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聖霊様が語られる方法 10

 
聖霊様は癒しを通して語られる


これを見たペトロは、民衆に言った。

「イスラエルの人たち、なぜこのことに驚くのですか。

また、わたしたちがまるで自分の力や信心によって、

この人を歩かせたかのように、なぜ、わたしたちを見つめるのですか。

アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、わたしたちの先祖の神は、

その僕イエスに栄光をお与えになりました。

ところが、あなたがたはこのイエスを引き渡し、

ピラトが釈放しようと決めていたのに、その面前でこの方を拒みました。

使徒言行録 / 3章 12節


癒しはイエス様が救い主であることを現れるメッセージだった。

御言葉は耳で聞かせるメッセージで癒しは目で見させるメッセージだった。



イエス様は生まれから目が見えないのは

「本人が罪を犯したからでも、

両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。

ヨハネによる福音書 / 9章 3節
 

と語られた。

神様は癒しをその方の御業を現るためにお使いになる。

聖霊様が語られる方法 9


聖霊様はしるしと不思議な業を通して語られる。
  
 
そして、実現するようにと御手と御心によって

あらかじめ定められていたことを、すべて行ったのです。

主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、

思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。

どうか、御手を伸ばし聖なる僕イエスの名によって、病気がいやされ、

しるしと不思議な業が行われるようにしてください。」

祈りが終わると、一同の集まっていた場所が揺れ動き、

皆、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語りだした。

使徒言行録 / 4章 28-31節



使徒たちの手によって、

多くのしるしと不思議な業とが民衆の間で行われた。

一同は心を一つにしてソロモンの回廊に集まっていたが、

使徒言行録 / 5章 12節



しるしと不思議な業は奇跡の2つの名称である。

同じ奇跡でも

イエス様がキリストであることが現れる時はしるしと言って

イエス様の御能力が驚くべきに現れる時は不思議な業という。



みんなが聖霊に満たされて御言葉を通じて

しるしと不思議な業でイエス様がキリストであることを知らせた。



イエス様は時々しるしを通して語られた。

しるしだけで語られた時もあり、

(ヨハネによる福音書 / 2章)


先にしるしを見せてから、

語られてもっと分かりやすく悟らせてくださった時もあり、

(ヨハネによる福音書 / 6章 1-15節、27節)


先に語られてその後しるしを見せされ、信じさせられた時もあった。

(ヨハネによる福音書 / 11章 25、26節、38-44節)


イエス様が救い主であることを現われた一番偉大なしるしは復活だった。


詩篇記者は創造物と季節の法則が神様の言葉なしのメッセージだと

告白した。


天は神の栄光を物語り

大空は御手の業を示す

昼は昼に語り伝え

夜は夜に知識を送る。

話すことも、語ることもなく

声は聞こえなくても

詩編 / 19編 2-4節



聖霊様がくださるしるしも何も言わずにくださるメッセージである。

聖霊様は言葉で分からない人には多様な御能力を見せて、

知らせてくださる。

その一部がしるしと不思議な業である。


手足が無くても、私は幸せです。

もう知っている人もいると思うが、

ニック・ブーイチチさんのストーリをご紹介します。

霊的戦いの正体が分かり、祈りのパワーアップで霊的に回復されてる最近、

この人のことを思い出したので、みんなに紹介したかった。



四つの動画を載せるので、ぜひご覧ください。

四肢が無い彼と最後の動画に出るもう一人の女性が

どうやって神様を、人生の目的を見つけたか、

どんな考えて生きているのか、

今厳しい状態の人にも、そうでもない人にも

激励の動画になると信じる。

私はこの人の動画を観るたび、神様の愛に涙が出るので。



携帯なら、字幕が読みづらいかもしれないので、

出来ればパソコンで観てください。

もっと大きい画面で観たい人は

動画の下にリンクがあるので、それをクリックしてください。


この動画を通して、あなたへの神様のタッチがありますように。


"From life without limbs, to life without limits."

