10月17日に参加しました東京駅を起点・終点とする「駅からハイキング」、前回はこちら👇

さて、こちらは「英国大使館」。あの誇り高き紳士たちの国、英国。しかし正確には「グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国」と言う長~い名称ウインクそもそも英国は、イングランド、スコットランド、ウェールズ、そして北アイルランドの4つの国から構成される連合国。そして英語での正式名称は「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland」で、略して「United Kingdom」や「UK」と呼ばれることが一般的です。そして“イギリス”なる呼称は日本語特有のもので、江戸時代に「エゲレス」として伝わり、その後「英吉利」という漢字表記を経て「英国」という略称が生まれたのだそうです。そのため日本以外では英国を“イギリス”と言うことはなく、そもそもどの国を指しているのかさえ、理解されないそうですニヤニヤまた、chuたちが英語で習ったEnglandは=「英国」と教えられてきましたが、“イングランド”はイギリス国内の一地域を指すため、イギリス全体を指す言葉として使うと、他の地域の住民に対して失礼にあたる場合があるのだそうですびっくりそーだったのですか、こりゃ、気を付けなければなりませんね、しかしchuにはイギリスの方の知り合いは誰もいませんので、礼を失することは、当面なさそうです爆笑

しかし英国大使館前にて、こうして普通に写真を撮影させて頂くことの出来るなんと嬉しいことよ笑い泣き(👈は嬉し泣きを表しています)と言うのは、もう何時ぞやの事だったのか正確には覚えていないのですが、当時勤務明けの桜が膨らみつつある朝、確か土曜日だったと記憶していますが、職場から、写真撮影に芝公園に向かう際に米国大使館前を通りかかった時に、“記念撮影”として公道上から大使館外観の写真を撮影しようとしたら(しかも大使館側の歩道は封鎖されているので道路の反対側から、です)警戒中の警察官2名がchuのところにすっとんてせ来て、“撮影はダメです、ご遠慮下さい”と真顔こちとら“はい!?”ってなりますよね。で、“これから芝公園に向かうのだけど、久しぶりに米国大使館前を通ったので記念撮影したいだけですけど”に対して“とにかくダメです。早く立ち去って下さい”の一点張りプンプンさすがにchuも腹立たしくなり、所持品検査でもなんでもどうぞ、と言ったのですが、その様子を遠巻きに見ていた警察官が“40から50代の男性1名、ベイタイ(※米国大使館のこと)写真撮影をしたいと譲らず、立ち去り要請にも従わない模様です”なんて誰かに無線で連絡しているのが👂に聞こえてきちゃいました。するってぇと、機動隊の隊旗を持った隊員など、chuを取り巻く警察官の数は益々増えて(オーバーぢゃなくて10人以上の警察官に取り囲まれちゃったのゲローよほど職場の「身分証明書」(証票とも言われています)見せちゃうか!?いゃ、さすがにそれは余計やばいニヤリその場は丸く収まったとして、後で何を言われるかわかったもんぢゃないですからグラサンで結局、“ぢゃ、いいいですぅ”と言って米国大使館前を立ち去ったのでしたニヤリその後は予定通り芝公園、そして歩いている道すがらにみるみる桜が満開になって来たので「新宿御苑」にまで足を延ばしたのでした照れなんてことを思い出しちゃいましたが、確かに米国大使館は、国際テロリストからの標的になる可能性も高く、当時は総理官邸よりも警戒が厳しかったと思い出しました。米国大使館の警戒状況は今でも変わらないのでしょうかキョロキョロしかしこの時の「英国大使館」前ではピリピリとした雰囲気は全くなく、記念写真の撮影も気兼ねなく出来たのでした照れで、次の立ち寄りスポットは「英国大使館」のお隣にあります「国民公園皇居外苑半蔵門園地」ニコニコここは「英国大使館」の敷地の一部が日本に返還され、その土地の一部を公園として整備されたもの。やや細長な敷地で芝生が敷かれているほか随所にベンチもあり、付近の勤め人らしき方々がテイクアウトのお弁当を持ち寄り、昼食を取られていましたニコニコ

