、ですので2025年の観桜はホント、こちら👇にて終了するものと半ばあきらめておりましたショボーン

しかし陽ざしが戻った4月の4日、この日は特段の所用もなく“行くなら今日だビックリマーク”で出向きましたのがchuの住む松戸市のお隣にあります市川市真間にある日蓮宗本山の古刹「真間山弘法寺(ままさんぐほうじ)」ニコニコ開基は今から遡る事1300年、奈良時代の天平9年(737年)、行基菩薩がこの地に立ち寄られた際、地元に住んでいた娘「手児奈」の哀話を聞き、その心情を哀れに思われたことから、一宇(いちう)を建てて「求法寺(ぐほうじ)」と名づけ、手厚くその霊を弔うために創建されたのがこのお寺の起源なのですが、それからおよそ100年ほど経た平安時代、弘仁13年(822年)に弘法大師(空海)が教えを広めるために来寺した際に、求法寺を七堂伽藍に再建され寺運を一新、その際、「求法寺」から「弘法寺」にと改称されましたニコニコ

京成本線の国府台駅若しくは市川真間駅から徒歩で10分。車でお越しの際は千葉県道1号線を松戸方面に進み、千葉商科大学の手前の道を東に入ると駐車場はあります。しかし観桜の時期、駐車場は檀家の方専用とされているためそれ以外の方の駐車は本来は不可なのですが、駐車場の入り口で“参拝に来ました”と言うとすんなりと入れてくれた、との事でもありました(高校時代の友人のS山君からの情報提供ですグラサン) 国府台駅周辺にはコイン駐車場が多数ありますので、これらを利用するのも一手ですウインクすると寺院の真下に着きました。“真間山”というくらいなのですから、ここは少し小高い丘になっています。と言うか、その昔、この近隣には国府台城(現「里見公園」)や国府が置かれた土地柄ですからエリアの中心地。小高い丘、とうよりは「山」に近いのかも知れません。こんな感じの長い階段が続きます。どうです、結構長くて急でしょポーン

見上げると先は長い。まるで壁だ滝汗登山口に立った気分です爆笑

なんとか階段を登り切り、市街を見下ろしますあせるあせるあせるどうです、中々の眺望でしょうウインク正面右の超高層ビルはJR総武線市川駅南口にあります「アイリンクタウン」ですニコニコ

階段を登り切ったところにある、「弘法寺」の説明ニコニコ

仁王門

そしてこの参道(長い階段)を上がると見事な枝垂れ桜が迎えてくれますウインクこちらは樹齢400年と言われる「伏姫桜」という名の枝垂れ桜ニコニコ例年、3月中旬~4月上旬に薄紅色を表現し、春の彩りを醸し出してくれる桜です照れなお枝垂れ桜は、前回の桜blogでもお伝え(松戸市千駄堀にある「圓能寺」御参照)したとおり、ソメイヨシノよりも咲き始めが早く、見頃となる期間も短いのですが、「弘法寺」では枝垂れ桜以外にも約100本のソメイヨシノもありますので、枝垂れ桜とソメイヨシノの咲き競い、“共演”は、それは素晴らしいものがありますねウインク

さて、市川に来ましたので江戸川堤防まで少しだけ足を延ばしてお散歩走る人走る人走る人菜の花と青空のコラボが素敵です照れここは江戸川河口から14キロメートルの地点ですウインク

しかしいくら晴れた晴れとは言ってもまだまだ肌寒いです🥶🥶🥶 マリンスポーツ…リバースポーツ(ここは千葉県と東京都との都県境である江戸川で、対岸は江戸川区。奥には「東京スカイツリー」も見えています)を愉しまれる皆さん、水面に落ちたら寒いでしょうにニヤニヤ

帰宅途中に立ち寄りましたのは市川市中国分にあります「じゅんさい池公園」。国府台と国分の台地間に深く入り込んだ古くからの沼があり、これを国分沼といいましたが、この沼にはじゅん菜がたくさん生えていたことから、じゅん菜池と呼ばれるようになりました。昔は近隣の農家の人々がじゅん菜を摘んで出荷したこともありましたが、昭和の初期に沼が何度も干上がり、ついにじゅん菜は絶滅ショボーンそのため戦後には、沼は田んぼに変わりましたが、地元の人々から昔のようなじゅん菜池を復元してほしいとの要望を受け、 昭和54年に現在のじゅん菜池緑地へと整備されたのでした。また「じゅんさい池公園」の四季の魅力はと言うと、
春は梅、夏はツツジ、秋はキンモクセイの香り、もみじ、かえでの紅葉、冬は鴨などが飛来し四季折々の自然が、池の周囲を囲んだ遊歩道から楽しめます
(市川市HP「じゅんさい池緑地」から一部抜粋させて頂きました)

先の説明にもありましたように、四季折々の自然の中に、実はサクラは入ってはおりませんニヤニヤですので観桜のためにこの公園に来る方は少ないのですが、それでもどうしてどうして、少ないながらもちゃんと咲き誇っていますし、随所にベンチもあります。また南側に面した湖岸はとても日当たりが良く、喧噪さのない下での観桜は十二分に楽しめると思いますニコニコchuは池の周りを一周しただけでしたが、「じゅんさい池公園」、大好きなんですウインクそれと言うのもこの公園の構成が、chuの大学キャンパスに近かったことから当時、頻繁に訪れていました東京は武蔵野市にある「恩賜井の頭公園」にどこか似ていて、ここを訪れるとその当時のことを思い出すことが出来るからなのですウインク

【御参考】以下3枚が、東京都武蔵野市にあります「恩賜井の頭公園」。スケールも知名度も「じゅんさい池公園」とは大きく異なる著名な公園ですが、雰囲気がどことなく似ているのです照れ(撮影は2010年です)同公園は松戸市からは遠い武蔵野市に所在していますので、今となっては中々赴くことも出来ず残念ですチーン

で、ここからは「じゅんさい池公園」に戻りますウインク

これは…サクラではないですね、けど梅でもありません。桃!?かなぁ…ちょっと自信はありませんが綺麗なのでカメラ

じゅんさいの いけにちりぬる さくらばな はるのおわりも いといとうしれなれ 詠み人chu爆  笑

そしてこの日(2025年4月4日)の午後から出向きましたのが千葉県松戸市の「ときわ平さくら通り」ビックリマーク見頃の満開を迎えましたのは数日前。しかもちょうど「ときわ平さくら祭り」も開催されていましたからタイミング的にはとても良かったはず…なのですが、生憎、天気が悪いえーん3月29日の土曜日は一日中、雨ショボーンしかし翌30日(日曜日)は一時的に晴れ間も見られる天候でしたが、生憎chuは仕事チーンそして週が明けた3月31日からはなんと4日連続の雨叫びドクロこれぢゃ、とてもお花見が出来るどころぢゃありませんよパンチ!しかしそれも一転して天候が回復したのがこの日の4月4日だったのでした。そしてまぁ、chuの観桜の定点スポットしては都内に出向き、千代田区の千鳥ヶ淵や台東・墨田区の隅田公園などが定番なのですが、都心部まで出向くのも疲れちゃってニヤニヤということで、2025年のお花見は地元を中心に回ることにしたのでしたウインクまずはこちらは新年度を迎え、装い新たに京成電鉄松戸線に生まれ変わりました「五香駅」にて下車。新京成線時代のピンク色を基調とした文字色から京成のブルー色へと変わってはいますが、運行ダイヤや運賃はもちろん、使用されている車両や車両カラーも新京成線時代のままでした爆笑

「日本の道100選」にも選ばれていますさくら通りは新京成線の八柱駅から五香駅までの3.8㎞がその区間。また「さくら祭り」開催期間中の、平成年代初頭の頃まではオープニングに合わせて千葉県知事が祝辞を述べにわざわざ松戸までお越し頂けるなど、毎年、50万人を集める大イベントだったのですが、それも今は昔のお話ですニヤリ

