海の日でお休みだった昨日の昼過ぎであります。

暑いなぁと思いつつも、時折入る湿気を含んだ風にいささかの涼を感じてうつらうつらしつつ、

TVではディかバリー・チャンネルだかナショナル・ジオグラフィックだか、

ともかくそうした系統の科学番組が見るともなしつけっぱましの状態。


あたかも催眠学習のように耳に入ってくる断片的な情報に

「おお、そうなのか?!」


起き上がって注視するには至りませんでしたけれど、

「へえ~!」と思ったことをやっておりましたので、備忘というか、おすそ分けというか。


さりながら情報が入ってくる状態をご想像いただければ、

鵜呑みにしていいことかどうかは自ずとご判断いただけるところかと思いますので、

聞いた(と思っている)とおりに記してみるといたしましょう。


地球と月は重力で引き合っているとは今さらの話でして、

それが証拠には潮の満ち干きなどはそうした状況から生まれる現象であるわけですね。


それだけでも科学的には地球上に人類が、はたまた生物が存在することの

有難味につながるものであるかもしれませんけれど、

この地球と月が互いに引き合ってバランスしている状態、

これがとっても大事なことだというポイントのひとつには、

ふたつで一つの強力タッグ・チームが出来上がっているといことのようです。


そうでないとすると、遠い太陽やもそっと近くて地球よりずっと大きい木星などからの

引力の影響をまともに受けてしまうのだとか。


実際に地球のお隣にある火星には、地球にとっての月にあたるような衛星がないため、

(火星の衛星は元々宇宙空間の小惑星が火星の引力でつかまったもので、月と違う成り立ちらしい)

地軸の傾きというのがとても大きく振れているのだといいます。


木星に引っ張られて揺らぎ、太陽に引っ張られて揺らぎ…てなことでしょうか、

回転が緩んできたときのコマのように首を振りつつ廻っている感じ。


つうことはどんなことになるかということですが、

地球に月という釣り合いのとれた相棒がいなかった場合、首ふり状態になりましょうから、

太陽側に大きく傾けば当然気温は大層高くなり、

反対に触れれば気温は相当に低くなり…てなふうでしょうか。

これから暑さ本番だというのにあんまり考えたくないことですけれど。


さらに考えたくないことといえば、月は地球から遠ざかってますですね。

例えてみれば、地球が月というおもりのついたハンマー投げのハンマーを振り回している状態で

(当然、両者の間を見えない引力が働いているわけですが)

遠心力で月は飛んでちゃおうとしているような。


極めてロングスパンの話かもしれませんが、

こうしたことでもって本当に月が飛んでいってしまったら…。


うむう、もそっと涼しくなる話を考えるとしますか。

もっとも、怖い話は苦手ですが。

先に東京都立中央図書館の企画展示「船と冒険」 で昔の世界地図を見た折りのこととして、
南極を「夜国」、北極を「夜人国」と記していることに触れましたですね。


そのときにもう一つ気が付いたのが、

ラップランドのあたりでしょうか、スカンジナビア半島でもかなり北方のあたりですが、
この部分に「小人国」という記載がありました。


この辺一帯はサーミ人という人たちが居住するエリアのようですけれど、
探険をして地図を作るヨーロッパの人たちの一般的な体格に比べてサーミ人は小さかったのか、
はたまたヨーロッパの人からすればサーミ人の狩猟生活が文化的に劣ったものと見て

揶揄的に小人としたものか、理由ははっきりしませんけれど、

日本語にすると「小人国」、そんな命名をしたようなのですね。


ただ「小人国」と聞いて真っ先に思い出すのは何といっても

ジョナサン・スウィフトの「ガリバー旅行記」ではないかと。


思い出しついでに、ガリバー旅行記には「馬の国」なんてのもあったなと思い出されてくる。
そして、馬の国では人類と思しき動物はヤフーと呼ばれる野蛮な獣として描かれていたっけ…
というところまで来ますと、今度はどうしたって「猿の惑星」に思い至ってしまいますですねえ。


