暑い間はまあよいとして涼しくなっても「風鈴はないでしょ」と既にお思いの方がおいでかも。

そそくさと風鈴ブログパーツをおかたししましたけれど、昨日はまた暑さがぶり返して、

いやはやでありますねえ。


ただ遅い歩みではあっても、やっぱり秋はやってきているようで、

(忍び寄ってる程度にしか思えませんけれど)

散歩がてらに赴いたところでは彼岸花が咲き競っておりましたよ。

東京・立川市の根川緑道であります。


立川崖線という、簡単に言うとがけの地形。

この下だからなのでしょう、根川は何とも唐突に始まるのですね。


根川のはじまり


水面に立ち上る小さな気泡が見えて「ほおら、水が湧いているのよ」というのでない、ダイナミックさ。

真ん中の臼状の岩からどんどん(こんこんとでは追いつかない…)湧き出してきています。

幾多の地層を通過したのか、とっても澄んだ水なのですね。


この流れ沿いは、緑道の名のとおり遊歩道になっておりまして、

木立の間を水の流れも、人も進んでいくというわけで。


根川の流れ

昨日の気温だとまるで涼を求めに行ったような気にもなってくるところですけれど、

やがて目にするのは紛うこと無き秋でありますね。


根川の彼岸花①


その名に彼岸にはちと遅れ気味ですけれど、咲いとる咲いとる!と。

名所の中には一面を埋め尽くす彼岸花!というところもありましょうけれど、

こうしたせせらぎに添って細い帯のように並んでいるのも風情があるなぁと思われるような。


根川の彼岸花②

それにしても、風景に写し込んでかつ彼岸花そのものをきれいに見せるのって、難しいですねえ…。

ということで、いささかの接写でごまかしてもみようなかと。


根川の彼岸花③


根川の流れはこの後も多摩川に向けて流れ去っていきます。

願わくば涼を求めくなるような暑さも一緒に流してもらって、

穏やかな秋の10月となってほしいものです。


…と、この先まで流れを見届けない?

秋を感じればそこには食欲が湧くのでして(?)昼食を取りに緑道を外れたのでありました。

要するに「花よりだんご」ということになりましょうかねえ・・・。


ランチ@ガーデン・アンド・クラフツ

…というふうにストックホルムから列車移動してウプサラに到着 しました。
現地語的にはウップサーラといった方が実際の音に近いようです。
現にウプサラを含む地域をウップランド地方と日本でも呼んでますし。
ただ、ここでは取りあえず適否は別として常用されているウプサラで通すことに。


ウプサラ中央駅の辺りは取り立ててどうということもない中層階のビルが並んでいるだけなんですが、
駅から見て南西方向にビルの合間を抜けて行きますと、「おっ!見えてきた」となるのですね。

ビルの向こうに二本の尖塔の頭が。


ウプサラ大聖堂の頭だけ


あれぞ目指すべきUppsala domkyrka、ウプサラ大聖堂であります。

近づいていくに従い、街の様子も実に落ち着いた佇まいとなっていくのでして、

箱形のビルとは異なる趣きを呈し始めるという。


ウプサラ市街

そんなあたりまで来れば、大聖堂はもうかなり近い。
見上げるとこうですから。


ウプサラ大聖堂

ただ、ウプサラ大聖堂の立派なところはその外観のみにあるのではなくして、
大聖堂としての長い歴史があるのですね。


ストックホルム大聖堂も教会としての歴史は長いですが、大聖堂になったのは1942年。
一方で、ウプサラに大司教座が置かれたのは1164年だと言うのですから。


もっとも12世紀の大聖堂は今のウプサラではなくって近郊のガムラ・ウプサラでして、
ストックホルムで訪ねたガムラ・スタンと同じガムラですので「古ウプサラ」、
つまりはウプサラ元町みたいなものでしょうけれど、そちらにありました。


