靖國神社へ桜を見に行ってきた。



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大阪へ行く、国家公務員になる直前というのは、一種の辻褄合わせになるだろうか。



いつにも増して、ここで見上げる桜は寒空に力強く映え美しかった。



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続いて千鳥が淵へ…



行く前に、神保町にある【自然薯料理ふじ】へ。



ここで食べた肉豆腐は、本当に美味しかった。



未だにこの表現が正しいものかは不明だが、東京人好みの濃いめでご飯が進んだ。



雑穀ご飯でお代わり自由は大変有難い!



ランチは2種で、高いほうには御神酒が出される。



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桜を見た…



靖國へ足を運んだ…



そして、このタイミング…



色んな状況はあったのだろう、それがパレットの上で予想を超える彩りを示したかのような驚きに満ちた一瞬の味。



凄く幸せに感じる昼の御酒となった。



仄かに赤らんだ顔を連れに指摘され、互いに微笑する。



千鳥が淵へ。



夜景で有名なこの場所だが、昼でも壮観だ。



「ボートに乗りたい!」



連れの声が耳に入る。



そういえば彼女と交際をはじめ、昨夏に解消してからもボートに乗せてあげることが出来なかった。



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彼女には気づかれなかったと思うが、その瞬間申し訳なさと同時に、計り知れない安堵、そして喜びの感情が四肢に至るまで行き渡った。



この季節にその望みが叶うこと、ずっと心待ちにしていたような気がした。



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ボートのうえで勢い良く体を揺らし、あと一息で水面から桜の舟がたどり着きそうになる。



このようなカタチのボートに乗ったことが初めてだという彼女の、その少女のような屈託のない笑顔と高い声が大いなる安心感を私に届ける。



なんだか最高に気分が良かった。



今や恋愛関係にあるわけではない、その状況と私の意志を彼女がどう感じているのかは分かりえないし、知る必要も無いはずだ。



しかし、私からすれば「本当に伝えたいもの」をこの2年間で、人間の心という奇跡の伝播に共有できたと確信している。



その象徴が、この日見た桜の花だったのだろう。



私の口から発されたすべての言葉が、ここに回帰する。



きっと分かってくれている。



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生なる証のために咲き誇ろう。



儚くとも大きく、その本当の意味と巡り合うまでは、絶対に生きるんだ。



これからもお互い頑張ろう!



ボートに乗っていたときのように…



心の旅を、思考の回路を、精神の揺らぎにすべてを任せよう。



私たちは、最後に辿り着く場所を知っているのだから。
シネスイッチ(銀座)にて『やさしい嘘と贈り物』を観賞してきた。







予告編で展開、さらには結末まで容易に予想できてしまうことは認めざるをえない。



それでも、観賞後には不思議な気分に陥ってしまう作品だった。



とにかく突然であって…



その変化のさまは、(不謹慎とも思われようが…)神秘的にさえ映った。



ロバート(マーティン・ランドー)がメアリー(エレン・バースティン)とのデートに心を躍らせている光景が、観ている者の意表を突くまでの変わりようを見せるなんて。



あの時、誰もが頬が垂れるように優しく目を細めたか…



それがラストの展開に変わるのだ。



“ごくごく”予想可能な結末だったからこそ…



それだけ心象に訴える、刹那的な衝撃がそこにはあった。



マーティン・ランドーという名優が演じる意味が、最後の最後にようやく理解できたつもりでいる。



果たして、「映画好き」を自称する貴方に、この映画の価値が分かるだろうか?



在り来たりな展開、“読める”結末が果たしてどういう意味を持つのか。



普段から、物事にひとつの答えを、そして反する回答には批判を加えてきた貴方には、絶対に分かりえないと確信する。



認知症になった経験も、親類で患った人もいない私だからこそ…



「こういうものなんだ」



そう提示したくなる。



複雑な社会構造、そしてコミュニティの価値が失われゆく現代において…



家族という、最小の単位。



ひとつの大事件を通して、両岸に架かる橋を繋ぎとめる方法とは。



そしてその瞬間、何が。



記憶を守るか…



時の流れに猶予う、そのひと月を、一日を、一秒を突き抜けるのか。



どちらかしか選択できない岐路は、きっと私にもひたひたと近づいてくるだろう。



それまでに、何をすべきか、何をすることができるのか?



