お茶の水で、といっても神田川の北側になりますので湯島なんですが、
一度は覗いてみようかなと思っていたところがありまして、
このほどようやく訪ねてみたのですね。


「おりがみ会館」というところなんですが、
ペンシル・ビル状の建物は、元はといえば和紙や千代紙の製造販売しているお店とのこと。

なんでも安政五年創業という老舗なんだそうでありますよ。


そんなお店が今やビルとなって(しまって)いるわけですが、
千代紙販売の一助というのか、もそっと高尚に言うと日本の伝統文化の継承というのか、
折り紙の普及にも力を入れておられるようす。


ただ創作折り紙ともなると、
伝統の枠から大きく踏み出した独自性を出しているようにも思われますね。
いったいどうやったらこんなものが折れるのか?といった気がするわけです。


とはいえ、一枚の紙をあれこれ折ったり返したりすることで出来るというのは
やはりお手軽さが感じられるところでして、もしかすると作れるのでは…と思ったり。


折り紙会館でも「設計図付きキット」がいろいろ販売されてましたけれど、
その気になったとはいえ、さすがに敷居が高そうでしたので、
自宅近くの図書館で折り紙の本を借りることに。


実は昔むかし子供の頃ですが、折り紙には凝ったことがありまして、
子供向けの本を数冊持っていたことがあり、折り紙会館ではさすがに委縮?していた気持ちも
図書館に向かうに当たっては「あんまり子供っぽいものではねぇ…」などと

大きな気になっていたものです。


で、「いかにも子供向け」でないと思しき本を借り、
「いかにも子供向け」な折り紙用の紙(つまり千代紙のようなものでないということですが)を買い、
数十年ぶりに折り紙に挑んだという次第。


結果のほどをこれからお目に掛けようと思うところですけれど、
はっきり言って「む、むずかしい…」というのが正直なところ。


本に紹介されている作り方で最初の方なら簡単だろうと思ったのが、

どうやら見方が甘かったらしい。
いちばん最初にあった作り方に従って出来上がったものがこれです。


折り紙 ペンギン


ペンギン…に見えましょうか。
設計図では「こうします、ああします」と簡単に書いてあるものの、
どうしたらいいのか迷い、悩みしたあげくに出来上がりました。

後から思えば黒か紺を使えば良かったなとは思いましたが。


気を取り直して(作れそうなものを厳選し?)続けてトライ。
こんなのができました。


折り紙 柴犬

折り紙 魔法使いと王様


上が柴犬、下が王様と魔法使い。
柴犬の方は上出来の部類ではないかと少々自負しとりますが、
魔法使いはまだしも王様の方は「これ、おうさま?」としか思えないような。


昔凝ったときには、紙を二枚組み合わせり、ハサミで切れ目を入れたりするのは
子供ながらに「邪道ではないか?!」と思って(その実、難しいからでもありますが)
いっかな手を出さなかったのですが、今回はこうしたキワモノ?にも挑戦。
二枚組み合わせて作り上げたのが、パンダです。


折り紙 パンダ


そして、ハサミで切れ目を入れるという過程を経て折りあげたのが、
「人を乗せたラクダ」というもの。


折り紙 人の乗せたラクダ



難しかったですが、何とか雰囲気は出せているのではないかと。

と、こうして仕上がりを見たものの他にどうにも途中で進めなくなったもの、
出来たと思ったらどうもヘンテコになってるものなど、いわゆる残骸もいろいろと。


折りそこないの数々


とまれ、折りながら思いましたのは「よくまあ、こうした折り方を考えるものだなぁ」と。
古くからある鶴や何かの折り方をベースにしてあれこれ試行錯誤が繰り返されたのですかね。


それにしても、図形の感覚を研いでおかないと、設計図の展開についていけんなと思いました。

そして、こうした頭を捻ることと指先を使うことを考えれば、楽しみとしてばかりでなく

折り紙をやっていれば老後も大丈夫てなことになるかもしれませんですね。

現にリハビリなどにも使われたりしているようですし…。

世代的に言いますと夜汽車に乗ってやってくるのは花嫁ではなかったか…と、
はしだのりひことクライマックスの歌を思い出したりするわけですけれど、
あの歌の花嫁は夜汽車に乗って行くという、何やら侘しいといいますか。