しかしごらんのようにソメイヨシノ一択のさくら通りですが、そこそこに綺麗ではありますニコニコ

しかし“それも今は昔のお話”と言うのはこれらの桜の規模のこと。かつては道路の真上を覆いつくすほどの桜の木に覆われていたのですが、今では御覧の通り、スカスカ状態の、大変寂しいものになっていますショボーンこれは古くなった樹を切り、また道路の上部を覆っていた枝を払い、古い木の跡には新しく植樹はされていますが、この木が道路を覆いつくすほどまで成長する頃まで、残念ながらchuはおりませんグラサン

そもそもさくら通りの桜は、当時の日本住宅公団が造成開拓しました日本で最初の公団住宅ビックリマークいまから60年前のことですが、公団団地への入居が始まるのに合わせて植樹されたサクラたちだったのですウインク

旧いサクラの木が植え替えられて、何時の日かは以前の映えるサクラが再生されることを祈ってやみませんニコニコ

こちらの立派な門構えをしているお屋敷は個人の方のお住まいなのですが、門の真ん前には太いサクラがお屋敷を覆い隠さんばかりに咲き競っていまして、さくら通りの中での一番の撮影ポイントでしたウインクですが今はすっかり様変わりニヤニヤう~ん、あの時の姿に戻るのにはまだ20年以上はかかるでしょうね…果たしてその時chuは爆  笑

おっと、ちようどいい“標本木”を発見ビックリマークと言っても、開花宣言の基準となる標本木ではなく、伐採&再生の標本木です爆笑奥側の木は恐らく道路を覆っていた枝があったはずですがメインの幹だけを残してバッサリと切り落としてしまっています。また手前の木は…太い幹の根元部分のみを残して伐採滝汗

この太さです。中が少し空洞化しているようにも見受けられます。樹木医さんらによる診断で、剪定する箇所やバッサリ切るものなどを選定しているのでしょうか??何れにせよ、この木から桜の枝が伸びるのにはまだまだ年数が必要ですねウインク

そして、間もなくこの日のゴールの常盤平駅近くまで到着しました。五香駅から常盤平駅までの間は2.2㎞なのですが、さくら通りはまだ一つ松戸駅寄りの八柱駅まで続いており、そのため、その全長は3.8㎞になります。しかし一口に3.8㎞と言って、首都圏でこれほど長い桜並木が続いているところはそうそうはない、というのが松戸市民の誇りでもあります照れただ「常盤平さくらまつり」の会場として、両脇に数多の露店が並ぶのは五香~常盤平間の2.2㎞に限られており、常盤平~八柱間の1.6㎞は、桜並木はとても綺麗なのですが露店は一切出店がありません。ですので露店を目的にされているのであれば、さくらまつりの区間を、そうではなくて、散策しながら静かに桜並木を歩きたい、というであれば常盤平~八柱間を歩かれることをお勧めいたしますウインク(※さくらまつりの期間中のみ、五香~常盤平間はホコ天になりますが、それ以外の時は桜がどんなに見頃を迎えていて、かつ晴天であったとしても、道路の交規制はなされていないため、車両の通行はありますので歩道部分をお歩きください)

さて、快晴に恵まれましたこの日、近場とはいえ、朝からの観桜を愉しませて頂きましたのでお花見には必須の“花見の打ち上げ”生ビール日本酒ロックグラスを、と爆  笑で、やって来ましたのが「や台ずし」の常盤平店ウインク実は、今日のお花見の打ち上げ会場はここビックリマークと朝から決めていましたので、ホントは残り1.6㎞を八柱駅まで歩いても良かったのですが、常盤平にて打ち止めでございます爆  笑ま、もし「や台ずし」が八柱にあれば当然、最後まで歩いたのですが、残念ながら八柱駅周辺に「や台ずし」はありませんので、コース途中での打ち止めも、それは詮無いものなのでありましたニヤニヤ

打ち上げは15時スタートビックリマーク常盤平店のオープンは15時なのでお店の前で待機爆笑(※オープン時間は店舗によって異なります)そして何とオープンから19時までは呑み物は半額ですクラッカー合格(土曜休日もOKですウインク)なお今回の写真はフラッシュを焚かなかったので見映えが悪い(>_<)ですがお寿司はもちろん、刺身やあん肝ポン酢など、中々の逸品でしたウインク

二号徳利で注文し冷で飲んだ「辛丹波」がめちゃくちゃ旨いびっくり旨すぎたチューいったい、何合吞んだんだ爆  笑ソシテハンガクダラアンシンダ爆笑

すっかりファンになっちゃいましたチューラブ

こちらはトイレの横に貼ってありましたポエム!?でいいのかなキョロキョロなんかいい言葉…👉「ごめんね」とか、「ありがと」とか、「好きだよ」とかをひと言でいうと「飲もうよ」になります。ですってウインクこの言葉、奥が深いですよね照れ

要は、“人生には、飲食店がいる”という結語から、このポエムは“人には呑み屋が必要ですよ”という飲食店(主に酒場)をバックアップするためのものでスポンサーはSUNTORY。ですので、あの社長の会社ですから、真顔プンプンと思うところも色々とありますが、このポエムだけは認めることにしましょうかうーん

荒廃した野が至る所に広がる、戦後の混乱がなお続いていた1947年(昭和22年)も年の瀬を迎えた12月27日、新京成電鉄は、新津田沼駅~薬園台駅間に敷設した線路に初めて電車が走らせましたニコニコ爾来、78年間という長きに渡り千葉県東葛地域の住民の足となり、多くの方々を運びつけて下さいました鉄道事業者でしたが、2025年3月31日を以ちまして、78年間の営業を終えましたのはつい先日のことです。しかしウィキペディアには3月31日の終電、ですので新京成電鉄としての最終電車が終着駅のくぬぎ山駅に到着した時点では、日付は変わり4月1日になっていたのですが、早くも「新京成電鉄」の項目には“かつて存在していた鉄道事業者”と編集されましたので、リアルタイムな編集には驚きを隠せませんでしたニヤニヤ

なお今回の合併劇は、親会社の京成電鉄による、完全子会社である新京成電鉄の「吸収合併」と報道されているところから、赤字経営に苦しむ子会社(新京成電鉄)が、親会社に経営支援を仰ぐも弱小資本の子会社としてはやっていけないため救済して貰う、という文脈で捉えらているのですが、実は今回の“吸収合併”の本旨は実は全く異なります。それに関しましては“新京成電鉄の名誉”を守るべくblog末尾に参考資料として関連記事をリンクさせて頂いておりますので、是非、御覧頂ければ幸甚ですウインクところで前回のblogにも記しました通り、chuは千葉県松戸生まれの松戸育ちですので新京成電鉄との付き合は長い、ホント永かったのですニコニコそして新京成が親会社の京成電鉄と合併するビックリマークとの第一報を受けたのは2022年1月のこと。それから3年2か月を経て京成電鉄松戸線へと変わりましたウインクこちらが2025年4月1日以降の京成電鉄の路線図です👇かつての新京成線は、松戸から京成津田沼まで、赤の実線で印を付けてみましたが、かなり分かり難いと思いますがあせるあせるあせるてか、この路線図は京成電鉄が相互直通運転をしています都営浅草線と、京浜急行の三浦半島の先端近くに駅がある浦賀駅や三崎口駅まで描かれていますから、そりゃ、“窮屈”な路線図になるwなニヤニヤけど、京成電鉄の千葉市内にある京成千葉駅から、京急線の浦賀駅(実際は京急本線の浦賀駅に行く直通電車はなく、三崎口行きの設定となります)までを相互直通運転をされている電車網と見ると、首都圏の東京湾をぐるりと囲んでいるのですから、それはそれは凄い路線網となっているのは間違いありません合格クラッカー

【御参考】こちらは①京成電鉄②都営地下鉄浅草線③京浜急行電鉄の路線図です。線路自体は千葉市から、東京都心を通り川崎、横浜市を経由して三浦半島の最先端に近い三崎口駅まで東京湾を囲むようにして繋がっていますが、電車自体の運用体系は京成線と一体化している成田スカイアクセス線の終点である「成田空港」駅から京急線の終点の「三崎口」駅を結ぶ、超ロングな特急が運行されています。

