先に「目の付け所 」の話をしましたけれど、

ちょっとまあ新鮮な眼差し?でもって、何気なく通りすぎているところにも視線を投げかけてみると、

今さらながらの気づきに出くわすというか…。

まあ、大層な話ではないのですけれど。


自転車でもって立川から昭島方面に向かうときにいつもは青梅線の線路沿いを走るんですが、

一本引っ込んだ道を通ってみると、いままで一度も通ったことがないわけではないのに、

気付かなかったことにふと気付いたという。


立川市の富士塚公園


この写真が「なんだってえの?」とお思いの方もおいでではありましょうけれど、

長らくお付き合いいただいておられる方には「ああ、富士塚ね!」とお気づきでは。


長らく近くに住まっていながらちいともその存在に気付いていなかった「砂町富士 」を発見(!)し、

その後、武蔵野七福神巡りに出向いたおりに武蔵境の富士塚 に出くわしたり…

ということがこれまでにありましたので、ちょおっと富士塚は気になっているわけです。


で、公園の名前に「富士塚公園」とうたっているのですから、

当然「あるよね」と入りこんでみますと、果たしてありました!


富士塚と思われる浅間神社


たしかにこんもり盛ってあるところは富士塚っぽいんですが、

砂町富士のように登山口を複数設けてたりという「らしさ」が全く感じられず、

単なる(といっては不敬ですが)浅間神社にしか見えないのは何ともいえず残念至極。


しかも、何らか「謂われ」を紹介するような説明板さえ無いとあっては、

もしかするとご近所の方では「富士塚公園」の名の由来をご存知ないのではと思ったり。


とまあ、ひとしきり富士塚ばなしが長くなってしまいましたが、

お次の発見はこんなもの。


往年のヒーロー集合!


おお、往年のヒーローが集結してるではありませんか!?

って、街角の自販機の中ですけれど。


それぞれ、「秘密炭酸ゴレンジャー」、「出たな!ラムネ味!仮面サイダー」、

それに「大果汁バトル ウルトラウォーター」という缶飲料でありました。


どれも手を替え品を替え的にシリーズ化してるようなヒーローものですけれど、

どうも初期段階のヒーローたちではなかろうかと。


これを持ちだす年代に想像がついてしまうわけですが、

とりわけ「仮面ライダー」を「仮面サイダー」というあたり、

商品の企画会議でもさぞかし「寒さ」を振りまくおやじギャグと認識されつつも、

清涼飲料には「その涼しさがぴったり!」てなことになったんでしょうかね…。


でも、清涼な気分を醸してもらえるということで言えば、

どこでも見られるとはいえこっちの方がいいかなぁと。


清涼なアジサイ

そこここで見かけるだけに、ついつい素通りしてしまうわけですが、

あらためて目を向けてみると綺麗ですね、アジサイ。

気分的にも蒸し暑さを払ってくれるような、清涼感がありますものね。



そして、ちょっとポップなうきうき感も。


ポップなアジサイ

てなこと言ってるうちに、関東は梅雨明けだようで。

また暑く夏ですね。

熱中症にならない程度に、あちこち散歩もまた楽しということで…。

世紀末 芸術として一世を風靡した「アール・ヌーヴォー 」ですけれど、
これがドイツ・ローカルになると「ユーゲント・シュティール」というそうな。


1896年、ミュンヘン で創刊された「ユーゲント」(青春の意)という雑誌を彩ったイラストやら何やらの、
特徴をつかまえて言い表したのが「ユーゲント様式(ユーゲント・シュティール)」というわけです。


ですが、これの特徴というのはアール・ヌーヴォーと同じと見ていいようですけれど、
自然、植物、曲線といったものとは別に「青春」との関連で登場させたところが目新しいところでありましょうか。


時に世紀末のミュンヘンは、どうもパリウィーン の陰に隠れがちではありますが、
文化的には渦巻きの目のひとつであったそうで、ちと古い本ながら

そこいら辺を中公新書の「ミュンヘンの世紀末」で探ってみようかと思ったのでありますよ。


ところで「青春」という言葉を使ってしまいますと、

どうしたってイコール「若さ」と想像しがちではなかろうかと。
さりながら、ミュンヘンで展開された「ユーゲント・シュティール」は全年齢的といいましょうか。
そも雑誌「ユーゲント」の創刊の辞はこんなふうに書かれているのだといいます。