それを明示してくれる、老夫婦を取り囲む家族がいた。



中立にすべてを懸けることから、初めて意味を為した作品だ。



何事にも“そういう”スタンスを採ることのできない、一方通行な人間には決して理解できない作品であるに違いない。



そこにあるもの?



ただの現実だ、私たちが普段から目を伏せている世界なのだ。



ロバートの感情と記憶が交錯している数秒間に映し出される、赤く染まった映像がとても印象的である。



何度も挟まれるからこそ、観賞しながらその正体を探りだそうと試みてみるのも良いかもしれない。



そして上映終了後に、全編を通じてのインパクトを感じ取ろう。



繊細で儚いものが、力強く生きているのだ!



高齢者の認知症を通している分、日本社会にとって大きな衝撃を与えるべきだと思う。
以前より計画していたポンペイ展のため、横浜美術館に行ってきた。



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展示が始まって間もないが、なかなか多くの人が訪れている模様だった。



ちなみに横浜美術館に入るのは初めて。



特に鑑賞したいという、いわゆる「お目当て」などは無かったのだが…



当該遺跡の辿ってきた、はるか昔の〝境遇〟を知ることが、今の私たちにとって必要だと思えたからかもしれない。



火山灰の下に眠り続け、その姿を残したままに私たちの眼前に起きてきた。



熱傷遺体に石膏を流し込んでそのままのカタチを留めたような展示が、真っ先に目に飛び込む。



衝撃的のひと言だが、その四肢に流れるような円いラインや、全体的に小柄だが存在感のある大きさに、このポンペイ展へ来た意味を改めて痛感する。



特に、ポンペイから出土した多くの壁画が荘厳であった。



今にも躍動しこちらへ向かって走り出しそうなガゼルが描かれた、垂れ幕のそれは不思議と私を魅了した。



火山の際、彼は何と叫びどこへ向かおうとしていたのだろうか…



実物で復元された浴室をはじめとする生活様式に関する展示は、非常に多くの人々、心なしか女性たちの興味を捕らえている様な気がした。



菓子の焼型など、現在と何も変わらない。



そして、ひとつの作品は大きな感動を与えてくれた。



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童子が掌を置くのは、イルカの噴水。



そして口から流れ出る水を眺めるクピドの表情。



多くの童子がその純潔さ、従順さを振りまくなか…



最も表情が「そのまま」である、つまり俗にいう「素」である感じを受けた。



ポセイドンが手中に掴むイルカとは違う、何だろう…



この私自身であるような、恐れとも安心ともいえる、急迫真正なメッセージが届けられたのだろうか。



とにかくこの彫像には、時空を超えた〝真理〟が願いとともに込められている気がした。



連れと共に、展示のひとつ…



『イルカのモザイク』のチャーム(青)を購入して、2000年の心の旅を終えた。



今をもって私に挑まんとする脅威は、きっと2000年の重みを前に怯み慄くことだろう。



生きることが夢であった時代より、夢と生きることが必要だった時代の人々へ。
チネチッタにて『マイレージ、マイライフ』を鑑賞してきた。







社外から、その社においてリストラ対象となった者たちへ「クビ」を宣告する男。



ライアン・ビンガム(ジョージ・クルーニー)にとって、唯一熱意を注ぐことの出来る相手がいる。



数字、マイレージを「1000万マイル」貯めること、そして…



幼い頃に夢見た、憧れの機長との対面を果たすこと。



そんな彼の真っ直ぐな気持ちが、ものの見事にハマる仕事だった。



あらゆる状況に立とうとも、ただひとつの目標に向かい続けること。



解雇に伴い、あらゆるものを失う人々を目にしながらも…



力強い言葉で、「前を見ろ」と諭すその姿は、とても残酷に映る。



茫然自失になる者、荒れ狂いオフィスの椅子を蹴りつける者など…



この現代の複雑怪奇ともいえる、アンバランスに調えられた社会成立とでもいおうか。



事情も考慮されない、たったの数分間にかかった人生の重みが、その点においてライアン・ビンガムの生き様に疑問を投げかけ始める。



新入社員として教育を任されたナタリー・キーナー(アナ・ケンドリック)との言い争いには、どこか他人事とは思えない気がしてならなかった。



「人生をスーツケースに…」彼が大勢の前で講演する姿が、どこか回想録を思わせる。



