先週末だったか、去年公開された劇場版「名探偵コナン  天空の難破船」を
TVでやってたのをついつい見てしまったのですけれど、
それで新作を見に行く気になったかというとそうでもない…。
つまりは動員作戦としては、失敗ではないかと(個人的にはですが)。


その代わりと言ってはなんですけれど、
久しぶりにミステリでも読んでみるかなぁというふうには思ったところでありまして、
そんな折りも折り、「探偵Xからの挑戦状! 」なる番組を発見!


発見といっても、シーズン3とか言ってるってことは前からやっていた…
知らなかったのは「私だけ…」みたいな。


で、1時間弱のという尺の短い手軽さと
その尺でいったいどんなことができるんだろうかという興味本位から見てみたわけです。
(尺の短さでは一度「京都美術事件絵巻 」でもって、こんなものかなと思ったりしましたが)


ワイドショーの再現ドラマみたいな「推理ドラマ」を見て謎解きをするという、
少年少女向け「名探偵入門」のテレビ版みたいなものですけれど、
ちと今回は簡単すぎではなかったかと。

(…と、ここからはご覧になった方にしか通じないでありましょうね)


夫の浮気を疑った妻が、浮気相手と思しき女性を殺してしまう。
しかし、その女性は夫の浮気相手ではなかった。
犯人はどこでどう間違えたのか…。


原作を提供した作家の貫井徳郎さんが登場して、
「ヒントは至るところに…」なんつうことを仰るわけで、
謎解き篇に入って、これがこう、これがこう…とあれこれ言われてみればその通りですが、
とにもかくにも、犯人が漢字を書けない(府中市の「中」が書けない…)ところが出てきては
それだけでもう十分てなところかと。


つまりは犯人は日本語の会話はできるけれど

漢字の読み書きが苦手(だから帰国子女だと)ということで、
亭主の形態の着信履歴の「三木」を「ミホ」と読み違え、人違い殺人を犯してしまったというのですね。

それは分かると。でも、それだけじゃないだろう…。


と思っておりますと、やおら緊急地震速報が入ってきて、
番組の残り数分がどこへやら、地震報道に切り替わってしまいました。
地震のニュースは大切ですけれど、ミステリを結末がはっきりしないままにされては
それこそ寝覚めが悪いというものです。


もし、地域によって最後まで視聴可能だった方がおいででしたら、

続きを教えていただきたいところでありますが、
個人的な想像では次のようになるのではないかと思っとります。


つまり、犯人=妻の間違い殺人は夫の暗黙の教唆によるものであるということですね。
もしかして皆さん、同意見でありましょうか?


妻が浮気を疑うように、夜が遅くまで飲んでかえるとか、会話をそらっとぼけるとかするわけですね。
しかも妻の前でしきりに携帯メールをし、その携帯をぞんざいに置いておく。
妻が携帯を開こうとすれば、(わざわざ)暗証設定がしてあって、疑念はさらに募る。


ところが暗証は安直にも夫の生年4桁という簡単に開ける数字であって、
それを見ると同一人物ばかりのメールが…。


妻が帰国子女で漢字の読み書きの拙い、そしていささか直情的な性格であることを見越して、
夫が仕組んだとしか思われませんね。


間違われた被害者はたまりませんけれど、結果的に夫は妻が犯人と確信して
「人殺しを黙っててやるから、離婚してくれ」というわけですね。


妻がメールの人物を「ミホ」と読み違えることを想定して、

自宅PCに保存されたアドレス帳には「美帆」という名前で一人だけヒットするようになっている。


刺し殺したときの返り血を浴びたコートを何気なくゴミ袋にまとめておいておくと、
普段そんなことをしない夫は「ゴミは出しておいた」と。


証拠隠滅以外の何ものでもないわけでして、
妻をかばうというより、妻が犯人だということを夫は自分だけが知っている状況にしておく必要があったと。


…とまあ、長々書きましたけれど、どなたでも気づくことなのかもですし、
はたまた個人的な妄想かもしれぬところではありますけれど、
何しろ結末前にプツンでは、なんともいたたまれないものでありますよ。
なにしもミステリでありますし…。