これこそ青春なのだ、人生の新しいどの段階にも、過ぎ去ったばかりの過去の最善のものをもちこむことだ。少年期には少年の快活さを、青年期には少年の純真さを、壮年期には青年の率直で自信たっぷりの心を、老年には壮年の温情と堅固さをもちこむことだ。

人生のそれぞれの段階にそのひとつ前の段階の心持を持ち込むこと、
これすなわち青春というわけなのですね。
さすれば、ここでのユーゲントとは、気概の問題になりましょうかね。


ですから、昨今の雑誌がかなりピンポイントでターゲットを絞った編集方針をとっているのと反対に、
「ユーゲント」誌は年齢を垣根と考えない方針をとったようでありますね。


しかしそうは言いながらも、ユーゲント誌を飾ったイラストで特徴的と言われるもの、
例えばヴィッツェルの「イゾルデ」という画を見てみると、
何とも可愛らしいといいますか、いささか乙女チックにも見えるような少女が描かれて、
それこそ媚薬絡みの愛憎劇のヒロインとしてラファエル前派 の画家が取り上げた姿とは
似ても似つかぬ感じではないかと。


ヴィッツェル「イゾルデ」


ではありながら、これこそが世紀末ミュンヘンの個性だったようで、
対比として挙げられているのはウィーンの世紀末。
こちらはクリムトに代表される、エロスとタナトスを体現したファム・ファタル の世界となるようです。
比べてみれば、何とミュンヘン側の健全(?)なことか。


それでも、ミュンヘンとウィーンの近さを考えれば、

フランツ・フォン・シュトゥックのような画家がいても全く不思議でないのでして、

やはり世紀末のイメージはどうしても、エロスとタナトスという合言葉を抜きには
イメージしにくいところがありましょう。


フランツ・フォン・シュトゥック「サロメ」 フランツ・フォン・シュトゥック「罪」


シュトゥックの絵は、ことあるごとにいろいろな作品を目にしますけれど、
いずれを見てもかなり印象深い(ある種、夢見の悪い)作品だったりするのですね。


全体的にみればやはり世紀末。

さはさりながら、ミュンヘンで起こった「ユーゲント・シュテール」は同じようでいて、

どうやら同じでないような。

やがてカンディンスキー らの活動が始まることなどを考えても、

いますこししっかり探究せねばなりませんね、ミュンヘンは。

全くもって遅まきながらなんですが、「やっぱり夏にはどっか行きたいよなぁ」と思うわけでして…。
行き先さえ漠たる中でちらりほらり航空会社のサイトで運賃検索してみたりするんですが、
どうしたもんだか欧州線は今年も高いですなぁ。


もっとも手配の出遅れとおそらくピークに近いところでしか休めそうもないことからすると、
そこらあたりが致命傷ではありますが。


ところで、行き先さえ漠たる中で…と言いましたけれど、

いくつかの内なる候補地があったりはするのですね。
これはある程度予備知識があるからこそ「行ってみるかいねえ」と思うわけですが、
ふと考えてみれば、思いもよらぬ場所に「おお、こんなものが!」というのもお楽しみだぁねと思ったり。


そんな思いを後押しするかのように、

新聞を見ておりますとひとつの記事に目が留まったのですね。


なんでもCNNが

「世界一魅力的な都市 東京がNo.1な50の理由」という番組を放送したことがあるのだそうですが、
だいたい「東京が世界一魅力的な都市」ということ自体疑問符が山ほど付きそうになるものの、
その理由のいくつかをみれば、東京在住者や日本人ではない目で見ての魅力というのがあるのかもと。
「え?こんなものが?」というのがリストアップされてたりするのですから。


「50の理由」の中には、「世界一優れた交通システム」なんつう項目があって、
まあ、このあたりは理由として分からなくもない。
(個人的にはもっと便利な交通システムを持つ都市は多々あるやに思いますが)


そして、高尾山 や築地市場が出てくるのはミシュラン・ガイドの影響なんでしょうか。
ただ「海ほたるサービスエリア」ってのは東京ではないんじゃなかろうか…。


それでも、ここいらあたりまではまあよいとして、
渋谷 のスクランブル交差点や秋葉原「オタク街」(記事のまま)、さらには豪徳寺の招き猫、
日比谷のゴジラ像と続いた日には、これらの項目をもって東京が魅力的といわれることに
住んでる者と訪れる者との意識のとんでもないギャップが感じられたりするわけです。