ガムラ・ウプサラに赴いたことは後に書こうと思いますけれど、
そこにあった大聖堂が1285年に火災で焼けてしまい、

その後今のウプサラの地に再建されたそうな。


再建は15世紀半ばくらいまでかかったらしいですので、

ヨーロッパの他のところの大聖堂とも同様ながら、
ずいぶんと大変な建築作業であったことでしょうねえ。


中へ入ってみますと、これまでガムラ・スタンで覗いた教会 を凌駕する

歴史と威厳を感じさせると言ったらよいでしょうか。
実に実に堂々たるものではありませんか。


ウプサラ大聖堂内部


ストックホルムのリッダーホルム教会が王家の墓所とは言いましたけれど、

こちらには統一スウェーデンの始祖であるグスタフ・ヴァーサ王が王妃と共に

葬られているのですね。


グスタフ・ヴァーサ王墓所


そして、こちらが主祭壇。

祭壇画にはキリストの一生、使徒達、キリスト教の歴史上の人々が描かれてるそうです。


ウプサラ大聖堂主祭壇


この主祭壇を取り巻くように建てられた大きな柱には、

1300年代の初期に造られ、堂内で保存される最古の内装部分があるという。

柱上の棚のあたりがそれらしい。


主祭壇を取り巻く柱に付けられた棚


掘られているのはちと悪魔めいた動物ですが、今から見れば素朴で愛らしい。

両脇の人物像も棍棒のようなものをこれを打とうとしてますが、おおらかでユーモラス。

中世を偲ぶ風味がたっぷりしてますね。


ちなみに、この大聖堂には宝物館とも言うべきミュージアムが併設されていて、

キリスト教大司教座の権威もまた装飾・服飾の品々に頼るところ大であったのだなと

(この点、王宮に住まった世俗の王と変わらないような…)

思ったりしたのですよ。


ところで、このミュージアムは特段の表示がないために見つけにくいのですね。

聖堂に入ってする左手にある売店に申し出ないといけないという。


すると、売店の後ろ側にあるエレベータを指さされ、

そして展示物の解説書(英語)と結構大きめの懐中電灯を渡される。


よもやまっ暗い中でも歩くのかと思えば、

照明が弱めなので解説書に光を当てて読むための懐中電灯であると

展示室に入ってから気がついたのでありました。


聖堂の入り口聖エリック門を出て振り返るとこんなふうですが、

このちょっと左側の建物の中にミュージアムの展示室があったのですなぁ。


ウプサラ大聖堂聖エリック門


そして、大聖堂の周囲にはアルファベットが入る以前に使われていたという

古代ルーン文字を刻んだ石碑が並んでいました。


Chain reaction of curiosity


蛇のようにくねっている生き物の胴体部分に刻まれているのがルーン文字だそうな。

もはや考古学の世界とも思われますが、左上に「十字」が描かれているところをみると、

キリスト教はすでに受容されていたということになりましょうか。


古代ルーン文字の石碑は、スウェーデンではあちこちで見られるものでしょうけれど、

歴史に根差す場所で見るとまた実に印象的なものでありますよ。

そして、ガムラ・ウプサラに赴くことにも弾みがつこうというものでありました。

実際にはひと月も前に終えた旅のことをつらつらと書いておりますけれど、
書き終わらないうちに関心の矛先がまた変わった方向に向いてしまうと
個人的に混乱するなあという思いものですから、

差し当たりスウェーデン絡みの本を読んでいたのでありますよ。
それが、セルマ・ラーゲルレーヴ作「ニルスのふしぎな旅」でありました。


ニルスのふしぎな旅〈上〉 (福音館古典童話シリーズ 39)/セルマ ラーゲルレーヴ ニルスのふしぎな旅〈下〉 (福音館古典童話シリーズ 40)/セルマ ラーゲルレーヴ


昔から児童書の全集めいたものの中には含まれたりもしていたお話だと思いますが、
1980年にNHKで放送されたアニメ版でもって記憶されている方も多いのではなかろうかと。


されど、個人的には全く見たことはありませんし、児童書で読んだこともないものですから、
このほどニルスと初めて接触したということになるわけです。


子供でも読めるように活字ぎっしりではなく、挿絵も少々入っているとしてもですね、
それにしても上下巻1,000頁余りというのは読みでがありましたですねえ。
で、読み終わったところで感想をひと言で行ってしまうと「何と面白い本だ!」となるのですよ。