【序】 フェルメールの絵にインスパイアされた物語。

新大陸アメリカへの派遣将校として到着早々に、コルネリス・ファン・デル・メールは恋人イングリッドへ一通の手紙 を出した。欧州での戦乱が新大陸にも飛び火した挙句、荒野を彷徨った果てに二通目の手紙 を出したのは十年も後になった。あまりにも長い月日が経ってしまったことに不安は掻き立てられたものの、イングリッドへの思いは断ちがたく、コルネリスは二通目の手紙を投函して後ただちに故国オランダへと向かった。かつてイングリッドとの出会いを重ねたデルフトの町に帰り着いたコルネリス。しかし、そこで彼を待ち受けていたものは…。コルネリスの独白が始まる。



新進気鋭の将校として新大陸派遣の任にもあたったコルネリス・ファン・デル・メールは死んだ。
故国オランダを、そして愛しいイングリッドの元を離れているには、あまりにも長い月日が経ってしまった。


デルフトにたどり着いた私はその足で真っ先に駆けつけたのは、イングリッドの住まいだった。
マルクト広場に聳える旧教会の裏手側、川を渡ってすぐのところに、

彼女の家はかつて見たままの佇まいを見せていた。


逸る気持ちを自ら宥め、威儀を正して扉を叩く。
が、顔を覗かせたのは全く面識のない女、どうやら小間使いのようだった。


「イングリッドの、いやボルネスさんのお宅ではありませんか」


女はしきりに前掛けで手を拭いながら、

胡散臭げな目つきでひとしきり私を眺めていたが、やがて女はこう言ったのだ。


「あんたが、もしかしてコルネリスさんかね?」


イングリッドの家を間違うはずもないが、やっぱりここだった。
なにしろ私の名を知っているのだから。
しかし、喜びも束の間、小間使いの女の話はこうだった。


ボルネスさんの一家は、アムステルダムへ越していかれました。
今はもうここにはどなたおりません。
良縁に恵まれた娘さんの家がアムステルダムに移ることになったのを機に、
ボルネスさん一家も越していかれたんです。
ただ、娘さんからは手紙を預かっていますよ。
そんな来るとも来ないとも分からない人の手紙をお預かりするのは嫌だったんですが、
まあ本当にお越しになるとはねえ…。


小間使いの手から引っ手繰るようにイングリッドからの手紙を受け取ると、
そのままマルクト広場の方へ歩きながら、私は手紙を一心に読み始めた。
あたりの喧騒も耳に入らず、胸の鼓動ばかりが響くままに。


イングリッドは書いていた。


あまりに長い時が経ってしまったと。
今は夫と子供、それに夫の両親と睦まじく暮らしている。
そして二通の手紙は大事に持っていきますと。


私は教会の前の石段によろめくようにしゃがみ込み、どれほどの時間をそのまま過ごしただろう。
どうも思い出すことができない。
そのときそこで、それまでのコルネリス・ファン・デル・メールは死んだのだ。


しばらく襤褸布のような生活をしていたが、ある時アムステルダムから一人の男が訪ねてきた。
地図作りで夙にその名を知られたブラウ家からの使いであった。
新大陸を縦横に旅した話を聞かせていただきたいというのである。


私は何をする気にもならない状態だったが、何を拒む気力もなく、
使いの者に連れられてブラウ家の客となり、新大陸でのあれこれの出来事を話すことになった。
しかし、そのブラウ家である物を目にしたことが私のその後を決めることになろうとは考えてもみなかった。

その、あるもの。それは、ブラウ家の人々の手になる、余りにも精巧な、そして余りにも美しい世界地図だった。


それから後、むしろ私の方から願って、地図に関するありとあらゆる教えを受けた。
そして、いかにブラウ家といえどもはっきりとしたことを記しえない部分がまだあることに気づき、

