先日の三鷹文学散歩 で訪ね歩いたのは山本有三の記念館と太宰治ゆかりの地。


山本有三を読む のは初めてでしたけれど、

太宰の方は大学のころにほとんどすべてを

まとめ読みしたことがありました。

そうは言ってもずいぶんと時間は経っていますから、

太宰の方も久し振りに…と、

手にとったのは最晩年の短編を集めた新潮文庫「ヴィヨンの妻」です。


Chain reaction of curiosity


最初の短編「親友交歓」を読み始めて、早速にこんな一節に遭遇しました。


とにかくそれは、見事な男であった。あっぱれな奴であった。好いところが一つもみじんも無かった。

太宰作品には、作者の生涯が醸す破滅型の雰囲気とは全く別に、

非常にユーモアのセンスが生きているところがあると、昔読んだ記憶に残っていたのですけれど、のっけからこういう文章に出会うと思わず快哉を叫びたくなってしまいます。

説明するのも野暮ですけれど、「見事な男」「あっぱれな奴」とくれば、

肯定的に褒め言葉と思いがちであるところへ、「よいところがみじんもない」と落とすやり口は絶妙ですね。


ともすると、素人くさい、つまりは「この人、文章が下手なんじゃないの」と思ってしまいそうな太宰。

例えば、短編「母」に見られる、こんなひとくさり。


…けれども私は、その港町の或る旅館に一泊して、哀話、にも似た奇妙な事件に接したのである。それを、書こう。

子供の夏休みの日記(「今日は、○○のことを書きたいと思います」)じゃないだから、

「それを、書こう」っていうのは、余計なんじゃないの!とつっこみたくなったりします。

その一方で、解説で亀井勝一郎が書いているように

「彼が描写の才にめぐまれていたことは誰しも認める」

ということですから、安直に文章が下手だとか何とか言ってたら怒られてしまいます。


たとえば、風景描写ですけれど、同じ短編「母」にはこんな描写が出てきます。


冬の日本海は、どす黒く、どたりどたりと野暮ったく身悶えしている。

とても小学生の絵日記だとか言ってられない、含むところの多い描写ですよね。


とまあ、文章のことばかりを取り上げてましたけれど、

書いてある中味の方にも目を向けると、太宰治の何者たるかが浮かびあがってくるのですね。

まずは、短編「父」からの引用です。


私さえいなかったら、すくなくとも私の周囲の者たちが、平安に、落ちつくようになるのではあるまいか。私はことし既に三十九歳になるのであるが、私のこれまでの文筆に依って得た収入の全部は、私ひとりの遊びのために浪費して来たと言っても、敢えて過言ではないのである。しかも、その遊びというのは、自分にとって、地獄の痛苦のヤケ酒と、いやなおそろしい鬼女とのつかみ合いの形に似たる浮気であって、私自身、何のたのしいところも無いのである。

太宰の生前の行いというものは夙に有名ですから、

こうした書きようを見ると「自分の行いを棚に上げて、弁解しているにすぎないじゃないか」

という見方も当然できるのですけれど、やはり亀井勝一郎の解説に曰く


これらの作品は『私小説』とも言えるが、太宰は虚構の名人である。空想力の実に豊かな作家である。…作品はすべて告白の断片にちがいない。だが事実を事実として描いたものはただの一行もあるまい。

とすると、太宰がいかに自分の行動を客観視し、それをさらに普遍化して、

社会的に「男として愚かな行動」の典型的な部分として晒していたかがわかってくるのですね。


自分の行動を客観視するという点では、

空気が抜けるようにふっといなくなってしまう夫を見守る妻の視点から描いている表題作「ヴィヨンの妻」や

「おさん」という短編を読めば、空恐ろしいほどに感じることができます。


そして、後世から見れば、こうした最晩年の短編に描かれた世界がそのままに

太宰自身の起こった予知物語のようにさえ思えてくるわけです。


こうして見てくると、不謹慎であることを承知の上であえて言いますが、

男なるものの「業」を書き記し、また自らも行って見せた上で、

(山本有三の「真実一路」に出てくるむつ子のような存在を考えれば、男ばかりではありませんが)

その「業」を一身に背負って死んでいった太宰に、

イエスを擬えてみたくなる誘惑にかられるのでありました。