そこでの語り口は、どことなく自らを無理やりにでも認めようとする、ウィットに富むジョークに満ちている。



皮肉なことだが、それに相反する回想部分の彼からは失敗しか見えてこないようでもある。



きっと忘れていたのでもない、ただ…



“意図的に”置いてきたものを拾いに走る彼の姿は、私の胸をいつまでも優しく撫で下ろした。



まるで彼が私を励ましてくれるかのようだった。



最後に彼が自らを認めて、確認した言葉を…



今、ここに私も放とうと思う。



〝I'm from here〟



私たちの場所は、いつまでも雲の上…



自分たちの居所を知る手立てもなければ、寄り添うパートナーもいない。



そんな不確かさにのみ成り立つ存在である。



翼を広げるためには、そのための障害があってはならない。



初めて会ったベテラン社員に「解雇」を宣告することも…



行き摩りの女性とベッドを共にすることも…



毎日のようにクラスやオフィスで出会う同級生や同僚との関係なんかよりも、希薄ではない。



いや、それどころか…



彼の生き方はそれを証明した。



最後に彼が見上げたフライト案内には、表示された多くの行き先が待っている。



作中に次々と小気味よく登場するアメリカの諸都市が、ここに来てその意味を大きく変容させていたと思う。



これこそ、彼の心の内部に起こった“些細な”心境の変化を、出来うる限りビジョン化したものであるのだろう。



空港という場所、その殺風景でいて雑多、「一度きり」な空間に恋をした私。



ある意味、覚悟をした人間の悲壮な決意を覗わせる辺り…



真なる実直さや、経験という測りえない価値の存在を強く推量させるものがある。



同じような印象を、同じく大好きな『トレインスポッティング』のラストシーンで受けた。



レントンの顔にベグビーの吐いたタバコの煙がかかった瞬間が、この作品の最大にして唯一の変化だった。



主人公の心の変化が、それこそ電車に乗っているかのようなスピードとリズムで描かれていた。



ナタリーに推薦文を認め、自分の仕事の意味を改めて考え直したライアン・ビンガム。



自らの存在を翼に託し、雲の上でこそと願った彼は心のフライトにまた旅立った。



色々な人々に囲まれ、そこに複雑な社会が構築されている。



それをここまで簡潔にして、説得力をもって描きあげた作品はそう多くないはずだ。



だからこそ、そのなかで自分をどう活かすかが明確となる。



ライアン・ビンガムという男がいたからこそ…



家族や会社の後輩だけでなく、「新しいスタート」を必要とする人たちの“閉ざされた”道が開かれていた。



無論、そこには彼だけでなくナタリーやアレックス・ゴーラン(ヴェラ・ファーミガ)の存在が不可欠だっただろう。



敢えて、ここに〝空〟と〝地〟という二極を作り出したいと思う。



ライアン・ビンガムが前者であるならば、後者は前述の女性2名である。



ナタリーが業務をネット通信で試みる提案をする一方、ライアンはそれを拒み、それまで彼がこだわり続けた「自らの足で、飛行機で」という仕事方法を譲らない。



“漠然とした”空間という定義と、定点的な思考を感じた。



そして、家庭をもっていたアレックスと、それを知って驚愕したライアン。



これもまた、どこか正反対のようでアンバランスにも均衡を保とうとする、現代の様子に鏡を当てているかのようだった。



この世界に生きるためには、これらどちらも必要であることは明らかとなったが…



どちらにせよ〝空〟は無限に拡がりゆくのだ。



スーツケースに無駄なものばかり詰め込んでいたら、きっと空へと高く飛んでゆけない。



アイアン・ビンガムのその後が結論というものであれば、この作品には“ものの見事に”それが描かれても、何かの結末を匂わすような表現すら見当たらない。



そこにこそ、監督の観客に対する思いの強さを素晴らしいと感じた。



何かを背負っていては見えないものがある…



ここまでその何かを振りほどき、全てから解放されたいと願わせる作品はそうそう現れない。



その先にある心地よさ、私としては「浮揚感」と表現されたいものがある。



まさに私はそこからスタートしたひとりなのだ。



案外、複雑怪奇なことも定式化することができ…



そうすることを避けつつ、「自由」や「個性」などという言葉で言い包めた世界なんかよりかは、ずっと皆が笑顔になれると信じてみてもよいのではないか?



