東京駅から程近いブリヂストン美術館で始まった「ドビュッシー 音楽と美術」展を見てきました。


今年2012年がドビュッシー生誕150周年 ということで、

パリのオルセー美術館、オランジェりー美術館との共同企画とは大したものだなと思いましたけれど、

以前見たように石橋コレクションがかつてパリで大喝采された あたりからのつながりなのかな…

と思ったりもしたものです。


「ドビュッシー 音楽と美術」展@ブリヂストン美術館

ところで、常設で数々の名画が見られるのがブリヂストン美術館の売りでありますけれど、

そうした展示室の大半を使っての本展は気合が入っとるなぁと思いつつ見て歩きます。


ブリヂストン美術館を訪ねたことがおありの方ならお分かりのとおり、

建物2階部分の展示室は中央にまっすぐ伸びた通路の左右に振り分けられてありますですね。


右の展示室に入って「ほぉ~!」、左の展示室に入って「おお!」とあれこれ見た後に

中央通路を奥まで進みますと、その突き当たりに一枚の絵が掛かっているのですね。


アンリ=エドモン・クロス「黄金の島」(同展フライヤーより)


これがアンリ=エドモン・クロスの点描画「黄金の島」ですけれど、

その解説文を読んで「おや?」と思ったのですね。


展覧会が始まって一週間が経っていますし、次々とこの絵を覗き込んでいく方々も

すうっと過ぎていくので、自分の詠み方が悪いのかと何度も何度も読むんですが、

やっぱり「???」だったものですから、普段そんなことはしないながらも、

受付の人に疑問を投げかけ、結局内線電話で学芸員の方と話をすることになってしまいました。


とまれ、その解説文の一節を引用するとこんなふうなのですね。

形而上学的な理想主義を取り入れた彼の「黄金の島」には、ドビュッシーの《海》からの影響が見られるように思われる。

これだけだと疑問も何もないでしょうから補足をしますと、

クロスによる「黄金の島」の制作年は1891~82年である一方、

ドビュッシーが交響詩「海」を書いたのは1903年から1905年にかけてなのですね。

いずれの年代も絵の解説を見れば一目瞭然なわけです。


ということはですよ、

クロスの絵はその絵の制作後10年以上経って作曲された曲からの影響を受けている…

と読めてしまうわけですよ。


ということで、学芸員の方と話をした結果としてはですね、

この(ざっくり言って世紀末前後の)時期にドビュッシーと画家たちとは相互に影響を受けあっていたと、

つまりはクロスもドビュッシーから影響を受け、ドビュッシーもクロスから影響を受けという具合に。


それが、海岸の絵であったためにドビュッシーの、

とりわけ「海」が文の流れの中で出てきたしまったような。

そこであんまりとやかくは言いませんでしたけれど、この文章は直したほうがいいと思いますよね。


ところで、ドビュッシーが「海」を作曲するにあたって受けた影響という点では

本展にも展示されている葛飾北斎の「神奈川沖浪裏を「海」の出版楽譜の表紙に使うよう

ドビュッシーが求めたところから、北斎の影響ありというのが従来言われてきたそうなんですが、

どうやら昨今はそういう理解ではなくなってきているそうな。


同様に本展に数々の展示があるように、ドビュッシーの日本趣味は一方ならぬものがあり、

この「神奈川沖浪裏」を部屋に飾っている写真も残されているという。

そうしたお気に入りの一枚に等しき満足すべき曲が出来たことから

「海」つながりで楽譜の表紙にしたのではないかと。


その一方で、曲のイメージへの影響ということでは

むしろこのクロスの「黄金の島」などの関わりが強いのではないかということになってるそうです。


そうした話を聞くまでもなく、まったくの素人考えであっても、

このクロスの絵を見れば北斎の波裏よりもむしろずうっとドビュッシーの「海」との親和性を感じるわけで、

これを学芸員の方に伝えると、「するどいですね」というお言葉。

鋭いも何も誰だってそう思うんじゃないかなと思いますけどねえ。


そして、ドビュッシーの曲との親和性故に、

「パリでの展覧会ではクロスの絵が図録の表紙になってるのですよ」

と言っておられました。


さもありなむと思う一方で、では日本展での図録(上のフライヤーもですが)はというと、

これがルノワール の「ピアノに向かうイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロール」と言う作品なのですね。


