パリやニューヨークにくらべて、ロサンゼルスは嫌いだ、という人が多い。中心がなく、だだっ広くて、砂漠のようだ、というのである。たしかに、私もはじめそう思った。パリやニューヨーク、またサンフランシスコなどは、古都といった風情がある。それに対して、ロスは、雑多な部分を継ぎ合わせた脈絡のないモザイク都市のように感じられる。
パリやニューヨークは歩いてまわるに手ごろな広さをもっている。しかしロスは、人間的スケールをこえている。古都的都市論は、ロスを
都市の死としてとらえた。
これは、美術を始め幅広い分野に該博な知識をお持ちの海野弘さんの、
ある著作のあとがきからの引用なのですね。
これまで長らく(そしてもう少し続きますが)ロサンゼルスの
あれやこれやを拙くも綴っておりますけれど、
こうしたロサンゼルスの都市としての茫漠さをどれほどお伝えできているでありましょうか。
この引用に書かれたとおりのことを、今回行ってみて改めて感じてきたところなわけです。
も少し続けて引用を…。
私もそう思っていたのだが、ロスを見て歩いているうちに、その面白さに目覚めていった。その雑然とした、混沌とした姿こそ、私が興味を持ってきた都市のアンダーワールドそのものなのではないだろうか。
一週間程度の通りすがりの旅行者には、
ここまでの目覚めがあるものではありませんけれど、
愛憎半ばというのか、好悪半ばというのか、
なかなかに複雑な思いを抱かせるロサンゼルスなのですよ。
ところで、著者が言う「都市のアンダーワールド」、
ロサンゼルスにとってのそれをつぶさに見せてくれるのが、
なんと!ハードボイルド小説だと著者は言います。
もともとハードボイルドは文体のことであって、
ヘミングウェイ あたりを嚆矢とするのでしょうけれど、その後「ハードボイルド」は小説のジャンル、
もっとはっきり言えばミステリの一分野としてひとり歩きを始めたようですよね。
そこのところの始まりは一般的にダシール・ハメットと言われますが、
ハメットが創造した私立探偵サム・スペードやコンチネンタル・オプの活躍の場は
サンフランシスコでした。
それをロサンゼルスを舞台として、
この街の(時代時代に応じた生々しいまでの)現実を背景に物語を作り出したのが、
レイモンド・チャンドラーであって、彼が創造したフィリップ・マーロウの言動に寄り添うことで、
その時代のロサンゼルスが見えてくるのだそうでありますよ。
海野弘さんのこの著書「LAハードボイルド」では、
レイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルド、そしてジェームズ・エルロイ等の小説を
通じて、いかにロサンゼルスが見通せてしまうかと示してくれるわけなのです。
(出発前に読み始めて、三分の二ほどのところで忘れてました…)
都市の歴史をハードボイルド小説で読み解くといった体でありますけれど、
ハードボイルドものを全く読んだことが無い者であっても、とても面白く読める本でありました。
そもそも、ハードボイルド小説にここまで時代が活写されているとは、
もとより期待もしていませんし、期待以前に想像もしていませんでしたから、
目からうろこ的なところもあったわけです。
レイモンド・チャンドラーがフィリップ・マーロウを初めて登場させる
「大いなる眠り」は1939年に書かれました。
先ごろの日本での大相撲とやくざの関係ではありませんけれど、
どうも興行ビジネスにはギャングスターが付いて回るようでして、
ハリウッドの映画産業も例外ではないのでしょうか、
ハリウッド自体が目立てば目立つほど大物が乗り込んできてしまうようですね。
ニューヨークのマフィア総代として、バグジー(この人を生涯自体、後に映画化されましたが)が
ロサンゼルスに乗り込んできたのが1936年、
金ずるをほおっておかないシカゴのギャングもまたやってきて、ハリウッドで暗躍を始める…。
さらには警察の腐敗といったことも実際の時代背景として絡んでくれば、
私立探偵の活躍が求められる状況が単なる作り事ではないものとして、
受け止めうるところなわけです。
マーロウの行動は「厳密に法に照らしてどうよ?!」という部分(不法侵入やら恐喝まがいやら…)が
無きにしも非ずですけれど、一概に法には委ねてしまいがたい(裏で組織と繋がってるからですね)、
一方で私刑という対処方法ではギャングそのものになってしまう、
その中間点の危ない橋を私立探偵が渡ることになりますから、
ある種その活動はドラマティック(?)なものと言えるでしょうし、
それだからこそ小説にも映画にもなっていったのでしょう。
その後、時代の経過による世相の反映をそのまま続けていったのか、
ハードボイルドものはより暴力的に、より残酷なものになっていったような。
そして、さすがにいつまでも私立探偵の活躍こそメインという状況ではなくなったのか、
警察官を主人公とした小説に変わってきているようですよね。
(こうなるともうハードボイルドとは言わないのか、むしろ本家帰りしてそういう文体になったのか…)
こうした警察小説が21世紀になった今のリアルな状況を映す鏡になっているかどうかまでは
本書では言及がありませんけれど、本書で示された視点をもって読んでみれば、
いろいろな気づきがあるのかもしれませんね。