私は地理学者となったのだ。


今では地図を調べ、また遠く世界に目を向けた大きな視野を持って研究を続ける毎日だ。
ただ、やはりふと思うことがある。
このアムステルダムの空の下のどこかでイングリッドは暮らしているのだ。


ヨハネス・フェルメール「地理学者」


あのときの手紙には所番地が書かれてはいなかった。
そっとしておいてほしいということだったのだろう。
それでもやはり彼女を探して、もう一度会えたなら。

いやいや、会ってどうなるというのだ。


こんな卑近なものごとの分別にも揺らぎがあるようでは、

とても世界の果てのことなど分かりようもないではないか…。







先週のTV「美の巨人たち」で取り上げられたフェルメールの「地理学者」。

これを見て、久しぶりに「フェルメール劇場」を書いてみたくなりました。


拙い想像の産物ではありますけれど、お気に召されるようなことでもありましたら、

ぜひこれまでの「フェルメール劇場 復刻版」にもお立ち寄りくださいませ。

(左上側のブログテーマ一覧からご入場いただけます)

彼女は(平民にたち向かって)謙譲や、目上の者に対する服従や、自己犠牲の美しさを説いた。彼女は(平民たちに向かって)侮辱の下での屈従を説いた。そして(さらにまた平民たちに向かって、いつでも平民たちに向かってなのだが)忍耐や精神の卑屈、圧制に対する無抵抗を説いた。

ちょっと前に読んだマーク・トウェインの「アーサー王宮廷のヤンキー」 にある一節でありますが、
彼女とは「教会」のこと、もっとはっきり言うと「ローマカトリック教会」のことなのですね。
アーサー王 の時代(といっても、確たる年代が特定はできないのでしょうけれど)は

マルティン・ルター 以前ですから、当然と言えば当然ですが…。


19世紀からアーサー王の宮廷にタイムスリップしてきたアメリカ人は

どうやらプロテスタントのようで、カトリックに対しては悪口雑言の限りを尽くすのみならず、

歴史の上で宗教改革が起こるよりも何百年も前に
大ブリテン島にプロテスタントを持ち込み根付かせようという大胆不敵な試みをするわけです。


まあ、ここではカトリックvs.プロテスタントといったことを展開するのが主旨ではなくってですね、
このプロテスタントの優位性?を信じて疑わないタイムスリップ・ヤンキーが元々いた時代、
つまり19世紀にはこうした考え方もあったという一方で、カトリック、プロテスタントの違い以前に

そもそもキリスト教そのものを疑ってかかる御仁が現れていたわけです。


それがフリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(1844-1900)でありまして、

その代表的著作が「Also sprach Zarathustra」、
邦題としては「ツァラトゥストラかく語りき」とか「ツァラトゥストラはこう語った」、
はたまたシンプルに「ツァラトゥストラ」としているものもあるようで。


で、この「ツァラトゥストラ」の入門講座4回シリーズをNHK-TVでやってますね。
といっても、もう今日で最終回ですけれど。


NHKテレビ ニーチェ『ツァラトゥストラ』 2011年4月 (100分 de 名著)


タイトルの知名度は抜群ながら、どうもその知られ度合いはニーチェご本家よりも
リヒャルト・シュトラウスの交響詩 の方が上だったりするところでして、
何しろ冒頭部分が映画「2001年宇宙の旅」に使われたり(TVなどでももっと安く使われたり)、
オルガンの弱音からほんの短い時間でオーケストラの全奏に至ることから

オーディオ・チェック用にも使われたりしますし。


そんなふうで、ニーチェの著作の中身にはいささかも触れずにいるのに、
「ツァラトゥストラ」をさも知ってるかのような気になってしまうところが落とし穴で、
そこから抜け出す縄梯子の役をこの入門講座が引き受けてくれてるという。


とまあ、またしてもずいぶんと前置きが長くなってますが、
入門講座の聞きかじりで、ニーチェの考えたところにも立ち入っておくといたしましょう。


先にキリスト教を疑ってかかるというふうに言いましたけれど、
ニーチェにしてみれば疑うどころか、人間をだめにするものとまで思ってたんではないかと。
なにしろ「神は弱者のルサンチマンから生まれた」(道徳の系譜学)とまで言ってますからねえ。