そうそう、なぜかしら皇居近くあたりの都心でも夜になると飛んでいるコウモリ、
これさえも魅力のひとつに数え上げられているそうな。
目の付け所がよく分かりませんなぁ。


でも、よおく考えてみれば、

わざわざ出かけていった先(それが海を渡ってとか長距離移動ではなおのことですが)で
あれも見てやろう、これも見てやろうみたいな気持ちって「あるよねぇ~」と思ったりするのですね。


招き猫やゴジラ像とおんなじとは思わないですが、もしかすると
ウィーンのガスタンク を見に行ったり、ロサンゼルスでワッツタワー に出かけてみたりするのと
あんまり変わらないことかもしれんなぁと。


となれば、この夏はいっそのこと「東京再発見」と行こうかな…
との思いはほんの一瞬しか頭を過ぎらないのでして、
「さあて、どこぞで変わったものを見てやろうかい」という思いの方が募るばかりなのでありました。

先日ブリティッシュ・スタイルのいわゆる「ブラス・バンド」 を聴いた折りに、

「そういえば、トランペットが入っとらんなぁ」と思ったこともあり(?)、

そいじゃあと出かけたウィーン・フィル首席トランペット奏者、

ハンス・ペーター・シューのリサイタルでありました。


ハンス・ペーター・シュー トランペット・リサイタル


先のコンサートではコルネット主体でしたので、どちらかというとまるまっちい音であったわけですが、

こたびは正真正銘トランペットでありますから、いささか尖がった音が聴けるであろうと思っていたのですね。


でもって、確かにこないだよりは「尖がってる…」と思ったものの、

巧さのなせる技なんでしょうか、思ったよりも丸いというか、まろやかというか…。


勝手な想像ですけれど、ロータリー・バルブのトランペットは形状的に見て、

コンクールと全く縁のない中学校ブラスが使ってるヤマハの最下級モデルのような、

(ただただ、個人的にそういうバンドに属して、トランペットはそういうのだったなというだけですが)

ある種、それが一般的にトランペットと認識される形でもあろうかと思いますが、

そういうのよりは楽器自体丸みを帯びているかなんでしょうか。


まあ、楽器の点はともあれ、名人芸を堪能してきたわけでありますよ。

曲は前半が20世紀の作曲家による、楽器の個性を追求する系の曲で、

後半がいかにもトランペットという古典的な曲という配置。

ハイドン のコンチェルトとヘンデル の「水上の音楽」の組曲ですから。


ところで、このハイドンのトランペット協奏曲を聴きながら、

「おお、進軍ラッパのようだ」と思った…てなことでなくって、

金管楽器のコンチェルトってあんまりないわいなぁ、ということなのですね。


トランペット協奏曲はバロック期にはいろいろあって、

モーリス・アンドレなんかがやってるじゃん!と思うも、

実はあんまり明確に楽器指定してなかったりするが故、

はたまた本来違う楽器用のを器用に吹いちゃってるだけみたい感じかも。


それでもあるにはあるものの、ハイドンの後にはモーツァルトホルン協奏曲 を書いて以降、

ベートーヴェン も、シューベルトも、メンデルスゾーン も、シューマン も、ブラームス

誰ひとり書いていないのではないかと。

(実はあったとしたら、浅学をお赦しくださりませ)


時代が下って、リヒャルト・シュトラウス のホルン協奏曲と、

もすこし地味ながらリムスキー=コルサコフ のトロンボーン協奏曲なんかがあったかと。

もちろんそこに至るまでの間にも、ビッグ・ネームでない作曲家が何かしら書いてたりするやもですが。


よく聞く話として、作曲家が協奏曲を書く動機はその楽器の名奏者が近しいところにいたから、てな

ことがあったりしますけれど、ざっくりロマン派と括られる時期に金管楽器の名プレーヤーが

皆無であったとは思われないのですよね。


つうことは、作曲家にとって面白みのない分野というか、食指のそそられるなところだったのでしょうか。

コンチェルトという形式自体が廃れてしまったわけでないのは、

ピアノやヴァイオリンのための名作が目白押しであることが証明してますね。


では、なぜ?

