「何で呼ばれたと思う?」

「一体なぜだかさっぱり分かりません。何かありましたか?」

つい15分前までサボっていた人間とは思えないように堂々と答えた。
俺はこんなにフテブテシイ嘘つきだったか?また一つ心が痛んだが、
どうせ怒られるのだから、とやや開き直っていた。

「何でだと思う?」

支店長は今度は笑いながら言った。

「さっぱり分かりません。」

僕も苦笑いをしながら同じように繰り返した。


「転勤じゃ。」



支店長は、少しすました感じで、内示を与える上官の威厳を漂わせる
ような口調で言った。

「は、はぁ、、それで、、どこですか?」
僕は顔を引きつらせながら言った。

また山賊や夜盗に怯えて生活をするような山奥に飛ばす気だったら、
そのまま人事部へ退職申請をしようとそのとき一瞬で決心を固めた。

「どこだと思う?」

ニヤニヤしながら支店長はじらした。


「どこですか??」

嫌がらせをしているのかと思ったが、支店長は品こそは無いがそこまで
性根の腐った人じゃないし、どちらかというと数字が上がったときは、支店
の交際費を若い僕らの飲み代に使わせてもらったり、小遣いをくれたりと
昔ながらの証券マンだ。

「本部のインベストメントバンキング部じゃ!」

どうだと言わんばかりに支店長は言った。

「本部??」
「支店長、冗談は止めてください。本当はどこですか??」


支店長は冗談を言っているのだと本気で思った。

都内の母店は夢、本店営業部などでは天下人級の大出世、
ましてこんな蛮族の地から本部への転勤なんか今も昔も、
そしてこれからもあり得ない事だった。

「本当じゃ、だからインベストメントバンキング部じゃ!」
「さっき役員から言われたわい。わしも聞き返したくらいじゃ!」
支店長も意外のようだった。何でコイツが?と「???」だったに
違いない。

文系の3流大学出身の門地や血筋のあるコネ入社でもない、
ましてスーパー営業マンでもない奴がなぜ??! と思うのは普
通の思考回路だった。

しかも、都内の大きい店だったらともかくこんな山奥から。
「何ですか?何するところですか?」


当時の花形は、(すくなくとも僕ら同期の中では)まだディーラーや
ランキングアナリストだったし、インベストメントバンキング(投資銀行)
等と言われてもピンとは来ず、具体的に何するところ?といったのが
正直な感想だった。

それだけ山奥のリテール小作農は金融マンとして洗練されていなかった。


「俺も良く分からん。M&AとかIPOをやるところらしいぞ。」
「まあ、よく分からんが、武器が竹槍からミサイルになったことは
 確かじゃ!頑張れ。」

「・・・・・・・」

呆然として、何がなんだか分からなかった。
ただ、この辺境から脱出できることだけが僕の中に認識された。
M&A?IPO?何の略? 

言葉の意味こそ分かってはいたが、具体的には何をするのかさっぱり
分かっておらず、極端に言うとそんな次元だったが、これが僕の初めて
の異動だった。

つづく。


ファミレスのBGMを消すために外に出ることもせず、
座席でアイスコーヒーを一口飲んでから電話に出た。

「はい、ユアンです。」

「おー、ユアンか!お前今何処におるんじゃ?」
受話器からは今朝さっきまで聞いていた支店長のだみ声が聞こえた。

「今、お客様のお宅なのですが、何か?」
後ろにBGMが心地よく流れている田舎の家なんかあるものか!
どうせサボっているのを誰かが見たのだろうと思った。

「今すぐ支店に戻って来い!!」
だみ声の男は戻る理由を言わずに電話を切った。

就職祝いで自分へのプレゼントに自分で買ったオメガは10時45分だった。
帰社予定だった11時まで15分ある、だみ声の男がそれまでも待てないような
ことなのか?

ドラブルか? それとも怒りが頂点に来て逆に冷静だったのか?

支店に戻ると、営業場にいた支店長は僕を一瞥(いちべつ)し、
あごで支店長室の方を指して、先に部屋へ入って行った。

支店長室と言っても大そうなものではない。
普通ならば高そうな絵画や坪が置いてあり、木製の社長机と
革張りのソファーを想像するとおもうが、その支店長室は、

屋根も無く、パーテーションで区切っただけのスペース。
汗汚れが目立つ汚い布製のソファーと年期の入ったブリキの
支店長机が寂しそうに置かれていた。

話し声もマル聞こえで、朝怒鳴る支店長と課長の会話が全て
同じフロアの営業場の僕らにも筒抜けだったから、改めて課
長がその日の指示をしなくても、毎日事前に何を言われるか
はパートのおばちゃんまで分かっていた。

そんな「空間」の中でだみ声は第一声をきった。

「なんで、呼ばれたと思う?」

つづく。

被害者意識が加速度的に増していき、
もはや自力では修正フカノウな状況になっていた。。

ある日、僕はいつものようにモーニングセットを食べたが、
その日はいつもと違う場所だった。

国道沿いのファミレスの窓際の席、普通ならばそんな目立った
ところで朝から堂々とはサボらなかった。
なんとなく車で走っていたらそこについた。。

そんなサボる行為が嫌悪感を生み、嫌悪感が脱力感に変わっていた。
すでに勤勉な、フレッシュな営業マンを演じる気すら、というよりも
サボっているのを誰かに隠すことすら忘れていたのだろう。。

すると、ポケットの中で支店からの電話が鳴った。

「見られたか・・・」

仕方ないと思った。怒られても当然だと思った。
電話越しに怒鳴られたところで、ここから動く気は起きなかった。

何事も無かったかのように、、そして、
ファミレスのBGMを消すために外に出ることもせず、
座席でアイスコーヒーを一口ゆっくりと飲んでから
電話に出た。

「はい、ユアンです。」


つづく。