盛岡のホテルだったでしょうか、
お土地柄の名物を描いた絵が飾ってあってその名称が記してあったのですけれど、
そんな中に「えんぶり」と題された一枚がありました。

「えんぶり」というと青森県は八戸が有名なようですけれど、
やはり岩手の県北地方にも伝わる民俗芸能なのですね。
実際に見たことはないながら、ここでどうしても思い出してしまったのが「姫神せんせいしょん」であります。

ひと時代前の(?)いかにもシンセサイザーらしい音でありながら、何やら懐かしいような響き。
NHK「シルクロード」の音楽で有名になった喜多郎を思い出してしまうところですけれど、
スケールの大きさを誇るよりも、もそっと東北の地元密着型ふうな、
ともするとお祭ノリの活き活きとしたリズムも
特徴であったような気がするのですね。

そして、姫神せんせいしょんが奏でる「えんぶり」という曲は
まさにそんな飛び跳ねんばかりと躍動感に満ちていて、
本当の「えんぶり」を見たこともないのに、「きっとこんなだろうな」と想像してしまう感じです。
ちなみにこんな曲でありまして。



そもそも姫神せんせいしょんというグループ名の由来は盛岡市にある姫神山ですし、
最初に出したアルバムのタイトルからして「奥の細道」ですから、
まさに東北密着型であったわけです。

ところで、長野県の中棚温泉で聞いた昔話ではありませんけれど、
山を男女に例えるというのは岩手でも同様でして、こんな話があるそうです。

すっくと聳える岩手山はいい男っぷり。
姫神山を室に迎えたところ、これがたいそうな焼きもちやきであったとか。
あんまりにも岩手山の振る舞いを疑ってばかりいたものですから、
ほとほと呆れ返った岩手山が姫神山を遠のけるよう子分の送仙山に命じます。

号泣して別れを嘆く姫神山に同情した送仙山は
少しばかり移動させただけで終わりにしてしまう。
これを知った岩手山は烈火のごとく怒って大噴火。
送仙山の首(頂上)を吹き飛ばして平らにしてしまったのだとか。

されど送仙山もただではおかない、
首だけの部分が岩手山のすうーといなせな稜線にしがみついたのですね。
岩手山の稜線にこぶのようなものができているのは、こういうわけなんだそうですよ。

こういう伝承にはバリエーションがつき物ですけれど、
岩手山と姫神山の間に早池峰山を登場させて三角関係になってるバージョンもあるようです。
こちらのバージョンによると、今でも3つの山が同時に見えることはなく、
岩手山と早池峰山が見えているときには姫神山は雲の陰に隠れてしまうのだとか…。

と、やおら昔話になってしまいましたが、
こうした昔話とも相性の良さそうな姫神せんせいしょんの音楽ですが、
そもそも3人のユニットだったものがやがて星吉昭さんお一人で
「姫神」と名乗るようになった。

その後はどうやら地域密着をどんどん離れて、
悠久の歴史に思いを馳せるようなどでかいスケールになっていったのですが、
何だかついぞ聴かなくなっていってしまったのですよね。

まあ、個人的な好みということでしかないかもですが、
スケールの大きなのはわりと誰でもいいところがあるものですから、
ローカリズムで行くってのもありだったのではないですかねえ。

ちなみにこれを書くときに気付いたんですが、
「姫神」は今でも活動されているのだそうで、ちいとも知りませんでした…。

書店を覗いてみると分かることなんですが、とにかく本が多いですね。
新刊も続々と、漢字で「続々と」というよりカタカナで「ゾクゾクと」といった方が
適当かなと思うくらい(どう違うかは感覚的なものですが)出ています。


だから!というと理由になってるような、なってないようななんですが、
あんまり特定の作者をおっかけるということがほとんどないわけです。


ある作者の新刊を待ちわびて…なんつうことは、まずない。

比較的最近でいえば、ひと頃三崎亜記 さんに少しだけ入れ込んで、
あとは中島京子 さんを数冊…くらいなもんですかね。

それ以外はほんとにそのときどきに面白そうなものをという具合でしょうか。


そんなこだわらない読書傾向ですけれど、
たまたま津村記久子 さんの新刊(といっても2月25日発行ですが)の書評を見かけて
「ポトスライムの舟」は結構面白かったよなと市の図書館の予約待ちをしていたら、
唐突に順番が廻ってきた「とにかくうちに帰ります」でありました。