そうしなくては、この作品で見届けたあらゆる「変化」は生まれないのだ。



全体を一度に見ること、即ち〝俯瞰〟することが必要な社会に降り立つものがライアン・ビンガムのような人間なのだと思った。



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付け加えることが一点。



航空管制官となる私にとっては、またしても航空保安の…



空の安全を守りたいという意識が強められたと感じている。



やはり空港という場所、そして旅という概念が人を育てるのだと思う。
来月、私の跡を辿るように弟が豪州へと旅立つ。



そして私は…



近くて遠かった、そんな望み続けた道へと足を踏み入れる。



こんな兄弟のために計画されたといってもよい、久しぶりに家族そろっての夕食を楽しんできた。



馬車道のカフェでコーヒーを飲んで…



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【Via Toscanella】というイタリア料理レストランへ。



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「本日は満席のため…」という張り紙を尻目に頬をきゅっと締めつつ…



予約していた個室へ。



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今回は「Degustazione(シェフのおすすめコース)」ということで、このレストラン自慢の手打ちパスタ2種をはじめ、魚と肉それぞれのメニューからデザートプレートまでが並んだ。



そのなかでも、パスタのひとつがとても印象的だった。



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カカオを練りこんだラザニアにポルチーニのソースがかかっている。



見た目のインパクトからは予想できないほどの繊細さ、これはまさにカカオ高純度のショコラを食べる時と同じ味わい。



舌触りの優しいパスタ、奥深いカカオの苦味がソースの甘さを引き立てる。



そして魚料理ではカジキマグロ。



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非常にやわらかく、新鮮な証ともいえるマグロの風味が素晴らしく上品!



ソースも酸味が程よく強い。



食後酒で「リモンチェッロ ミネオ」を嗜む。



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とてもフルーティーで、欲張りなコースに花を添える。



やはり手打ちパスタがお奨めだけあって、その独特な風味付けやソースとの組み合わせに心を惹かれた。



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大満足!



馬車道の雰囲気がぴったりで、落ち着いてスペシャルなパスタに舌鼓を打てる。



横浜近郊の人には、是非とも推薦したいレストランのひとつとなった。



新しいスタートを切る私たちにとって、「手作り」だからこその強み、そして洗練されたトスカーナの味は明るい色のスパイスとなったに違いない。



また訪れよう。
横浜ブルク13にて『アイガー北壁』を鑑賞してきた。







重大な変革のとき…



〝持つ〟ものと〝持たざる〟ものが対峙する、その時に世界の人々は何を考え何を思ったのか?



この作品を鑑賞していると、不思議とそんな思いに駆られる自分がいた。



戦火と血で彩られる圧倒的な凶暴性…



果たして、その最中に安息の地は存在したのか?



心を充足する瞬間、私たちの知る世界は姿形をどのように変えるのか?