訳ありな様子ながらもひたすら前向きな決意を心に秘めていましたですね。
ところが、その花嫁の末路たるや…。


と、ここではあの「花嫁」がどうなったのかを想像して

後日譚を展開するわけではないのですけれど、
夫婦という他人同士の結びつきにおいて、そこまで本質的なところに切り込まれては
いったいどうしたのもんだろうか…ということにもなりかねないトルストイの小説のお話。
「クロイツェル・ソナタ」のことなのですね。


イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)/光文社


たまたま夜汽車に乗り合わせた人たちが退屈しのぎに何となく話をし始めるのですが、
話題は結婚生活やら家庭での男女のありようとかそうした話になっていきます。


小説「クロイツェル・ソナタ」の完成は1889年ですから、

時代背景は19世紀のロシアを思えばいいわけですが、
とかく西欧に比べて遅れていると言われ、

おそらくは自分たちでのそうした意識を持っていたロシアで列車に乗り合わせた中の、

上流であるからこそ「きれい」なことを言える人の側が「女性の自立」を語れば、
庶民と思しき農夫は「女は家できちんとさせるようにしつけるもの」てはことを言い返したりします。


当然に話は平行線なわけですが、こうした話を内心せせら笑うようにしながらも

黙って聞くだけの側に回っていた人物がいたのですね。


このポズヌィシェフ(手遅れという意味らしい)という富裕階層の人物の様子が

気になっていた「私」は、やがて夜も更け、けりのつかない話が静まっていった頃に

ポズヌィシェフと話を始めることになるという。


実際のところ、心の中に何かしらのものがある場合には吐き出したい、
語ってしまいということがあるものでして、ポズヌィシェフもそうだったのでしょう。

彼には嫉妬が嵩じたあまりに妻を刺し殺してしまったという過去があったのですね。


小説の外形から考えると、

列車が進むに従ってクライマックスたる妻を殺害する場面に向かうために
前段で語られるポズヌィシェフの女性観、

そして上流階級男性の性に関する始末のつけ方といったあたりは
トルストイの考えたところ(場合によっては実体験も含めて)を

ポズヌィシェフに語らせるためにあるシーンなわけで、
ちと筆を勢いに任せすぎたのでは…と思えなくもない。


ですが、こうした小説としての出来栄え云々よりも、
語られる内容に尖りが利き過ぎているために受ける衝撃で

評価された(評価が分かれた)作品なのでしょう。


ちと話を掻い摘んでしまうために、古典新訳文庫の解説から引用してみます。

それにしても男女関係のすべてを性衝動や支配/服従関係の問題に還元するかのような主人公の論理戦略は、結婚をめぐる制度を小気味よいほどに「異化」する効果を発揮しています。彼によれば求婚は女性という奴隷をめぐる市場取引であり、妻は長期の売春婦であり、性交は暴力であり、結婚生活は憎しみと性欲の波
の交代であり…貴族の家庭コンサートが公然たる姦通の現場のように描かれているのもこうした論理の延長…

トルストイ自身は古い貴族の家系にありつつも、進歩的な考えを持った人物とされますが、
その実ともすると顔を出しそうになる古来から受け継がれた体質、性質に

戸惑いつつも隠しきれずという側面があったのではないでしょうかね。


元々過激な調子の話ではありますけれど、
自分が進歩的な考えの持ち主であると(過剰に)意識しながら書いたことが
表面的にも先ほど触れたような「筆を勢いに任せすぎたのでは…」といったことに