イヴォンヌとクリスティーヌのルロール姉妹とドビュッシーとの関わりは

本展でじっくり見ていただきたいところですけれど、

およそこの絵からドビュッシーを思うことはまずない(ありえないともいえますかね)。


「ルノワールでなら日本人客を釣れるかも…という魂胆?」とまで学芸員の方には言いませんし、

その方がどうのということでもありませんけれど、展覧会の趣旨とこの釣り餌の関係は

何だか日本人の客をいささか舐めているような気がしてしまいましたよ。


・・・とまあ、あんまり展覧会の中身と関わりない話になってしまいましたけれど、

例えばドニ とドビュッシーの関わり始め、異なるジャンル間での影響の及ぼし合いの一端を見るだけでも

音楽好き、美術好き双方にとってとても面白い企画になっているように思います。


ただ、音楽寄りに考えればもう一息突っ込んでいただきたくもありましたけれど、

それはおねだりしすぎというものでありましょうねえ。

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本文はここから



土用丑の日が近い(今年は7月27日だそうで)こともあって、
ついつい鰻の蒲焼を思い浮かべたりしますですね。


ただ、このところ鰻が高値であることは前から聞いていたのですけれど、
品薄どころか「ともすると絶滅寸前?!」であるてなことは、

つい先ごろのTVで聞き知ったのでありました。


ということで、またしてもそのTVの受け売りということになりますが、
なんでも世界中の鰻の8割を日本人が食べてしまうのだとか。


まあ、他の国の人は蒲焼にしてご飯にのせて…といった食べ方をしてないでしょうから、
日本人にとって鰻を最高においしく食べる方法を日本人が編み出したから

こうした結果にもなるのでしょうかね。


ところで、ウナギは養殖してるんだから、

品薄ならば養殖を増やせばよいのではと思ってしまうところですけれど、
これまた聞いた話によれば、うなぎは海で産卵し、返ると河川を遡上、

また海に戻って産卵するという魚で、その産卵場所がどうもよく分からないのだそうですね。


ですから、養殖といってもシラスウナギと呼ばれる子供のうちに捕まえといて、
将来蒲焼になったら旨かろうなぁという状態まで飼育する、これがウナギの養殖ということらしく、
卵から返すところから始まるのではどうやらなさそうです。


海の中の食物連鎖の関係上、卵から返った稚魚が全て大きくなるわけではないですし、
養殖用にシラスウナギとして捕獲されるまでにも目減りはしているわけですね。


卵のうちから外敵を排除して数を確保するような「増やす」養殖ができないとなれば、
海にいるウナギの絶対量が少なくなると人工的には増やせない、
ともすると絶滅?みたいな話になってくるのでありましょう。


そういうことなら、しばらく食べずにおくか…となりましょうか。
ウナギに関わる産業に従事されている方は大変でしょうけれど。


また、別の手立てとしては何かしら代用食はないのだろうかということでありますね。
鰻じゃあないけど、それらしいもの。


TVで紹介していて、最初はアナゴなかとも思ったですが、どうやらナマズという選択肢があるらしい。
そもそもナマズを食することというのは昔むかしの日本ではごく一般的なことであったそうなのですよ。


これに対してうなぎという食材が売り込まれるに際しては、精がつく、夏ばて防止、
土用の丑の日にはうなぎで決まり!的なキャンペーンでうなぎのブランド化が進んだ結果、
ウナギを有り難がる(値の高さも有り難がる一因でしょう)ことになっていったのだとか。
反面、ナマズが食卓に上ることはほとんどなくなっていったということに。


ということで、地震を起こすのはナマズの仕業とも語り伝えられるだけにパワーは十分ありましょうし、
夏を乗り切るには日本伝統の鯰料理で勝負してみるのもよろしいかもしれませんですねえ。

ところで、はたしていずくにありましょうや、鯰料理を食せるお店は…。 

先に読んだ「千年ジュリエット 」に出てきたタネ明かしが、
まるでドラマ「トリック」を思わせるいかさままがい(?)であったことから(と、褒め言葉ですが)
その後ドラマや映画の「トリック」をつまみ食いふうに見ていたわけです。
そして、ドラマ版のエピソード2「まるごと消えた村」を見ていて「お!」と思ったのですね。


