それから一週間が過ぎた。
インターホンが鳴ったとき、ひとみは一瞬だけ胸が跳ね上がった。
「英治くん……?」
でもドアを開けた先にいたのは、二人の警察官だった。
「ひとみさんですか。菊地英治さんの奥様……ですよね。英治さんが遺体で発見されまして………」
その言葉で、ひとみの世界は音を失った。
彼が見つかったのは河川敷の古い倉庫だという。深夜に火の手が上がり、ほぼ全焼。焼け落ちた梁の下から発見された炭化した遺体。歯形とDNA鑑定で、身元は菊地英治と判明したという。
「捜査の結果、自殺の可能性が高いと判断されました。遺書は見つかりませんでしたが、倉庫の扉は内側から施錠されており、第三者の関与を示す証拠もありませんでした」
警察官の声は淡々としていた。ひとみはその場で膝から崩れ落ちた。床に手をついて、吐きそうになるのを必死に堪えた。視界がぐるぐると回り、耳の奥で何かが割れるような音がした。
「英治くんが、そんな……」
警察官は少し間を置いて、
「ご遺体はお引き取りいただけますか。手続きの詳細はこちらで……」と封筒を差し出したが、
ひとみはそれに触れることもできず、ただ床に額を押し付けた。英治は死んだ。焼け焦げて、原型も失って。それなのに、警察は「自殺」でさっさと片付けた。ひとみには信じられなかった。
にこやかな顔で笑って、ひとみの頭を撫でてくれた。「ひとみがいると、ほっとするよ」そう言ってくれた。そんな人が、ひとみを置いて、火の中に消えるなんて。ありえない。
警察は「これ以上の手がかりがない」とだけ言って、去っていった。
ひとみは部屋に移動しソファ-に座り込んだ。涙はもう出なかった。代わりに、胸の奥から黒いものが溢れてくる。それは自己嫌悪だった。
「あたしが……もっとしっかりしてたら」
「もっと明るかったら」
「もっと、愛される女だったら英治くんは、死なずに済んだかもしれない」
頭の中で、同じ言葉がぐるぐると回る。彼はひとみを愛していたはずだ。そう信じていた。信じていたからこそ、この結末が受け入れられない。
でも、もし本当に愛していたなら、なぜ置いていったのか。なぜ、死を選んだのか。答えのない問いが、ひとみを蝕む。
「ごめんね」
今度は、英治に向かってではなく、自分自身に向かって呟いた。
「こんなあたしで、ごめんね」
炎の中に消えた英治は、もう何も答えてくれない。そしてひとみは、これからもずっと、この答えのない自問自答の中に閉じ込められたまま、生きていくのだろう。満たされていたはずの毎日は灰と涙と消えない自己嫌悪だけを残して、静かに終わってゆく。