このような所以があります👇

この園地は2023年3月15日に開園し一般開放されましたそうですからまだ新しいですねウインクと言うのもこの場所が英国大使館から日本に返還されたのが2015年のこと。皇居を望む都心の一等地の活用方法について環境省が策定したのがこの「国民公園皇居外苑半蔵門園地」だったのです。そして「英国大使館」の跡地であったことを利用者に感じてもらうため、植栽、石垣、腰壁やローズポール等は英国を象徴するイングリッシュガーデンを取り入れたデザインとなっているのだそうですニコニコこちらの門も、“いかにも英国風”って威厳を感じますねウインクただ、公園機能としての面白味!?は余りなく、“ここを目的にウインク”という感じではありませんでした爆  笑

次のスポットは「平河天満宮」。菅原道真を主神に八幡宮と東照宮(徳川家康)を相殿の神として祭っている社で創建は1478年(文明10年)、太田道灌が江戸城内の現在の梅林坂上に建立したのが始まりと言われています。その後、徳川家康入城後に行われた本丸修築に伴い、1607年(慶長12年)に現在の地に遷座。こうした経緯もあり、徳川幕府からは厚遇されていた神社だそうです。chuは初訪問ニコニコ

赤い鳥居が続くのは天神様“あるある”ですねウインク

そしてこちらは「撫で牛」。「平河神社」の御祭神菅原道真公は承和12年乙丑の生まれということもあり、牛を大変、可愛がったそうで、牛=神牛とされ天神様のトレードマークとされているそうです。この「撫で牛」は、気に架かる箇所をやさしく撫でると、繰返し天神様にお願いして下さり、撫でた箇所と同じところにご利益があると言われているそうです。でも“そういぅのさぁ…早く言ってよえー”(松重豊さんのCMふうに爆笑)

こちらが本宮、小銭がなかったので、お賽銭はホンの少しだけあせるあせるあせるスミマセンでしたショボーン

次のスポットに移動しています走る人走る人走る人が、ルートマップを見て少しだけショートカットしちゃいましたので、「最高裁判所」は裏側から見る形になっちゃいましたニヤニヤ

「最高裁判所」の正面はこちらです👇(写真はお借りしました)

次の立ち寄りポイントの「衆議院憲政記念館」では国会の仕組みを解説するほか、憲政に関係する資料が展示されていますニコニコ

で、同会館の直ぐ脇にある首都高の下にある駐車場には「立憲民主党」の街宣車がずらりびっくり

なぜか…それは「立憲民主党」の党本部がこの直ぐ近くにあるからですウインク

今般の政(まつりごと)に際し、誰を首班指名するか与野党間にて喧しい議論がありました。その中で、野田代表が野党結集を目指したものの残念ながら、頑な玉木雄一郎(以後、タマキンと称します)の立憲民主党に対する“注文”が酷かったプンプン曰く、立憲の安保政策、エネルギー政策を現実路線にしろ、でなきゃ、アンタらとは一緒に出来ないよ、とパンチ!ぬかせムキー日本国で一番重きを置かれている法律は憲法です。それに抵触する可能性が高い安保法制(集団的自衛権)についてのさらなる考察が必要とする立憲の主張に、“それを糺せ”とはどの口が言うかパンチ!将来に向けての原子力発電所の停止(脱原発)は、2011年3月の東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所炉心融解(臨界)事故により挙党一致(もちろん、自民党もですビックリマーク)で決めたはずなのに、いつの間にかに再稼働容認、さらには新規原子力発電所の建設計画など、僅か15年前の未曽有の大事故を顧みることなく“それを糺せ”とはどの口が言うかパンチ!“でなきゃ、一緒にやれないよ”と、タマキン、お前は何様になったつもりだムキーかつては「民主党」の同士として民主党政権を支えたこの男(しかもこの時に、ある議員を支えたことを自身が公開しているYouTubeで“黒歴史”と宣ったプンプン)、そして現在の「立憲民主党」こそ当時の「民主党」の血を受け継ぐ政党であるのに、当時、維新と合流して作った新党「民進党」の支持率は伸び悩み、“ここに居ては次の当選は危うい”と感じたため、我が身可愛さの余りに小池某が造った「希望の党」に逃亡を図り、しかし例の“排除します”発言で「希望の党」の勢いが急速に萎むと枝野幸男さんが創った立憲には戻れず、やむなく細々と造ったのが国民民主党。たまたま、キャッチフレーズが受けて今回の参院選では躍進したものの、“現実路線”を言うならとっとと自民党に寝返れば(入党すれば)いいプンプン野田佳彦代表、タマキンのあんな言いがかりの言いなりにならなくて本当に良かったですビックリマーク