「四肢が無いライフから限界が無いライフへ」

http://www.lifewithoutlimbs.org





大きいサイズの動画は 右矢印こちらへ



下の動画は4:30以後3分ぐらいは上の動画と重複されるので、

最後の3分は観なくてもOK。

 


大きいサイズの動画は 右矢印こちらへ






大きいサイズの動画は 右矢印こちらへ






大きいサイズの動画は 右矢印こちらへ

久しぶりの記事アップでした

最近個人的に自分の信仰が揺るぐほど

ちょっと厳しい霊的戦いの中にいて、

その状態では神様のことがうまく伝えられいと

負担があったので、

このブログを放置したままになっちゃいましたが、

まだあなた達に伝えたいことが多い。


決して読者のあなた達を忘れたことは無いです。

お祈りで戦ってるうちにも聖霊様の導きがあれば

このブログのために、あなた達のために祈り続けてます。


信仰が試されるほど厳しい霊的戦い、

これはサタンが執り成しの祈りが出来ないように妨げる霊的戦いだと

悟らせてくださったので、

これからも霊的戦いは続くと思うが、

サタンに負けずに神様をもっと体験し、神様のことを伝えるように

お祈りし続けながら、戦います。


信仰が試されることで忍耐が生じると、

あなたがたは知っています。

ヤコブの手紙 / 1章 3節



ペースがゆるやかになるかもしれませんが、

また聖霊充満になって記事が書けるようになるまで

ご許しください。

聖霊様が語られる方法 8-1C


2. 幻を通して語られる

幻は眠ってないまま起きている状態で見ることを言う。


その夜、パウロは幻を見た。

その中で一人のマケドニア人が立って、

「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と

言ってパウロに願った。

パウロがこの幻を見たとき、

わたしたちはすぐにマケドニアへ向けて出発することにした。

マケドニア人に福音を告げ知らせるために、

神がわたしたちを召されているのだと、

確信するに至ったからである。

使徒言行録 / 16章 9-10節



ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、

神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、

使徒言行録 / 7章 55節



ある日の午後三時ごろ、コルネリウスは、

神の天使が入って来て「コルネリウス」と呼びかけるのを、

幻ではっきりと見た。

使徒言行録 / 10章 3節



翌日、この三人が旅をしてヤッファの町に近づいたころ、

ペトロは祈るため屋上に上がった。昼の十二時ごろである。

彼は空腹を覚え、何か食べたいと思った。

人々が食事の準備をしているうちに、ペトロは我を忘れたようになり

使徒言行録 / 10章 9-10節


幻は霊的分別力が必要だし、観た幻は聖書に基づいていなければいけない。

聖霊様からの幻を見るためには霊的に清い状態になるのが大事だ。


3. 夢を通して語られる


ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、

別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。

マタイによる福音書 / 2章 12節   



聖霊様が夢を通して語られることはこのように

見せてくださる同時にはっきり語られることでなければいけない。

悟りがなくてはっきりしてない場合は祈って確証を求めなければいけない。

夢から起きても聖霊様の導きからの悟りが無ければ、

聖霊様がくださった夢ではないと思ったほうが良い。

自分が悟られない夢なら信じないように。

聖霊様が語られる方法 8-1B

 
あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、

行わせておられるのは神であるからです。

フィリピの信徒への手紙 / 2章 13節



聖霊様はまず御心のままに望ませてから行わせる。

それで、私達の心にある強熱な願いが生ずることは未来についての預言にもなる。

未来に成り立つことについての預言になる。

ビンセントはここの「望み」は一般的に使われる「望み」と違って、

具体的な意味を持つ「霊の望み」を表する、そして

「あなたがたの内に働く」は霊の中で働くということだと言った。

従って、すべてが神様から来られたことなので、望む者は不可避に行うと言った。



また、聖霊様は私達に預言させてくださる。

わたしの兄弟たち、

こういうわけですから、預言することを熱心に求めなさい。

そして、異言を語ることを禁じてはなりません。

コリントの信徒への手紙一 / 14章 39節


と聖書は語る。

ここで「預言」は口で語る預言を意味する。

使徒言行録には使徒だけではなく、一般の聖徒の中にも

このような預言をした人が多い。