そこで(手元にリメイク版の新作がありませんでしたので)、

チャールトン・へストン 主演の元祖「猿の惑星」を久しぶりに見てみることにしたのでありますよ。


猿の惑星 [DVD]/チャールトン・ヘストン,キム・ハンター


一隻の宇宙船が地球時間で何百年分にも及ぶ時間を跨いで

宇宙空間を航行していたところ、とある星に不時着することになります。


成分分析の結果どうやら地球人にも問題ない大気であるらしいと

外へ出てみれば、そこは荒涼たる大地。


そしてそこで出会った静物は姿形はまるきり地球人そっくり。
ただし言葉を話すことはできず、行動や感情表現からするとおよそ知的な生命体とは思われない。


やがて、そうした人間らしき外見を持つ生物たちが群れ集うところに、
地球上で他の動物に対する人間が行うような形で狩りをするように現れたのが、猿であったという。


地球の感覚からすればチンパンジー的な容姿を持つ彼らこそ、
この星で唯一の知的生命体であって、君臨する支配階級ということになりましょうか。


とまれ猿たちに捕らえられてしまった船長のテイラー(チャールトン・へストン)は

格闘の際に喉に傷を負ってしまい、しばらく声が出ない状態ながら、

猿たちの問いかけに理解を示したふうであることから、
猿側の学者ジーラとコーネリアスがテイラーに興味を抱いていきます。


そのうちに、テイラーは文字も書けるばかりか、

傷も謂えると言葉を話すこともできることを知り、愕然とする二人。


ですが、宇宙空間を旅してきた果てに英語が通じる猿たちに巡りあっても

不思議に思わないテイラーに対して見ている方が愕然とするような。


シチュエーション的にテイラーはあたかも馬の国に到着したガリバーのようですけれど、
ガリバーの場合は馬が言葉を交わしていることに気付くも、それは馬独特の言葉であって、
何とかそれを習得しなくてはならなかった…という点で、ガリバー旅行記の方がリアリティ?が

あるような気もしないでもない。


もちろん、馬と猿とを比べた場合にどちらが喋りそうかといったら

猿の方がまだしもではありましょうけれど、作品として考えた場合に

ガリバーが訪れる風変わりな国々が人間社会の諷刺になっているわけでして、
「猿の惑星」も同じ趣向であるものの、いささか底が浅いかなと。


とにもかくにも映画は衝撃的なラスト・シーンに勝負を賭けてますし。

今ではいささか有名になりすぎてしまったラスト・シーンながら、
まだ話をご存知ない方ももしかしておいでかと思いますので敢えて記すことはしませんが、
「結局そうだった…」というだけではさすがにこの後も生き残る作品とは言えないのかも。

(ここまで、ネタばれに気を使っているのに、上のDVDのジャケットときたら…)


制作年は1968年だけに、当時はいささかなりともリアリティを持って考えられた全面核戦争 の、
その後の世界を描いたものの一つとしての意味はあるとはいえましょうかね。

先日見た芝居「高き彼物」 の舞台が静岡だと思ってたら、

「あらら、また静岡が舞台か」と読み始めて思ったわけですよ。


県立清水南高校の吹奏楽部に所属するハルタとチカが主人公なので、

ハルチカと呼ばれるシリーズものの最新刊、初野晴さん作「千年ジュリエット」のことであります。



出版社のPR誌で自社刊行物を持ち上げるのはありがちなこととしても、
「この春、前を向く心を祝福する、挑戦と感動の最高傑作」
とまで言われると「えぇ?学園ミステリ?」と思いつつも試してみようかいと思うわけでして、
なんとはなし市立図書館で予約待ちに入れといたら、

春は過ぎ夏の到来とともに「用意できました」のお知らせが来たという。


図書館で予約の本が届いてるようで…と告げて出してもらった「千年ジュリエット」ですが、
制服姿の女子高生が眺めやる虹という表紙ですでに引けてしまうような。
いささかうつむき加減で貸出手続を受けてきたのでありました。


でもって、読み始めて早々には
「うむぅ、気恥ずかしいのぅ…」と例のハルチカとその取り巻きとのやり取りに思ってしまうのですね。


自分にも高校時代というのはありましたし、主人公たちのように吹奏楽部でもあったのですから、
もそっと「そうだよね、そうだよね」というのがあってもいいのかなと思いましたが、
「昭和は遠くなりにけり」ということなんですかね…。


とまあ、そんな戸惑いから一度は投げ出し掛けたものの、
我慢して(?)読み進めて行くと印象がいささか変わっていったのですよ。


大枠ではハルチカが所属する吹奏楽部の面々とともに秋の文化祭に向かっていくという流れの中に
ぽつりぽつりと謎めいたこと(といっても学校の怪談みたいなことではないですが)が起こり、
ハルチカが(というより専らハルタが)謎解きをしていくと体裁でもって進むのですけれど、
3話目と4話目はなかなか秀逸だったなと思ったわけです。