そしてこの度、新京成電鉄が78年間の幕を閉じるにあたり、読売新聞系列の地域ミニコミ紙の「松戸よみうり新聞社」では“ありがとう新京成”と題し、78年間にわたり地域を支えてくれた新京成電鉄の歴史につき詳報して下さっていますチュー新京成電鉄の歴史を知る上でも極めて秀逸かつ貴重な記事でもありますので、謹んでリンクさせて頂きますと共に、是非、皆様にも御覧頂きたく思いますウインク

さて、今回のblogは“新京成電鉄メモリアル!78年間、本当に有難うございました(⋈◍>◡<◍)✧♡”、2025年3月31日までの期間限定ではありましたが、松戸市議会議員・戸張ともこさん(立憲民主党)の市議会でのご提案により、長年、松戸市民の足となり、市民を支えてくれた新京成電鉄に市民の感謝の声を伝えたい、として松戸市役所1階の本館から新館へと繋がる連結回廊に設置されていました特設コーナーにて展示されたパネルを紹介させて頂きつつ、78年間の歴史や代々の新京成電鉄の車両、そして開業当時の駅舎の模様などをお伝えできればと思っています照れ

こちらが松戸市役所内、パネル展示の様子ですニコニコ

それでは一つ一つ、のパネルから紹介して参ります。まずは1946年から1964年までの動きなど。「新京成電鉄株式会社」自体は1946年10月23日に設立されていますが、実際に線路に電車が走りたしたのは翌1947年12月27日、新津田沼~薬園台間の2.5㎞を単線で開業しました。その後、順次、延伸を繰り返し松戸までの全線開通は1955年4月21日のこと。足掛け9年を要しました。その後、1959年8月には軌道を1372mmから1435mmへと改軌。これは親会社の京成電鉄が、都営浅草線(当時は都営地下鉄1号線と呼称)との相互直通運転をすることを見据え改軌したことから、これに倣ったものでありますニコニコもっともこの辺りのことはchuが生まれる前の出来事ですので記憶に残っていることはありません爆  笑

1966年から1989年までの間の大きな動きとしては、東京都多摩市を中心に展開されていた多摩ニュータウンを模し、千葉県が主体となり新たに開発した「千葉ニュータウン」の基幹鐡道路線として、1979年に「北総開発鉄道」(現、北総鉄道)が開業したことです。その北総線は、開業後暫くの間は北初富駅で新京成線に乗り入れ松戸駅までの運行されたのですが、新しく乗り入れて来た北総線の車両がはブルーの帯を基調としたアルミ車体で、いままで京成電車のお古を活用することも多かった新京成線の新たな風を吹き込んでくれましたニコニコちなみに新京成線に乗り入れを果たした初代北総鉄道は第23回の「ブルーリボン賞」を受賞クラッカー合格その後も千葉ニュータウンは北総開発鉄道の終点の小室駅からひと駅区間ですが千葉ニュータウン中央駅までが延伸開業、しかし小室駅~千葉ニュータウン中央駅の路線は当時の住宅都市整備公団が経営する「住宅都市整備公団線」という極めて珍しい鉄道会社びっくりしかし千葉ニュータウンは当初の計画通り開発が進まず計画規模の縮小を余儀なくされましたガーンそのため、千葉ニュータウン居住者のための足として開業した北総線は計画通りの旅客収入が得られず永いこと赤字続きにえーんまた、こうした事情から少ない利用者(乗客)から運賃を“巻き上げ”なければならず、そのため“日本一運賃が高い鉄道”という不名誉なレッテルを貼られ、そのことが有名になったため千葉ニュータウンに居住する事が躊躇われる事態にもなり、運賃が高い→千葉ニュータウンへの転居を見合わせる→利用者が一向に増えない→旅客収入が増えない→鉄道建設に際して借り入れた資金の利子(有利子負債)がどんどん膨らんでいく、というまさに“負のデフレスパイラル状態”に陥っていたころでした。しかしその後、北総線は北初富から都心直通となる京成本線の京成高砂駅までが開通したため、新京成線の松戸駅への乗り入れはなくなり、都心(日本橋)へ直通運転されるようになったことと、ゆっくりながらも沿線住民も増えてきたことから、運賃の値下げと、特に沿線住民を苦しめていた、バカ高かった通学定期の割引率の大幅引き上げなどが適うようになるのです。しかし運賃値下げや通学定期の大幅値下げが実現したのは2010年以降になりやっとのことですから、これは1989年までのことではありませんでしたねグラサン

1990年から2000年までの10年間での主な出来事は何だったかなキョロキョロん、あれだな…1994年(平成6年)のこと。松戸駅にはJR常磐緩行線と快速線、それと新京成線が乗り入れる大ターミナルだったのですが、駅の構内にはJR線と新京成線とを区別する改札(区分け)がなく、そのためJR線内で例えば初乗りきっぷを買って、予め所有している新京成線の定期券で新京成線の駅の外に出てしまう、なんてのがまかり通っていた時代でしたニヤニヤもちろんこれは“キセル”という立派な犯罪で、発覚すればJRに対して多額の反則金が請求されるのですが、それでも実際にやっている人は沢山いたような気がしますねキョロキョロなんら“罪の自覚”が持てないようなシステムでもありましたから。しかしこの年に中間改札機が設置されたことにより、今ではそうした不適切な行為は出来なくなりました。少し、遅すぎたような気もしますニコニコ

2002年から2012年までの10年間を振り返って見ますと、2002年の8月に鎌ヶ谷市の北習志野~鎌ヶ谷大仏間の連続立体交差事業が開始されましたビックリマークほれ、先日、chuが歩きました新京成主催の「沿線健康ハイキング」のコースです。そうですかぁ、2002年に事業が始まり、完成したのは2019年のことですから、実に17年間にも及ぶ超ロングな事業だったことが分かりますびっくりその後、2006年には、京成千葉線の千葉中央駅までの間、新京成線の車両のみを使用した“片側乗り通行”が実施されたのもこの年からでしたウインク

そして歴史は現代へビックリマーク新京成線では、京成千葉線に乗り入れる車両は6両編成でしたが、松戸~京成津田沼間で運用される車両は全て8両編成でした。しかし「東日本大震災」を経ての理由!?はよくわからないのですが、将来の鉄道利用者の減少を見越してなのでしょう、全車両を6両編成にしてしまいましたことにはホントに参った(>_<)4分間隔で運転されている朝の通勤時間帯でも、しばしば車内への出入りをするためのおしくらまんじゅうが展開されたりガーンさらに一番困ったのが夜(>_<)21時を過ぎると電車の運行間隔が15分、22時前後からだと酷い時には18分くらいあいてしまうですが、その間に松戸駅ホームにはJR線からの新京成利用の乗り換え客が流れこんできますから、まさにすし詰め状態になるのですゲローchuはシフト勤務を伴わない、日勤帯で勤務の時は帰宅は早くても21時。遅けりゃ終電の世界でしたから、日勤勤務がホントに嫌でした(>_<)あと、現在の新京成の車体カラーであります白とピンクを基調にした“新京成カラー”はちょうどこの頃(2014年)からのもの。新京成は78年間の間に、京成電鉄からのお古の車両の譲渡を受けていた時代も含めて、実に何十回も…実際にはそれほど多くはないですが10回程度はチェンジしていると思いますから、chu的には現在の新京成の車体カラーには実は然程の思い入れはないのでありました口笛

それではここから、歴代の新京成の車両を御覧下さいウインクまずは45形…chuは知りません爆笑

117形 都営八柱霊園への参拝客を運ぶための臨時電車のようです。盆とお彼岸時には松戸~八柱間の臨時電車が運行されていたようですニコニコ

みのり台駅に停車中の102形 片開き、1枚の扉は新京成の電車の特徴の一つ。あと、行先表示版は手でめくります。終点の松戸駅に着いたら運転士さんも車掌さんもサボ扱いをしますニコニコ

