夜の九時過ぎ。表参道の大通りにある芸能人も訪れることもある美容院「Lino」を出た滝上マイは駅前のコンビニに寄った。かごにお菓子やらジュースなどをいれていると雑誌コーナーに置かれた経済誌が目に飛び込んできた。表紙の穏やかに微笑んでいる男に見覚えがあった。彼女が育った養護施設で兄と慕っていた彼。でも、名前が違う。
『中国新世代の覇者 リー・シャンエイ 華星グループ総帥』マイナスから這い上がった奇跡の男』
マイは雑誌を手に取ったまま、動けなくなった。
「お兄ちゃん……だよね?」
記事には、リー・シャンエイの生い立ちが書かれていた。
「7年以上前、重傷を負って中国で発見され!その後実業家の養子に……」
マイの指が震えた。
菊地英治は、泣き虫だったマイのそばにいつもいてくれた。夜中に悪夢を見て泣いていると、隣にやって来て「大丈夫、俺がいるから」と背中を撫でてくれた。施設を卒業しても、月に一度は必ず顔を出して、料理をおごってくれた。彼に最後に会ったのは7年も前になる。ヒマラヤに行く彼に「イエティの写真撮ってきて」とバカな頼みを笑顔で答えてくれた。
調査隊が遭難したというニュースを目にし、行方不明になった隊員の名前に菊地英治を見つけたときマイは悲しんだ。
もう、大好きな兄と会えないのだと……。
マイはコンビニの外に出て、スマホを取り出した。「リー・シャンエイ」で検索した。すぐに彼のアカウントが出てきた。そこに写るのは彼の何気ない日常、そして妻だという女性。彼女の指には、淡い水色の石のリング。キャプションは中国語だったが、翻訳機能で読むと、
「愛する人と、これからの人生を」
マイは、なぜか涙が出そうになった。でも、同時に胸の奥がふっと軽くなった。
「お兄ちゃん……幸せそう」
呟いた言葉は、夜風に溶けて消えた。生きてた。どこか遠くで、ちゃんと笑ってて、誰かを愛して、愛されて。それだけで、十分だった。マイはスマホの画面をそっと胸に押し当て、
小さく微笑んだ。
「おめでとう、お兄ちゃん。私も、ちゃんと自分の人生歩くから」
コンビニの明かりが、マイの横顔を優しく照らしていた。