結びついてくるような。


たかだがブログでも同じようなことがありますが、

そもそも「自分がどうなのか」は棚上げしないと

表明できないような意見、考えといったものがあります。
そうしたことはトルストイにおいてをやだったようにも思われますね。


私生活の面では13人の子供をもうけたことは禁欲的とはいえないように思えますし、
では円満な家庭生活だったのかといえば、

最終的には「終着駅 トルストイの死の謎 」で語られたような
妻から逃避しての孤独死を迎えた人物でもあったわけです。


そうは言っても、この小説の中で示されることの中には

「今となっては時代遅れ」と切り捨てたくも実は未だに男性なるもの、女性なるもの、

そしてそれぞれの見方において「本当は…」みたいに蓋をして

すまし顔をしている部分が無きにしも非ず。


それを正面切って議論しだすのが、

社会の平穏に適切かどうか(訳知り顔の大人発言のようですが)は考えどころですけれど。


…と、トルストイのこの小説はベートーヴェン が作曲した

ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」からのインスピレーションで生まれたのでして、
解説の引用にある「貴族の家庭コンサート」で演奏されたのもこの曲なのですね。


もとは先日ベートーヴェンの「コリオラン 」や「エグモント 」のことを書いていたときに、
ベートーヴェンが芝居からの影響で作曲したのと逆にトルストイは

音楽から小説を生み出したのだなと思い出し、この小説を読もうと思ったわけなのですね。


そうであれば当然にベートーヴェンの曲のことにも触れたいところではありますが、
どうにも長くなってしまったのでまた今度に譲ることにしておこうかと…。

スイスオーストリア に挟まれた小国、リヒテンシュタイン公国。
ここの君主であるリヒテンシュタイン侯は美術品を3万点もお持ちだとか。
これは個人のコレクションとしては、英国王室に次ぐ規模だといういうことでありますね。


そのコレクションの一端はウィーン にあるリヒテンシュタイン候の夏の離宮で公開されてまして、
3年前の「ウィーン芸術紀行 」で訪れた様子を書いている通りでありますが、
その時の印象は「どうも今ひとつ」の感無きにしもあらず。


3万点もあるのなら、

現在も国立新美術館で開催中の「リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝」展では
また違ったものが見られるかな…と思ったわけで、混雑覚悟で覗きに行ってみたのですよ。


「リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝」展@国立新美術館


…と言うのは「うそばっかり!」でありまして、この「リヒテンシュタイン」展に展示される美術品は

てっきりリヒテンシュタイン公国の首都ファドゥーツに行かない見られないものと思い込んでおり、
まだまだあちこちの美術館に出かける可能性はあるにしても「リヒテンシュタインまではどうかな…」と
見に出かけたといのが本当のところ。


ウィーンで出かけたLiechtenstein Museumがリヒテンシュタイン公国の君主の夏の離宮だとは

全く結びついておらなかったというお恥ずかしい話。


そうそう、ちなみにですが、リヒテンシュタインに関する「公」と「侯」の表記の違いは、

Wikipediaをご覧になれば解決いたしまする。


ところで思った通りではあったのですけれど、

開場の時刻にやや遅れて入りましたら、入口付近は黒山の人だかり。


取り敢えずこれをやり過ごした先では思いのほか落ち着いて見られる状況だったんですが、
「あらら?やっぱり一度見たものだった?…」と思ったのが、パンドルフィーニの象嵌を施したチェスト。

リヒテンシュタイン美術館で見たときには絵画以上に目を惹いたもので、

さすがに見覚えがあったという一品でありました。


ということで、ぐるり囲まれた作品の中には一度見ているものがあるわけね…ということになりますが、
リヒテンシュタイン美術館を訪れたときにはあちこち回ってもはや草臥れ気味だったのか、

あまり感慨を抱くこともなくさほどに記憶もないという。


結局のところは、今回見て改めて?印象に残った作品に

触れてみようかと思うところでありますよ。


まずはルーベンス

ヨーロッパの大きな美術館では壁一面を占めるようなルーベンス作品が(工房作も含めて)

