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妻は中国人

苦難多き道のりを選んでしまった男の半生、リアルタイムで綴ります。

ウチの中国人妻はよくこんなセリフをポンと吐く。
なんでこんなセリフが吐けるのだろう??
理解できない。

しかし実はこういったことは珍しいことではない。
しかし今でも慣れない。
中国という国柄なのだろうか。

知り合ってお互いがよく分かり始める1~3年の頃は尚のこと、慣れてもなかったのでよく傷つき、怒りを覚えたもの。


さて、本日のこと。
妻の仕事着を買いにシマムラへ。
どうせ仕事着、汚れるから安いものでいい。

ファッション性のある3900円のジーンズよりも、黒無地のシンプルなパンツ1500円。
仕事をするには十分。

こんなことで出たセリフが
『アンタと一緒になってから碌なもんじゃない!』

たかだか2400円でかなりガックシきました。
なんというか、力が抜けるというか。
いったい何をすれば不満がないのだろう?

この答えはすでに出ている。


底なしなのだ。


何をしてあげても喜ぶのはその瞬間だけ。
すぐにまた他のものに目移りする。

他と比べる。
「アレが足りない、コレが足りない、アレをしてくれてない、コレもしてくれてない。アンタと一緒になってから最悪。。。」

妻に幸せを感じてもらいたくて、とても頑張ってきたことが、無に返るとき。

なぜもっと自分の身の回りにあるもの、幸せの存在に目を向けないのだろう。
疲れる。

こんな日記を読んでくださっている方は私が何もしてあげてないからじゃないか?
と思われているかもしれない・・・。

「私たちが乗っている乗用車が格好悪い!もっと良い車に乗りたい!」

これを車に乗るたびに言われた。
別にそんなに悪い車ではない。新車価格170万前後の普通の4ドア車。
何も問題ない。

しかし妻にとっては問題。

日々のプレッシャーを受けた私は、900万の高級車をかなり無理して購入してしまった。
その後、ローンで苦しくなってしまったのだが、私にできることはかなり努力してきたつもりである。

妻を日本へ連れてくる為にどれだけビザを取るのが大変だったか。
日本の味に慣れてもらう為に、美味しい料理もクックパッドを見ながら沢山作った。
洗濯もするし、ゴミ出しもする。

週に1回は外食もしたし、どこへでも連れて行った。
毎日のように「愛しているよ」と伝えている。

そんな小さな幸せは妻の目に留まらないのだろうか。

悲しいが、
このような女性を幸せにすることは難しいと割り切った方がいいのかもしれない。 
本日学んだこと。
成功する秘訣。

成功の確立をアップさせるには一点集中する必要がある。

そしてそれだけを1万時間やる。

どんな物事でも1万時間やり続ければその道の専門家になれる。

成功がグッと近づく。

自分は何者か?
自分は何処に向かっているのか?
自分の目的は何なのか?
何を得たいのか?

既に成功している人と自分を比べてはいけない。過去の自分と比べる。ライバルは自分。

目的をしっかり持って、真っ直ぐに突っ走る!

目的を明確にする。
すると何を愛ぷべきかに迷わなくなる。
学習した効果の結果を計測出来るようにする。
結果を得るために手段を選ばない。
方法論に拘らない。
今すぐアクションを取る。
小さなことから直ぐに始める。

犠牲にする事を決める。
何かを得るためには何かを犠牲にしなければいけない。 
中国は広い。
中国人と言っても、様々な人種がいる。

都会で育った人と、田舎で育った人。
北で育った人、南で育った人。
教育を受けた人、受けてない人。
これら色々な要素で全く違ってくる。

私の妻は中国の田舎育ち。それもとてもとても田舎。
妻の育った地域は独特の方言と訛りがある。
妻の両親の言葉を、私はほとんど理解することができない。

幸い妻は北京語をキレイに話す。
しかし喧嘩した時に飛び出してくるのはやっぱり方言、笑。

私の妻は気性が恐ろしく激しい。
育ちが良い方ではないためか、それとも元々の性格のせいなのか、もしくは両者ともなのか分からないが、汚い言葉がポンポン出てくる。
もう5年も一緒にいれば慣れてきたが酷いものだ。