次のスポットに移動します走る人走る人走る人2025年7月1日に見学させて頂きました国会議事堂の頭の部分が見えましたウインク(2025年7月2日にblogをアップしていますニコニコ)

そしてここは「三権分立の時計塔」。国会前庭

に立つ時計塔で、立法・行政・司法の3つの権利が表現されているそうなのですが、この時計塔のどこがそれを表しているのか、よく分からないニヤニヤで、このblogを綴る段になり調べてみたらこの時計塔は三角錐の形をしておりそれぞれの面が立法の中心である国会を、もう一つは行政の中心である霞が関を、そしてもう一つは司法の中心である最高裁判所を向いているとのことニコニコなるほど、そういう説明板の一つでもあれば分かりましたが、いや、あるにはあるのですが、後でお見せしますがこれでは分かりませんよニヤニヤちなみに写真は霞が関方向に面したものです。ただ御覧のように右側には工事関係のプレハブ製の仮設事務所が建っていますので、これでは最高裁方面を向いた時計塔を見ることは出来ません爆笑

こんな感じの説明板です。とても読めたもんぢゃありませんニヤリ

で、国会前庭にはあと二つのポイントがあったのですが、これらについて「駅ハイ」ルートマップには何も触れてはおりませんニヤニヤですがchu的にはこちらの“施設”の方に興味を惹かれましたウインクで、その一つが「電子基準点」。電子基準点とは国土地理院が管理する衛星測位システム(GNSS)を使った測量における基準点のこと。日本の衛星や米国のGPSからの信号を受信し、地球上の正確な三次元位置を計測したりモニタリングするシステムだそうです。またこうした電子基準点は日本全国に概ね20km間隔でおよそ1,300ヶ所に設置されているため、ここだけの施設、即ち“オンリーワン”ではないのですが、chuは電子基準点なるものを見たのはこれが初めてでしたニコニコ

そしてもう一つが「日本水準原点」。日本水準原点とは日本における高さを決めるための基準となる点であり、測量法施行令において、その数値が定められているのだそうです。で、その水準点が「日本水準原点標庫」と言うこの石造りの建物の中にあるとのことで、この石造りの建物は“ドーリス式ローマ神殿形式”の古典的な建築物。日本人建築家により設計された初期の洋風建築物として歴史的、建築学的から見てとても貴重な造りとされており、国の重要文化財に指定されているそうです。