とにかくうちに帰ります/津村 記久子


「ポトスライムの舟」が面白かったんなら続刊を気にするところかもですが、
そういうわけでもないので、今回読んだ「とにかくうちに帰ります」以前に何冊も
刊行されていたようですが、まあそれはそれということで。


ところで、この「とにかくうちに帰ります」ですけれど、
「ポトスライムの舟」を読んだときと全く同じに「フツーの日常だよなぁ」と思ったのですね。


職場での、ほんのささいな出来事といいますか。

ただし、女性の目線というのは「こうなのか?!」というふうには思いますけれど。


女性同士であったら、どういうふうに受け止めるのでありましょうか。

例えば、「職場の作法」なる連作短編の最初にある「ブラックボックス」。


今よりちょっと昔の職場というと建前になりますかね。
雇均法ができて以来、かつて歴然とあったように思われる「これは男の仕事、これは女の仕事」てな
区分けめいたものが一掃されたはずということは措いとくことにします。


営業担当の男性社員が外回りから帰ってきて、必要な処理を女性社員に依頼する。
処理されたものを携えてまた男性社員は外回りに出かけるという、かつてありきたりだった構図を
思い浮かべてみるわけですね(というより、自身の経験上も実によく分かる構図ですが)。


ここで、書類の内部処理をする田上さんという女性職員の仕事ぶりというのか、
「ありがち」というのか、見方を変えれば「お見事!」というべきか。

「これ、やっといて!」と書類を投げつけるような営業には期限ぎりぎり一分前に仕上がるように、
「これ、お願いします」と頼んでくるような場合には早めに仕上がるように、
かつてお中元のせんべいが入っていたと思しき缶に恣意的な順番で放り込んでいくわけです。


ここでお中元でもらったせんべいの缶が出てきますけれど、

これは柿の種の大缶ではだめなわけで、いささか体裁のいい各種あられの詰め合わせが入っていた

平たくある程度の大きさを持った缶であることは、
会社勤めをしたことのある人はピンとくるはずなんですね。


こうしたことは缶自体の細かな描写がなくてもOKなくらい「日常」に類することですが、
女性目線といいましたのは、営業担当(良し悪しは別として、自ずと男性社員のことです)の

態度如何で対応をそれとなく変えているということなんですね。


もしかすると、自分がそういう立場だった(つまり営業職をやっていた)頃には
ちいとも気を回したことはなかったけれど、当時でもこういう分け隔てはあったのかもしれんなと
思えてくるわけです。そして、自分は少なくとも書類を投げつけるようなことはしなかったよなぁと。


とまれ日常というものも、目の付け所によってはこんな共感を呼ぶことになるのかあ…と、
改めて目からうろこの心地がするわけですね。


そして、最後におかれた表題作たる「とにかくうちに帰ります」は、
よおくありがちな「帰りたいのに帰れないシチュエーション」を
ことさら大げさでなくそして特段の発展性もなく描いているのですね。

(例えばハラという女性社員とオニキリという男性社員のその後など考えてしまうですが)


近頃ありがちな大雨というより豪雨の故に、職場から早めに帰宅していいことになったものの、
帰りたいのに帰れない何人かの様子を、ときにそれぞれがクロスしたりしつつ淡々と描いている。


帰れないことのドラマテックさよりも「家ってほんとにいいよね」という極めて庶民的日常が
実はなんて幸せなんだおうとこうことに思いを寄せることになる語り口で。


ちょっと前に一気見したドラマ「ホタルのひかり」 では、
終業後そそくさと家に帰ってまったりする女子を干物女とか言ってましたけれど、
干物女であることの幸せって確実にあるよなあと思いますですね。

と、これは男にしたって全くおんなじなんですけどね。


何かしら世間的な尺度で左右される方がばからしいくらいにシンプルな幸福感。
これが、何の遠慮もない「家」にあるという日常が、もしかしたら特別に幸せ?ってなふうに
思ったりしてしまうところでありますよ。

先日、搭乗券を持たない女性が成田発台北行きのデルタ航空に乗り込んでしまい
出発が3時間だか遅れたというニュースがありましたですね。

これで思い出すのがパニック映画のはしりとも言われる映画「大空港」ではないかと。


大空港 [DVD]/バート・ランカスター,ディーン・マーティン


その後パニック映画のパニック度合いはどんどんエスカレートしていったようにも思われますので、
むしろこの映画は往年の「グランド・ホテル」スタイル、
最近で言うと三谷幸喜の映画「THE有頂天ホテル」のように

