うすら暑い家の中でうだ~っと横たわって養生に励んでおりますと、

外出から帰宅した家族がこんなことを言い出したのですね。


「新聞屋って、きたないねぇ」


ここで適切な反応だと思いこう返したわけです。

勧誘か何かで変なことがあったのかと…。


「なんで?何かあった?」


「そうじゃないけど、ゴミとか落ちててさぁ」


「(???)新聞屋に?」


ここで一瞬の溜めが必要ですね。そして、言葉が継がれる。


「シブヤ!」


そうか、渋谷に行ってきたのか。

どうやら夏風邪のせいで耳までおかしくなったのかも。

いや、また一つ歳を重ねてさらに老人力が付いたのか・・・。

屑たばこ集め喫へれど志す高き彼物忘らふべしや

歌人であり教育者であった吉野秀雄さんの

この歌をモティーフにして織り上げられた芝居「高き彼物(かのもの)」を見てきました。


「高き彼物」@吉祥寺シアター

ある夏休みの一日、受験を控えた高校生の秀一が猪原家を訪ねます。
以前友人とバイクの二人乗りツーリングで大井川鉄道のSLを見に来た折、
猪原家に程近い場所で事故を起こしてしまったのですね。


その事故で友人は亡くなってしまい、秀一の心にも大きな傷を残したわけですが、
受験を控えていることもあり早く気持ちを切り替えろと言う父親への反発は大きく
予備校の合宿に出かけると家を出てまま、事故現場に花を手向けてやり、
猪原家にも立ち寄ることになるのという。


この家の主である猪原(石丸謙二郎)はかつて高校の英語教師をしており、
自ら天職とも考えた仕事を通じて生徒たちに寄り添い、

英語ばかりか生き方にも影響を与えるとった先生でありました。


秀一から父親との確執を聞き出した猪原は、気持ちの整理はじっくりつけて言ったほうがいい、
思う存分友人の事故と向き合うためにもしばらくいのはらけに止まればよい、
勉強なら英語の面倒は見てやれるし、国語の方もよく訪ねてくれる後輩教員が見てくれるだろうと
親身になって持ちかけます。


秀一の父親からの電話に出て、秀一の滞在の許しを求めるはずの猪原でしたが、
受験勉強の成否が人生の全てを決めると考えていた秀一の父親を怒鳴りつけてしまいました。
このことがむしろ痛快事と思えた秀一はともかくも猪原家に滞在しながら勉強をすることになります。


やがて、父親から到着した一通の速達郵便。
そこには猪原がなぜ教職から身を引かざるを得なかったのか、その理由が綴られていたのですね。


生徒のことを親身になって考える猪原先生、秀一にも同様に何くれと気にかけてくれる先生が
学校を辞めなければならなかった理由として父親が書いて寄こしたことが事実なのかどうかを
秀一は猪原に問い質さずにはいられないのでありました。


いささかネタばらし的になりますが、映画「ダウト」 をご存知の方ならば
この映画の名前を挙げただけでピンと来ようかと思います。
ただ、映画の中では必ずしも事実ははっきりしませんけれど、ここでは秀一に迫られ、

またこれまではっきりしたことを聞かされたことのなかった家族にも求められた猪原は
包み隠さず経緯を語ることにするのですね。


ところで、冒頭に掲げた吉野秀雄さんの歌は猪原が好んで口にするものです。
「高き彼物」とは何かと秀一に問われて、「わからない」と猪原は応える。


簡単に言葉にできるような目標や夢とはまた違う精神的な高みのことでもありましょうし、
何なのかという点では「これ」と決めるものではなく人それぞれの思いの中にあるものとも言えましょう。

だからこそ「わからない」と応えることになるのでしょう。


では前半の「屑たばこ集め喫へれど」の方はどうでしょうか。
芝居の中では煙草を切らした猪原が灰皿からまだ吸えそうな吸殻を拾い出して吹かすという

場面がありますけれど、自分自身を非常に卑下した喩えに思えますですね。


自分を客観視すると「なにやってんだろうね…」と自問したくなるような、
しかし自問したところでばかばかしいことが分かっていて致し方のないような何かしらは、
人間誰しもにあるのではなかろうかと。


人にはおもてと裏があって、裏というのが「嘘」という場合もありますが、
むしろ人には見せないむしろ「真実」の場合もありますですね。
そうしたものを誰しも抱えていてもなおやっはり「高き彼物忘らふべしや」ということを忘れちゃいけんよと。


猪原が抱え続けてきた赤裸々な事実は本来人に話すようなことではない彼の裏側でしたろう。
それだけに、それを語る猪原の姿はそれぞれの人が持つ裏側を想起させて、
単に話の上で作中人物が感じる痛みに止まらないものとなってくるのですね。


…という大筋に、作中人物たちの相互の交錯も含めて折々にユーモラスな場面が提供されて、
息苦しさ、胸苦しさを緩和してくれるという、よく出来た芝居だと思ういますですね。


