2018年10月28日日本橋亭で神田伯龍十三回忌追善演芸会を行いました。

大勢様のご来場を頂き、無事公演終了できました。

改めて御来場に御礼申し上げます。

神田伯龍独演会の前座を長く務めた入船亭扇蔵(当時はゆう一、遊一)が

『たがや』でトップを切ります。三日連続独演会を終えて一日を置いての登場。

27日は越生で独演会を行ったと言うのですから相当タフな野郎です。

続いて、神田伯龍最後の弟子となった神田昇龍。

神田昇龍は、十八歳で五代目神田伯山の門人となり、神田松山(これは三代目神田伯山の前座名前)を貰います。

三年間みっちり修業し、多くの演目を神田伯山から直接教わりました。

伯山死去後は『神田伯山』の名跡を預かっております。

 

その後、廃業しましたが、一龍齋貞水先生の門人になったり一龍齋貞丈先生の門人となったりで

紆余曲折ありましたが、最終的に2006年2月に神田伯龍門下になり神田昇龍として復帰しました。

しかし、復帰したものの伯龍は六ヶ月後に他界。その後は、今回のような会にしか出演しませんが

非常に残念で勿体ないことです。今現在『五代目神田伯山』をそのまま聞かせてくれるのは彼だけです。

完全復帰を署名集めしたいほどです。机の上で手をモミモミするのも伯山そのまま(これはあんまり良い癖ではないと言われております)。

五代目神田伯山は三代目小金井芦州(馬面の)門人でもあった時期があります。

この芦州に惚れて落語家から講釈師に転業し小金井芦風を名乗った人が後の古今亭志ん生師匠です。

即ち五代目伯山と志ん生師は兄弟弟子。志ん生師の雪、冬、夜の描写は多く芦州の影響を受けていると申します。

 

今回の昇龍の演題は『鳥越鳳玉』。講釈師が主人公という珍しい話。

これは五代目神田伯山のみが演じた演題。恐らく伯山が創作したか、物語をアレンジしたものでしょう。

鳥越(台東区。今も地名が現存、この界隈は戦災を免れ、昔そのままの建物が多く残っております)に住んでいるところから

鳥越鳳玉と愛称される講釈師が主人公。しかも殺人事件の犯人というサスペンス・ドラマ。

劇中劇ならぬ、講談中講談という演出が心憎い。

「秋風にわくらばがハラハラと散っていく、文政七年の十月のある出来事でございます」

この話は実に良いものです。

そしてお待たせしました。浪曲界の巨匠、澤孝子先生の登場。「待ってました、たっぷり」の声を

受けて、渾身の十八番『徂徠豆腐』。

澤先生の師匠、二代目廣澤菊春先生が五代目神田伯龍から貰った演目。

「えさ?」、「眼も赤くならず、耳も長くならず」は六代目伯龍もやっていたクスグリですが、ルーツは

五代目伯龍。聞いていてぐっと来ました。

曲師は佐藤貴美江師匠。シャープな腕さばき。

伯龍版との大きな違いは、豆腐屋が義士引揚を見物に行く場面の

導入。「去年三月十四日、松の廊下で刃傷なすった浅野様の御家来が夕べ本所松坂町、吉良の屋敷に乱入して……」

この箇所は菊春浪曲の真骨頂とも言える、ほとんどスキャットかラップとでも呼びたい音楽性豊かなテクニック。

もちろん澤先生も完全に踏襲して、心地よいことこの上なしです。

この節回しは、御来場の上お聞きいただくしかありません。「ここは三味線が良くないと上手く行かない」と澤先生。

この日も勿論見事。

高座を下りた澤先生からも「良いお客様で大変やりやすかった」とお言葉を頂戴しました。

ここでお仲入り。壮観の全員集合。

食い付きが琴柳先生というのも凄い番組。小金井芦州先生が蘇ったかのような

「正太と安」。荒神山余聞と題される、次郎長外伝からのスピンオフ作品。

五代目神田伯龍が得意として、六代目にも伝わり、弊社でも二度やって貰いました。

全編やると一時間にも及ぶ大作。芦州先生は全編はやらなかった筈と琴柳先生。

今回は時間が短く、失礼しました。必ずや通し上演をお願いします。

堂々たる風格の三笑亭夢太朗師匠が珍しい『高田馬場』。夢楽ヴァージョンを聞けることも珍しいこととおもいます。

そしていよいよ主任の貞山先生。演題は『柳生二蓋笠(やぎゅうにかいがさ)』。

この講談の中で、「笠をイッカイ、ニカイ」と発音しているのに、この演題を「ニガイガサ」

と呼ぶ演者がいたり、新聞でそのようにルビがふってあったりすると情けなくなります。

 

この演題は伯龍譲り。伯龍から直接聞きましたが、自分が講釈師になろうと思ったきっかけが

小学校で聞いた、天野雉彦(徳川夢声のおじさん)がやった、この話だそうです。

貞山先生も高座で触れましたが、貞山の初高座もこの『柳生二蓋笠(やぎゅうにかいがさ)』だったそうで、

これは意図して伯龍が教えたのに違いないと思います。

伯龍がやった時は、張扇を使いませんでしたが素手で机を叩く迫力が凄まじかった記憶があります。

講談では、優秀な武芸者の隙のなさを「鵜の毛で突くほどの隙もない」という表現を致しますが、

最近の貞山も隙のなさに加え、深い情愛が加わり、見事、圧巻の一席でした。

御来場まことに有難うございます。ご満足いただけたと思います。