私もかなり気性が荒い方なので、よくぶつかった。
妻のそんな姿は自分の映し鏡なのかもしれないと最近は良く思う。
妻のなりふりを見て、自らを省みるべきなのだ。
この気性の荒い妻と一緒になったのは天の計らいなのかもしれない。

もう何度もダメかもしれないと思った。
こんな気性の人間と共に暮らすのは地獄だと思ったことも少なくない。

言語の意思疎通が上手く行かないことによる誤解も原因のひとつにある。
ほんの些細なことだが、誤解による喧嘩も多い。
あとから冷静に考えれば全く必要のないものだったり。。。

何度もぶつかって、ぶつかって、ぶつかって。
繰り返してきたことでお互いの尖っていた角が少しずつ丸くなってきた。
慣れもあるかもしれないが、オレも妻もだいぶ変わったと思う。
お互いを5年という年月をかけてやっと理解しかけているのかもしれない。

しかし未来のことは分からない。
なにも確実なことはない。

常に離婚と隣り合わせであることは間違いない。
できれば離婚はしたくない。
できることならば幸せな家庭を築きたい。

もう5年後、離婚せずに頑張っていられるだろうか。

妻を、他人を、変えることはできない。
自分が変わるしかない。

おれは変わるべきだ。
そしてこの気持ちを忘れないこと。

忘れないでいたい。 
自ら蒔いた種は必ず自らが刈り取らなければならない。

いまある現状のすべてが自らが招いたもの。幸せも苦難も。
他人のせいに出来るものは何一つ無い。だから全てを受け入れなければならない。

この世は平等だ。

一つ、受け入れがたいことがある。
軽蔑していた両親の悪い部分が、実は自分の中にもあるという事実。

これはなかなか受け入れることができなかった。
第三者の妻から指摘されて、そして自分がどん底の中にあって、はじめて受け入れることが出来た。

それまでは指摘されると怒り心頭していた。
ちょっと上手く行っているときは特に、他人の苦言に耳を傾けることなんてことは尚更出来ない。

それがどうにもならなくなって、本当にどうにもならなくなって、惨めで情けない自分を目の当たりにしたときに、やっと受け入れざるを得なくなる。

愚かだなぁ、オレ。

愚か過ぎる。 
妻と息子。二人を守っていくことが、こんなにも大変なことなのか。

独り身だったらどんなに気楽だったろうか。

気が落ちている時は「もう一度自由だったあの頃に戻れたら」なんて意味の無いことを考える。それと同時に二人がいること。守るべき二人がいてくれることを幸せにも感じる。

右に揺れ、左に揺れ、矛盾した思考に翻弄されてしまう。

独り身には無責任で自由気ままな良さがある。
しかし”孤独を受け入れる”という自由とは相反する面がある。

家庭持ちには妻子供と共有できる良さがある。
しかし”責任感という重荷”を同時に背負わなくてはならない。

オレが父になってもうすぐ4年。
しかし父とはこんなに弱く脆いものだったのか。

自分が若いときに父親に期待していたもの(父親像)と、今現在ひとりの子の父である自分とのギャップに驚く。

小さいころは父とは偉大であり、何でもでき、何でも知っている強く大きな存在であるべきと信じていた。
なんであんな風に思っていたんだろう。
だから父の弱さが分かる年頃になると父を軽蔑し反抗してしまった。

父だって一人の未熟な人間なんだよね。
精子さえ放てれば子は作れるし、笑。
父=偉大 の方程式が成り立つわけも無い。

そんな簡単なことが分からなかった。
彼もまた、子を育てながら共に成長していく一つの魂であるということが分からなかった。


そして自分を省みてみる。
なんと無力で、未熟なんだろう。
いま自分が父になってやっと分かる。。。


オレは愚かだ。
オレはなまけものだ。
オレは情けない。
オレは変わりたい。
オレはもっと強くなりたい。
オレはもっと賢くなりたい。
オレはもっと大きく優しい存在でありたい。
もう一度やり直したい。

あの頃に戻ってもう一度やり直したい。

だけどもう戻れない。
それに気付いた今日をやり直す第一日目にしよう。
今日からオレは生まれ変わる。

後悔するような行いはもうしない。
怠け者で愚かだった自分を悔い改め、一歩ずつ前進するしかない。

今日がオレの生まれ変わりの日だ!
あとは登って行くだけだ。