現代のドガと呼ばれる(らしい)ロバート・ハインデル の展覧会を見て、
どうしても思い出してしまうのが、小磯良平 なのですね。
小磯をして日本のドガだと思うのは、極めて個人的感想かも…ですけれど、
ハインデルにしたって、踊り子やダンサーを描いているから「現代のドガ」なんですから、
やはりバレエダンサーを描いた小磯を「日本のドガ」と言ってもよいのではないかと。
と、のっけから言い訳がましいですね。
小磯良平は、1903年生まれ。明治でいうと36年ですね。
幕末から明治初期に現われた、洋画への憧れを持った画家たちに比べると、
(例えば、密航状態でフランスに向かった山本芳翠 とか…)
絵を学ぶという状況も、条件的にはだいぶととのってきていた(それでも大変でしょうけど)のでは。
東京美術学校では、在学中に「帝展」入選を果たし、首席で卒業。
1928年にパリへ留学するという、まあエリートコースながら、どうも目立たない。
同級生であった荻須高徳や猪熊弦一郎の、ダイナミックな活躍、作品と比べると、
なおのことそんな気がしてしまうところです。
目立ちにくいその理由としては、ひとつに非常に穏やかな画風だということでしょうか。
それを、西洋の伝統には根差していることになりますが、
もっぱら人物画で表現したという点でも、風景画大好きの日本人受けの分が悪い…。
ただ、改めてじっくり見るとですね、じんわり染み入るのですよ、その清楚なたたずまいが。
そして、1937年作の「裸婦」(いきなり裸婦で恐縮ですが)の構図や
1938年の「練習所の踊り子たち」の光と影などを見るにつけ、
絵画の世界ではエコール・ド・パリ以降、画風においてどんどん百花繚乱の感を呈する中で、
黙々と古典にとどまる風情がうかがえるのですね。
小磯はこんなことを言っています。
何かしている姿態は美しいものである。
その姿が素朴であればある程美しく絵になると思う。
こんなことも気にかけながら、「読書」(1939年)に見られる部屋の中で何かをする一人の女性像が
やがて「西洋婦人像」(1970年)や「裁縫する女」(1974年)に繋がっていく様を見ると、
ときにはフェルメール、ときにはフラゴナールを思い出し、一貫した古典性を感じるわけです。
地味といえば地味なのですけれど、わずかばかりであっても心惹かれる一瞬を体験できるのが、
小磯作品ではないでしょうか。
作品自体の引用がないのでわかりにくいところではありますが、
何かしらの画集か、「絵になる姿」と題された小磯本人による画文集でお試しいただければと思うのでありました。
