まったく読んだこともないのに山本有三記念館に行った からには、何かしら読んでみるかと思うのも、

まあ自然かなと。手に取ったのは「真実一路」です。

真実一路 (新潮文庫)/山本 有三
古今の作家で文学史に名を残す方は数あれど、

わりと山本有三というのは地味な方ではないかと思うのですね。

そうはいっても、今でも文庫本で簡単に手に入る状況にはありますし、

文学全集のようなものが編まれるときには、わりとしっかり入っていて、そういう点では侮れない作家であるとは言えることなのかもしれません。


でもって、読み始めるにあたっては迷いもあったわけです。

何しろ話の始まりは、ある一家の朝食風景。

小学生の義夫が味噌汁の具であるネギが嫌だといって、

どたばたしている様子が描かれるのですね。

そこを一喝して、父親の曰く…


おまえはわがままでいかん。東北地方の人をごらん。ごはんだって、ろくろくたべられないんじゃないか。ネギはいやだの、何はいやだの、そんなぜいたくなことを言うと、ばちがあたるぞ。

この「真実一路」が書かれたのが、1935年ですから昭和10年。

東北地方の方が、今の感覚で読んだら「何、これ?」でしょうけれど、

おそらく昭和初期の状況っていうのは「こうだったんだろうなあ」と思うと、

ついつい、くくっと引き寄せられてしまったのですね。


山本有三は、もともと劇作家だということなのですね。

ひと頃妙に有名になった「米百俵」なんかを書いていたわけですけれど、

劇作家だけに(といっていいんでしょうか)、話は妙に面白かったと思えました。


タイトルは、北原白秋の詩からもってきて、「真実一路の旅なれど・・・」という句を

作中でも何度か使っています。

登場人物のそれぞれにとっての人生は、

他人がとやかくいおうが自身にとっては「真実一路の旅」であることに間違いないわけで、

それがタイトルの所以なのでしょう。


どうにも堅物の印象のあった山本有三ですけれど、微妙な男女の機微などにもふれつつ、

最後には少年が少しだけ成長したかなというエピソードで終わるあたりは、

記念館が戦後しばらく子供たちのための文庫(図書館)の役割を果たしていたという

山本有三らしいところなのだなと思ったのでありました。


Chain reaction of curiosity