90年代に入り、1995年アカデミー賞の最優秀衣装デザイン賞を受賞したのが「プリシラ」だった。その対象となったドラァグ・クイーン達が着ていたコスチュームは、例えばビーチサンダルを繋げたドレスは掛かった費用はたったの7au$等、全てスーパーやDIYセンターで購入した材料で手作りしたものだったとか。登場する3人のDクイーンの中で一番年上のトランスジェンダーであるバーナデットを演じたのがテレンス・スタンプ。当初はこの作品を最後に引退しようと思っていたが、映画が評判となったために俳優を続けることにしたそうな。リーダー格ミッチはヒューゴ・ウィーヴィング、「マトリックス」の冷酷無比なエージェント・スミスとは正反対のキャラを演じた。一番若いフェリシアはこれが映画初出演(それまではTVドラマに出ていた)のガイ・ピアース。これを切掛けにハリウッドへ進出し、「英国王のスピーチ」では元英国国王エドワード8世を演じるまでになった。物語は3人のDクイーンがシドニーから豪州大陸のど真ん中のアリススプリングまで“プリシラ号”と名付けられたバスでおもむき、さらに豪州のグランドキャニオンとも称されるキングズキャニオンへ至る旅の道中を描いたもの。

 

 一方自分は2002年12月にメルボルンを訪れた後、年が明けた2003年1月アリススプリングスから車でキングズキャニオンを経てエアズロック/ウルルへ旅することにした。アリススプリングスへ向かう飛行機から見下ろすと地上はレッドセンターと呼ばれる砂漠地帯、全く人の気配の無い赤い大地に刻まれたように1本の道が地平線まで真直ぐ続いていた。アリススプリングから暫くはスチュワートハイウェイを南下するのだが、上空から見た通り一直線に続く道の周囲は全く変り映えのしない荒涼たる荒野が続く。目印になるような物が全くない状況で走り続けるとなると速度や距離の感覚が無くなり地理感もなくなる、平均時速100㎞で1時間来たから今いるのはこの辺か?という風にしか場所を特定できないのだ。そのままキングズ・キャニオンまでハイウウェイを走り続けると約300㎞の道程になるのだが、途中でハイウェイから離れ未舗装のダートロードを通ると100㎞ショートカットとなる上に、途中には昔の隕石によるクレーターもあるとのとこ。ということで、ハイウェイを外れて近道を取ることにした。

 

 クレーターはハイウェイを離れてからさほど遠くないところにあり、そこまでは舗装された道だったのだが、その後が未舗装の本格的なオフロード・ドライブとなったのだった。しかし、それまでハイウェイをずっと高速運転してきたために、ついついスピードを上げてしまいがちとなる。しかし道端にはバーストしてそのまま捨てられたタイヤが、そこここにゴロゴロ転がっている。気を付けないとヤバいなと思っていたところで、乗っていた車のタイヤが思いっ切りバースト!やっちまった!と悔やんでももう遅い。荒野のど真ん中、誰も助けを頼めない状況で立ち往生してしまったのだった。意図せずに「プリシラ」で近道のために道を外れ、エンジン故障で立ち往生したのとそっくりな状況に陥ってしまった。しかし、こんな荒野の真ん中で夜を明かすことになるわけにはいかないと、何とか予備タイヤへの交換を試みることした。しかし、自慢じゃないがこちとら都会のドライバー、タイヤ交換など自分でやったことは一度もない。しかもレンタルしたのは結構大きいSUV車でなんとかしようと四苦八苦するもどうにもならず、その時同行していた友人も自分同様全くのお手上げ状態で途方に暮れるばかりとなってしまった。

 

 映画では近くにいたアボリジニに助けられて、彼らのキャンプでグロリア・ゲイナー“I will survive”で踊って大騒ぎ!となるのだが、いくらなんでも現実でそんな風になるわけがない。当時は携帯電話も持ってなく、まあ持っていたとしてもそんな砂漠の真ん中で電波が届いたかも疑問だが、とにかく手も足も出ない事態となっていた。とそんな時、道の遥か彼方に小さな砂埃らしきものが上がっているのに気が付いた。まさかと思って見ていたら、その砂埃はだんだん大きくなって近づいて来ている様子。何と流石にアボリジニではないが、現地の住民が通りかかってくれたのだった。何はともあれ助けをお願いしたところ快く引き受けてくれて、さっさと手早く見事にタイヤを交換してくれた。自分はせめてものと赤い砂まみれになりながらタイヤを運んだりと力仕事と手伝っていたのだが、ふと見れば友人はお助け人のガールフレンドと道端で涼しい顔してお話し中!しかし、そんなことで文句を垂れるよりは先ずタイヤをどうにかすべくと、交換作業を進めたのだった。こうして何とか運転を再開してキングズキャニオンへ向かうことができたのだが、その後はさすがに慎重な運転でキングズキャニオンから更にエアズロック/ウルルへと旅を続けたのだった。

 

 スタッフロールの後にオマケは付いてくるが、映画はキングズキャニオンの上の3人のDクイーンの立ち姿で幕となる。キングズキャニオンは確かに雄大な地形ではあるものの、近くにはかの地球上で一番大きい一枚岩である有名なエアズロック/ウルルがあるではないか。何故ゆえにキングズキャニオンでラスト?と思っていた。しかし後にミュージカル版の舞台を観たら、エアズロック/ウルルで幕となっていた。思うに元々映画でもラストシーンとしたかったのだろうが、しかしそこは原住民アボリジニの聖地。現在登山は禁止されているが当時は頂上まで登ることも出来たものの、いくら映画撮影とは言えDクイーンをハイヒールで登らせるなどできるはずもなかったのだろう。また映画にでてくるABBAボーカルのアグニータの“記念品”というものに本人が激怒し、舞台化に際してはABBAの楽曲が使えなくなってしまったそう。そこで豪州出身の歌手カーリー・ミノーグの曲が代に使われていたが、元の映画のキッチュな感覚は失われずに楽しいジュークボックス・ミュージカルの仕上がりとなっていた。

 

 オーストラリアは素晴らしい自然と共に、様々な経験が生まれる驚異の大地と言っても言い過ぎではないように感じている。