この人には預言をする四人の未婚の娘がいた。

幾日か滞在していたとき、ユダヤからアガボという預言する者が下って来た。

そして、わたしたちのところに来て、パウロの帯を取り、

それで自分の手足を縛って言った。「聖霊がこうお告げになっている。

『エルサレムでユダヤ人は、この帯の持ち主をこのように縛って

異邦人の手に引き渡す。』

わたしたちはこれを聞き、土地の人と一緒になって、

エルサレムへは上らないようにと、パウロにしきりに頼んだ。

使徒言行録 / 21章 9-12節




今の時代にも聖霊様はこのように預言させてくださる。

聖霊様は未来のことについて知らせてくださって、

そのままになる経験を通して神様の予定を信じるようになる。

人類が神様の計画のとおりに行くように、

私達もその方の計画のとおりに行くことを知らせてくださる。

時には脱線する時もあるが、主様はまたその方の計画のとおりに

行くように導いてくださる。



聖霊様はあなたについての計画も持っていらっしゃる。

聖霊様にそれを聞きなさい。

これが「預言することを熱心に求めなさい」

言った理由なのでは。

預言者を探しなさいと言うのではない。

聖霊様が注いでくださる時、あなたが預言者になった御言葉を覚えてください。

預言することを熱心に求めれば、聖霊様があなた自分の口を開け、

預言させてくださる。



聖霊様は預言を通して人たちの罪を知らせて、

悔い改めさせてくださる時もある。


反対に、皆が預言しているところへ、信者でない人か、

教会に来て間もない人が入って来たら、

彼は皆から非を悟らされ、皆から罪を指摘され、

心の内に隠していたことが明るみに出され、

結局、ひれ伏して神を礼拝し、

「まことに、神はあなたがたの内におられます」と

皆の前で言い表すことになるでしょう。

コリントの信徒への手紙一 / 14章 24節



しかし、聖霊様が預言を通してすべてを知らせてくださるのではない。

あることは隠しておいて、私達に有益になるようになさる。

聖霊様が語られる方法 8-1A

 
預言、幻、夢を通して語られる


『神は言われる。終わりの時に、/わたしの霊をすべての人に注ぐ。

すると、あなたたちの息子と娘は預言し、/若者は幻を見、老人は夢を見る。

使徒言行録 / 2章 17節



ペドロはヨエルの預言が成り立って、

人達が預言し、幻を見、夢を見ると言った。

一般的に神様が預言者に御自身を啓示なさった方法は夢と幻だった。

神様はアロンがミリアムにモーセについてこのように語られた。


主はこう言われた。

「聞け、わたしの言葉を。あなたたちの間に預言者がいれば/

主なるわたしは幻によって自らを示し/夢によって彼に語る。

わたしの僕モーセはそうではない。

彼はわたしの家の者すべてに信頼されている。

口から口へ、わたしは彼と語り合う/あらわに、謎によらずに。

主の姿を彼は仰ぎ見る。あなたたちは何故、

畏れもせず/わたしの僕モーセを非難するのか。」

民数記 / 12章 6-8節



聖霊様を受け入れた者よ、神様を賛美しなさい。

私達は時に神様と親しかった昔の首長と預言者たちをどれだけ羨ましがったのか。

もう聖霊様が親しく私達の内にいらっしゃっておられることで

私達がすべて預言者になって祭司になった。

これはいかに驚きべきか。

主様を賛美なさい。



聖霊様が語られる方法は

1.預言を通して語られる

預言にはもう済んだ預言がある。

聖書を記録した啓示と預言は使徒時代に終わった。

そうして、

聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ

テモテへの手紙二 / 3章 16節


と記録された。 



そして、

この書物の預言の言葉を聞くすべての者に、わたしは証しする。

これに付け加える者があれば、

神はこの書物に書いてある災いをその者に加えられる。

また、この預言の書の言葉から何か取り去る者があれば、

神は、この書物に書いてある命の木と聖なる都から、

その者が受ける分を取り除かれる。

ヨハネの黙示録 / 22章 18-19節


と記録された。


従って、この預言はもう終わった。

現時のどの預言ももう永遠な真理になれない。



また、続く預言もある。

しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、

あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。

その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、

また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。

ヨハネによる福音書 / 16章 13節


これから起こることをあなたがたに告げる預言は続いてる。

聖霊様はこのような預言を多様な方法でくださる。


 