Wikipediaのあらすじに「わんぱくでいたずら好きの少年ニルス」と書かれていますけれど、
実はニルスは14歳ということになっていて、時代の違い(1906年作)も加味した方がいいのか、
言動はやはりもそっと幼いくらいのイメージでいた方が違和感はないものと思われます。


とまれ、そのニルスが一人留守番をしているところへ、トムテという小人が現れる。
借りぐらしのアリエッティ 」を思い浮かべてしまいますが、トムテの方は魔法を使えるのでして、
いたずらをしかけてきたニルスを自分同様に小さくしてしまうのですね。


小さくなると不思議なことに動物たちと話ができるようになっていました。
そんな折、ニルスの家で飼われている鵞鳥のモルテンは、
春先で北へ渡っていく雁の群れと同じように飛べることを示したいと決意、
このモルテンの背に乗ってニルスも雁の群れともども北へ飛び立つのでありました。


とまあ、簡単に言うとそういう滑り出しで、雁のリーダーであるアッカ、鵞鳥のモルテン、

そしてニルスを中心に飛んでいく先々で起こるあれこれが描かれ、

北の果てで夏を越した雁たちとともに南へ帰ってくるというお話。


それだけの話…と思われるほどですけれど、

元々スウェーデンの子供たちに自国の地理ををよおく知ってもらうことを目的として
国が頼んできたことに対して作者ラーゲルレーヴが成し遂げたことは、

何とも凄いことだなぁと思うのですね。


地理を扱うだけに南北に長いスウェーデンを

渡り鳥という空からの目線で俯瞰するという発想がまず秀逸ではないかと。


そして、ただ南から北へ、北から南へと雁の群れを飛ばしただけでは

ともすると直線的な動きにしかならず、国内各地の紹介ができなくなってしまいそうなところを、

キツネの逆恨みやらカラスの企みやらいろんなエピソードを織り込むことで、

本来寄り道するはずのない雁の渡りに曲線を描かせ、

むりなく国内の各地方をくまなく通るようにしているという。


さらには、地理という点ではその土地土地の地勢的な側面や

農業、林業、鉱業、漁業という産業の地域性にも言及しますし、
各地の土地の成り立ちに係わる伝承なども紹介し、

しかも環境への配慮、動物との共生といろんなことが盛り込まれているのですね。


例えばですけれど、

北へ旅するニルスの家はスウェーデンも南の端にあるスコーネ地方にあるわけですが、
このニルスの家に関して「壁を見あげれば、デンマーク王家の肖像画」と書かれているという。


スウェーデンの南端ともなるとデンマークは目と鼻の先でして、
実際に現代では橋とトンネルでもってスコーネ地方のマルメと

コペンハーゲンは船を使わず行き来ができるようになっているお隣さん。


1658年以降にデンマーク領からスウェーデン領に移されたものの、

その後も両国の間ではスコーネを巡っていさかいが絶えなかったのだとか。


それだけ魅力ある肥沃な土地だったのでしょうけれど、圧倒的にデンマークに近いと思われるだけに

この地方ならではのこととして書きこまれているのでありましょう。

こうした歴史的なこともさりげなく織り込まれているわけですね。


とまれ、実にいろんな要素を含んだ旅の過程であれこれ考えたニルスが、
いくらそれまで「わんぱくでいたずら好きな少年」だったとしても、
すっかりいい子になってしまうのはむべなるかなと思えてくるわけで、
そう考えれば、いわゆるビルドゥングス・ロマンだなということにもなるのですよ。


おそらくはこれを読んだスウェーデンの子供たちは大喜びした上に、
自分の国のさまざまな多様性を受け入れ、またその自然を愛することになっていったでしょう。


そして、スウェーデン人以外の者が読んだとすれば、彼の国をくまなく旅してみたくなるのは必定かと。

ニルスの足跡をたどるというだけの旅を想起しても、夢は膨らむばかりですものね。


読み終えて「面白かった」ということに加えて、
もう一回最初から読もうかとまで思うことはそうはないのですけれど、
久々にそういう一冊に出会ったなというところでありますよ。


