当時NY行はいつも全行程で10日程度、従って現地で動けるのは実質7日半ぐらいになる。2001年末~02年初のNY行では、それ迄滞在中に観た映画・演劇の数がとうとうピークに達してしまった。たしか舞台を9か10本、映画を23か24本見たと記憶している。しかし、あのテロ事件から未だ3カ月しか経っていなかった時期であり、NYの街のあちらこちらに未だ深い傷跡が残っていた頃だった。消防署の前を通るとツインタワービル崩壊の際に犠牲になった消防士達の写真が掲げられ、その周囲には慰霊の花束が山の様になっていた。そんな様子を見たら何だかもっと視野を世界に広げるべきではないかと思い、またこのような気違いじみた行動も行くとこまで行ってしまったように感じてしまったのだった。そんな思いもあって、その次の2003年夏を最後にして暫くNY行を止めることにした。

 

 但し03年は観劇を減らして改めてオーソドックスにマンハッタンを観光し、その後ナイアガラの滝に行くことにした。そして帰国する前の最後の夜をマンハッタンでもう一泊したのだが、折角だからとザ・プラザ・ホテルに泊まることにした。バブル景気の切っ掛けとなった1985年先進5ヶ国による“プラザ合意”の舞台となり、また様々な映画に登場するNYを代表するホテルの一つ。しかしここも2000年代になって大幅な改修工事を行い客室の大半をコンドミニアム化して、ホテル・チェルシーとは逆にホテル部分が縮小されてしまったようだ。とにかく1992年「ホームアローン2」では、このホテルのフロントロビーでマコーレー・カルキンとティム・カーリーの追いかけっこがおこなわれた。映画では結構広いように見えたのだったのが、実際に行ってみたら案外狭くてゴチャゴチャした印象だった。しかしロビーから、廊下、客室と、とにかく天井が高かったのには驚かされた。特に凄かったのが浴室で、10畳以上あろうかという部屋の壁際に浴槽、シャワーコーナー、トイレ、洗面台が張り付くように設置されているのだが、真ん中は高い天井のせいもあってポッカリと何もない空間が広がっていたのには唖然とするばかりだった。

 

 その後暫く米国東海岸からは足が遠ざかっていたのだが、2018年に久し振りにNYを訪れ、その際にブロードウェイで観劇したのが「ボーイズ・イン・ザ・バンド」だった。元々1968年に上演された舞台の映画版が1970年「真夜中のパーティー」として公開され、今回リバイバルとして再演されたもので、マット・ボマー(TV「ホワイト・カラー」)、ジム・パーソンズ(TV「ビック・バン・セオリー」)、ザッカリー・クイント(映画「スタートレック」シリーズ)等、TVドラマや映画で活躍している俳優が出演していた。その後ほぼ同じキャストで2020年に再映画化されている。今回に限らず、これまでTVや映画俳優が出演した様々な舞台を観たことがあるが、TVや映画と印象がさほど変わらない人もいれば、全く印象が異なる人もいた。又、より生き生きとした演技を披露する人もいれば、印象が薄くなってしまう人もいた。やはり映像と生の舞台は全く異なるものだという事が良く判る。

 

 そんな中で今までで一番印象的だったのは、「ロード・オブ・ザ・リング」の魔法使いガンダルフことイアン・マッケランと「クイーン」でエリザベスⅡ女王を演じたヘレン・ミレンという英国を代表する俳優二人が共演した舞台「死の舞踏」だった。両人とも映画では見たことのない表情で、特にマッケラン師匠は映画で見せる重厚感と正反対の軽さを見せながらも、それぞれキャリアの厚さを感じさせる演技を見せた舞台となっていた。そしてその日はマチネを鑑賞した後で、夜はローワーマンハッタンに近いところにあるライブハウスの様な所に行ったのだが、なんとそこに先ほどまで舞台に立っていたマッケラン師匠が現れたのだった。当時既にそこそこなお年に拘わらずオーラというか圧倒的な存在感をまき散らしながら、お供な様な人を数人引き連れて颯爽と歩く姿に周囲の人も圧倒されていたようだった。まるで人々を先導し海を割って進むモーゼの様に、そこに居合わせた人々はマッケラン師匠が進むにつれて道を開けていったのだった。

 

 NYには濃密な時間を過ごした思い出がこれ以外にも山ほどある。あの頃程パワフルに行動はできないとしても、できればこれからも時々新たな思い出を作りに訪問することができたらと考えている。