多様な人物がひとつところで交錯するというあの類いだと言うべきかと思いますが。


そうしたこの映画に登場するのが無賃搭乗?を繰り返す
クォンセット夫人というおばあちゃんが出てくるのでして、
先のデルタ航空事件から「大空港」を思い出すのはこうしたところなのですね。


それにしても、飛行機 に無賃搭乗できてしまうセキュリティというのですから、
その当時なりに大らかな状況であったなあということが偲ばれますですね。


映画「北国の帝王」は列車への無賃乗車を巡る、無賃乗車の帝王(リー・マーヴィン)と
見付け次第列車から振り落とすことを使命とする車掌(アーネスト・ボーグナイン )の対決でしたけど、
無賃で乗る側は危険を冒しても挑戦するのはたぶんに勝負師魂の故でありまして、
ここでのクォンセットおばあちゃんも全くもってゲーム感覚で航空会社職員を出し抜くことを
無上の喜びと感じていたのしょうか。


ですから、全く懲りるところがありません。
そもそも登場の仕方はリンカーン国際空港(その後の航空管制のやりとりからしてシカゴでしょう)への
到着便に無賃搭乗していたと空港長メル(バート・ランカスター)の元に引っ立てられてくるという。

とにもかくにも、登場地へ送り返されるという便待ちの最中、付き添う若い男性職員を

はぐらかして逃亡し、あろうことか今度は国際線に乗り込んでしまうのですね。

「おいおい、出国審査も何もしてないだろうよ」と突っ込みの一つも入れたくなるところです。


ここでうっかり?クォンセットおばあちゃんが乗り込んでしまったのが、
トランス・グローバル航空002便のローマ行きでありまして、
ポーイング707が花形機の時代だったのでしょう、ほとんどジュラルミン無垢の気体は何とはなし
アメリカン航空を思わせるところがありますね。


シカゴでアメリカン航空というと今度は「ホーム・アローン」を思い出してしまいますが、
それはそれとして、この002便は人生の希望を無くして鞄に仕込んだ爆弾を抱えた男も

一緒に乗せて飛び立ってしまうのですね(手荷物検査はどうなってたんでしょ)。


地上側でのあれやこれやから不審人物(そもそもおばあちゃんが不審人物ですが…)の

搭乗が判明し、コックピットとのやりとりで事なきうちに男から鞄を奪い取る作戦に出た

客室乗務員(かなり無謀な話です)ですが、いかにもそういう行動に出そうな別の男の横槍が入り、

鞄を再び手にした爆弾男は後部のトイレに立てこもり、
あろうことか爆発させてしまい、機体には大穴が!…。


ここで出てきた別の男というのも、地味な例ですがそれまでの描き方が伏線になっているわけで、
こうした伏線的な要素があれこれあって、錯綜した集団劇が展開するという。


とてもじゃないですがそんな飛行機に乗りたくないものの、
そして今から考えれば突っ込みどころ満載ながら、よく練られた話かなと思うのですね。
そもそもアーサー・ヘイリーの原作がよく出来てるのでしょうけれど。


あえて挙げるのもどうかと思いますけれど、

話の絡みに夫婦仲が悪くて別のお相手と…といったところが
メイン・キャラである空港長メルと002便のパイロット(ディーン・マーティン )に出てくるのですよね。
この辺りはせいぜいひとつでたくさんだなぁと思うところでありますねえ…。