あらゆる「権力」の象徴と、純粋な自然への挑戦が対立し、睨みをきかせる時…



果たして、各々の価値を繋ぎ止める錨は儚く、そして脆い。



「生きて、還れ」



アンディ(フロリアン・ルーカス)がトニー(ベンノ・フユルマン)に遺した言葉は…



生きるために戦い抜き、最期にトニーが放った言葉に向かっての激励のように聞こえた。



「もうダメだ」



一方を巨大な壁に、そして一方をホテルのテラスに…



作品のなかで幾度となく並べ立てられるように、どことなく漂う閉塞感が不気味である。



しかし、今こうして考え付くことはこうだ。



全ての閉塞感や無力感、さらには孤独感といったあらゆる感覚的なもの…



結局、私たち人間が作り出した壁によって封鎖されることによってのみ、その存在は邪魔となること。



ドイツの国家的な威厳を体現するふたりの登山家に加え、さらに1組のオーストリア人登山家たちが同伴したことが、私にとっては何よりの救いであり…



運命に翻弄されるのではなく、それを巧く“乗りこなす”。



自然の完全無欠さに対して、人間のとりうる最善の生き方の答えが自ずと見えてくるのではないだろうか。



ヒューマニズムの極み、事実に基づく映画作品で初めて感じ取ることが出来るとは…



私たちが登攀しなければならない壁は、きっと心の中にある。



気づいたものから、正直に一歩を踏み出せばよい。



ルイーゼ(ヨハンナ・ヴォカレク)に諭されるようにして、北壁に挑む決意をしたトニー。



それまでの登山記録一切を手元から離した、その瞬間がとても印象的だ。
109シネマズMM横浜にて『しあわせの隠れ場所』を鑑賞してきた。







アメリカでアメフトがどれだけ人気のあるスポーツか。



ルールなんて知らなくても、その事実だけ認識していると…



この作品も、より深みを増す気がした。



それは、上映中も私の頭を離れなかった、“あの”スーパースターのイメージとリンクする何かがあったからだろう。



急逝した彼のアイコンが、今ここで鮮明に、よりその明度を増して復活するとは…



はっきり言って予想外だった。



とてもシンプルで分かりやすい、それだからこそ私のように実在の誰かを意識したり、または社会の姿に対するモンスターへと変化させることのできる映画である。



ただのサクセスストーリーと違う点なんて無い、それほどに典型ともいえる展開だったけれど…



そんな中にこそ〝盲点〟があったのだ。



人には人の、それぞれの心がある。



「あなたが決めるのよ、自分の人生なんだから」



リー・アン・テューイ(サンドラ・ブロック)がマイケル・オアー(クィントン・アーロン)に贈った、この言葉が象徴的だ。



よく耳にする台詞、ありふれた言い回しだからこそ…



今こそ考え直すのだ。



時には育て親に刃向かってでも、自分自身の心で。



「大事なときの前には目を瞑る」



オアーが、犯罪行為に手を染めんとする母にされた忠告、それがカタチを変えた。



半ばサブリミナル気味に繰り返される、オアーの少年時の記憶が彼を鼓舞していく過程に胸を打たれる。



「あなたが彼を変えた」



「いや、彼が私を変えた」



どちらも正しく、どちらも間違っているのかもしれない。



ただ、どのようなスタンスに立っても見えてくるものがある。



それは…



強さと優しさ。



人間が兼ね備えることのできる、最高の武器。



この作品では、それぞれを獲得するために犠牲にするもの、あるいは獲得に際して発生する副次的な問題が鮮明に顕されている。



それもシニカルに、そして面白く。



とても優しい作品だと感じた。



〝盲点〟の存在がある限り、そこに「しあわせ」は消失しない。
ディズニーはディズニーでも…



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〝シー〟は初めて。



思っていた以上に…



〝ランド〟とは趣の全てに於いて異なる空間。



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多彩な装飾、そして影とが織り成す水の都。



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こっちの方が好みかな。



涼しげでどこか陰鬱かもしれない、それが神秘性というベールに包まれたとき…



心が浮つくのを感じた。



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体験してみたかったアトラクションも含め、希望はすべてこの掌中にあった。



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園内を駆け回る少年たち、それから可愛らしい青い車輪が印象的な車いすで笑顔を見せるご年配の方々に囲まれ…



懐かしさが視界を、そして脳内を若くしていく。



子供だった。



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「ここだけは、このままでいい」



もはや、それしか零れてこない。



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朝から夜まで。



とにかく初めて訪れた〝シー〟が新鮮であったことはもちろん…



不思議と、昔、ずっと昔に迷い込んだ“お隣”の記憶を炙り出していくかのようであった。



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「何も変わってないのな」



ほっと胸を撫で下ろす安心感、そして…



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「ここも、自分も」



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ちょっぴり誇らしくもあった。



こんな気分にさせてくれた、そして何よりこの機会を与えてくれた連れに心から感謝したい!
109シネマズMM横浜にて『フィリップ、きみを愛してる!』を鑑賞してきた。







ドラマチックなラブストーリー…



いや、これこそ「純愛」である。



否…



「純」そして「愛」である!



その「純」が前提となって、驚くような「愛」がそこに待っている。



この展開に身体が締め付けられる思いの末に火照る程の涙をし…



最後は、塞ぎ込んでいたものが一気に解放させられるような笑顔で、劇場を後にすることができた。



詐欺と脱獄を繰り返すスティーヴン・ラッセル(ジム・キャリー)と、彼が収監先で出会ったフィリップ・モリス(ユアン・マクレガー)のゲイカップル。



彼らの中の〝静〟と〝動〟が順番を変え、どこか倒錯するように展開されるため、本当に流れるように滞ることなく話が進んでいく!