村人が一人残らず忽然と消えてしまったという宝女子村(ほうめごむら)に、
例によってひょんなことから首をつっこむことになった二人組がやってきます。
言うまでも無く、日本科技大助教授の上田(阿部寛 )と

売れないマジシャンの山田(仲間由紀恵 )であります。


二人の前に立ちはだかったのは村出身の霊能力者というミラクル三井(篠井英介 )。
本人曰く「村人は自分が消し去った」というばかりか、村に伝わる遺跡を消し去り、
さらには宝女子村に繋がる唯一のルートであった大吊り橋まで消えてしまった。


進退窮まり、自分たちも消されてしまうのかという恐怖を抱きつつも、
ミラクル三井に闘いを挑むことになる二人の運命やいかに…?てなお話。


この中の、大吊り橋が消える部分ですね、「お!」と思ったのは。
要するにエラリー・クィーンの中篇「神の灯」とおんなじではないかと。


と、ここまで来て「TRICK劇場版2 」でも同様なことを思ったと前に書いてましたですね。

でも、エラリー・クィーンのこの作品を読んだのは中高生の頃だったかと思いますけれど、
あまりに大胆なトリックは今でも忘れないほどですけれど、
逆にその印象ばかりが強すぎて、他の部分を全く覚えていない。


でもって、この「神の灯」の傑作との呼び声の高さは

大胆トリック=いささか奇を衒った大味なものだけが、

その真髄ではあるまいと久しぶりに読んでみたという次第でありますよ。

前に思い当たったときには、再読はしませんでしたので。


神の灯 (嶋中文庫―グレート・ミステリーズ)/エラリー クイーン


ストーリーに触れてネタばれしては申し訳ないので、
(ドラマ「トリック」との関連に言及しただけでかすってますが、
ここでは文庫カバーの紹介文から引用させてもらおうかと。

メイヒュー氏の遺産が眠る〈黒い家〉に、令嬢アリスとともに乗り込んだ名探偵クィーン。
そこには奇怪な親類たちが待ち受けていた。そして翌朝。石造の豪邸〈黒い家〉は忽然と姿を消してしまっていた……。

ということで、「黒い家」に隣り合って建つ「白い家」に滞在し、翌朝エラリーたちが見たものは、
昨日確かにその中にも入ってみた「黒い家」のあった場所に何もないという光景だったのですね。


メイン・トリックを知った上で読んでますので、

ここではしばらく前にアガサ・クリスティの「オリエント急行の殺人」 を再読したときの

読み方で臨むことにしたわけです。


つまり、読者には物語の進行に合わせて探偵役が「おや?」と思うようなあれこれが提供されていて、
最後になって「そういえばあのとき」と考えればおかしいことの積み重ねが自ずと答えを導くといった具合。


そんなつもりになってみると、確かに「あら?」と思うことに出くわしたりしますですね。
例えば、エラリーが迎えの車に乗って「黒い家」に向かうところです。

エラリーは襟首がむずむずしてきた。この荒野の奥へ車が深くはいりこんで行けば行くほど、こんどの冒険の全体が気に入らなくなってきた。なにか奇怪な力をもった手が、巨大な悲劇の序幕の舞台装置をととのえているかのように、あらかじめ芝居の筋書がきまっているらしいのが、ぼんやりと感じられた。

単にエラリーの嫌な予感の独白のようでありながら、
どうしてこういう言葉を選んだかといったことを考えると

「事件が予見できるようになっている」と言えないこともないのですね。

雪のかかった太陽は、いま沈もうとしていた。たなびくあらし雲が、一瞬、横へ流れて、太陽のかがやかしい光輪が、まともに彼の眼にとびこみ、色さまざまに踊り狂う小さな光の球がエラリーの眼のなかでちらちらした。するとまた雪をはらんだ別の雲がおしよせてきて、太陽は地平線の下にすべり落ちた。部屋は急速に暗くなって行った。

これは、エラリーが到着後にまず「黒い家」の中をひと巡りして後、
夕方に「白い家」に宛がわれた部屋に入り窓際に立ったときの様子ですけれど、
読み流すと単に夕暮れの情景に思えます。