ヴァイオリンの個性的な?演奏に接するたびに

何かと引き合いに出してしまうのがナージャ・サレルノ=ソネンバーグ でありますけれど、

またしてもナージャの後継者たる雰囲気たっぷりのヴァイオリニストが現れたのですね。


読響の演奏会を聴いてきたのですが、

なかなかに奇を衒うことのお好きな下野龍也さんの振るコリリアーノとHKグルーバーの3曲。

個人的にいくら普段聴けない曲に食指が動くといっても、

これはまたマニアックな選曲だものですから、普段より入りの方は今ひとつ。


それでも、冒頭に作曲家ジョン・コリリアーノ氏ご本人を交えてのミニ・トークでの

「こんなに入ってもらって」という下野氏のひと言は本音かもしらんなぁと。


ところで、ナージャの後継者の話ですけれど、

コリリアーノの小品に続いて演奏された、やはりコリリアーノのヴァイオリン協奏曲。


同氏が音楽を担当した映画「レッド・ヴァイオリン」の音楽から発展させたコンチェルトですが、

これのソロを奏でたララ・セントジョンという女性ヴァイオリニストがですね、

「これでもくわぁ!」の存在感であったのですよ。


ポートレートを見る限りは、パッと見、可愛らしい女の子然としたふうなのですよ。

それがステージに登場してみると、いやあでかい、でかい!実に立派なご体格。


でっぷりというのでなくって大柄という意味ですが、

相対する指揮者が下野さんだけに余計にそう思えたのかもです(失礼…)。


演奏が始まってみるや、見た目の第一印象を遥かに上回るパワフルさ。

ドシンと足を踏み鳴らすさまは「レッド・ヴァイオリン」というより「しこふんじゃった」状態で、

曲の勢いでぐいぐい来た日には「うぉお、がぶり寄り!」かと。

(くどいですが、でっぷりはしてません)


申し訳ないながら映画を見てないために曲の方も全く耳にしたことがなかったので、

曲の印象はさておいて、演奏の印象ばかりが目に付いてしまったというところでしょうか。


やおら相撲を引き合いに出すのは乱暴とは思い直しても、

それではなんだと言えば、思い浮かぶの歌舞伎の立ち回りといったふう。

演奏を終えて頭を一振り、長い髪が前にかかるのを振り払うさまは「連獅子くゎ!」。


てなこと言ってもご覧になられていない方々にはいささかもピンとこないでしょうから、

少しばかり想像の糧になるものを。

休憩時間にホワイエにあったCD販売コーナーで見かけた一枚です。


Six Sonatas & Partitas for Violin Solo (Hybr)/J.S. Bach

どうです、この仁王立ち!

自分の立ち位置を自覚的にしっかり意識してますですね。


いまだナージャのエロい境地(演奏のことです)にまでは達してませんけれど、

貫禄的には後継者たるに十分な貫禄ではないでしょうか。


英文検索で見たら1971年生まれだそうですから、

かわいい女の子は大いなる勘違いにしても、ナージャよりは10歳ほど年下。

コリリアーノさんには失礼ながら、もそっと一般的に有名どころの曲でもって

聴いてみたいと思うらララ・セントジョンでありましたよ。

先ごろロシア民謡 に耳を傾けつつ、曲として有名なわりには
ステンカ・ラージンという人物のことをよく知らんなぁと思ったのですね。


先に聴いたCDではロシア語の歌詞(全く読めない…)とその訳文が出ていましたけれど、
ちなみに日本語で歌われる際にどんな歌詞であるかといいますと、
幾種類かあるようですが、は与田準一という児童文学者の方が作られた訳詩が
歌声喫茶的には古くから定番のようでして、こんなふう。各節の二行目は繰り返しになります。

久遠に轟く ヴォルガの流れ
目にこそ映えゆく ステンカ・ラージンの舟


ペルシャの姫なり 燃えたる口と
現に華やぐ 宴か流る


ドンコサックの群れに いま湧く誹り
奢れる姫なり 飢ゆるは我ら


そのかみ帰らず ヴォルガの流れ
覚めしやステンカ・ラージン 眉根ぞかなし

朗唱が似合う感じでありますが、

朗々と歌っちゃってるときにはおそらく気にかけることもないながら、
その実改めて歌詞を見ると、背景が分からないと「なんのこっちゃ?」でありますね。
そこで、先のCDにあった解説をちと引いてみるとしましょう。

ステパン・ラージン(ステンカは愛称)は1668年から1670年の春にかけてドン・コサックの頭目としてモスクワ王国に反抗した。そしてラージンの軍隊は一時、ツァリツィン、アストラハン、サラトフなどの都市を占領したが、西欧式に訓練された政府軍隊のために反撃をうけ、ついに捕えられてモスクワで処刑された。このようにかれは盗賊の首領であったが、同時に民衆の伝説的な英雄として、いくつかの民謡のなかでうたわれるようになった。そのなかでもペルシアから奪いとってきた美しい姫を仲間の団結をはかるため、ヴォルガの波のなかに捨てるという、この劇的な情景をうたったものが、もっとも有名である。

最初はドン・コサックと聞いたときに「コサックのドンなのね」と思ってしまいましたですよ。
ゴッドファーザー 」のドン・ヴィトーみたいなものかと。
それが実際のところは、ドン川流域を根城としたコサックのことをドン・コサックというそうな。