場面転換の全くない、舞台設定は猪原家の茶の間で全ては展開します。
秀一たちが事故を起こした際に訪ねたのが大井川鉄道であり、静岡県だと想像するところですけれど、
猪原家の茶の間の奥、開け放たれた濡れ縁越しには青々とした茶畑が広がっていて、
この清々しさもまた大きな精神安定剤になっておりましたですよ。

1960年代のプエルト・リコ。

ニューヨークからやってきたひとりの男、これが地元紙「サン・ファン・スターズ」の記者に応募した若者

ポール・ケンプ(ジョニー・デップ )でありました。

一見身奇麗にしているものの食い詰め者で飲んだくれ、

作家志望ながらまとまって活字になったものは何一つ無い。


華やかな経歴を綴った履歴書はひと目ででたらめと編集長(リチャード・ジェンキンス )に見破られるも、
ケンプは採用された。それもそのはず、応募者はケンプただひとりだけであった…。

とまあ、こんなふうに始まる映画「ラム・ダイアリー」を見てみました。


映画「ラム・ダイアリー」


当時のプエルト・リコを米国側は植民地にも等しく、

というより自国の領土そのものと考えていたのでしょうか。

「ここはアメリカなんだ」と言わんばかりの米国人のようすがありありと描かれますし、
一方ではプエルトリカンはそんな米国人に敵意を隠さないのですね。


いくら飲んだくれのケンプとはいえ、自分の生活態度は棚上げしても、
ジャーナリストとして伝えなくてはならないものを見る目はあったというべきでしょうかね。


プエルト・リコでのあれこれの現状を目にするにつけ、

そしてまた金儲けに余念の無い土地開発業者のサンダーソン(アーロン・エッカート )などとの

付き合いが生ずるにつけ、一寸の虫にも五分の魂的な意識でもって

現状を詳らかに記事にしようと考えるわけです。


さりながら、どうも編集長とは話がかみ合わない。

それもそのはず、サン・ファン・スターズ紙は倒産寸前、

米系企業からの広告収入なんかもあてにしなくてはならないのでしょう、

あえて物議を醸すような記事を取り上げるなどもってのほかだったのかも。


ただそうした台所事情ばかりでなくして、編集長とケンプの目線の違いは

こんな会話にも現れてますですね。


「(ホテルが建ち並んでいて)海が見えませんね」とケンプ。

「ホテルの部屋から見えるじゃないか」と編集長。


プエルト・リコの海はいったい誰のものでしょうかね。

誰のものという言い方は適切ではないかもですが、

現地の人々は私有地につき無断立ち入り禁止と海岸にも近寄れない反面、

ホテルから海が望める立場というのはアメリカ始め島の外側から来た人たちではないかと。


こうした疑問がどうやら編集長には思い浮かばないのか、

思考の外へ追い出しているのか。


「GONZO」と言われた(自称した?)伝説のジャーナリスト、ハンター・S・トンプソン若き日の

自伝的小説を映画化したものということですけれど、

こういっては何ですけれど、どうも食い足りない話だったなと。


若き日々のはっちゃけぶりが主眼なのでしょう、

フライヤーの中には「最低な毎日は“最高”だ」とあるように

何かといえばラムをあおりつつの破天荒な毎日が綴られるさまは

まさに「ラム・ダイヤリー」です。


されど、そんな危なっかしい毎日ながら、そのときどきに見聞きするものは

先の「海が見えない」云々はほんの一端ですし、

とても個人的感想しても「最高だ」と言えるふうではない…。


たまたま見手としての個人的な見方がずれているのかもと思ったのは

プログラムの解説にあった一文でしょうか。


ケンプが同僚とプエルトリカンの酒場に行ったところで、

この同僚が店の者たちにかなり居丈高な態度をしたことから、

普段から白人に敵意を抱いていた彼らとの間で乱闘騒ぎが起こってしまう。


結果、ケンプと同僚は「警察のご厄介」になるわけですが、

ここらあたりのことをして「むしろユーモラス」と解説文にありました。


例のサンダーソンが(そのときにはケンプに利用価値がある思っていたため)