ところが、川端康成の「雪国」 のようなといっては大仰に過ぎますが、
こうした情景描写は他のところではまず出てこないのですね、この作品には。


となれば、そうした違和感があってもわざわざ入れる意味のある文章ということになるのでして、
やっぱり結末「そうであったか!」と思うことになるのですね。


そして、もうひとつ。
一夜明けて、「黒い家」が消失していることに一同が愕然とする中でエラリーがこうつぶやきます。

確かに家はなくなっている……忽然と消えてしまった。しかし、ぼくが頭を悩ましているのは、家がなくなったという事実ではない。その動因、その方法なのだ。

皆が皆、我が眼を疑って茫然自失といった体であるにも関わらず、
さすがに探偵というものは冷静というのか、ずれてるというのか、
変わった感想を持つものだ…と流してはいけないのでして、
これはもう読者にヒントを与えるひと言、その後の推理を展開する上でこれが鍵ですよと

言っているに等しいという。


とまあ、こうしたことをあれこれ気に掛けつつ読んだわけですが、
黒い家の消失トリックはこうした目配りが読者へのファアプレイを保障していると思ったのですよ。
されど、話としての落ち着きどころは「おお、そういう展開で来たか?!」と思ってしまいました。


消失トリックはその大胆さで目立つものの、それだけの話ではなかったのでして、
すっかり忘れていたのをこれ幸いというべきか、

やっぱり「神の灯」が傑作中篇と言われるのもなるほどなぁと改めて思ったのでありました。


未だお読みになったことのない方のヒントとはなっても
「ネタばれだったじゃん」と言われない内容に留めたつもりですので、

機会があったらどうぞお試しくださいませ。

八:よぉ、熊さん!聞いた話なんだがね、猿の屁ってのなぁひでえ臭いだそうじゃねえか。


熊:なんだい、八っつぁん、藪から棒に。猿の屁って、嗅いだことあんのかい?


八:だから聞いた話だって。

  でもよ、黒船さんの国では映画にもなってるってくれえ有名な話だそうだ。
  「猿のはくせえ」ってな。

まあ、こんな小噺((シチュエーションは勝手に作りましたが)に使われるくらい

映画「猿の惑星」 は有名になったのでしょうね、当時の日本でも。


本国ではその後に「続・猿の惑星」「新・猿の惑星」「猿の惑星・征服」「最後の猿の惑星」と

シリーズ化されたわけですから(そして、B級度合いが増していくことにも…)。


ところで先にその元祖「猿の惑星」を見た折りに、

この映画には小説の原作があることを初めて知りました。


てっきり映画の脚本として作られた話なのだと思っていましたから「おや?」と思い、
作者はと見ると、ピエール・ブールというフランス人作家。


となればですよ、フランスの作家がやおら英語を操る猿たちを登場させ、
しかもあの結末(有名ですがここでも伏せときます)にするとはおよそ考えられず、
こりゃあ映画と話は別物かも知れんぞと思ったのですね。


ちょっと前にもあまりに有名なイメージで凝り固まっていた「フランケンシュタイン」

改めて小説で読んでみると、意外な内容であることに驚いたりもしたものですから、

果たして柳の下に二匹目のどじょうはいるのか、小説「猿の惑星」を読んでみたというわけです。


猿の惑星 (ハヤカワ文庫SF)/ピエール ブール


どうしても映画との対比を考えてしまうのでして、始まりのあたりで「おや?」と思ったのは、

小説「フランケンシュタイン」同様に入れ子の構造になっていたからですね。


もはや宇宙遊覧をきままにできる時代背景でしょうか、

ひと組の男女があたかもヨットで沖に出て、波間を漂うように宇宙をゆらゆら巡っておりますと、

やおら漂流物を発見!