よく見られますし、ベルギーに出かけたときにもたぁんと拝見いたしたわけですが、

おそらくは工房に頼らず自分で描いたと思われる小さめの作品でこそ味わえるものがあるような

気もしているのですね。


ルーベンス「ひげのある男」


「ひげのある男」とは実にそっけないタイトルですけれど、

いまさら疑うものでもないながら、ルーベンスの描写力を思い知らされるふう。

ここに見られる眼ヂカラはらすれば、肖像画というよりドラマの一場面のようでありますね。


続いてはビーダーマイヤー 期の作品から。

これはリヒテンシュタイン美術館そのものがウィーンにあることとの関わりからでしょうけれど、

この展覧会では結構このビーダーマイヤー期の作品を集めたコーナーが面白いですね。


ウィーンであれこれ見たときにもちょっと気になった作家なんですが、

フリードリヒ・フォン・アメリンクの作品がありました。


フリードリヒ・フォン・アメリンク「夢に浸って」


タイトルが「夢に浸って」とは、ルーベンスとはまた違った意味でドラマ性を感じさせますですね。

なんかこう、また物語を書こうかなと思わせるような。


そして、物語を紡ぐ創作意欲をかき立てる気配を濃厚に放っているのが、

フランチェスコ・アイエツ作の「復讐の誓い」でしょうか。


フランチェスコ・アイエツ「復讐の誓い」


背景からするとおそらくはヴェネツィア

ですが、たぁっぷりと妖しげな雰囲気を醸すところは、

むしろ「死都ブリュージュ 」の方を思い出させもしおうかと。


とまあ、以前リヒテンシュタイン美術館に行ったときには、

こうした作品を見落としていたのか、たまたま展示されていなかったのか。

そのときの気分ではひっかからなかったということもありますが。


今さらではありますけれど、

やっぱり一度行ったからでは収まらない感興というのがありますですねえ。

そんなふうに思いましたですよ。

ロード・オブ・ザ・リング 」、「ハリー・ポッター 」、趣を変えて「ダイ・ハード 」、

そして「007 」とシリーズものの映画をDVDでまとめ見ということを断続的にやっとりますが、
こたび取り出だしたるシリーズは「リーサルウェポン」4作でありました。


リーサル・ウェポン [DVD]/メル・ギブソン,ダニー・グローバー,ゲイリー・ビュシー リーサル・ウェポン2 炎の約束 [DVD]/ダニー・グローバー,メル・ギブソン,ジョー・ペシ


リーサル・ウェポン3 [DVD]/メル・ギブソン,ダニー・グローバー,ジョー・ペシ リーサル・ウェポン4 特別版 [DVD]/メル・ギブソン,ダニー・グローバー,ジョー・ペシ




メル・ギブソン演じるマーティン・リッグス、ダニー・グローヴァー 演じるロジャー・マータフ、
この刑事二人組が行くところ、必ず大爆発やら銃撃戦やらが引き起こされるという

アクションものでありますね。


タイトルの「リーサルウェポン」とは、リッグスの破天荒な捜査

(見ているともはや捜査とは言えない領域のような)に付き合わされるマータフが、
第1作でリッグスに献ずる渾名(その部分、聴き逃してますが)ということなのですね。


これまでタイトルの意味を考えることなく見ていましたけれど、
「lethal」が「死を招く、致命的な」ということで
「lethal ash」と言えば「死の灰」を意味するようですので、
マータフにとってリッグスと組んでいることは常に爆弾を抱えているようなものだ、
一朝事あらば死に至ること間違いなしと。


これを日本語にするのは難しいと思いますので、
英語タイトルのまんまカタカナ化も已む無しながら、
人生の特等席 」を捻りだしたような作戦もあったのかもしらんなあとは思うところです。


とはいえ、これほどシリーズの中でトーンの変わってしまうこともあるのだなと。
第1作では、「リーサルウェポン」とも渾名されるようなリッグスの行動が
偏に妻を失ったことが暗い翳を投げかけていることに起因しているといったあたりを
かなり濃厚に意識して作られていたように思うのですね。


これが第2作になると、かなり変わってくる。
リッグス個人というよりは全体的なトーンの違いでもありましょうけれど、
とにもかくにもレオ・ゲッツ(ジョー・ペシ )の登場がアクション・コメディへの転換を促している、
そんな印象になります


ですから、先ほど言ったように第1作のトーンを反映して何かしらの日本語タイトルを付けていたら、
第2作以降、作風の方向転換で破綻を来していたかもしれないと思わなくもない。