ん、この辺りの車両からは何となく、見覚えがありますねウインクそして車体色は「肌色」とエンジががった赤色のツートンカラーが久しく新京成の色でしたウインク

そしてこちらは1978年に開業した北総開発鉄道の車両(右側)とのコラボニコニコブルーリボン賞を受賞した超カッコいい車両ですチュー

新たに投入された、ヘッドライトが二つに分かれた新型車ビックリマークchu少年の心をくすぐった車両です爆笑

で、この頃からボディカラーが変わり、全体をアイボリー色に塗装し、茶色の帯を入れましたニコニコ

そして新京成を語る上で絶対に欠かせないのがこの車両で通称“タヌキ”と呼ばれていましたウインクほれ、前面の表情が何となく狸に似ていますよね爆笑

【御参考】タヌキのイラストです👇赤で〇囲みした部分が👆の表情と似ていますよねウインク(イラストはお借りしました)

そしてこの辺りから新京成線では車両新造のスピードが加速され、この8800形は現在も現役で使用されている最古参のもの。ボディカラーも落ち着いて来まして、“アイボリーに茶帯”が、永らく新京成線のイメージカラーでありました。また、この8800形は投入後、暫くしてから、そして次に紹介する8900形は投入時から共に8両編成になったのですが、「東日本大震災」の後の少ししてからだったと記憶していますが、短い6両編成にどんどんと編成変えされちゃいましたショボーン

新京成初のステンレス車両合格クラッカーそして車体色が早くもチェンジ爆笑青色の帯と、前面にはピンク色の「S」。これは新京成線の運転士の考案で、沿線には綺麗なコスモスがたくさん咲いていたことから、運転をしながら“綺麗だな”と思っていたとの事ニコニコそれで特に印象的なピンク色を使い、新京成の頭文字である「S」をデザインしたのでした。なおこのエピソードは、当該の運転士さんが「チャオ」という新京成の広報誌内でインタビュー形式で語っていましたねウインク

現役バリバリのN800形 新京成電鉄としての終業を迎えるにあたって、投入当時のリバイバルカラーで走っていますニコニコ

おぉ、これは新京成線電車の“スター軍団”の勢ぞろいですチュー(最新鋭の80000形はまだ登場していません)

そして現在の車体色へと変わっていきました。“アイボリーに茶帯”の前の新京成線の車両もツートンカラーでした(前記)が、今度は救急車カラーの白色と、ピンク色に変わりました。なんでも“ジェントルピンク”という言い方をしているのですが、ステンレス車体にはそこそこ似合うものの、鋼鉄製の8800形では車両全域に白色を塗装しており、ちとち似合わない色だなキョロキョロとchuは思っていました…

このように、ステンレス車体はステンレスの“地”のままですから、すっきりしていますウインク

そしてこちらが最新鋭の80000形 登場したのは2019年ニコニコ投入直前には沿線住民に対しての試乗会が催されるほど、新京成としては力を入れていましたビックリマークchuも応募したのですが敢無く落選ニヤニヤまたこの車両は、当時の親会社の京成電鉄との共同開発車両だったのですが、この頃はまだ吸収合併などの話は全く視野には入っていなかったはずです口笛なお投入直後の1年間くらいは、6両1編成で運用されていたため中々乗車する機会に恵まれなかったのですが、2020年の3月31日の朝、最後の霞が関へ出勤時、ホント、最後の最後に遂に乗れた合格クラッカーと、感激したことを今も覚えています照れ

その時のことを綴ったchuのFacebookですニコニコこのようにコメントしていました👉新京成電鉄の新型車両!最後の出勤の日に初めて乗れました!万歳だ!(2020年3月31日)右側の車両は東京メトロ千代田線に乗り入れているJR常磐緩行線で、JR東日本の車両ですウインク

さて、新京成の歴史と車両を御案内してきたのですが今度は駅舎の紹介などウインク松戸市役所内の「ありがとう新京成」のコーナーに展示されていたものですので、紹介されている駅は松戸市内の駅に限られますが御容赦下さいお願いこちらは松戸駅。“祝新京成開通”とのことですから1955年のこと。もちろんchuはまだ生まれてはいません爆笑

上本郷駅 今では“プチ駅ビル”の立派な駅になっていますウインク

松戸新田駅 “新田”とありますから、当初は農政により新田が開墾されていたのでしょうが、それは江戸時代の話ニヤニヤそしてchuの記憶が残る昭和40年代以降に、この辺りに水田があった気配はまるでありませんビックリマーク「新田」という地名だけが定着してしまった典型例ですね爆笑なお、駅は片側式2面2線の構造で、二つのホームを跨線橋が繋いでいたのですが、老朽化のために昨秋撤去され、新しい跨線橋は設置されません。構内踏切はないので、間違ったホームに入ってしまうとやや面倒(早朝、昼間と深夜帯は無人駅になりますので、インターホンを使って松戸駅の係り員とのやり取りが必要になります)なことになりますので御注意下さいあせるあせるあせる

そしてみのり台駅。元々稔台のエリアには陸軍の演習地が広がっており、その台地は戦車のキャタピラや、訓練によるたくさんの兵隊さんの足跡で踏み固められていたことから、お隣の松戸新田とは異なり農作物を作るには全く不向きな、“痩せた土地”だったそうです。しかし終戦後の食糧難の中、この痩せた土地でも農地にしない事には食糧難は解決できないとして、入植者を公募ビックリマークそれにより各地の軍隊に所属されていて、その時点ではまだ生活の拠点を持てていなかった各地の兵隊さんが師団単位で移り住まれ、野を耕し荒れた土地を均して耕作地にされたのです。そしてその時の皆さんの願いは“たくさんの作物が稔るような台地にしよう”との思いから、ここに「稔台」という名前を付けました。現在の駅名である「みのり台」はこの経緯から付けられているのですウインク

八柱(やばしら)駅 今ではJR武蔵野線との乗り換え駅となる(※JR武蔵野線の駅名は新八柱(しんやはしら)駅)、立派な駅ビルが二つ建つ、松戸市内では松戸駅に次ぐターミナル駅となっていますウインク松戸市が誇る最新の文化施設「森のホール21」を始め広大な都市型公園「21世紀の森と広場」や、「都営八柱霊園」へのアクセス駅として、通勤通学で賑わう平日のみでなく、土曜休日も多くの人が行き交う駅として、新京成線24駅の中では第4位の乗降客数を記録していますニコニコ

常盤平駅 昔の駅名は「金ヶ作(かねがさく)」と縁起のいいものでしたが爆笑日本初の大住宅団地となりました常盤平団地が造られたことで駅名を改称ウインク昭和30年代初頭の頃ですのでchuは知る由もないのですが、今では首都圏の至る所にある「UR賃貸」の団地の走り。入居には超高倍率を勝ち抜くことが必要で、入居が適った方は周囲から羨望のまなざしを向けられていたのだそうな。しかし、その常盤平団地も再生事業に失敗し、築後70年を迎えようとしている古い団地のまま叫びいきおい、実際に居住されている方は高齢の方が殆どで、“独居老人の孤独死”なる問題が顕在化したのも、実はこの常盤平団地が初めてのことでしたガーン常盤平団地が出来てからの30年間くらいが経過した、平成のひと桁あたりまでは非常に活気のある街と駅でしたが、今では毎年春に「さくら通り」で開催される時期くらいでしか、かつての賑わいを見ることは出来なくなりましたショボーン

五香駅 以前は駅舎に隣接して車両区があり、松戸発の五香行きや、京成津田沼発の五香行き、などのダイヤがありましたが、五香車両区は現在の「くぬぎ山車両区」に統合されたため、このようなダイヤ設定はなくなりましたニコニコ

松戸市内最後の駅が元山駅 以前は「陸上自衛隊松戸駐屯地」に勤務される方が利用されるくらいの、周囲には広大な空き地が広がる“田舎の駅”感が拭えない、利用者の少ない駅だったのですが、その“田舎”が後に宅地に転じ、昭和末期の頃からは乗降客数がそこそこ多い駅に変わっていますウインク

そしてここからは、新京成電鉄が親会社の京成電鉄に吸収合併されるに至った真実が綴られています👇真顔

 

