2.諸葛亮の投影を確認する ~呉用、公孫勝、孔明、孔亮~
まず梁山泊の軍師である呉用ですが、以下のような諸葛亮との関連性が見られます。
・呉用の道号「加亮先生」は「亮に加える」と解釈でき、呉用は諸葛亮より優れた存在
・呉用が登場した時の小うたでは「謀略は敢えて諸葛亮を欺り」(※2)とされ、呉用は智謀で諸葛亮を上回るとされている
・童貫が梁山泊に攻め寄せた場面で、白い道服、羽扇、綸巾を身につけた描写がある(※3)(※4)
呉用は『水滸伝』でも指折りの智謀を持っていますが、しばしば失策(※5)が見られますので、諸葛亮を超える智謀とは言い難いでしょう。また、呉用は北宋の宰相だった趙普をモデルにしているという説があり、趙普のあだ名「学究」が呉用の字と一致していることからも、趙普がモデルという説は一定の説得力があります。
それでも呉用は諸葛亮と比較されており、服装の類似も見られることから、諸葛亮を意識していることは間違いなく、呉用は諸葛亮を投影した人物と言えるでしょう。
次に公孫勝ですが、諸葛亮の道術面(風を呼ぶなど)の役割を担い、呉用に軍師としての役割を担わせた。すなわち諸葛亮一人の役割を二人で分担しているという見立てがあるようです。ただ、道術以外に公孫勝と諸葛亮の共通点は見られず、道術なら樊瑞や劉唐(一応)、軍師なら朱武がいます。道術の1点で、公孫勝を諸葛亮になぞらえているとは言うのは、少々早計が過ぎるように思います。
そして孔明、孔亮兄弟ですが、名前はどう見ても「諸葛亮孔明」を連想させるものです。しかし2人は柄の悪い金持ちの息子として登場し、梁山泊に入山してからも軍師と呼べるような働きはありません。偶然近い名前になったとは思えず、諸葛亮の名前を拝借しただけの好漢と考えるのが妥当でしょう。
この一回の内、
三国志の人物を投影した好漢一名
呉用
三国志の人物の名前を拝借した好漢二名
孔明 孔亮
三国志の人物との関連性は低い好漢一名
公孫勝
「歴史人物が投影された梁山泊の好漢が持つ共通性(三・関羽の投影 前編)」に続く
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「歴史人物が投影された梁山泊の好漢が持つ共通性(二・諸葛亮の投影)」本ブログ
「歴史人物が投影された梁山泊の好漢が持つ共通性(三・関羽の投影 前編)」次回(続き)
(※1)
本稿ならびに一連の記事「歴史人物が投影された梁山泊の好漢が持つ共通性」において、「好漢」は36の天罡星[天コウ星]、72の地煞星[地サツ星]を宿星とする108人を指します。
(※2~3)
岩波文庫『完訳水滸伝』より抜粋、要約しています
1 巻の14/2 巻の76
(※4)
童貫との対決時、呉用は諸葛亮を思わせる姿でしたが、初登場の時には「書生のようないでたちで、桶のような目ぶかの頭巾をかぶり、黒のふちどりのゆったりした上衣を着て、腰に茶褐色の鑾帯(らんたい)をしめ、下には絹の短靴に白足袋、生まれつき眉目秀麗、色は白く鬚は長うございます。この書生こそは智多星の呉用、字は学究、道号は加亮先生」(岩波文庫『完訳水滸伝』巻の14)とされています。
一方、諸葛亮が初登場の時には「身のたけ八尺、面は冠の玉のごとく、頭には綸巾をいただき、身には鶴氅[鶴ショウ]の衣をつけて、まことの仙人のようであった」(岩波文庫『完訳三国志』第38回)とされており、あまり呉用と共通するものではありません。
呉用の服装は、常に諸葛亮と同じというわけではない点を補足しておきます。
(※5)
代表的な失策に、宋江を救うため蔡京の手紙を偽造したものの、ありえない印章を使ったものが挙げられます。