ゲイカップルということで、正直いって「どのような色恋模様が展開されていくのだろう」と興味津々で冒頭の出会いのシーンを迎える。



ネタバレだけど最初に言っておきたいことがある。



フィリップの少女のような可憐さ、そこが本作の最大のポイントである。



ユアン・マクレガーという役者が抜擢されたこと、その理由もそこにあるはずだ。



この2人が出会う場面で、囚人同士の乱闘を避けるように食堂を出るフィリップ…



そしてスティーヴンへの少し怯えたような言葉。



「金髪の青い目をした自分なんて、格好の標的だよ」



そして、死期迫るエイズ患者を“偽った”スティーヴンを、嘘とは知らずに本気で心配して、電話越しで噎び泣いたフィリップ。



冒頭と終盤の、たった2場面の彼を見るだけでこの作品の素晴らしさが伝わってくるようだ。



何ものよりも「純」粋で、誰よりもスティーヴンを「愛」したフィリップという人間…



それは、偽装工作をはたらく自分を本気で愛してくれている人がいると、そんな単純にして難解な状況から同じく涙したスティーヴンが居たからこそ。



時折見せる、彼らが本能や欲望に忠実になる瞬間があることで、よりインパクトが強まっている。



これが普通なんだろう。



こうあるべきことが自然なんだろう。



まさに「演技に騙された」とはこの事か。



〝すべての嘘の下には、常に本当に伝えたい想いがあったんだ〟



教訓のように響き渡る、このスティーヴンの言葉が私の胸をそっと撫で下ろす。



こんなに優しい映画は、滅多に巡り合えないという程の傑作だ。



少年のような無垢な気持ちでいられる、そんな透明感が詐欺や収容所とは似つかないはずなのに…



考えれば考えるだけ不思議だ。



「事実は小説より…」



このような作品を少年が鑑賞できないことを、心から残念に思う。



私たち大人にとっては、美名のもとに金繰り捨ててきたもの、その価値を見つめなおすことの出来る作品である。



スティーヴンの心がけにただただ共感し、フィリップの謹厳実直さに熱く涙した。



そんな私も、あらゆる大人に推奨したい珠玉の一品!
109シネマズMM横浜にて『シャーロック・ホームズ』を鑑賞してきた。







これこそ、正統派のエンターテイメント。



幾重にもなる「浮き浮き」の対極にある類の感情。



その連鎖…



まず冒頭から、一気に期待感が高められる。



入り方、そしてその尺、さらには雰囲気までかなり好きだ!



「推理小説の何たるか…」



シャーロック・ホームズ(ロバート・ダウニー・Jr)の魅力が満載な作品。



とにかく緻密でいて大胆、そして底抜けに〝変わり者〟な男。



相棒であるジョン・ワトソン(ジュード・ロウ)との掛け合い、そしてアイリーン・アドラー(レイチェル・マクアダムス)に対する気障っぽくもお茶目な感じが、そんな彼の〝キャラクター〟に…



ホームズの本質に迫っていく、そのステップのようにも見えた。



ホームズ作品をいくつも呼んだことのある私にとって、これは良い意味で入門編だと思った。



未読の人にとっても、このシリーズの独特な雰囲気、そして固定キャラクターでありながら色褪せない…



展開の「アヤ」に惹かれることだろう。



ここで個人的に薦めたいのは、やはり舞台であるロンドンの湿った匂い、そしてどんよりと曇りがちな街の色。



まさに、私の留学の原点ともいえるベイカーストリート、つまりホームズの「ホーム」はそんな通りだった。



非常に混み合う人々の高らかな声や、憤怒に因るものと思われる車のクラクションや排気に隠れるようにして、どこか静けさも感じることが多かった。



もちろん、それは夜も深まった時間にはその印象を可視化し、混沌を恐怖や迷惑へとカタチを変えていたのだった。



2年間のイギリス留学、その最初の場所であるから余計に思いいれも強く…



ベイカー・ストリート駅の壁をびっしりと埋め尽くす、憧憬とアイドル性が刻まれた探偵の横顔。



物凄く懐かしい!



共に大好きな俳優に演じられた、『シャーロック・ホームズ』…



全く格好良すぎる2人でスタイリッシュな新しい作風となっていたが、それでいて原作のもつ世界観はそのままだ。



気を遣いながら演じた彼らの気概を強く受け止めた。



薄れ行く色合いと、いずれ腐葉土のような匂いを放ち、乾燥した異次元に醸し出される原作の神秘性。



そして、今回のように…



一粒の汗の放つ輝きや、スクリーンから飛び出す炎熱の迫力など最新鋭の映像技術で完成した現実性。



絶妙なバランスに支えられていて、だからこそ入門編と呼んでいいはずだと確信する。



鑑賞を終えて、みなとみらいの風に晒されると…



心と身体が弾んだ。



ホームズのコスプレをして、夜闇を疾走したい!



$Chronoblivion



あんな男になりたいと、この歳にして本当に憧れる。