“親会社に吸収合併”される”という不名誉な扱いを受けての、首都圏に残された唯一の準大手私鉄・新京成電鉄の終焉でしたが、企業業績は京成電鉄を凌ぐほどの好調さを維持しての合併劇。“なんだかなぁ”の燻ぶった気持ちは残るものの、しかしこれで晴れて松戸市内にも「大手私鉄」が開業したビックリマークという前向きな気持ちで、これからの京成電鉄松戸線の応援をしていきたいと思っていまして、本blogを以て今回の新京成線シリーズのフィナーレとさせて頂きます。長々とお付き合い頂けました皆さま方、有難うございました照れウインク

千葉県北西部の松戸、鎌ヶ谷、船橋、習志野の4市を繋ぐ(松戸駅~京成津田沼駅間の26.5㎞)「新京成電鉄株式会社」は2025年3月31日を以て、親会社である「京成電鉄株式会社」に吸収合併されたことで、新京成電鉄は消滅しました泣そして新京成電鉄(以下、新京成)としての営業の最終日でした2025年3月31日、松戸駅から京成津田沼駅の全線を往復し、かつ、随所にて撮影してきました様子記録をお届け致しますニコニコ前編はこちら👇

終点の一つ手前の新津田沼駅で下車ニコニコ1日の平均乗降客数は58000人と、松戸駅に次ぐ第2位の多さ。ところで関東唯一の準大手私鉄でありました新京成線は、起点を松戸、終点を京成津田沼とする千葉県内のみを走る路線。そのため沿線にお住まいの方が東京都内に通勤、通学をするためには、どこかの駅で都心に直結している鉄道に乗り換えなければなりません。そして新京成線は今でこそ八柱駅でJR武蔵野線と、新鎌ヶ谷駅で北総鉄道と、北習志野駅で東葉高速鉄道と、都心に直結している(相互直通運転を含む)鉄道を利用し東京駅や大手町駅に行くことが出来るのですが、実は沿線の途中に乗換駅が誕生したのは1978年、八柱駅にJR武蔵野線の駅(新八柱駅)が初めてで、新鎌ヶ谷駅が新たに誕生したのが1992年、北習志野駅に至っては東葉高速鉄道の駅が開業したのは1996年のことですから、1955年に全線開業した新京成線は、これらの駅が出来るまでは松戸駅で常磐線に乗り換えるか、新津田沼で総武線に乗り換えるか、の二択しかありませんでした。そして概ね初富駅より西にお住まいの方は松戸駅に出て常磐線で、鎌ヶ谷大仏駅より東にお住まいの方は新津田沼駅で総武線に乗り換え、それぞれ都心に向かったものでした。また特に、北習志野駅で東葉高速鉄道に乗り換えることが出来るようになり、多くの方が北習志野駅経由の東葉高速鉄道利用者が増えたため、新津田沼駅での乗り換え客が減少したのです。2024年現在、新京成線24駅中、一日の利用者が一番多い松戸駅が90000人、しかし2位にも関わらず新津田沼駅が58000人と、1.5倍近い開きがあるのはそのためなのですショボーン

新津田沼駅では松戸方面行の上り線が新津田沼駅に到着してから、京成津田沼行きの電車が出発しますので、ほぼ同じ時間帯に駅の利用者が集中しますので、それ以外の時はこのように空いている時もありますウインク

新京成のアプリがリニューアルって、もう今日でお終いなのにグラサン

コンコースにありましたセブンイレブンでは新京成グッズを販売中ウインクもち、chuは購入しましたチュー合格クラッカー

こちらは新津田沼駅の駅ビルです。新京成単独の駅ビルとしては沿線最大規模を誇っていましてキーテナントは「イトーヨーカドー」だったのですが…滝汗

新京成線の新津田沼駅と一体化していた「イトーヨーカドー津田沼店」がまさかの閉店ガーンゲローえーん

イトーヨーカドーの撤退は新京成にとっても寝耳に水だったようです滝汗ですが、救世主も現れたようで、先ずは良かったうーん

あと、chuは新津田沼駅からJR総武線の津田沼駅に向かっているのですが、総武線津田沼駅との“接続駅”とは言いながら、実は駅の構外に出て一般道を歩くこと5分弱、しかも雨でも降ろうものなら傘は必須ですので、これってホントに接続駅なの絶望と言いたくなる津田沼駅なのですニヤリただ、駅周辺の賑わいは松戸駅をはるかに凌ぎ、かつては“津田沼戦争”と呼ばれるほどの千葉県内有数の商圏を形成していました。しかし今では大型店舗の撤退が相次いだものの、それでも松戸駅の周辺よりは繁栄しています口笛

JR総武線の津田沼駅前に到着ビックリマークそして駅前には何故か船橋市と習志野市の地図がキョロキョロで、この津田沼駅、実は両市に跨った駅舎なのでした爆  笑詳しくはwiki様から👉駅舎及び改札は習志野市側にあるが、ホーム西側および北口西端の一部が船橋市前原西二丁目にまたがっている[1]。そのため近くに船橋市との境があり、船橋市東部の玄関口としても機能している。1日の平均乗車人員は、千葉県内では西船橋駅船橋駅柏駅千葉駅に次ぐ第5位であるウインク

JR総武線の津田沼駅、自由通路を通過しますウインク

津田沼からJR線利用(西船橋駅で武蔵野線、新松戸駅で常磐線に乗り換え)だと490円かかりますが、新京成線の新津田沼から松戸駅までだと乗り換えなしで280円とお得ですニコニコただ松戸圏と津田沼圏とを行き来する人は実は少ない爆  笑あと、ビックラぽんびっくりはエキナカに野菜の直売所があったこと照れお買い上げしました爆笑

「必勝軒」の前に来ましたウインク以前の職場の同僚K山さん(と言ってもK山さんは指定職まで昇り詰めたI種職(現在の総合職)のキャリア官僚でchuとは身分が異なりますが、今でも御指南を戴くなど、大変、お世話になっている方です照れ)と、仕事帰りに食べに来ましたねニコニコ濃いい味付けが大好きなK山さん御推奨のお店ですウインク

👆山岸さんが率いられていました「東池袋大勝軒」系列(大勝軒のれん会)のお店ですウインク

そして今回、終点の京成津田沼まで行かずに一つ手前の新津田沼駅で下車したのは、津田沼駅周辺の賑わいを味わいたかったからウインクchuが車で津田沼駅周辺に行くことはありませんから、津田沼散策は久しぶりで新鮮なのです照れまた新京成線の線路の長さは新津田沼~京成津田沼間は1.2㎞ですが、徒歩でのルートは800mくらいですから10分ほどで到着します。ここは京成本線の上を横切っている所走る人走る人走る人正面が京成津田沼駅ですニコニコ

そしてこの日のランチは「海鮮たか丸」でウインク

日替わりセットがA~Cの3種類、後は定番のようですウインク

で、chuは定番のアジフライ定食、家内はかれい唐揚げと鯛をまるまる一匹煮込んだものとめかぶとろろのBセット。うん、美味しくてとてもリーズナブルニコニコ行列が出来る人気店なのも頷けます照れ

さて、新京成の撮り鉄と乗り鉄に復帰しましょうか爆笑こちらは京成津田沼駅の駅ビルです。京成津田沼駅には成田空港と京成上野や都営地下鉄浅草線を経由して京急線の羽田空港や遠くは三浦海岸までの直通電車が走る京成本線と、京成千葉を経由してちはら台まで続く京成千葉線、そして新京成線が乗り入れている京成線の大ターミナル、拠点駅の一つですニコニコ

駅前ロータリーの様子ですニコニコしかし駅こそターミナル駅ですが、駅周辺は津田沼駅のそれと比べるとかなりおとなしめです爆笑

それでは京成津田沼駅の西側にあります踏切からの“大撮影大会”の作品をどうぞ爆  笑

松戸行きの新京成線と、下りの京成とのツーショット。京成線の車両は同社の標準である3000系。3000系には6両編成と8両編成とがあり、6両編成のものは京成本線を走る普通電車(各駅停車)として、8両編成のものは成田空港から都営浅草線を経由して京急線に乗り入れている優等列車として使われていますニコニコなおかつては8両編成も走っていた新京成ですが、何時の頃からか(多分、平成15年頃)全て6両編成にチーンまた、快速や急行などの優等列車は設定されていませんので、今後、京成松戸線に乗り入れて来る京成車両は、6両編成の3000系と思われますウインク

