震災後1週間日本にいた後、香港側からの要請もあって1ヶ月の出張となった。
妻と小さな子供たちを残して自分だけが香港に行くことに大きな葛藤があった。
香港で伝わる日本の情報というものに良い情報はない。
おじさんとの強制食事は継続し、土日も呼び出されるといった具合だった。
加えて、なぜか当時は曇りが続いていて、気分的にも晴れない日が続いた。
そのうち、朝ごはんが食べれなくなった。
昼食や夕食は付き合うが食べれない。
夜も眠れなくなった。
もともとの1ヶ月が経過し、日本に戻った後、もとの上司に香港には行きたくないと告げた。
反応はひどいものだった。会社の命令に背くのかと。。。しばらく休むかと言われた。
そして会社に行きたくなくなって休んだ。
専門の病院に行くと、自分を否定され、うつの症状があると言われた。
人事に連絡し、診断書に基づいて1ヶ月ほど休むこととなった。
自分としてはそれほど深刻ではないと思っていたものの、薬のおかげか夜も眠れるようになったし、家族といることが安心だった。
1ヶ月後、会社復帰に向けて、募集している部署の方と面談を行い、異動が決まった。
ただ、異動までの感、しばらく時間があるので、当時窓際の人が集められて仕事を探すための部署で体を流せと言われてそこで勤務した。
勤務といってもなばかり。仕事などない。要はリストラ要因の人がやめるまでおかれている部署だった。
僕は幸いに次の部署が決まっていたのでリストラにはならずに済んだが、この会社の闇の部分をひょんなことから体験することができた。
トイレにこもって出てこなくなる人。懸命に何かをプログラミングしている人など様々だが、会社によってはこのようなリストラ部屋が存在することは事実。
僕は、直前の香港での出来事とこの体験から、会社は最終的には自分を助けてくれる存在ではなく、自分の身は自分で守らなければならないと強く思った。
いまだにこの香港出張はトラウマで消したい過去の一つ。
抱えながら生きている。