そして今回の「駅ハイ」、chuは冒頭にて“一石二鳥大作戦”と銘打ちましたが、“一石三鳥大作戦”に変更しますウインクもちろん、“一つ目の鳥”は「駅からハイキング」なのですが、二つ目がこちら👇「中央合同庁舎3号館」。国土交通省が入居する合同庁舎です。ここで疑問??一つの「省」しか入っていないのに何ゆえに“合同庁舎”なのキョロキョロん、いい質問ですウインクここには2001年に行われました中央省庁の再編まで「運輸省」と「建設省」という二つの「省」が入っていました。しかし行政改革の一環として省庁再編が行われ、運輸省と建設省の二つの省は「国土交通省」へと生まれ変わったのでしたニコニコで、なんでその「国土交通省」が“二つ目の鳥”なのかと言うと、いまから御案内しますねウインク

chuはコロナ禍が活発になる以前の2020年春先までは、この界隈を動き回る仕事をしており、だいたい、赤い丸印を付けた場所に巣食っていました。そしてこの手の建物内に入るためには厳重なセキュリティが施されているため、業務でなければ庁舎内には入れないのです叫び

しかし今回の「駅ハイ」ルートを見て、“おぉ、これはビックリマーク”と思い、なんとしても立ち寄りたいと思い、とある“業務”を思いつきひらめき電球びっくり庁舎内部に侵入進入する事が出来たのでした合格クラッカー“とある業務”とは、chuもかつてはこのセキュリティを護る側に居た人間ですので、その手の内をさすがにblogに綴ることは出来ませんニヤニヤどうしてもお知りになりたい方は、あとでこっそりmail下さいね爆  笑

あ、国土交通省の下に観光庁、海上保安庁とありますから“なんだ、今でも複数の官庁が入居してるぢゃないかえー”と思われる方、実はこの二つは旧運輸省の外局ですので、元々運輸省であった組織が国土交通省になったということです。ま、“一体の組織”ということですなウインク

そして今回、chuが「駅ハイ」を利用して、無理くり“業務”をこしらえてでも「中央合同庁舎3号館」に入りたかった理由がこちら👇チュー「中央合同庁舎3号館」内にある日本そば屋さんウインク

そしてここの「冷やし野菜蕎麦」は絶品チュー以前、業務で「中央合同庁舎3号館」に出入りすることが多々あり、昼食時にはこちらで「冷やし野菜蕎麦」、冬は「野菜蕎麦」を頂くのがchuのルーティンウインク時には業務でない時にもここのお蕎麦を食べるため、「中央合同庁舎3号館」に来ることがありました爆  笑(現役chuは、どの庁舎にも入れる顔写真付きのIDカードがありました)。兎に角、日本蕎麦の好きなchuですが(※一番好きなのが中華料理、特に炒飯が大好物ですチュー、その次に好きなのが日本蕎麦なのですが)、現役中、都内にある立ち食いソバ店の食べ比べをしていましたが、出汁でいったら「吉そば」がぶっちぎりの一位、麺とメニューと価格面でいったら「小諸そば」が二位、そしてこの「日豊庵」さんがトップ争いをしています。ですが、価格面で優れていることに加え他のチェーン店にはない「(冷やし)野菜蕎麦」は秀逸ですので、“総合優勝”は「日豊庵」さんに軍配が上がりますニコニコそしてここでお気付きの方は鋭いビックリマークチェーン展開しているお蕎麦屋さんの話をしているのですが、例えば富士そばとか、ゆで太郎とか、は蕎麦大好きのchuの中にはランクインしておりません。まぁ、吉そばや小諸そばは東京都心部にしか店舗がないため、今となっては中々行きにくいのですが、それでも他のチェーン店との味の違いは一目瞭然ですウインクそれと「日豊庵」さんはchuの知る限り、霞が関の合同庁舎内しか出店していないので、今回のように何らかの“業務”を創出しなくちゃ食べることは出来ませんショボーンこの日はコロナ禍となって以降、でしたので本当に久しぶりのお食事となりましたチュー今回の「駅ハイ」と共に乾杯を挙げたいです合格クラッカー

chuが通い詰めていた当時は380円でしたが今回は450円に値上げしていました。しかし昨今では何でも値上げされているインフレ時代ですから、それも仕方ない口笛てか、chuが通っていたのは“失われた30年”の時代でしたから、値上げされるものは殆どなかったなぁ…。その代わり、給料も上がりませんでしたけどねニヤリ

