【散歩】たみ散歩「東京・水天宮」 Vol.37 日本橋蠣殻町にある「水天宮」を参拝する!④
引き続き、安産や子供を授けてくれる神様として信仰されている神社・水天宮がある「水天宮駅」を散策致します(前回の記事はこちら)。
「そば処つなや」さん。
お蕎麦もいいですね。もう一軒どこかで梯子しましょうかね。
寿司屋が始めた海の丼「丼丸 日本橋箱崎店」
海鮮丼500円というお値段に惹かれます!ワンコインで海鮮丼が食べれるなんてお得ですよね。
これまたおいしそうなお店を発見しました。洋食風カレー「香旬亭」
東京都日本橋箱崎町にある、安くて美味しいカレー屋さんです。なんでこの辺りに、お安い定食屋さんやお店が多いかって。それはこの後、ご説明しますので、しばしお待ちを。
「餃子酒家旭」。
肉汁溢れるジューシーな餃子が自慢のお店のようです。そういえばこの前、知人と中野で餃子の美味しいお店に行ったばかりでした。
つきました。水天宮は箱崎にある日本アイ・ビー・エムの本社ビル。なもんで、この辺りのリーマンの胃袋をお安く満たす必要があるんです。
実はこことある某プロジェクトで、ここで仕事をしていたことがあるんです。
フリーランスで仕事をしていて受注した案件だったんですが、3か月で辞めました。もう行くことはないかもしれませんが・・・。
日本IBM本社前にある「箱崎公園」。
結構スケジュール的に厳しいプロジェクトだったんですよねぇ。まあSIerのプロジェクトはどこもそうでしょうね。
こんなところに社がありました。
「高尾稲荷神社」というようです。当時は全く気づきませんでした。そしてIBM本社ビルのお隣には「日本銀行創業の地」の礎がございます。
日本銀行創業の地は、現在の日本橋日銀本店本館ではなく永代橋の近く箱崎町にあるんです。ここは、1882年に日本銀行が開業した地で、1896年に現在の日本橋本石町に移転したという歴史があります。
当時の頃でも瀟洒な本館だったんですねぇ。ここからは「豊海橋(とよみばし)」が見えます。
豊海橋は、日本橋川にかかる橋で、北岸の東京都中央区日本橋箱崎町と南岸の中央区新川1丁目を結ぶ橋でございます。
梯子を横にしたような構造は、フィーレンディール橋と呼ばれ、永代橋との景観上のバランスを考慮して設計されたんだそう。シンプルなデザインのなかに鋲止形式という古い形態を残し、重量感のある鉄骨橋梁の代表例として貴重な橋なんです。
向こうに見えるのは「永代橋」。
こちらは皆様もご存じの橋ではないでしょうか。永代橋は元禄11年(1698年)に日本橋と深川を結ぶ橋として作られました。東京都中央区新川と江東区佐賀の隅田川に架かる永代橋は、その筋骨隆々とした「男性美」を思わせる鋼橋として親しまれています。
現在の橋は、1926年(大正15年)に関東大震災復興事業として架けられたもの。橋長185.2メートル、幅員22メートル、ケーソン工法など当時の日本では珍しい技術を採用した斬新な橋梁だったんです。
永代橋が架橋されたのは、1698年(元禄11年) の江戸時代までさかのぼります。徳川政府による幕藩体制が安定し、江戸の街が隅田川(当時は大川)を越えるまで広がり、「八百八町」が形成された頃でした。現在の橋よりも200メートルほど下流で、「深川の大渡し」という船渡しがあった場所に最初の橋は作られていました。時の将軍綱吉の50歳を記念して架橋され、近隣の地名にちなんで「永代」と名付けられた(50歳を祝して永代という説もある)んだそうですよ。
橋の長さは110間(約200メートル)で、橋の下を船が航行するため、桁下は大潮のときでも3メートル以上確保されていたという巨大な木橋であったとされます。「江戸中を眼下にあり」と評される眺望で、富士山や筑波山、伊豆・箱根、安房地方まで見ることができたそうだ。両国橋・新大橋とともに「大川三大橋」と呼ばれています。(ちゃんとアカウンタビリティ 復興の歴史が刻まれた 男性的な力強さのアーチ橋より)
折角なんで永代橋で一句詠んでみましょう。
「深川の 江戸を見渡す 並び橋 はるか箱根の 鼓動感ずる」 by たみと
今日はここでお終いです。お次は「【散歩】たみ散歩「東京・水天宮」 Vol.37 日本橋蠣殻町にある「水天宮」を参拝する!⑤」をお届けしますのでお楽しみに!
written by たみと@いつでもどこでも働ける、リモートワーカーという生き方