実際にはひと月も前に終えた旅のことをつらつらと書いておりますけれど、
書き終わらないうちに関心の矛先がまた変わった方向に向いてしまうと
個人的に混乱するなあという思いものですから、
差し当たりスウェーデン絡みの本を読んでいたのでありますよ。
それが、セルマ・ラーゲルレーヴ作「ニルスのふしぎな旅」でありました。
昔から児童書の全集めいたものの中には含まれたりもしていたお話だと思いますが、
1980年にNHKで放送されたアニメ版でもって記憶されている方も多いのではなかろうかと。
されど、個人的には全く見たことはありませんし、児童書で読んだこともないものですから、
このほどニルスと初めて接触したということになるわけです。
子供でも読めるように活字ぎっしりではなく、挿絵も少々入っているとしてもですね、
それにしても上下巻1,000頁余りというのは読みでがありましたですねえ。
で、読み終わったところで感想をひと言で行ってしまうと「何と面白い本だ!」となるのですよ。
Wikipediaのあらすじに「わんぱくでいたずら好きの少年ニルス」と書かれていますけれど、
実はニルスは14歳ということになっていて、時代の違い(1906年作)も加味した方がいいのか、
言動はやはりもそっと幼いくらいのイメージでいた方が違和感はないものと思われます。
とまれ、そのニルスが一人留守番をしているところへ、トムテという小人が現れる。
「借りぐらしのアリエッティ
」を思い浮かべてしまいますが、トムテの方は魔法を使えるのでして、
いたずらをしかけてきたニルスを自分同様に小さくしてしまうのですね。
小さくなると不思議なことに動物たちと話ができるようになっていました。
そんな折、ニルスの家で飼われている鵞鳥のモルテンは、
春先で北へ渡っていく雁の群れと同じように飛べることを示したいと決意、
このモルテンの背に乗ってニルスも雁の群れともども北へ飛び立つのでありました。
とまあ、簡単に言うとそういう滑り出しで、雁のリーダーであるアッカ、鵞鳥のモルテン、
そしてニルスを中心に飛んでいく先々で起こるあれこれが描かれ、
北の果てで夏を越した雁たちとともに南へ帰ってくるというお話。
それだけの話…と思われるほどですけれど、
元々スウェーデンの子供たちに自国の地理ををよおく知ってもらうことを目的として
国が頼んできたことに対して作者ラーゲルレーヴが成し遂げたことは、
何とも凄いことだなぁと思うのですね。
地理を扱うだけに南北に長いスウェーデンを
渡り鳥という空からの目線で俯瞰するという発想がまず秀逸ではないかと。
そして、ただ南から北へ、北から南へと雁の群れを飛ばしただけでは
ともすると直線的な動きにしかならず、国内各地の紹介ができなくなってしまいそうなところを、
キツネの逆恨みやらカラスの企みやらいろんなエピソードを織り込むことで、
本来寄り道するはずのない雁の渡りに曲線を描かせ、
むりなく国内の各地方をくまなく通るようにしているという。
さらには、地理という点ではその土地土地の地勢的な側面や
農業、林業、鉱業、漁業という産業の地域性にも言及しますし、
各地の土地の成り立ちに係わる伝承なども紹介し、
しかも環境への配慮、動物との共生といろんなことが盛り込まれているのですね。
例えばですけれど、
北へ旅するニルスの家はスウェーデンも南の端にあるスコーネ地方にあるわけですが、
このニルスの家に関して「壁を見あげれば、デンマーク王家の肖像画」と書かれているという。
スウェーデンの南端ともなるとデンマークは目と鼻の先でして、
実際に現代では橋とトンネルでもってスコーネ地方のマルメと
コペンハーゲンは船を使わず行き来ができるようになっているお隣さん。
1658年以降にデンマーク領からスウェーデン領に移されたものの、
その後も両国の間ではスコーネを巡っていさかいが絶えなかったのだとか。
それだけ魅力ある肥沃な土地だったのでしょうけれど、圧倒的にデンマークに近いと思われるだけに
この地方ならではのこととして書きこまれているのでありましょう。
こうした歴史的なこともさりげなく織り込まれているわけですね。
とまれ、実にいろんな要素を含んだ旅の過程であれこれ考えたニルスが、
いくらそれまで「わんぱくでいたずら好きな少年」だったとしても、
すっかりいい子になってしまうのはむべなるかなと思えてくるわけで、
そう考えれば、いわゆるビルドゥングス・ロマンだなということにもなるのですよ。
おそらくはこれを読んだスウェーデンの子供たちは大喜びした上に、
自分の国のさまざまな多様性を受け入れ、またその自然を愛することになっていったでしょう。
そして、スウェーデン人以外の者が読んだとすれば、彼の国をくまなく旅してみたくなるのは必定かと。
ニルスの足跡をたどるというだけの旅を想起しても、夢は膨らむばかりですものね。
読み終えて「面白かった」ということに加えて、
もう一回最初から読もうかとまで思うことはそうはないのですけれど、
久々にそういう一冊に出会ったなというところでありますよ。
最後に、ニルスの旅を導いた雁のリーダーであるアッカが、
ニルスとの別れのときと思いなして語りかけた言葉を引いておくといたしましょう。
いいかね。おまえがわたしたちといっしょにいて学んだことがあるとすれば、人間はこの世に人間だけで暮らしているのではないということだろう。人間は広い土地を持っているのだから、自然の岩礁、浅瀬の湖、沼、湿地、未開の山、人里離れた森を、わたしたちのような貧しい生き物が安心して暮らせるように、少しくらい残してくれてもよいと思うのだ。