「ルサンチマン」というのは「うらみ・ねたみ・そねみ」を表しますけれど、

弱者のインフェリオリティ・コンプレックスが神即ちキリスト教の元であると言ってるのですね。


言われてみればなるほど!的なところはあるのでして、

マタイ伝にも「貧しき者は幸いである。天国は彼らのためにある」だとか、

「金持ちが天国に行くのはラクダが針の穴を通るより難しい」だとかいうような、

弱者びいきの言葉が出てきたりするわけです。


結局のところ、経済的弱者が金持ちに対して「うらみ・ねたみ・そねみ」を持って、

現世では厳しいけれど、きっとあなたがたは天国にいけますよ、

そのかわりに金持ちが天国に行けるわけがない、だってラクダが針の穴を通れるわけがないですから…。

つうことで、弱者は溜飲を下げるというのですね。


ニーチェとしては、こんな比較対照の上に成り立っているようなのはよろしくない!と気付いたわけで、

その延長に「永遠回帰」という思想にたどり着いたのだとか。


「永遠回帰」と四文字熟語的にいうと何やら難しそうですけれど、

ようは「永遠に帰ってくる、繰り返される」、何が?それぞれの人生が!というわけです。


「おいらの人生ねえ、失敗ばっかだよなあ、うまくいかないよなぁ」

だとしても、その人生がそのまんま何度も何度も永遠に繰り返されるという。


考えるだにおぞましい?!

てなことを言ってるようでは「いけん!」のでありまして、

ありのまま今のままの自分をそのまんま受け入れて、

この人生が何度も巡ってくることを「よし!」とする突き抜けたところに至らねば、というのですね。


ニーチェは宗教家ではありませんから、

この永遠回帰なるものは来世を描くものではないというところがポイントかなと。

ですから、人間は死んでもまたこれまでとおんなじ人生をそのまんま繰り返すんだぞぉ~

だから現世をよくする努力をしなくてはなりませんよぉ~みたいな話は必ずしもないのだろうと。


哲学として、今をありのままに受け入れる、すなわち他の何かしらと比較しての良し悪しでない、

つまり相対的でない絶対的な良し悪しの判断ができるだろうというわけですね。

こりゃ、実にすごいことだと思うところでありますよ。


個人的には「そんな考え方、できんの?」と思ってしまうところではありますが、

それでも、この説明を聞いたときには妙に納得できてしまう気がしたのですね。

例えば何かしら、シンプルに「楽しい」と思えることに打ち込んでいるときには、

それが永遠に繰り返されても苦とも何とも思わない。


そうしたときには、誰かや他の何かと比べたりすることもなく、

単純に「今やよし」の世界ですものね。

それが瞬間的でなく、継続的に思えればいいのかなと。


ただ途切れなくとはなかなかいかないでしょうけれど、

せめてそのつもりで人生を送っていくというのはありかなと思ったわけです。


まったくもって今さらながらではありますけれど、

去年サローヤンの「ヒューマン・コメディ」 を読んでちょっと考え方を変えた日常を

さらに後押ししてくれるのが、こうしたニーチェの思想かなと思ったのでありますよ。

たまたま気が付いたというか、気になったというのがつい最近だったというだけでして、

最近顕著になったとか、急に使われるようになったというわけではないようです。

言葉も生き物で変化するのは自然なこと、

それを受け容れられないのは偏屈なだけ…かもしれませんが。

私も、子どものころは「大人になったら漫画を読んだりゲームをしたりしなくなるだろう」と思っていたのですが、いまでもふつうにゲームしたりしますよね。私の世代は「セーラームーン」や「ドラゴンボール」などをリアルタイムで観て育ったので、アニメや漫画にとても影響を受けています…。