ラズモフスキー伯 のところでも触れたザポロージェ・コサック とは、

コサックはコサックでも別の人たちということですね。


ところで、そのドン・コサックの面々を率いてペルシアに遠征(要は略奪のようですが)した際に

さる姫君を拉致してきたところ、姫の美しさにいかれてしまったステンカが

仲間のことなど顧みずに「姫よ、かわいや」とうつつを抜かすに及んで、
コサックの団結を揺るがす事態となってしまい、我に返ったステンカは

姫をヴォルガの流れに放り込み、仲間との絆を確かめた…

とまあ、こういうお話が歌になっているという。


これで分かった…とはいえ、やっぱりこれだけではステンカ・ラージンもドン・コサックも
ただの悪いやつらでしかないように思われますね。

なにしろ、よその国まで略奪に行って姫様をかっさらい、

結局はその姫様をヴォルガ川に投げ込まれて殺し…という悪行三昧ですから。


でもですね、ただの悪いやつらではやっぱり歌にまでなって歌い継がれるてなふうには
ならんのではないかと思いますですね。
そこで、少々の探究をばしてみたというわけです。


ステンカ・ラージン―自由なロシアを求めて (ヒストリア)/土肥 恒之


チンギスハンの大遠征に起因するモンゴル 支配、

所謂「タタールのくびき 」(13世紀半ば~15世紀)はロシアの歴史において

相当以上にインパクトのあるところでしょうけれど、
コサックの成り立ちにも大きく関わることであったようですね。


この「タタールのくびき」からの離脱は、

かつて強大であったモンゴル勢力が衰えていく中、後にモスクワ大公国となる領邦の君主は、

時にはモンゴル側とも結ぶ合従連衡を経ながら確固たる地位を築いていき、
やがて周囲に対して強引に集権化を進めていったのだそうです。


こうしたモスクワ中央の専制権力というものが、

後にロシアといえば農奴をいう言葉を思い浮かべるような農民支配、地方支配になったようで、

それ以前の農民はむしろ広大な国土ならではの自由があったのだとか。


とはいえ、ロシアはどこまでを国土といっていいのかという広大な領域を抱えているがために、
辺境にはあたかも無主地のような平原があり、コサックはいわばそういうところで

自活的に集団行動をとった一団といったらいいのかもしれません。


モスクワの傘下に入ることを望まぬコサックを、

モスクワもむしろ辺境の守りと考えていたふうでもありますね。


コサックは、先のロシア民謡の歌詞からも考えられるように、

周辺領域を侵しては収奪を行ったわけですが、
これはある意味で例えばオスマン・トルコなど国境を接する諸国への牽制ともなりますから、
中央政府もあえてコサックに干渉しないようにしたということになりましょうか。


されど、国の基礎固めができツァーリの権力が強まると、

臣従を誓わない連中はすておけぬ!となるわけでして、
イワン雷帝あたりが「臣下にくだるべし」てなことを言い出すわけですね。

コサックとしては面白からぬのが当然でして、

そうした流れの中からステンカ・ラージンという人物の登場を経て、
大きな叛乱がなっていうという。


ただ、モスクワ側が「叛乱」と受け止めたラージンの動きは、
コサックならではの周辺への略奪遠征の大規模なものだったように思えなくもない。

そうはいってもこうした動きを中央集権政府としては放っておくわけにもいきませんから、
政府軍が出てきて戦闘状態になってしまえば、用語として「叛乱」となってしまうのかもです。


コサックの中にも、もはやかってのようにコサックが自由に駆け回れる時代ではなかろうと
判断した(諦めた?)長老層がモスクワ側と結ぶ動きもあったりしたと言いますから、
ラージンの動きは「ドン・コサックの総意ではない」、やっぱり叛乱とされてしまう面もありました。


結局ステンカ・ラージンの叛乱は鎮圧され、

時代はロシアの西欧化を推進するピョートル1世の代ともなると、
仲間内の選挙で選ばれていたはずの首領はあたかも地方長官のように政府が任命するようになり、
コサック騎馬軍団はロシア軍という組織の一部として組み込まれていくことになっていったのだとか。


こうしてみますと、大きな歴史の転換点に現れた人物だからこそ、
歌にもなって歌い継がれる…ということになっていったのでありましょうね。
ただの盗賊ではこうはいきますまいて。