踏切上から新京成線の路線をカメラ前編にて御説明しておりますが、新津田沼~京成津田沼間は新京成線で唯一残る単線区間。赤い線で示したところに線路が敷かれています。なお今後、この区間が複線化されることは1000000∞%、無いでしょうグラサン

京成津田沼行きの電車がやって来ましたウインクなお新京成では、今までも京成千葉まで新京成線単独の単独乗り入れをしていましたので、新京成線の車両が京成千葉線を走ることはありましたが、京成線の車両が新京成線に乗り入れて来ることはありませんでした。合併直後にはダイヤの改定はありませんでしたが、今秋にも予定されているダイヤ改定では乗り入れ先が京成千原線の終点であるちはら台まで延伸される可能性も噂されています。けど松戸市民が、千葉市を通り抜け、市原市に所在しているちはら台まで出向かれる方は極めて少ないものと思われます爆  笑なおダイヤ改定により乗り入れ範囲が広がるのであれば、ちはら台よりはむしろ京成本線の、京成佐倉あたりまで乗り換えなしで行くことが出来れば嬉しいですねニコニコ

さて、踏切からの大撮影大会も十分こなせませたので、帰途に就くことに致しましょうウインク

新京成線営業最終日でしたが、辛うじて料金表は残っていましたウインク

遠くは京急線の終点である三崎口駅まで購入出来ますびっくり1410円ですから、意外と安いですよねウインク

こちらは京成津田沼駅の、松戸方面の時刻表👇そしてグレーに白で囲まれたところは京成千葉から乗り入れて来る新京成線の車両が使われています。ご覧の通り20分間隔のパターンダイヤウインクで、20分間隔で出発する京成津田沼始発の京成線の車両は、千原線の終点であるちはら台まで行きますから、京成津田沼~京成千葉間のダイヤは10分間隔で、京成千葉以遠のちはら台までは20分間隔の運行となっていますニコニコ

京成が誇る成田国際空港(開業時は「新東京国際空港」)への特急「スカイライナー」の写真が飾られていましたウインクですが残念ながら今では「スカイライナー」は京成本線を通りませんびっくり現在は、千葉ニュータウンを横切る北総線と成田スカイアクセス線を経由しており、距離が大幅に縮められたことで都心(と言っても日暮里ですが爆  笑)から「空港第2ビル」までは36分間でアクセスできるようになったのでしたウインク“んぢゃ、スカイライナーの車両はもう京成線は走っていないの!?”いぇ、走っていますビックリマーク朝と晩のモーニングライナー、イブニングライナーとしてスカイライナーの車両が使用されており特急料金もスカイライナーに比べて割安ですウインクですが残念ながら京成津田沼駅には停車しませんニヤニヤ

こちらは「下町日和きっぷ」の御案内ウインクchuはかなり以前(2015年の10月でしたから間もなく10年が経とうとしていますびっくり)になりましたが、このきっぷを利用して、都内の京成線全駅を訪問したことがありますクラッカー合格こちら👇を御覧頂きますと、その時の様子が全てわかりますニコニコ自慢ぢゃないですが、色々な出版社から出ている下町めぐりの書籍よりも詳しいものと自負しておりますので、もしお時間がございましたならば是非、お立ち寄りくださいませウインクアナタに(時間を浪費しちゃったぢゃないのよプンプンと言う)損はさせません爆  笑なおchuが👇で下車した駅は、東京都内の京成線の駅に限られますが、日本国内の全ての駅を下車するという、気の遠くなるような偉業を達成されました横見浩彦さんは、誠に残念ながら今年の1月に急性の心疾患により御逝去されました。ここに改めて横見さんの御偉業を称えさせて頂くと共に心よりご冥福をお祈り申し上げます。

さてと、松戸まで戻ることと致しましょうウインクなおこの時間だと、5番線から出発する電車は京成千葉線から乗り入れて来る電車であり京成津田沼始発ではありません。新京成線最後の日ですので、一本遅らせて12時49分の始発電車で戻ることにしましょうウインクまた千葉中央方面の電車も5番線に入線ししてきますので、行先をちゃんと確認しないと危険です爆弾爆  笑

入線して来たのは京成津田沼始発のちはら台行きの3000系

そして6番線に入線して来たのが京成津田沼止まりの80000系 車内の様子を撮影しましたウインク

ピンク色で示されたこの路線図も、もう見られませんショボーンなお、駅の数が多い(新京成線の駅は全部で24駅です)ため、途中のくぬぎ山駅までしか表示されていません。一つ、駅を進む毎にその先の駅名が表示されますニコニコ

京成千葉線から進入してきました新京成線8800系 始発駅ではありませんが空いています爆笑十分、座れますウインク

12時39分発の松戸行き、行っちゃいましたバイバイバイバイバイバイchuは6番線に停車中の12時49分発の80000系に乗りますウインク

京成本線、快速の成田空港行き3000系です。この電車は京急線から乗り入れている8両編成のものですねウインクなお「快速」と言っても、それは京成津田沼駅までの話で、ここからは全ての駅に停車していきますから50分かかります滝汗成田空港まで行かれるのであれば、この8分後に来る「快速特急」、京成佐倉駅で待ち合わせをしますので、京成佐倉まで行かれるのであれば、“快速”と名の付いた各駅停車の方が早く到達出来るのですが、疲れ具合が全然異なりますグラサン快速特急であれば停車駅は京成津田沼の次が八千代台、勝田台、京成佐倉、京成成田、空港第2ビル、そして終点の成田空港。成田空港駅までの所要時間は43分ですから、あれキョロキョロ7分しか違わないようですが“精神衛生”上、絶対に快速特急がいいですよウインク

5番線には松戸駅始発の新京成線、千葉中央行きが入線して来ました。こちらの車両も8800系ですが新京成消滅を前にしての復刻塗装色“メモリアル新京成”の車両ですウインク

で、復路も延々と乗り続けてきましたが途中の写真は往路と同じですので省略させて頂き、今回も所用のため、みのり台駅で下車ビックリマーク

さようなら新京成バイバイそしてありがとう新京成照れそしてchuが新京成線を乗ったのはこれが最後になりましたウインク78年間、本当に有難うございましたチューテカ、chuハソンナニムカシニハウマレテイマセンケドネ爆  笑

お隣の松戸新田駅に停車中の、chuが乗って来ました電車です。みのり台駅と松戸新田駅との駅間距離は僅か600mウインクしかも直線距離ですからこのように停車中の電車が見えてしまいますウインクまぁこの区間に限らず、新京成線の駅間距離はとても短く、平均すると1㎞くらい。松戸、鎌ヶ谷、船橋、習志野の4市を繋ぐ、“下駄電”だったのですが、それ故に、沿線住民の方からはとても愛されていた鉄道であったことは確かなのです照れそして4月1日からは「京成松戸線」ビックリマークここれからも末永く宜しくお願い致しますウインク

次回はメモリアルシリーズとして、新京成の歴史に触れ新京成シリーズの〆と致しますウインク

 

 

 

拙blogでも既報の通り👇

千葉県北西部の松戸、鎌ヶ谷、船橋、習志野の4市を繋ぐ(松戸駅~京成津田沼駅間の26.5㎞)「新京成電鉄株式会社」は2025年3月31日を以て、親会社である「京成電鉄株式会社」に吸収合併されたことで、新京成電鉄は消滅しました泣こちらは当該事案を紹介しているYahoo!ニュースから、『さようなら「新京成電鉄」、千葉 親会社に吸収合併 路線は継承(共同通信)』