とまれ、レオ・ゲッツは「オケ、オケッ!」(OK,OKの意)と慌ただしく喋り、
忙しく動き回るわけですが、そもそも第2作で初登場したときには検察側の証人として

保護されるべき立場。


リッグスもマータフも保護する側ながらそうしたことに余りお構いなく、

またレオ自身も何かとリッグスたちの捜査に首を突っ込んでは
適当にあしらわれる「いじられキャラ」を見事に?演じてましたですね。


そうした要素がウケに繋がると踏んだのか、

第3作には不動産屋に商売替えしたレオが准主役に昇格したふう。
売ろうと考えたマータフの自宅にレオが客を連れてやってくるシーンなども笑いどころでありました。


それが、第4作になるとレオ(今度は私立探偵に商売替え)の

子供の頃が語られてしんみりする場面も。
カエルのフロッギーだけが友達だったのに、自分の自転車で轢いてしまって…とは。


でも、こうした挿話があって初めてリッグスは

恋人ローナ(レネ・ロッソ)との結婚に踏み切れたわけですし、
ローナの出産間際の場面にまたコミカルな味を添えるのもレオの役目。


こう考えてみると暗さの影を残していた第1作は別として、
レオの登場した第2作以降が「リーサル・ウェポン」の真骨頂ではなかったろうかと

思ったりしてしまいますですね。


リッグスの突撃をマータフが呆れて首を振りながらも付いていくという

随所に出てくるお決まりのシーンからして、すでにコミカルであったことからすれば、

結果オーライというところではないかと。


ちなみにシリーズの中で、どれかひとつを選ぶとすると「3」でしょうか。
オープニングがスティングの歌う「It's probably me 」であったことも含めて。

日比谷と言えば有楽町、銀座 に隣接したエリアですから、
買物だの食事だのと街歩きだけで「そりゃあ一日遊べるだろうねえ」となるやもしれませぬ。


されど、特段買物をするわけでなく、食事にもさほど気を使わないとなれば話も変わりましょうし、
ひとつの施設内で自己完結的に楽しめる場所となれば、「はて?」となるところですが、
発見してしまいました。


とは言え遅まきながらの発見というべきかもですが、
昨年の11月にリニューアル・オープンした千代田区立日比谷図書文化館でありますよ。


昔から都立日比谷図書館としてあった例の正三角形のヘンテコな建物が
東京都から千代田区に移管されたことで内装も一新、日比谷図書文化館に生まれ変わっておりました。


しかし正直に申しまして、

図書文化館とは聞きなれない(妙な?)施設名であるなぁと思ったわけですが、
行ってみて「なるほど、複合施設であるが故の苦肉の策だったのだぁね」と。


地上4階、地下1階の建物の、2階から4階まではどう見たって図書館ですので、
やっぱり名前から「図書」を落とせない。


ですが、1階に常設展示として設けられているのは、

他の自治体区にあるような郷土資料館的な内容。
とはいえ、千代田区は真ん中にどお~んと今でいう皇居、昔の江戸城が控えているのですから、
千代田区のというより江戸の歴史を辿るがごとき展示物なのですね。


江戸城への登城する大名行列が通り過ぎる門構えの違いで格式の違いが分かるてなことや
城の奥へと進むにつれて身分に応じて下馬しなくてはならないポイントがあったことを

説明してくれていて、それはそれで興味深いもの。


で、これは「図書館」と言いきってしまうには手の込んだ展示ですし、
「郷土資料館」と言うには階上の図書が黙ってねえぜというところかと。


こうした常設展示に隣接して、特別展のコーナーもあるのですね。
入口に自動改札状の機械が付いてましたので、おそらくは有料展を開催することもあるのかも。
となれば、「博物館」とも言えてしまいそうな。


ただやはり規模が…となりますし、基本的には千代田区に関わる企画を持ってくるということで、
訪れたときには「タカラヅカを彩った芸術家たち」という展示がなされておりました。