3話目の「決闘戯曲」はもっぱら演劇部の話、

4話目の「千年ジュリエット」は高校の近くらしき病院の入院患者たちの話で、
本来の吹奏楽部のお仲間感から外れたところで展開している分、

むしろ普通に読めるというか何というか。


「決闘戯曲」はと言えば、西部開拓 j時代のアメリカ、20世紀初頭のパリ

そして現代の清水とそれぞれで起こる決闘で

同じように右目が見えず左手も使えないという決定的に不利な条件下で勝ち収める

日本人の謎を辿るというお話。


他の話同様に軽いトーンで進みはするものの、

歴史も踏まえた重みも醸すあたりに釣られてついつい読み進めてしまうと、
あっと驚く種明かし!


決闘の相手からすれば、これはむしろ「いかさま」以外の何物でもないと思いつつ、
ドラマ「トリック」を見るようなお楽しみでもありました。


さらに「お!」と思うのが「千年ジュリエット」でして、映画「ジュリエットへの手紙」 にあったような

ジュリエット宛に届く恋愛相談の手紙に返事を書く役割を自ら買って出ようと
「ジュリエットの秘書」はごろも 支部(やっぱり清水ですね)を立ち上げる女性たちのお話。


何の病気かはともかく、それぞれの女性たちは余命いくばくもない状態のようで、

秘書活動を始めてほどなくすると、ひとり欠けふたり欠けしていくのですが、

その中で最後に残ったと思われる女性が清水南高校の文化祭に現れたところで
これまた、あっと驚く状況の転換。

実は読者だけが置いてけぼりを食ったと分からせてくれちゃうのですよね。


ということで、この連作短編の2編に共通して言えることは、
清水南高校を舞台とするハルチカ・シリーズの一作でなくてもいいのではと思えるところかと。

むしろそうでない作品に仕立てた方が読者の年齢層が広がるのではないですかねえ。


ちょうど昨年夏に清水の辺り を歩き回ったことがあるだけに

何となく雰囲気の分かるところもあり、最後の2篇に満足したものの、
このシリーズを遡って読もうかというにはちと別の覚悟がいるなとは思ったのでありました。

夏風邪はおかげさまをもちまして、もう抜けていくばかりだなという状態にまでなってきましたが、

風邪に併発する形で?いくつか不定愁訴を抱えてなかなか自由な動きもままならず。

いやはやでありますよ。


ということで、今日のところはちょっと前のお話ですけれど、

程なく到来する海の日がらみの企画でありましょう、東京都立中央図書館で開催中の

企画展示「船と冒険」を見てきたのですね。

本展のフライヤーにある颯爽とした海王丸の姿が、なんとも凛として素敵ではありませんか。
と、展示の中身がどんなものとも想像することなく、フライヤーに釣られて出向いたわけなのですよ。


企画展示「船と冒険」@東京都立中央図書館


まあ、入場無料の企画であって図書館の展示ですから「こりゃあ、すごい」というものに出くわすとも
思っていなかったわけでして、複製やら図版やらが中心でしたけれど、意外に面白く見られたかなと。


例えばですけれど、昔むかしの世界地図ですね。
本物でないとすれば、それこそ図書館にある図鑑や地図帳で見ることはできるにしても、
これが大きく壁面を飾る形で展示されているというのはあまり目にすることはない。
大きいと見やすいですら、ついつい細かなところに目を向けたりするわけですよ。


そんな資料の一つに「地球万国山海輿地全図説」という江戸期(1785年)の世界地図がありました。
イエズス会 士のマテオ・リッチが1602年に作った「坤輿万国全図」を模したものということですが、
17世紀初頭の世界はここまで分かっていたというか、ここまでしか分かっていなかったというか。
とても分かりやすい点ではオーストラリア が陰も形もないということですね。


そして、極地あたりへの冒険航海はまだまだだったのか、
南極大陸のところには「夜国」と記され「此所人不能知」と解説されていました。


これに対して、北極圏 の方がまだヨーロッパから近いということもありましょうか、
名前こそ「夜人国」と不思議な命名がなされているものの、
「此地之北極者 半年有日光 半年無日光」と解説されるあたり白夜と極夜が知られていたのですよね。

(ここでの「者」は本当は中に「、」の付く字なのでして、おそらく「は」と読むのでしょう)


