このタイトルの小説が昔好きで、何回か読んだ。順調に人生を歩んできた主人公に、結婚後起こる試練、でもたくましく生きて行く話。
息子が不登校になってから、このタイトルを良く思い出す。
学校に行って卒業して、働いて収入を得て自活することを「普通」と定義すると、私の人生は普通だった。
自分のことだけで言うと、大きく踏み外すことはなく、むしろ心のレベルが低い割には回りの人に恵まれたおかげで、順調に進んできたと思う。自分のことは自分でどうにかできてきてしまった。
そんな私に子どもが不登校になる、子どもが引きこもりになる、将来どうなるか未知数という、出来事が起こった。
自分のことはどうにかできるが、自分以外のことは全くどうにもできない。どうにもできないことのつらさをずっと抱えて、いつ手放せるかが全くわからない。
自分のことだけなら楽なのに。。なんとかできるのに。。何万回思ったことか。
クリニックの先生には、「自分のことをなんとかできてしまう人は、回りの人に出がちなんです」と言われた。
私に課題があっても自分でどうにかしてしまい、シンの課題に向き合えないから、回りの人に起こして、シンの課題に向き合わせるって解釈なのだ。
それが、私の運命なんだ。受け入れている。私という運命について。
それでも、なぜ私の課題のために息子にこんなつらい思いをさせるのだろう、もう十分、もう分かったよ!と思ってしまうことが、たまにある。
私がシンの課題解決をすれば息子は回復する。私が課題解決しなければ、息子はいつまでもこのまま。
うーん、やっぱり自分だけに出て欲しかったなあ。
きょうは、そんな風に思ってしまう日。