最後に、ニルスの旅を導いた雁のリーダーであるアッカが、

ニルスとの別れのときと思いなして語りかけた言葉を引いておくといたしましょう。

いいかね。おまえがわたしたちといっしょにいて学んだことがあるとすれば、人間はこの世に人間だけで暮らしているのではないということだろう。人間は広い土地を持っているのだから、自然の岩礁、浅瀬の湖、沼、湿地、未開の山、人里離れた森を、わたしたちのような貧しい生き物が安心して暮らせるように、少しくらい残してくれてもよいと思うのだ。

ここのところウィーンロサンゼルスシドニー と続いていた一カ所滞在型の旅と違って

今回は差し当たりストックホルムで連泊しているものの、

ほどなく海の向こうのフィンランドに渡ることになりますので、
「だいたいこれで見尽くしたかな」という域にはとても到達しないわけです。


一般的な観光でおそらくは赴くであろうドロットニングホルム宮殿に行ってませんし、
スカンセンの野外博物館やヴァーサ号博物館などにも寄っていないという。


そうした中で迎えたストックホルムでの3日目はどうとでも使いようのある時間だったわけですが、
そうであるにも関わらず、夜にはフィンランドに向かう船に乗るというその日一日を

ウプサラ往復に充てることにしたのでありますよ。


今でこそスウェーデンの中心はストックホルムでありますけれど、
その昔はウプサラこそが中心地であったのでして、

スウェーデンに行くのならばここを訪ねなければという思い。

そう思った時点でスウェーデンの歴史にどれほどの知識があったかというと皆無に近いのですが、

言わば「ウプサラが呼んでいる…」てな思いかなとも。


ということで、とにもかくにもストックホルム中央駅に向かったわけです。
19世紀に爆発的に路線を伸ばした鉄道は、

その当時としては画期的な速さと抜群の輸送力が瞠目の的となっただけに、
その発着場所となる駅舎もまた堂々とした威厳すら感じさせる建物である場合が多いですね。


ただ、そうした建物がすでに古くなってきてしまったのか、
ストックホルム中央駅(現地ではStockholm C)でも改修工事でこんなふうになったのでしょうね。


ストックホルム中央駅


明るさとモダンさは好感が持てるものの、今一つ面白くないというか。
むしろ鉄道が交通機関の主たる位置にないアメリカの、

例えばロサンゼルスのユニオン・ステーション などは
こと駅舎に限っては古いまま(手付かずかどうかは分かりませんが)になっているような。


それはともかく駅でキップを買うわけですが、

予めインターネットで時刻表検索をしたりしたときに、
どうも出発する時刻、つまりは乗る列車によって異なった運賃が表示されたりして
これはいったいどういうこと?と思ったのですね。


