菊地英治は、大学からの帰り道でまた彼女を見かけた。

中山ひとみ

以前から何度も話しかけてくる女性だった。高校卒業のときに告白されたけど、はっきりと断った相手。それ以降も、執拗につきまとい、突然現れては好意をぶつけてくる。
冴子と結婚してからもそれは続いていた。
「英治さん、いいお店があるの。一緒にどうかな?」 
今日も、いつものように笑顔で近づいてくる。
英治は足を止めず、はっきりとした強い声で言い放った。
「もうやめてくれ。私は君に興味はない。」 彼女は食い下がる。
「でも、冴子がいなくなって寂しいと思うから、せめてあたしが代わりに……」
英治は声を低くし、きっぱりと言い切った。「何度も言っているはずだ。私につきまとうのはやめてくれ!」 
それでも彼女は引かない。
英治はため息を吐き、立ち止まって正面から彼女を見据えた。声に苛立ちをはっきり乗せる。
「しつこい。いい加減にしないと、本当に警察に通報するよ」 
その言葉が出た瞬間、彼女の表情が崩れた。
大粒の涙を浮かべて肩を震わせ、その場を去っていった。泣きながら後ろを振り返る姿が、街灯の下に残った。
英治はため息を深く吐き、歩き出す。
冴子が亡くなってもう三年経つ。
家に帰り、暗い玄関の鍵を開ける。
「ただいま」
もちろん、返事はない。
三年経った今も、習慣のように出てしまう言葉。
英治はジャケットを掛け、静まり返ったリビングで一人、目を閉じた。 ひとみはいつまで自分を追いかけてくるのだろう。
ただ、今日の脅しで少しは引くことを願うばかりだった。