と、ここで思い至りましたけれど、何も金管楽器のコンチェルトだけが無いのではなくって、

木管楽器のコンチェルトもモーツァルト以降はやっぱりほとんど無いですし、

チェロだって多いとは言えない、はたまたヴィオラにおいてをやでありますね。


協奏曲という形式の性格からして、

要するに楽器自体が派手か地味かといった辺りと、

難曲が克服されると次の難曲が作られるといった連鎖が必ずしも繋がらないあたりが

理由ともなろうかと。


何だか結論にもならない結末でありますが、

そんなことをつらつら思い巡らしつつ楽しませてもらったトランペット・リサイタルなのでありました。


世にシェイクスピア 本は数あれど、
その中で比較的新刊と思しき本を図書館で見かけたものですから借りてみたのですね。


少々前になってしまいましたが、「尺には尺を 」を読んだ折でもありましたので、
手にとって見たのは「深読みシェイクスピア」なる一冊であります。


深読みシェイクスピア (新潮選書)/松岡 和子


シェイクスピアの翻訳は実に多くの人がなさっておられるようですが、
本書の語り手である松岡和子さんは最新の翻訳でシェイクスピア全訳にトライされている方。


単に戯曲の訳出というよりは、蜷川大先生の演出などで取り上げられながら、
実際の芝居台本として適切な訳にしていくというわけで、
稽古を通じての手直しなどもこれあり、そうそう一足飛びに「はい、全訳完了!」とはいかないようですね。


そんな演じられる過程を経ての解釈の妙は、まさに「深読み」でありまして、
これまで戯曲の台詞をただただなぞるように読んでいただけの者としては、
「これでこそシェイクスピアなんだぁねえ」とその深さに驚きを禁じえないところではありました。


ちなみに俳優の山崎努 さんは、こんなことを言っています。

たとえば「オフィーリアはノーブルか?」の項。松岡は翻訳中、控え目なオフィーリアが自分のことを「noble」と言っている個所に違和感を覚え、執拗に探り続けた末、「ポローニアスを鏡として『ハムレット』を読み直すと、他の登場人物の特徴が、より鮮明に浮かび上がってくる」というすごい、画期的な発見にたどり着く。発見に至る過程は、まるでミステリ小説の謎解きのようなおもしろさ。全篇に同様のスリルがあり、読み始めたら止まらなくなる。

こんなふうに言われたら、どうしたって読んじゃいますよ、こりゃ。


ところで、ドイツ語 なんかには二人称、

つまり「君」や「あなた」を意味するものに親称と敬称がありますけれど、
シェイクスピアの時代には英語にも同様の表現があったそうで、
敬称が「you」であり、親称が「thou」なのだそうな。


では、「ロミオとジュリエット 」の中でジュリエット はいったいいつからロミオを親称で呼ぶようになったのか。
このあたりははっきり言って翻訳ではちいとも分からないわけですね。


されど、ジュリエットがロミオを恋人として認めた瞬間がこうした言葉の変化に表れるのだとすれば、
気になったりもするわけです(率直に言ってしまうと、くちづけを交わしたとたんらしいですが…)。


で、こうした「親しさ」を認めて二人称代名詞を使い変えると、
本来であれば言葉遣いもいささか馴れ馴れしいというか、くだけたふうになると言います。
(この人はわたしの恋人だもんね、わたしは彼にとって特別!というところでしょうか)


さりながら、明治頃のシェイクスピア受容以来、

取り分けしとやかなへりくだった女言葉が翻訳に使われてきたことが指摘されてみると、

もうひと息深いところの台詞の機微をもったいなくも蔑ろにしてきてしまったことが分かってくる。
同じようなことがオセロとデズデモナにも言えたりするようです。


戯曲を読むにしても、芝居を見るにしても

全く何らの疑問を持つでなく向き合ってたことが恥ずかしくなるほどに
「言われてみれば、なるほど!」だらけではありますけれど、
たとえ見るだけの側の人にしても、気付く人は気付くのですかね。


シェイクスピアの場合のこうした解釈は、もっぱらト書きが少ない、

何となれば話を書いたシェイクスピア自身が演出していたからということでもありましょうけれど、

まあ芝居全般に接するときの大事な心構えをひとつ教わったということにもなりましょうかね。