一方、日本の絵図としては「皇国総海岸図」(復刻版の展示)なるものがありまして、
日本の文字通り「津々浦々」、展示をざっと見た限りでは南は屋久島、種子島から

北は国後、択捉島までの日本の港湾が細かく記されているというもの。


安政 二年(1855年)に水戸藩士の酒井喜熙が作成したと言いますが、

安政二年と言えばペリー 艦隊がやってきた翌年、
しかも作成したのが攘夷の牙城であった水戸藩の侍となれば、

どうあっても攘夷の備えと思えますですね。
また、明治になってもいないのに「皇国」と言うあたりいかにも水戸藩というところでしょうか。


ところで帆船模型もいくつか展示されていましたけれど、
今さらながら驚くまでもないとは思うものの、改めて「そうかぁ~!」と思いましたのは、
大砲の装備でありますね。


18世紀のスペイン海軍の軍船であったというCAZADOR(カサドール)号ですが、
両舷側にずらりと並んだ砲列にはやっぱり驚かされるところかと。


そりゃその後の近代兵器と比べてどうよ?てなものかもですが、
当時木造の船であったわけで、当たりさえすれば甲板から船底まで一気に貫いたであろう大砲が

こうもたくさんとなると、スペイン海軍が無敵艦隊と呼ばれた時期があったことを

偲ばせるではありませんか。


ちなみに、ピルグリム・ファーザーズを乗せたメイフラワー号(の模型)の方をみれば、
左右の舷側にそれぞれ4門の大砲が積載されていました。


自由の天地を求めた航海にも、

海賊が現れるかも知れず、到達地で手痛い歓待?を受けるかも知らず、
いささか武装はやむを得ぬところであったのでしょうね。


とまあ、これは展示のほんの一部分ですけれど、

海と船に関連するあれこれへの興味は尽きないところですなぁ。


図書館だけあって、関連書籍がたくさん並べてあり「お手にとってどうぞ」とありましたが、
時間があればこうした書籍をぱらぱら拾い読みすると、また興味深さも一入だったかも。
また何かの企画展示の際には時間に余裕を持って行きましょうかね。


と言いますのも、都立中央図書館は麻布十番から仙台坂を上り詰めたあたり、
有栖川宮 記念公園の一角にあるものですから、公園内と同時に周囲も巡ってみてとは思ったものの、
訪ねた折は如何せん湿気どんよりとして時々雨が落ちてくるという悪天候故に

周辺散策はまた次の機会にと譲ったものですから、図書館内外の探索をまた改めてということで。

もしかして梅雨明けてんじゃないのと思いかけたりもしてましたが、
昨日あたりまだ梅雨どきなんだなぁとも感じるぐじぐじとした天候で、
快方に向かいつつあるものの相変わらず鼻と喉がシャキッとしない体調とあっては、
せめて天気だけでもスカッと晴れ晴れしたふうにならんかなと思ったり。

もっとも梅雨が明ければは明けたで暑い夏の到来ですから、
たぶんというか間違いなく「暑い、暑い!」となりましょうけれど。

そんな折、ふと思い出したのが先日ランチで入った沖縄料理店で流れていた曲なのですね。
店で耳にしたときに「お!」と思ってテーブルの上の紙ナプキンを取り、
過ぎて行く歌詞をうろ覚えでメモしてたんだっけと気付いて、鞄の中をがさごそやると
底の方からくたくたに縮こまった紙ナプキンが出てきたという。

これを手がかりにしてネット検索してみると、おお!ヒット!
ひとつは、その昔ポンキッキで使われていたらしい(そんなことも知らない…)
「ユイユイ」という曲。

子供向けというのか、子供向けにもなるというのか、
ともかくなんだかうきうきしてくるいい曲ですよねえ。

もう一つですが、「ゆいゆいゆいま~る」のように
「これで検索かければきっと見つかる」みたいな繰り返しは、
「シーサー」という言葉が思い浮かぶくらいでしたが、
難儀の果てに探り当てたのがU-DOU & PLATYの曲、
その名も「シーサー」でありました。


沖縄の曲でもってなんだか晴れ晴れ感を抱くというのは
何ともステレオタイプだなと思うものの、おそらくお聴きになられたならば、
沖縄の高く抜ける青空を思うのではないでしょうか。

気象庁の統計によれば関東地方の平年の梅雨明けは7月21日だそうで、
今しばらくはぐずっと感ある毎日かもですが、
先に梅雨明けしている沖縄のスカッと感を分けていただくといたしましょう。