そしてこれより遡ること半年前には監督官庁である「国土交通省」が両社の合併を正式に認可しています👇

国土交通省がプレス発表時に使用した資料がこちら👇

そして合併後の京成線の路線図はこのようになる、と👇

ま、松戸生まれの松戸育ちであるchuにとりまして、「新京成電鉄株式会社」(以下、新京成と略します)は幼少の頃より大変馴染みのある乗り物で、通勤や通学、日々のお買い物や都内に出る時など、その使用頻度は極めて高く、利用をしなかったのは福島や新潟、仙台などの地方勤務時の時に限られます。しかし2020年のコロナ禍となると勤務場所が松戸市内となり、しかも自家用車での通勤となりましたため、その後の利用頻度が著しく落ちた感は否めません。また今後も沿線住民では、少子高齢化も進むことでしょうから、鉄道会社としても利用者の減少は避けられないチーンそのような事情もあり、都内東部エリアと、千葉県の北総エリアをカバーしている京成電鉄は、元々、子会社でありました新京成を完全に配下に置き、今後避けられない少子高齢化による利用者低減に備えると共に、さらなる沿線開発や再開発を行うに際しても同じ会社の方が企画立案から施工やアフターフォロー等、お互いの会社にとりシナジー効果が期待出来ることからの新京成電鉄の「合併」なのでありました。ところで今回の合併構想が発表されたのは2022年の1月のことでしたから、3年3か月も前のこと。しかし現在語られています、“合併によるシナジー効果”という理由はあくまでも表向きのものニヤリ新京成が“吸収合併”されたなる報道が出れば、どう考えても新京成の経営が思わしくなく、そのため親会社の京成電鉄に頼み救ってもらった…という印象が世間一般には持たれると思うのですが、実は真の理由は別のところにあり、業績好調の新京成が、とある問題の対応に苦慮していた親会社の京成電鉄を救ったビックリマークというのが実は真相なのですびっくり新京成の吸収合併と合併後のシナジー効果云々(A元総理が国会答弁で喋った、でんでん、ではありませんグラサン「うんぬん」です)というのは正に後付けの理由であり、3年3カ月もの期間をかけて一生懸命、“なるほどそうか”、なる後付けの理由を考えたに過ぎず、このことにつきましては機会を改めて別稿にてお伝えさせて頂くことにしますねグラサンそれでは2025年3月31日、新京成最後の日に松戸駅から京成津田沼駅の全線を往復し、かつ、随所にて撮影してきました様子記録をお届け致します照れchuは新京成線と北総鉄道と、松戸駅、どちらの駅にでも等間隔でアクセス可能な場所に居住しているのですが、この日は所用もあり「みのり台駅」から乗車し、一旦、松戸駅に向かいましたウインクホームに進入してきたのは1985年以降に量産されました、かつての新京成の主力車両である8800系車両。車体全長は京成電鉄や、京成線が相互直通運転している京浜急行電鉄の車両長と同じ3つドアの18mで、JRの車両や、JR線と相互直通運転をしている小田急や東京メトロ東西線、東葉高速鉄道の標準車両の長さである20mのものより少し小さめの車両ですニコニコ(てか、西武鉄道、東武鉄道、東急電鉄、京王電鉄など、京成と京急を除くその他の大手私鉄の車両の長さは20mですニヤニヤ)なおこの車両は関東の私鉄としてはいち早くWWWFインバーター制御を搭載した車両で、路線上に頻繁に現れる大中小のカーブと、また駅間距離の短い区間が多い路線のため、“速やかなる加速と減速”が求められる走りにはピッタリの車体構造で、一昔前までは新京成の“エース車両”でもありましたウインク

4月1日より誕生する「京成松戸線」を伝える車内中吊りポスターですウインク

松戸駅に到着ビックリマーク新京成線は松戸駅の7~8番線を使用していますニコニコ停車中の電車は新京成線の最新鋭車両で2019年に登場した80000系で“新世代における京成グループの標準車両”に位置付けられています照れ

こちらは8番線に停車中の8800系

松戸駅東口の様子をお届け致します。昨年6月には人口50万人に達した千葉県第3位の大都市…のはずですが、御覧の通りショボいチーンショボすぎますショボーン松戸は、江戸時代には宿場町で、かつ中心街の西側には江戸川が流れるため、江戸を目指して水戸街道を進んできた一行は、目的地の日本橋(東京都中央区)までは残すところ4里(16㎞)であり、新宿(にいじゅく 現在の葛飾区亀有付近)、千住宿(現在の足立区北千住)の二つの宿場町だけのため、頑張れば歩けない距離ではないのですが、松戸宿に到着する時間帯によっては江戸川の渡し船に乗るためには松戸宿に一晩留まらざるを得ず、かような立地条件から陸運と水運の町としてとても栄えており、その流れが昭和の終わりころまでは続いていました。さらにもっと言えば、松戸の語源と言われている“まつさと”は、菅原孝標の女による「更級日記」にも記されていますから、平安時代の中期からそれなりの集落として人が集っていた場所でもあります。ところが平成期になると松戸市は、北隣の柏市が“東の渋谷”として脚光を浴びるようになると衰退の一途を辿りますえーんただ“都心に近い”と言うだけで人口だけは千葉県内第3位の規模を誇るほどの町なのですが、都市のとしての魅力は限りなく少ないと言わざるを得ませんショボーンしかし、そのような市民のために決して文句を言うこともなく、78年間と言う長きに渡り“市民の足”として活躍してくれたのが新京成だったのです照れ

松戸駅東口の看板 松戸駅は新京成線の他にJR常磐線の快速線と緩行線のホームがあり、双方の鉄道との乗り換えはとても便利です。なお3月31日時点で、新京成の「新」の文字は既に消され隠されていますグラサン

こちらが新京成線のメインの改札口 1日の平均乗降客数が89000人の、新京成№1のターミナル駅となっていますウインク

既に3月31日の時点では、“京成松戸線”と書かれた看板が設置されているのでしょう、白い紙で隠しているのですニヤニヤ

こちらも同じですねウインク👇

こちらは新京成線の時刻表。朝の通勤時は4分間隔、昼間時は10分間隔のパターンダイヤを用いています。なお時刻につきましては京成松戸線になりましても現行のものがそのまま引き継がれるようです(運賃もそのまま引き継がれます)ニコニコ

ここからは京成津田沼行きの電車に乗車し、車窓などからカメラ1枚目は八柱駅。JR武蔵野線の乗り換え駅でもあり、松戸、新津田沼、北習志野駅に次ぐ乗降客数40000人。大きな駅ビルを二つ持つ、松戸市内の駅としてはJR松戸駅に次ぐ規模の駅でもありますニコニコちなみにJR武蔵野線は京葉線とも交互の乗り入れをしており、東京駅まで乗り換えなしで行くことが出来ると共に(JR武蔵野線の駅名は新八柱駅です)、千葉市新都心の中心街である美浜区の海浜幕張駅までの乗り換えなしで行けますので、松戸市内№2の重要なターミナル駅です照れ

こちらは新京成の線路が「陸上自衛隊松戸駐屯地」の敷地の真ん中を縦貫しているところ。そしこの区間は両サイドに桜が咲き競う、絶好の撮影ポイントなのですが、生憎、まだ満開ぢゃなかったですねニヤニヤ

次はくぬぎ山駅と、新京成電鉄の本社屋。2月に「新京成沿線健康ハイキング」に参加した時の起点の駅ですウインク

線路は、新京成唯一の「くぬぎ山車両基地」の横を通っていまして、1枚目の写真はN800系 マルーンストライプの復刻塗装色の車体ですウインクchuはこの塗装色が一番好きだったな照れ

「くぬぎ山車両基地」に並ぶ面々。8800系の他に8900系が留置されています。そして松戸と京成津田沼とを結ぶ新京成線ですが、松戸~くぬぎ山と、鎌ヶ谷大仏~京成津田沼の各駅の区間は常にたくさんのお客さんが乗車されているのですが、北初富~新鎌ヶ谷~初富~鎌ヶ谷大仏の区間は比較的、お客さんの数は少ないですねキョロキョロ少し空いてきましたので車内をカメラしましたニコニコ

前回の沿線健康ハイキングでも通りました北初富駅は、新京成線全24駅中で最も乗降客数が少ない駅で4900人ですニコニコ次の写真は新鎌ヶ谷駅。この駅では北総鉄道と、成田空港まで行く成田スカイアクセス線、それと東武野田線(アーバンパークライン)の乗換駅となっています。写真、左端に北総線車両の先頭部が写っていますウインク

新鎌ヶ谷駅を出た直後には、鋭角のカーブポーン見て見てビックリマークこの曲がりは直角より、入り込んでいますよね滝汗

この鋭角カーブは空からも明確に確認出来ています(羽田空港発、稚内行き便にて撮影ウインク)ちなみにこうした北行便、羽田を出てTDR(東京ディズニーリゾート)の手前で右折の後、船橋三番瀬上空で直角に左折して市川市北部と松戸市南部を飛行します。しかしちょうど上昇期にあたるため、エンジンはフルスロットルビックリマークそのため航空騒音がハンパにないゲローしかし高度1万フィート(3300m)を超えているため航空騒音被害には該当しないんだとプンプン風向きにはよりますが、酷い時には2分とおかない轟音を朝から晩まで聞かされる身になってくれよパンチ!