画面を見る限りでは日本で言うところの特急とか急行とかいう特別な列車と

普通列車の違いではないようです。

何しろ8時過ぎから10時くらいまでの間にウプサラ方向に向かうどの列車を見ても

概ね40~50分くらいの乗車時間ですし。


結局この謎が解けないままでもあったものですから、

無難なのは窓口でキップを買うことかなと思ったのですが、
例によって番号札を取って待つ人の多いこと。


それならばとコンコースにあった自動券売機を見れば、

英語表示にするボタンがありましたので、結局こちらで往路のキップを手に入れたのでありました。


40~50分の乗車ということは東京駅発だったらせいぜい立川あたりまで行く感覚ですが、
日本と決定的に違うのは乗る列車を予め時刻で選んで、

それが印字されたキップを買うということでしょうか。


もっとも東京~立川を走るJR中央線は朝なら2分間隔で走ってますから、

とても乗る時間を指定してなんてことをやってられないでしょうけれど。


また、自動券売機は現金に対応していないということ。
中にはウプサラよりも近い場所に向かう人もいましょうから、それこそ小銭で買うようなキップでも

自動券売機を使うとクレジットカード払いだったりするわけですね。


そして自動券売機というのが、

日本の駅では改札口近くにずらり券売機が並ぶというふうでなく、
コンコースのそこここ、そしてプラットフォームにも置いてあるのですね。

プラットフォームにもというのはヨーロッパでは見かける形かもですが、
日本のように改札口があったらできないことですものねえ。


とまれ、そんなふうにしてキップを入手し、

見た目は引退間近かとも思われる機関車の牽く車両に乗り込みます。


ウプサラ行き列車の一等車・二等車


さほど遠くもないので当然に2等車で、そのわりに内装は小奇麗にしているなと思うものの、
色遣いの感覚には近寄りようのない隔たりを感じたものでありますよ。


ウプサラ行き列車 二等車室内


そして、40分。
列車はウプサラ中央駅(Uppsala C)に到着したのでありました。


ウプサラ中央駅

ここまでのところストックホルムではもっぱら美術系のお楽しみを中心に過ごしておりましたが、
ここでひとつ音楽の方のお楽しみ、オペラを聴きに出かけたのでありました。


ご存じの方も多いと思いますけれど、

夏場はことクラシック音楽に関する限りオフ・シーズンでして、
日本でさえ夏枯れ傾向がありますですね。


各地のオペラ・ハウスでは、

早くても9月の半ば以降のシーズン・インに向けた仕込みの時期であるのか、
およそ公演はなく、音楽関係者はあちこちの音楽祭に出稼ぎに?行っているという状況。


ですので、そんな様子は知りつつも試しにと覗いてみたストックホルムのオペラ座のHPで
8月22日に公演があると知ったときには、ネット上で即座にチケット購入に及んだという。


正式名称Kungliga Operanは「Kungliga」がRoyalに相当するらしいので、

王立オペラ座とでもいいましょうか。
橋の向こう側に王宮を望む水辺の通り沿いに建てられた立派な建造物でありました。


Kungliga Operan


ただ、中に入ってみると思ったよりも小ぶりな印象で、

やはり人口の多寡はこういうところにも反映するのですかね。


ちなみにスウェーデンの人口は約950万人(国土面積は日本の1.2倍ありますが)で、

ストックホルム市の人口は約86万人。

いわば世田谷区が一国の首都みたいな感じかと思いますが、

そうした人の数がみなオペラを聴くわけではないでしょうから、
まあ小さめというのが妥当なサイズなのかもですね(それでも席は結構空いていました)。


そういう状況だからかもしれませんが、オペラを聴くにあたって
「こんなにいい席に座ったことがない!」というくらいの場所でありまして、2階席の真正面。
席からステージを見ると、こんな具合になります。


ストックホルム・オペラハウスのステージを望む



もっとも、どこの劇場であってもそれなりの値段でチケットを買えばいい席になるわけですが、
スウェーデンの方が安いということは間違いないところではないかと。


この2階正面席のチケットは740スウェーデン・クローナですので、1万円弱くらい。

これに対して先日東京文化会館で見た「パルジファル 」のチケットは1万円で

4階右サイドでありましたですから。


ところで当日の演目はといえば、プッチーニ の「トスカ 」でありました。

タイトル・ロールのソプラノはレナ・ノルディンという方。

どうやらここのオペラ座の看板女優みたいな感じです。


激情的なトスカには見た目でちと落ち着きが勝っているように見ますけれど、

堂に入った感は安心して見ていられるものですね。


一方でトスカの恋人カヴァラドッシを演じたのは、

7月に兵庫県立芸術文化センターの佐渡裕プロデュース公演「トスカ」でも

同役を歌ったテノールのティアゴ・アランカム。

役柄はしっくりながら、声が弱く感じていささか心配になったものの、

「星は光りぬ」を見事に乗り切ってくれて、めでたしめでたし(ホッとしたというか…)。


演出的には奇を衒うでなくオーソドックスな舞台だという点では

素人にはマッチするところでしたけれど、オーケストラが残念ながら…。

改めて日本のオーケストラの水準は高いのだなと思うところでありましたですよ。


とまあ、そのようなストックホルムの王立オペラ座ですけれど、

ではここで何の演目を見たいかと言いますと、このコンパクトな劇場サイズであることも鑑みつつ、

オペラ座の怪人 」かなと思ったりしたのでありました。


ストックホルム 王立オペラ座にて