赤は赤のまま活かす!子育て15年でやっと気づいた大切なこと -4ページ目

赤は赤のまま活かす!子育て15年でやっと気づいた大切なこと

「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
死ぬ時節には死ぬがよく候」
息子が不登校から引きこもりに。まさになぜ家の子が!
そうなってやっと気づいた自分の捉えの歪み。息子の引きこもりを受け入れ、その時自分ができることを一生懸命やるしかない、と過ごしてます。

私自身は、今までが間違っていた、これからは個性に合った子育てをしようと思い、夫も同調している(というか、夫は元々そう思っている)。

経験したことない人に、この対応が理解されなくてもまあしょうがない。


他人は1mmも変わらなくて良いのだが、唯一理解してくれたら気が楽になるな、と思う存在が、私の母である。


私の母は、「こうせねば、こうあるべき」の塊。75歳という年齢からしても、まあ大抵はそうだろうと思う。


その母に今の息子を理解してというのは、残酷だ。


75年生きてきて、つらいことや踏ん張ることが多かった人生だと思う。やっと穏やかな生活に慣れてきた頃だ。人生の最終コーナーで、孫が高校辞めて引きこもり。


一見強く振る舞っている分、中身が繊細なことはここ15年で気づいた。父や伯母が病気になったときは、眠れなく食事できなく、やせ細った人だ。今でも38キロしかない。息子のことを知ったら、心配でもっと痩せるだろう。そんな思いをさせちゃいけないと思っている。


母にはだから言えていない。


母には子育てに随分協力してもらった。私の仕事が忙しいときは、保育園のお迎えや食事作りなど。

母も生きがいに感じ、子どもたちも母が来る日は大喜び。帰りは帰らないでと言いながら、みんなで見送っていた。


それなのに、息子は良くしてもらったのに今に自分は見せられないと言う。


娘も思春期真っ只中で、誰に対してもそっけないし、愛嬌がない。

きょうはお彼岸で実家に一緒に行ったが、眠すぎたらしくずっと寝ていた。

母は久々に孫と会って、話すのを楽しみにしていたようだ。

だから、きょう母はがっかりしてしまったようだ。


母のところに息子は行かない、娘は行っても話さないで寝ている。


子どもはそのままでいいよ、と思っていても、どうしても母の前ではおばあちゃん大好きな孫になって欲しいと思ってしまう。


一人暮らしの母には喜んでもらいたいし、子どもは赤は赤のままで育てたい、その狭間に挟まれるときが一番つらい。


満月前提に見ているつもりだが、自分の一番大切に思っている人同士がうまくいかないと、双方を三日月に見てしまう。

だから、実家に行った日は、次元が下がったかなと感じるて日。