保釈金を積んで翌日には釈放されるというくだりも含めて、

とても笑えたものではないと思うのですが…。


ということで、破天荒なジャーナリストの破天荒な若き日々。

プエルト・リコを無事に抜け出して、ニューヨークに戻り、

その後は伝説のジャーナリストとして脚光を浴びることになったのでありました。

めでたし、めでたし……ですかねぇ…。


どうも挟み込まれたモティーフの重さを思うにつけ、

ストーリーの締めくくりがさりげなさすぎと感じて、

このあたりは「食い足りない」といった由縁でありますよ。

どうせ混んでるだろうし、どうしようかな…と思っていたのですけれど、

会期も終わりが近くなってのどんより時折雨模様、もしかしたらゆっくり見られるかもと

出かけてみたのが「エルミタージュ美術館」展@国立新美術館でありました。


エルミタージュ美術館展@国立新美術館


ちょっと前まで、エカテリーナ2世 やらラズモフスキー伯 やら、

そして時代は飛んでニコライ遭難 、さらにはロシア民謡 ステンカ・ラージン

こんな具合にロシアづいていたものですから、行かねばなぁとは思っていたわけです。


「ロシア国外では最大級」を謳い文句にしつつも、83作家89点の展覧会。

エルミタージュはそんなもんじゃあなかろう!と突っ込んでしまうわけですが、

日本にいながらにしてお目にかかれる作品の数々に有難味を感じるべきでありましょうけれど、

やっぱり混んでた…。


とまれ、いつとは知れずエルミタージュには一度は行くつもりでいますので、

今日のところはまあさらっと下見というつもりになれば、余計な愚痴もこぼさずにすむというもので。


そうはいっても、16世紀から20世紀に至る西洋絵画史のサマライズを提示できてしまうことに

まずはエルミタージュの懐深さを感じるわけですけれど、

今回の展示作品からはいくつか絵に向き合っての謎解き一人問答みたいな印象を綴っておこうかと。


まずは16世紀、ロレンツォ・ロットの「エジプト逃避途上の休息と聖ユスティナ」(1529-30年)です。


ロレンツォ・ロット「エジプト逃避途上の休息と聖ユスティナ」



聖書に基づく話の絵画化にあたって、

例えば描かれた当時の発注者の姿が織り込まれたりすることはままありますけれど、

これも中世イタリア の殉教者であるユスティナを聖家族と共に描いてます。


ただ、一見して右手に見える聖ユスティナ(胸元に短剣が刺さっている)が後から描き加えられた、

あるいは何かから描きかえられたようにも見えるのですね。

果たして、ここには当初は別のものが描かれていたのでしょうか。


そもそもヨセフが幼子イエスをユスティナに見せているように思える一方で、

マリアは何故かしら避けているふうなしぐさが見て取れるのでして、

何やら謎めいているではないかと。


宗教画でもう一つ、プロカッチーニの「聖家族、洗礼者ヨハネと天使」(1620-25年)ですけれど、

ヨセフが見上げる天子の指が指し示す方向には何があるのでしょう。


プロカッチーニ「聖家族、洗礼者ヨハネと天使」



その指し示す方向とは全く別の方向を、マリアもイエスもヨハネも驚愕の表情でを見てますが、

イエスはひとりだけマリアとヨハネの投げる視線とは別の方を見ているような。


角度の違いなのですけれど、すると見られている対象はよほど大きい何かではないかと。

ま、こうしたことも聖書にお詳しい方なら一目瞭然なもかもですが。


17世紀に移って、最大の見ものはルーベンス でありましょうか。

「虹のある風景」というコンスタブルを思い出させる穏やかな作品の隣に、

「ローマの慈愛(キモンとペロ)」(1612年頃)という、こちらの方がルーベンスらしい劇的な一枚が。


ルーベンス「ローマの慈愛(キモンとペロ)」



古代ローマ の時代、元老院によって餓死刑を宣告されたキモンを憐れむも

何も差し入れることの許されない娘のペロが苦肉の策として、

父親に母乳を与えるという場面です。


ペロの必死な様子は痛いほど伝わってくるものの、

キモンの体つきはあまりに頑健そうではなかろうかと。

母乳を含ませたら、たちどころに体力が回復し…ということでもないでしょうに。


カラヴァッジョ には牢の格子から顔だけ出したキモンに乳を与えるというのがありますですね。

それだとキモン側の必死さも伝わるものの、構図的にはうまくない。

ルーベンスとしても苦肉の策ったのですかねえ。


18世紀のコーナーでは、意外や意外、イギリスの作家が紹介されます。

わけても、ロイヤル・アカデミー の初代会長ジョシュア・レノルズの

「ウェヌスの帯を解くクピド」(1788年)は同展フライヤーにも載る一作。


ジョシュア・レノルズ「ウェヌスの帯を解くクピド」



画像として取り出すと、何だかエロいだけの絵のようにも思えてきますけれど、

実際にはイギリス・アカデミーの会長の絵ながら、

いい関係になかったラファエル前派 と技法的にあんまり違わないのではないかなと。


フランス・アカデミーがばりばりの新古典主義だったのと比べてずいぶん自由、

というかむしろ斬新だったのではないかと思ったりするのですね。

題材としては確かに神話画なのでしょうけれど、背景などは抽象画ですね、これは。


…と、長くなってきたのでこのくらいにしときますけれど、

とにかく一枚一枚の絵というのは「語ってくれちゃうよねえ」という印象でありますね。


ここで取り上げた作品が必ずしも個人的な好みというわけではなくって、

絵と向き合って語りあってみたというものたち。


お好みでいえば、ヴェロネーゼの「聖会話」、ティントレット「男の肖像」、レンブラント 「老婦人の肖像、

そして知らない作家だったのですけれど、レオン・ボナの「アカバの族長たち」といったあたりでしょうか。

てなこと言って、やっぱりエルミタージュには行くしかないよね!と思うのでありましたよ。