を曲がると右手には鎌ヶ谷市役所。ご覧の通りこの部分が高架線になってることがお分かり頂けることと存じます。そして次の初富駅も乗降客数は少なく1日5000人くらいですニコニコ

新京成線全線26.5㎞のうちの、くぬぎ山~鎌ヶ谷大仏間の数キロメートルのみが高架線となってい、前回の沿線ハイキングではこの区間を少し遠回りしつつの7.5㎞で歩きました。次の写真は間もなく高架線が終わろうか、というところの、この周辺に雨が降った時は雨水の流れが三方向に別れる分水嶺がありました「鎌ヶ谷まなびぃプラザ」ですニコニコ

こちらは鎌ヶ谷大仏駅で地上構造の駅。この間の沿線健康ハイキングの終点でしたねウインク駅の北側は新京成バスの操車場。正面に見えているマンションは「鎌ヶ谷大仏スカイハイツ」ニコニコ竣工は1980年ですからもう直ぐ50年経とうとしていますが、定期的な大規模修繕などのメンテナンスもしっかりと行われているようで、しかも駅近ですから人気は衰えていませんビックリマーク

こちらは北習志野駅。松戸、新津田沼に次ぐ第3位の乗降客数40000万人(第4位の八柱駅とは誤差の範囲内の違いです)東葉高速鉄道との乗り換え駅でして同鉄道のホームはあるため地下鉄となっています。ここから東葉高速鉄道を利用すれば朝夕の通勤時間帯は東京メトロ東西線と相互直通運転をしている快速電車が運行されているため47分で都心の大手町駅に到着ビックリマーク東葉高速鉄道が開通する前であれば、新津田沼駅にてJR総武線の津田沼駅まで歩き、東京駅(≒大手町駅)まで総武線快速を利用して65分かかっていましたから、鎌ヶ谷大仏~北習志野間にお住まいの方で都心に向かう方のほぼ100%の方は東葉高速鉄道を利用するようになりました。そのため新京成の顧客は奪われたわけでして営業利益を減らす要因にもなりました滝汗ゲロー

そして新津田沼駅に到着ビックリマーク乗降客数は58000人と、松戸駅に次ぐ第2位の多さ。で、往路の今回は終点の京成津田沼までは行かず、この新津田沼駅で下車しました。なお関東唯一の準大手私鉄でありました新京成線、その殆ど…99.9%は複線なのですが、この新津田沼駅から終点の京成津田沼駅間の1.2㎞の区間のみ単線となりますびっくり

この先が単線であることは、ここからの写真で御説明致します。まず前方からやって来ました80000系の松戸行きの電車が新津田沼駅2番線に入線しますニコニコ

ずっと先の方ですが望遠(Zoom)で撮影ビックリマーク“ぐにゃっ”と線路が曲がっていることが確認出来ます。しかしS字状に交差し、奥に向かっている右側の線路は途中に電車止めがありTHE ENDとなりますニヤニヤ後の写真で確認出来ますウインク

松戸駅からchu一行を乗せてきました80000系の電車です。ドアが閉まりますウインク

京成津田沼に向かって出発しましたビックリマーク前述のとおり、新津田沼駅と終点の京成津田沼駅の区間は単線ですので同区間に松戸行きの上り電車と京成津田沼行きの下り電車が同時に存在することはありません。てか、もしあったら正面衝突となるので大惨事となりますガーンゲローですが新京成線の場合、この単線区間のみならず全線において「自動閉塞」方式が採用されているため、衝突の可能性がある場合には信号機が変わりませんから、絶対に安全&安心です爆  笑しかしまぁ、世の中に“絶対”はありませんがねニヤリ

で、先ほどの区間を激写カメラビックリマークS字状に交差している線路は前方まで続いているかのように見えていますが、この先、しばらく行くと車両止めがあります。そして新津田沼と京成津田沼の間を行き来する線路は向かって左側のもの一本のみウインクですので6枚👆の写真で、京成津田沼方面から新津田沼駅に入って来る電車は、左端の線路からぐにゃりと曲がって新津田沼駅の2番線に到着したのでしたウインク

👆の区間、地図で示すとこんな感じ👇新津田沼駅から京成津田沼駅までの1.2㎞区間、ごく短い距離なのですがS字カーブが連続する線路滝汗まるで自動車教習所のコースのようです爆  笑(赤で〇囲みした部分が写真で撮影出来た範囲です)

そして新津田沼駅の駅名にも…既に京成電鉄の青色を基調としたプレートは設置されているのでしょうウインクこの日の終電を以て、駅員さんがテープを剝がすだけになっています爆  笑

次回に続きますウインク

 

 

 

速報Versionにてお届けしますウインク本日(2025年3月31日)を以て、78年間の幕を下ろす「新京成電鉄株式会社」👇

ところで👆のサイトは何時まで存続するのかは分かりませんのでwiki様のものも併せてリンクさせて頂きますグラサン👇

で、本日(2025年3月31日)、新京成電鉄最後の日に“乗り鉄”&“撮り鉄”をして参りましたが、この写真は大切に取り扱いたいので後日、“新京成電鉄メモリアルシリーズ”としてお届けさせて頂きたいと考えていますウインクそして今日は新京成電鉄最後の日ビックリマークごくごく、絞り込ませて頂きました写真にてお届け致しますウインクこちらは明日(2025年4月1日)から、「京成松戸線」としてRe:STARTすることを告知しているポスターです照れ

こちらは新京成電鉄の車内に掲示されていました路線図👇しかし本日(2025年3月31日)時点では全ての車両から撤去されていましたから、とても貴重な写真ですウインク

新京成電鉄株式がこの世に存在している最終日に、新京成電鉄の起点駅である松戸駅で撮影してきましたニコニコ右側に映り込んでいるのはJR東日本の常磐線緩行線で、東京メトロ千代田線との相互直通運転をしていまして、霞が関まで乗り換えなしの38分で到達するchuの東京勤務時の通勤電車でしたウインク

松戸駅から出発する新京成電車ビックリマークそしてこの姿は明日以降(京成松戸線)になっても、もちろん変わりはしないのですが、車体のボディカラーは、青をコンセプトにしている京成電鉄のそれに順次、変わっていくようです。ですのでこちらの写真は貴重なものにウインク

ところ変わってここは松戸市役所ビックリマーク松戸に根付いて78年間、たくさんの市民の足となり、市民のために大いに貢献して下さいました「新京成電鉄株式会社」への感謝の念を綴りましょうと、松戸市役所の1階ロビーには、新京成電鉄への感謝コーナーが設けられていました照れ松戸市市議会議員の戸張ともこさん(立憲民主党)が“長年市民の足として、活躍してくれた新京成電鉄に何か御礼を示せることが出来ないでしょうか”とのご提案によりこのようなコーナーが設置され、新京成電鉄を利用されていました多くの方が、思い出や、感謝とお礼の言葉などを寄せ書きされていますニコニコ

その昔、例えば近場に行くための電車、当時は国鉄でしたが“下駄電”という言葉がありました。昭和40年代くらいまでの話ですウインクそして新京成電鉄は、東京には直結はしない千葉県内の松戸、鎌ヶ谷、船橋、習志野のベットタウンを結ぶだけの、関東地方唯一の“準大手私鉄”ではありましたが、沿線住民の方の心の中には、深く深く沁みいる鉄道でもありました照れ次回は不定期ながらですが、本日(2025年3月31日)の乗り鉄&撮り鉄、プラスアα編をお届けさせて頂きますウインク