掬い上げて見るとこれが何と「メッセージ・イン・ア・ボトル」。

宇宙空間を漂っていたビンの中にはメッセージというには長い長い手記が入っていたのでありました。

先の男女はこのメッセージが地球語(フランス語ですが)で書かれており、

地球に言ったこともあるという男(といことは地球人ではない)の方が女に読んで聞かせると…。


この先に明らかにされる手記の内容。これこそが

映画になった地球からの宇宙船がたどり着いた星で経験した未曾有の出来事になるわけですね。


ですから、いろんな部分で映画の映像が頭を過ぎることになりますけれど、

ズバリ!感想をひと言で言うとですね、「面白い!」となりますね。


先に映画を見て「底が浅い」てなことを言いましたけれど、

映画で舌足らずになっていた(何の説明もされずにとおりすぎていた)ようなことが

全て書き込まれてあるのでして、「そうか、そうか!」と思いながら、ほとんど一気読みでありましたよ。


小説で宇宙船が旅の目標としたのは、オリオン座でもひときわ明るく見えるベテルギウス。

そしてこれを太陽とする惑星のひとつに着陸したのですが、そこは猿族が支配する星であり、

人間はといえば言葉も知性も細やかな感情表出もない動物であったのですね。


そこで主人公ユリス・メルー(映画のテイラーに相当)が経験することは

ぐぐっと端折れば映画のストーリーになりますが、元より英語もフランス語も解さないですから、

映画のようにお手軽でなく、ユリスは猿族の言語を身につける必要もあります。


そうした中では猿族の三種、ゴリラ、オランウータン、チンパンジーそれぞれの

特性や役割が示されたり、猿族社会の様子も細かに記されるわけです。


そして、何より肝心なのが猿と人間との対比でありましょう。

高い知性と豊かな感情表現を備えたジーラ(猿族の女性学者で映画にも登場)と、

姿形は明らかに人間で、男性が見逃さない肢体を持つも知性はなく微笑むことも知らないノヴァ。


ユリスの目は当初ノヴァに釘付けとなるわけですが、意思の疎通がままならないことから、

やがて猿の言葉を覚えて後にジーラと交わす会話、そして感情の交感といったものの方に

充足感を抱くようになるのですね。

あたかもノヴァはかわいいペットであって、ジーラこそが心許せる友人(恋人的な…)のように。


もしかしたらこの後にお読みになる方がいるやも知れませんから結末は書きませんけれど、

手記の終わりにはやはりユリスが予想もしないことが起こりますし、

手記が閉じられて冒頭に登場する宇宙遊覧する男女に戻って、

彼らがもらす手記の感想から明らかになることもまた想定外のだめ押し。


作者のピエール・ブールという人は、第二次大戦中にインドシナで従軍し、

日本軍に捕虜となったときの経験も踏まえて映画「戦場にかける橋」の原作(「クワイ川の橋」)を

書いた人なのだそうです。


「戦場にかける橋」の原作を書いたのがフランス人とは思ってもみませんでしたが、

訳者あとがきで触れられているように安直ななぞらえと見るのは適当でないにしても、

戦争前夜には日本人が「イエロー・モンキー」的に見られていたこと、

そして明治の文明開化から100年もたたないうちに、

欧米人がそのイエロー・モンキーの捕虜になるという経験、

これらが作品に影を落としているとはやっぱり言えるかもですねえ。


ただ、この話をそこのところだけで見るのは矮小化しすぎでしょうから、

知性を持つ者=人間であって、人間同士の会話や感情の交感があると当たり前に思っているところへ、

むしろ人間でない者(差別された人間ともいえましょうけれど)とのみ意思疎通ができるとなった場合に

そもそも人間とは、知性とは…みたいなことを考えざるを得なくすることにこそポイントがありますね。


昨年公開された新しい映画のストーリーがどんなものかは知りませんけれど、

「猿の惑星」はこの原作小説でこそと思ったりするのでありました。

丁度ステンカ・ラージンのことを探究した後くらいの時期でしたでしょうか、
FM放送を聴いておりましたら、アレクサンドル・グラズノフ作曲の
交響詩「ステンカ・ラージン」という曲がかかったのですね。

とってもレアな選曲なだけに、
番組の構成担当者の方は弊店のご来訪者かと思ってしまった…
という冗談はさておき、この曲はいささか面食らわされるものでありました。


作曲されたのは1885年。
例のロシア民謡「ステンカ・ラージン」はというとメロディの起源は詳らかでないものの、
歌詞が付けられたのが1883年となれば、当時流行りの民謡でもあったろうかと。