これは作家の綿矢りささんのとあるインタビュー記事の中でのひと言なのですね。

何分、会話起こしの文章でしょうから、

書いた文章のように捉えるのはいかがなものかという前提に立ちつつも、

おや?と思えば校正だってできるでしょうし…。


いったいどこがどうなの?と思われるかもですけれど、

改めて読んでみますと、綿矢さんは子供の頃の思いに反して

「いまでもふつうにゲームしたりしますよね」という大人になっているようです。

「いまでも」というのは「大人になった今でも」の意でありましょう。


ここで言う「ゲーム」というのは、「人生ゲーム」や「モノポリー」、

はたまた「野球盤」のようなものを指しているわけではないことくらいはさすがに想像できるのでして、

おそらくもなにもTVゲーム、PCゲーム、オンライン・ゲームの類いなのかなと。


ですが、いわゆる大人一般がこうしたゲームを「ふつうに」やっているとは思われないんですが、

どうなのでしょう?


仮に大人一般の話ではないとすると、

綿矢さんは1984年生まれだそうですから「26歳くらいになった今でも」と解して、

そのくらいの年代の人はゲームをしてるんでしょうかね、「ふつうに」。


…ということから書き始めると日本語の話というよりは

ライフスタイルの話、趣味嗜好の話になってしまいそうですけれど、

突っ込みどころは「ふつうに」という言葉ではないかと。


そもそも「ふつうに」という言葉自体が曲者めいていますよね。

何気なく見過ごし、聞き過ごし、やり過ごしてしまうところですが、

いったい全体「ふつうに」とは何ぞや?と思ったりするわけです。


ちなみにYahoo!辞書で検索してみますと

「新語探検」というカテゴリーにヒットして新語アナリスト(?)という方が書かれた解説に行き当たります。

一般的な意味合いでは「特に変わっていないこと。ごくありふれたものであること。それがあたりまえであること。また、そのさま」(小学館『大辞泉』)であるが、若者たちはこのことばを「すごい」と同じ意味合いで使うことがある。「ふつうに凄い」といった言い方である。一般的に考えると「ふつう」じゃないから「凄い」ということになるのだが、彼らは平常状態における突出した状態を指すのに、こうした表現を使うようである。一般的には「もの凄い」という表現を用いるのであるが、それが一般的になりすぎているために、こうした表現を使うようになっているのかも知れない。大人たちにとっては「全然おいしい」という言い方と似ていて矛盾を感じるという意見もあるが、若者たちはそんなことを気にはしていない。

なるほどと思える部分と、いささか乱暴な!と思える部分とが混在している解説ですけれど、

言わんとするところは分からないではない。


ただ、小学館「大辞泉」を引いて一般的な意味合いを紹介しているものの、

「大辞泉」でこの意味合いを示しているのは「ふつう」であって、「ふつうに」ではないんですね。


先の解説が「ふつう」の意味を持ってきて

「ふつうに」の一般的な意味合いと同じであるとしているところから、

「ふつう」というところを「ふつうに」と言い換えが可能かというとそうでもない。

多少文法的なところを離れて口語的に使うとしても、やっぱり変だなと。

「ふつう、朝ごはんは食べません」

「ふつうに朝ごはんは食べません」

でも、これに違和感を抱くかどうかが

「そんなことを気にはしていない」若者であるか否かということになるのかもですが…。


思わず「ふつうに」で長くなってしまいましたけれど、もひとつ全く別の言葉を。

「東日本大震災で被災された皆様」とか「東日本大震災により被災された方々」とかいう言い回しを

よく目にするもので、ついつい「うむむ…」と思ったような次第なのですね。


ここで「東日本大震災」の後に「で」や「により」を付けることで、

被災の原因を東日本大震災としているわけですけれど、

読んで字のごとく「震災」は「地震による災害」のことで結果を示してますね。


東北地方太平洋沖地震によって生じた被害、

その地震が巻き起こした津波によって生じた被害があって、

場所を言うときには被災地、人を指せば被災者になりますけれど、

「震災」の結果(震災が原因で)被災地・被災者が生じたのでなくして、被

災地・被災者が生じている事態が「震災」であろうかと。


この未曾有の事態を目の前に細かいことを言ったって何の役にも立たない!