こちらは「中央合同庁舎3号館」と連結してる「中央合同庁舎2号館」ニコニコ総務省や警察庁が入っています。こちらにもchuは連絡業務で何度も来ていますウインク

「中央合同庁舎2号館」の目の前には、以前の「駅ハイ」でも訪れたことがある法務省の赤レンガ棟。その背後にあるのは「中央合同庁舎6号館」で、法務省の他、同省の外局である最高検察庁、東京高等検察庁、公安調査庁、出入国管理庁などが入居していますニコニコ

法務省赤レンガ棟は旧司法省庁舎として1895年に竣工したドイツ・ネオバロック様式の建物で、国の重要文化財に指定されています。内部の見学も出来ますので御興味のある方はどうぞウインク

そしてこちらは警視庁。東京都を管轄する警察本部ですが、他の道府県が〇〇警察本部と名乗るのに対し、東京都の警察本部だけは“東京都警察本部”とは名乗らず警視庁と呼称します。はて、その理由は詳しくは分かりませんが、日本の警察組織を創った川路利良大警視がその組織を「警視庁」として定着させたからキョロキョロなのかも知れません。しかし戦後の混乱期には一時的にですが“大阪警視庁”や、なんと“釧路市警視庁”なるものも存在していたそうですから、“「本家」警視庁”としては、勝手に警視庁を名乗られることを不快に思っていた、と何かの本で読んだことがありますニヤニヤ

建築計画のお知らせとして“警察総合庁舎”名称の14階建ての建物の建て替えが計画されています。建築主として「中央合同庁舎2号館」が記載されていますが、前記のように2号館には警察庁が入居しています。“警察総合庁舎”ということですから、警察庁と警視庁とが同じ建物に入ると言うことかキョロキョロそして調べて見ると👉現在の警察総合庁舎(千代田区霞が関2-1-1他)は、鉄骨鉄筋コンクリート造の地下2階地上8階建てで、主に警視庁と警察庁が使用しています。1972年に完成し、約半世紀が経過しているため、建物の老朽化や設備の陳腐化、さらに執務スペースの不足が問題となっていました。そのため、現在地での建て替えが決定されました。とありました。警視庁の庁舎内に警察庁の部署が入っていたことは知りませんでしたびっくりま、要は今と同じ役所が入るのですが、古くなったので建て替え、ということのようですウインク

最後に法務省方面を眺めて、これから横断歩道を渡ります。右端に新しく見えてきた建物は「裁判所合同庁舎」で、東京高等裁判所や東京地方裁判所などが入っていますニコニコ

そして視界の先に見えているのが江戸城にある11の門のうち、大手門と共に有名な桜田門。そして時は遡る事165年、1860年(万延元年)の小雪が舞う3月、時の大権力者でありました大老・井伊直弼は水戸藩を脱藩した過激な尊王攘夷派の浪士らに襲撃されて命を落とします。「桜田門外の変」と呼ばれている幕末を揺るがす事件でしたが、その事件のきっかけとなったのが、この事変が発生する前々年から前年にかけて行われた「安政の大獄」という思想弾圧があったこと。その思想弾圧を牛耳っていたのが井伊直弼その人であり、過激な尊王攘夷派の恨みが爆発した結果が「桜田門外の変」だったのでした。

まさに、この場所で大老・井伊直弼と、登城のために護衛に付いていた彦根藩士らは襲撃されたのでした滝汗

こちらが桜田門。ここでは1周約5㎞で皇居を周回している皇居ランナーたちと沢山行き交いますウインク

そして背後を振り返ると警視庁の全容が見えます。ご覧のように警視庁は、桜田門とは内堀通りを挟んだ場所に立地しており、まさに目と鼻の先です。このことから、警視庁を指す隠語として桜田門、と呼ばれるのは余りにも有名ですよねウインク

さて、この門をくぐると江戸城内になりますウインク

以下次号、後編に続きますウインク