おそらく宝塚歌劇団にお詳しい方なら興味も一入の内容かと思いますが、
ひとつだけ「そうなんだ?!」と思ったのは

宝塚大劇場と東京宝塚劇場では東京の方がS席で500円高いということ。
と、やおら宝塚ですが確かに東京宝塚劇場は千代田区にありますものねえ。


ということで、「図書館」であることは間違いないながら、

「郷土資料館」的でもあり「博物館」的でもあるこの施設、
結果的に「図書文化館」という聞きなれない名称が生み出されたのでありましょう。


ところで、1階の常設展示、特別展示のコーナーだけでは

さすがに1日遊ぶには持つまいと思われようかと。


で、図書館部分にも目を向けるわけですが、

図書館としての展示も侮りがたいものがあるのは、
先に訪れた都立中央図書館国会図書館 でも感じているところなわけです。


で、2階、3階、4階とブロックごとに

いろいろな特集展示や小企画展示のコーナーが設けられているのですね。


それぞれ小規模ではありますけれど、

展示されているのは本であって、基本的にはそれを手に取って読めるわけですから、
こりゃあ興味次第では1日がかりでも足りなくなる可能性は十分です。


その中で今回いちばん目を引いたのは、

4階の特別研究室でやっていた企画展示でしょうか。



「世界に伝えられた近代日本-開国から昭和初期まで-」@日比谷図書文化館



「世界に伝えられた近代日本-開国から昭和初期まで-」というタイトルを見ると、

先日見た国会図書館での展示との近さを感じるところですけれど、

あちらが図版そのものを主として「イメージ」を伝えていたのに対して、

こちらは近代日本を伝える記述・図版を含んだ書物の紹介です。


1853年のペリー 来航の際に随行員が見た日本の姿の描写に始まって、

1860年(万延元年)遣米使節として海を渡った武士たちが米国内で紹介された様子などを経て、

明治に至ります。


大統領を務め終えた後に世界周航に出たグラント将軍が1879年7月、横浜に上陸します。

「グラント将軍世界周遊記」と題された記録の中に同行したヤングの手による挿絵として

明治天皇と握手をかわしつつ会釈するグラント将軍の図が入っていました。

そして、将軍が見た日本の印象はこのようなものであったようです。

極端な金持ちも極端な貧乏人もいない。
これは歴訪各国にはない美点である。
何より国民は勤勉で不満なく、節操を守る気風がある。
今後の富強を目指すに欠けるものは一つもない。

旅の途中で立ち寄っただけですから、日本の姿をつぶさに見ての感想ではないにしても、

明治12年の日本は、そして日本人は諸国を廻った中でも美点を印象付けるものであったようです。


そして、「今後の富強を目指すに欠けるものは一つもない」と言っているのですが、

「富強」と「不況」は変換ミスを起こしそうになるくらい紙一重。

どこかで間違い始めたということになりましょうかね。

グラント将軍の来日から半世紀余りの後には、事情の異なりが偲ばれるような。


1935年(昭和10年)ですから、

やがて太平洋をも覆い尽くす軍靴の音が聞こえてこようかという時期かと思いますが、

アメリカの雑誌「フォーチュン」は日本特集を組むべくプロジェクトチームを派遣します。

取材を重ねて、翌36年9月号に特集記事を掲載したのだとか。


時代の様相からすれば、先々のことをどこまで見通していたのかは分かりませんが、

「敵を知り、己を知れ百戦危うからず」との孫子の兵法はアメリカでこそ活かされていたのかも。

ところで、内容としては日本の貿易構造が極端にアメリカに依存していることを指摘しつつ、

急速に近代化を進めた日本の特徴として、こんな点を挙げているのだそうです。

  • 伝統的な農村社会システムに根ざした国民の犠牲の上に成立した産業化
  • 政治の意思決定責任のあいまいさ
  • 「日本株式会社」と揶揄する財閥と軍部の連動
  • 思想統制を受け入れやすい伝統的な文化

1935年の日本はこう見えたということなのでしょうけれど、

今の日本とどこが違って、どこが違わないのか…。


ちと最後の企画展示のところが妙に長くなってしまいましたが、

ともあれ、こうしたあれこれの企画があるならやっぱり一日コースになってしまう

日比谷図書文化館なのではないかと。


で、途中で当然おなかがへることもありましょうね。

その場合は地下のライブラリー・ダイニングへどうぞ。

まだまだ新装1年余で雰囲気もなかなかよろしい。


ライブラリー・ダイニング@日比谷図書文化館

ただ、オーダーによってはハズレがあるかも…。

とは、個人的に外したなという感想だったものですから。