と言われれば、その通り。

何も先の表現を使っているのを見かけるたびに

「違ってる!違ってる!」と大騒ぎするつもりはないのでして。

ただ、言葉としては違和感がありませんかと、まあそれだけなんですけどね…。

このところ病院通いが続いていたりするのですね。
といっても自らの治療ではないのですけれど、ただの見舞いというにはもそっと身内のことでありまして。


とまれ、たびたび病院を覗くことになるわけですが、
大病院というほどではないにしても、救急指定でもって中規模ということになりましょうか、
それにしても人が多いですねえ、病院というところも。


怪我をされた人、病いを抱えた人、付き添う人…
通院する人、入院している人、見舞う人…
言い方はさまざまながら、とにかく多くの人が病院を頼みにしているのだなと改めて。


そんな折りにまた「JIN-仁-」の完結篇(ほんとうに?)が始まりましたね。
蛤御門の変に絡んだ出火が京の町々に及んで

焼け出された人たちの手当てに南方せんせが当たる。
診察待ちの人たちで待合室の椅子が埋まってるかのような

現実の病院を思い出すシーンでありました。


そんなことでつらつら考えるわけですけれど、
前回シリーズで南方せんせが江戸時代には無い知識技能でもって対処した

コレラ 、天然痘、梅毒といった病気、そしてこの新シリーズで登場した脚気といった病気、

これらは皆全て、江戸時代では罹ればもはや死を待つしかない病気であったのですよね。


それが今では直しようといいますか、対処しようのある病気になっているわけでして、
とりわけ脚気などは森鴎外 も研究したように明治期でもまだ恐れられていたものが、
今では脚気に罹る人などは皆無に等しい状況ではなかろうかと。


医療の進歩は目を瞠るものがあるなと思ったりするのですけれど、
ではなんだって今でもこれほどに病院に掛かる人が多いんだろうと思ったり。


新しい病気が出てきたのか、

それとも以前にもあったけれど病気と認識されてなかったり、
はたまた別の病名に括られてしまったりしてたのもあったことでしょう。

漠とした印象ですが、いずれにしても病いを抱えている人は増えているようにも思えるところです。


ここら辺りまで考えてくると、医療は確かに進歩してるのですけれど、
何か別のもの、人間の体に影響する何かが進歩してない、むしろ後退してたりするのかもと。


人間の体はとてつもない精密機械のようであって、
恐ろしく緻密にできた構造でもって「当たり前の日常」を遅れるようになってます。

それだけにほんのちょっとの狂いが巡り巡って全く予期せぬ症状に繋がっていたりもするのでしょう。


その狂いの生ずる部分、

これが全般的な進歩の中でこれまでにないところになって来てるのかもしれません。


だからといって、昨今の震災絡みの電気を使う使わないみたいなことも合わせて、
むやみに江戸時代を礼賛するものではありません。


衛生状態にしても何にしても褒められたものではなく、
一度伝染病が発生すれば、あたかも小火が燎原を埋め尽くす大火となるまで収まらないのですから。


ただ(といって、想像の域を出ませんが)もそっと大らかさと言ったものはあったのではないかなと。
近頃の人(自戒も込めてですが)が忘れがちなものの一つが「大らかさ」かもしれませんね。


「病いは気から」という言葉が先人の知恵だとすれば、こうしたあたりの気分にようなことも
見過ごしては失敗の元やもしれぬと思うわけです。


そしてまたふと思い出すのが、「JIN-仁-」の中で
相変わらずなかなかにこまっしゃくれ度を全開にしている喜市が言ってましたっけね。
「笑えないんだよ。生きてないと笑えないんだよ」と。


病いの勢いに押し込まれているときには「とても笑うなんて…」とはなるものの、
そうした気概まで失ってしまっては、病いの思うツボなんでありましょう。
ほんのちょっとの何かしらでも前向きのものがあれば、それだけでも気力につながりますよね。


妙なことをだらだら書いてきましたけれど、個人的には差し当たり、
またしばらくは内野龍馬を見られることを僥倖として前向きに行きたいと思っとります。