ひとみはずっと、玄関のドアが開く音をもう何時間も待っていた。ただ時計の秒針だけが、容赦なくカチカチと進んでいく。ひとみはリビングのソファに膝を抱えて座ったまま、スマートフォンの画面を何度も点けては消していた。
既読もつかず、返信もないLINEのトーク画面。
最後のメッセージは三日前。
「今日も遅くなるかも。ごめんね」とだけあった。それから英治は帰ってこなかった。彼と結婚して2年になる。ひとみにとってそれは、人生で初めて「満たされている」と感じられた時間だった。英治は明るくで、冗談を言ってひとみをなぐさめて、彼女の髪を軽く撫でてくれた。それだけで、ひとみの中の黒い靄が少しずつ薄れていく気がした。
「あたしみたいな人間でも、愛されることがあるんだ」
そう思えた瞬間が、何度もあった。なのに。なのに彼はいなくなった。
「あたし……何が悪かったんだろう」
声に出して呟くと、自分の声がひどく幼く聞こえた。ひとみは思い返した。
英治に不満をぶつけたことは一度もなかったし、文句も言わなかった。我慢していたわけじゃない。本当に、不満がなかったのだ。それなのに。
「やっぱり……あたしみたいなネガティブで卑屈な女じゃ、ダメだったんだ」
涙が止まらない。嗚咽が漏れるたびに、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。英治の匂いがまだ微かに残っているクッションに顔を埋める。嗅げば嗅ぐほど、涙が溢れた。
「ごめんね、ごめんね、英治くん。こんなあたしでごめんね」
何度も何度も繰り返す。でもその言葉は、もう誰にも届かない。夜が深まる。時計は午前二時を過ぎていた。
「帰ってきてよ……」
小さな声で、掠れた声で、何度も呟いた。返事はない。玄関のインターホンが鳴ることも、
鍵が回る音がすることも、「ただいま」と言ってくれることも、もう二度とないのかもしれない。ひとみはただ泣き続けた。満たされていたはずの毎日は、たった三日で、ぽっかりと空洞に変わっていた。英治はどこにいるのか。生きているのかさえわからない。ひとみには、それを知る術がなかった。そしてきっと、これからもわからないままなのだろう。ひとみは目を閉じた。
「……あたし、ずっと待ってるから」
その言葉は、誰に聞かせるでもなく、ただ暗い部屋の中に溶けていった。