そうした時期に作られた曲となれば
「こりゃ、引用されてるんでないかい?」と思っても無理のないことでは思うわけです。

と、そんな予想をしながら聴いたグラズノフの交響詩「ステンカ・ラージン」には確かに
有名なロシア民謡のメロディがはっきり分かる形で引用されていたのでありますが…
何とまあ、それは「えいこーらー、えいこーらー」の方。
つまり「ヴォルガの舟歌」であったのですね。

これは意表を突かれたと思いながらも、
大管弦楽で厳粛に?奏でられる「えいこーらー」のメロディには、
ついつい笑いを漏らしてしまうのでありましたよ。

ということで、この後にグラズノフの曲を他にも聴いてみようと
図書館でCDを借りるつもりでいながら、日が経つごとに「ついうっかり!」が続き、
ようやっと手にして聴いているというところであります。

何でもグラズノフという作曲家はバラキレフとリムスキー=コルサコフの弟子筋であって、
ロシア五人組の後継者と期待された存在であったのだとか。

さりながら五人組の指向するところは国民楽派と言われるように
ドイツを始めとするクラシック音楽の当時の主流とは一線を画するものだったわけですが、
西欧への旅の途次、フランツ・リストの知己を得、
またワーグナーの「パルジファル」の上演に接しなどするにつけ、
こうした音楽から目を(耳を?)そむけることは偏狭なだけではないかと
感じたようなのですね。

ですから、ロシアに帰って仲良くしたいのは
五人組から敵視されていたチャイコフスキーの方であって、
1890年に作曲された交響曲第3番はチャイコフスキーに捧げられたということです。
(ちなみに1886年の交響曲第2番はロシア五人組の一人、ボロディンに献呈されてます)

というグラズノフでありますけれど、聴き手にとってみれば
やはりチャイコフスキー風の方が分かりやすいと言えましょうか。
チャイコフスキーの衣鉢を継ぐとも思えてしまうバレエ音楽の「四季」(1899年)は、
代表作と言ってよいのではなかろうかと思うわけですね。

「四季」という標題を掲げた音楽でいちばん有名なのは、
やはりヴィヴァルディの協奏曲集でしょう。
そしてハイドンのオラトリオにも「四季」というのがありますけれど、
ヴィヴァルディもハイドンも、一般的な認識どおりと言いますか、
春、夏、秋、冬の順で曲を並べてひとまとまりの「四季」にしています。

ところが、グラズノフの「四季」は冬から始まって秋で締めくくられるのですね。
なにしろロシアなだけに過酷な冬のさまが描き出されることから始まるのかと思いきや、
さにあらず。

賑々しくはないものの、楽しくスケートやそり遊びでもしていそうな曲で、
それこそチャイコフスキーの真似っこかと思えるファンタジックな雰囲気を醸したりもします。

ヴィヴァルディの夏では(確かにヴェネツィアの夏は暑いわけですが)、
厳しい暑さを偲ばせる暑苦しい音楽が展開しますが、グラズノフの方はあんまりそうでもない。
こちらはロシアだからと言っていいんでしょうか。

でもって、グラズノフの「四季」の中での白眉は「秋」でありましょうね。
これは収穫の喜びといったらよいのかもですが、とにかく喜びが爆発しているといっていい。
もしかして何か映画の音楽だったかなと思ってしまうほどに摑みのよい分かりやいメロディが
アップテンポで流れていきます。

とにかく、グラズノフが四季を描くのに冬、春、夏、秋の順で並べたというのは、
ロシアならでは季節感のようなものがあるのでしょうか。

ちなみにグラズノフ憧れの?チャイコフスキーにも
「四季」というピアノ曲集がありますけれど、これは4つの曲でなくって、
1月から12月、月ごとに十二の曲を並べたもの。

12ヶ月を描きだすなら1月から始めるのは自然なことながら、1月はやはり冬なわけで、
この曲集に「四季」とつけたからには、やっぱりロシアの四季は冬始まりなのかもと思ったり。

ここいら辺にしゃきっとした答えはないものの、
また何かの折に別途探究してみるといたしますか。
今のところは差し当たりグラズノフの「四季」から「秋」を聴きながら、
うきうき感で夏を乗り切り、秋を待つということにいたしましょうか。