霊能にのみ頼ってはならぬ | 瑞霊に倣いて

瑞霊に倣いて

  
  『霊界物語』が一組あれば、これを 種 にしてミロクの世は実現できる。 
                            (出口王仁三郎)  

司会 大津さんは先の島原での祭典の折に、昭和五年に聖師様から、「霊眼でやると間違いが生じる、審神(サニワ)ができなかったらだめだ。審神は難しい。相応の理だと間違いがないから相応の理でやれ」と御教示を受けて、戦後は相応の理でやった、ということだったですが、具体的にはどういう風に?

 

大津 物語四十七巻跋文「その一」には『霊界一切の事物と人間一切の事物との間に一種の相応がある』。「その二」では、『相応の成就は用によって達成す』と。又そこには、『すべて神の法則に従うものは、ことごとく天界に相応すれども、これに反するものはみな地獄に相応するものである。天国に相応するものはみな善と真とに関係があるが、地獄と相応するものは偽りと罪悪に交渉せないものはないのである。』と示されています。そして『相応者』の事も書いてあります。

 

(「愛善世界」№37 『座談会 みろくの世作りに邁進を(3)』より)

 

*出口王仁三郎聖師は信徒に対し、直感の重要性と、直感を開発するために常に神様に意識を向けておらねばならないことを説いておられますが、一方で直感のみに頼ることのないよう釘を刺されてもいます。直感は大切ですが、すべてが高次の世界からのものではないため、常に現実と照らし合わせて吟味されねばなりません。また正しい師につくことなく、一人で霊性の道を歩もうとする者が下手に神秘体験などをすると、まず間違いなく狂信的になります。それを防ぐためにも、洗礼や潅頂、イニシエーションは重要です。

 

・「直感」は吟味されねばならない 〔スウェーデンボルグ〕

 

 “真理に関して一瞬で納得すること、何らの疑いも残さないほど真理が一瞬に確認されることは、だれにも許されないことです。それは秩序の法則に反します。理由は、そのように植えつけられた真理は、鵜呑みの真理になり、広がりがなく、余裕のないものになるからです。来世ではこのような真理は、鈍重なものとして表象されます。それ自身適用が利く善を受け入れない性格があります。したがって来世で善霊たちの眼前に、ある種の真理が明確な経験をとおして提示されると、それに対立するものがすぐさま提示され、これが疑いを呼び起こします。このようにして善霊たちは、それがはたして真理かどうか吟味するチャンスが与えられます。つまり論拠を集め、その真理を自分の心に合理的に納めることになります。このようにして、その真理に関する限り、対立するものも含め、本人の霊的視力に広がりが生まれます。こうして理性によって真理の性格の全容を見、感じとることができるとともに、物事の状態に応じて天界から流入があるのを認めます。つまり真理は状況にしたがって、さまざまな形を帯びるわけです。(「天界の秘儀」から)”

 

(「メディテーション 1」アルカナ出版より)

 

・「霊感」の正しさを見極める方法 〔スワミ・ヴィヴェーカーナンダ〕

 

 「第一の条件は、霊感は理性と矛盾しないことである。老人は子供の発展であると同様に、われわれが霊感と呼んでいるものは、理性の発達である。直感の道は理性を通るのである。もしも霊感が理性に反するなら、それは垣の外へ投げすてるがよい! 」

 

 「第二に、この霊感は各人と、万人の幸福を目指したもので、名声や個人的利得ではない。その恩恵はつねに普遍的性格をもつべきであり、霊感を受けた者の公平無私は絶対であるべきである。」

 

(「ロマン・ロラン全集 15 『ヴィヴェカーナンダの生涯と普遍的福音』」(みすず書房)より)

 

 

・「新約聖書」より

 

 預言する者も、ふたりか三人が話し、ほかの者はそれを吟味しなさい。(Ⅰコリント14:29)

 

 預をないがしろにしてはいけません。すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい。(Ⅰテサロニケ5:20、21) 

 

・G・I ・グルジェフ 
 「自分の中の“高次のもの”のみを信じなければならない」 

 “ある日、グルジェフは、いろいろな生徒を別々に彼の部屋に招じ入れた。私たち夫婦が彼と向かい合ってカーペットの敷かれた床に坐ると、自分自身を誠実に直視しうる自己の深層部にいかに達したらよいいかということを話し始めた。 
 彼はいつにない思いやりと優しさをこめて私たち二人に接した。彼の顔から日常の仮面(マスク)がはがれ落ちると、この世で最愛の人の面影を見る。こうした場合には、彼との霊的絆の強さに打たれ、その力がひしひしと感じられるのである。 
 翌週また幾人かの人々が個人的に呼ばれたが、どういうわけか私は呼ばれなかった。グルジェフはその日一日私を避けているようだった。話さなければならないと感じた私は、大きなテラスに彼が一人きりのとき、思いきってこう聞いてみた。「グルジェフさん、ペトログラード時代に、最初はたった5コペイカ(ペニーに相当するロシアの硬貨)を賭けるだけでよいとおっしゃったでしょう。つまり、あなたの教えを実践し始めるには、最小限の信念をもつだけでよいというわけです。けれども、あなたの言ったことが正しく、また役に立ったということが証明されたなら、10、いや20コペイカ以上も賭けなければならないといわれました。つまり、ますますあなたを信じなさいということになります。それなら、あなたを信じきり、あなたの言うことならなんでも無条件に従わなければならないのでしょうか?」 
 彼は頭を軽く振り、一瞬ためらってから、「もちろんです。概していえばそういうことだが、かりに私がマスターベーションを教え始めたとしても、私の言うことを聞くのかな?」と答えただけで、一言も言わずに行ってしまった。 
 「仕事(ワーク)」の本質を突くこうした言葉は非常に重要である。盲目的に服従するのではなく、自分の目的を常に想起していなければならない。”(トーマス・ド・ハートマンの回想) 

 “ベルリンから帰ってから、ある夜私はプリオーレへ行った。グルジェフは私にしてはならないと思えるようなことを頼んだ。私は自分の部屋へ引きこもった。しばらくするとグルジェフが来て、彼が頼んだことをしなければ、夫に不吉なことが起こると言った。電話がないのでパリにいる夫と連絡がとれない。終電が出たあとだから帰ることもできない。いずれにせよ、意外な時間に帰ったら夫を心配させるだけだ。絶望的になった私は、言われたことをすべきか、すべきでないかと考えた・・・この闘争の最中に、グルジェフがあれほどしばしば繰り返した言葉を急に思い出したのである。・・・自己の内部の高次のもののみを信じなければならない。こう気がつくと、この言葉をしっかりと心に留め、外部からくる何ものも・・・自分の師から来るものさえも・・・恐れなければ、不吉なことは何も起こらないという感じが心の深くにもてた。師は、私が忘れてしまったことを想起させようと試しているだけなのかもしれない。理性でこう考えたにもかかわらず、理解が閃いたにもかかわらず、私は猛烈に苦しんだ。 
 翌朝の始発で帰宅し、寝台のなかで安らかに眠っている夫を見た。のちに「ミラレパ」を読み、チベットの師(マスター)たちは、しばしば弟子たちにこうした難題を与え、師の言うことを何から何まで信じてしまわないようにさせるということを知った。”(オルガ・ド・ハートマンの回想) 

         (トーマス・ド・ハートマン/オルガ・ド・ハートマン「グルジェフと共に」めるくまーる社)

 

 

 

 

 

 


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