聖霊様が語られる方法 7


聖書を通して語られる


こうして、わたしたちには、

預言の言葉はいっそう確かなものとなっています。

夜が明け、明けの明星があなたがたの心の中に昇るときまで、

暗い所に輝くともし火として、

どうかこの預言の言葉に留意していてください。

ペトロの手紙二 / 1章 19節



それで、イエスは神の右に上げられ、

約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。

あなたがたは、今このことを見聞きしているのです。

使徒言行録 / 2章 33節




聖霊様は聖書を読む時御言葉を通して語られる。

イエス様が自らおっしゃらなくて

お父さんの御心をおっしゃったように、


わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。

わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。

わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。

ヨハネによる福音書 / 14章 10節



聖霊様もイエス様から離れて自分の考えでおっしゃらない。

そして、三位一体の神様が相和される。

聖霊様がおっしゃる時も

聖霊様に動かされ、記録した聖書の御言葉に反するようなことは

おっしゃらないことを覚えなければならない。



聖書の御言葉を通して、

応答をくださったり、悟らせてくださったりする。

聖書には神様の御心が何かもうすでに書かれてある。



復活したイエス様は「心を開いて聖書を悟らせて」くださるので

弟子たちにイエス・キリストの死と復活を知らせてくださった。


イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、

ルカによる福音書 / 24章 45節




私達が神様の御心を探すのは難しいことではない。

神様が喜ばれる心が何かもう聖書に書かれてあるからだ。


イエス様は


わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、

わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。

ヨハネによる福音書 / 6章 40節


とおっしゃって、


バウロは

いつも喜んでいなさい。

絶えず祈りなさい。

どんなことにも感謝しなさい。

これこそ、キリスト・イエスにおいて、

神があなたがたに望んでおられることです。

テサロニケの信徒への手紙一 / 5章 16節


と言った。



私達は聖書を読みながら聖霊様の御声を聴く。

聖霊様にある問題を相談した時、急に聖書の御言葉が浮かぶ時がある。

普段なら思ったことも無い聖書句節が不思議に思い出されて、

解答をくださるのだ。



ダビデはこう告白した。

あなたの御言葉は、わたしの道の光/わたしの歩みを照らす灯

詩編 / 119編 105節


朝にはどうか、聞かせてください

あなたの慈しみについて。

あなたにわたしは依り頼みます。

行くべき道を教えてください

あなたに、わたしの魂は憧れているのです。

詩編 / 143編 8節


世の中で一番あたい無しのを持っても

  
世の中で一番あたい無しのを持っても

それをあたし無いと思わなければ、

それはもうあなたのものになれないし、


シオンの山(天国)に立っているのに

シオンの山(天国)にいることを悟ることができなければ、

あなたはシオンの山(天国)を失って生きているのであり、


あなた逹がイエス様の中にいるのに

イエス様の中にいることを悟ることができずに生きているなら、

あなたはイエス様と関わりなく生きる人と同じだ。


世の中で一番大きい幸せを所有しているのに

その幸せを享受することができないで生きているなら、

あなたは不幸な人よりもっと不幸な人になるはずであり、


あなたがどこに行こうが何をしようが、

私(神様)があなたと一緒にいることを悟ることができなければ、

あなたは永遠にあなた独りであるだけだ。


毎日悔い改める習慣をつけなければならない

主様はその方の愛と祝福と慈悲と治療の能力を世の中に豊かに

注ぐことができるようにお願いになる。


実はクリスチャンに油の注ぎを受けることは問題でもない。

本当の問題はそれを維持することだ。


私達が信仰でキリストに罪を悔い改める時, 油の注ぎを受ける。

その時から聖霊様が私達の心の中に永遠にとどまり始める。


そして神様の御声を聞いて順従する方法を学ぶ時に、

聖霊様によって充満される時に神様が

私達の生に臨在していらっしゃって、

油の注ぎの能力がますます大きくなっているという証拠を

よりたくさん目撃し始める。


しかし、悔い改めは一回で完結される事件ではない。

もし聖霊様と補助を合わせてその中にはっきりととどまるのを願うなら、

毎日悔い改める習慣をつけなければならない。


私達が清めになるほど神様が私達をもっと用いてくださるでしょう。

私達が一番最近犯した罪をすぐ自白して服従するほど

神様ともっと親密に、 もっと楽しく交わることができるでしょう。



誰が汚い器に盛られた食べ物を食べて、

汚れた杯に盛られたお水を飲もうとするのか?

同じく主様もきれいな器と貞潔な心を探す。

自白して服従することはそんなに楽しいのではない。

世の中に自分の過ちや弱点を認めるのが好きな人はいない。

甚だしくは神様の前でも事情は同じだ。


しかし、霊的に健康になるのに

自白して服従することは必須であり、

油の注ぎを維持するのにそれが絶対的に重要だ。

油の注ぎを維持するということは

すなわち基本的なものにフォーカスするということを意味する。



ーマヘシュ・チャブダ