魯迅 著
竹内好 訳
岩波書店2015

 

わけもわからずに、ぼくは魯迅を読んできた。

 

初めて読んだのがいつなのかは、はっきりと覚えていないが、小学校の国語の授業だったことは確かだ。近現代中国最大の文豪だから、当然何本もの名文が教科書に採用され、中国の義務教育を受けていれば子供の頃からそれらに親しむことができた。記憶が正しければ、最初に読んだのは小説「故郷」の一部を抜粋した「少年閏土」で、その次が「宮芝居」(中国語題「社戯」)だ。中学校になると「百草園から三味書屋へ」が早くも一年生のときに登場し、ぼくは幸運にも日本で名師からこの文章の精読の手ほどきを受けた。この三編に共通するのは、いずれも少年時代を回顧した内容で、小中学生でもなんとか意味をつかめる牧歌的な描写に溢れる文章だったということだ。「故郷」は全文を読めば牧歌どころか挽歌と言ってもいいようなものだが、「少年閏土」の部分だけを取り出せば、確かに美しい思い出だと言える。実際、教科書にある練習問題もこれらの文章を単なる美文として扱い、描写を学ぶように誘導していた。

 

しかし、中二から高校になると、思春期の子どもたちの不安定な心に合わせるかのように、教科書に採用される魯迅作品は180度に変調する。「『友邦驚詫』論」、「『フェアプレイ』は時期尚早であること」、「劉和珍君を紀念して」などなど、敵と見れば一太刀に切り伏せる闘争心、それでも倒れなかったら傷口にこれでもかと塩を塗り込む冷酷さ、そして、「私は最大の悪意で中国人を推測することを恐れない」と断言する同胞への苛烈な批判、文章は紛れもない名文だが、読んでいて快感を覚えることは一度もなく、むしろあまりのダークさにいつも気が沈んでしまい、いつの間にか眉をひそめるようになった。

 

そうして、少しずつ反感を積み重ねてきたぼくは、「灯下漫筆」を読んだときについに我慢できなくなった。この文章で魯迅は数千年の中国文明を「自分は人から虐げられるが、別の人を虐げることができる。自分は人に食われるが、別の人を食うことができる。一級一級と順々に下の階級を制馭しており、身動きもできないし、身動きしようとも思わなくなっている」ものだと総括し、そしてラストで青年へ檄を飛ばした。

 

「この人肉の饗宴は、今日なお張りつづけられており、多くの人々は今後もずっと続けようと考えている。これらの人食いどもを掃蕩し、この宴席をひっくり返し、この厨房を叩きこわすことこそは、今日の青年の使命である!」

 

なるほど、燃えやすい性格の若者なら「うおー!魯迅先生すげー!」となるかもしれない。しかしぼくにはわからなかった、なぜ魯迅は「青年」ばかりに期待し、まだ壮年期である自分と同世代の人々に一瞥もくれないのか。もっとはっきり言えば、立ち上がった青年を待つのが流血を伴う茨の道と知りながら、なぜ魯迅先生自身が立ち上がらずに、若者にばかり使命感と責任感を求めるのかーーだいたいこんな意味のことを、ぼくは誰に向ければよいのかわからない義憤を込めて、教科書に書きなぐった。

 

書きなぐったはいいが、当時のぼくは、まだ今のように静かに怒りを燃やし続ける術を心得ておらず、文字に形を変えた義憤を眺めているうちに、気分がおちついてきてしまった。結局その義憤は、教科書にそのまま閉じ込められてしまい、魯迅のほかの文章を読むときにも呼び覚まされず、2つのテキストを突き合わせて読む基本中の基本にさえ思い至らなかった。今思えば、実に残念である。もしあの頃導いてくれる大人がいれば、或いは今のぼくがタイムスリップすることができれば、きっと高校生のぼくにこう教えたのだろう。「魯迅がなぜそうするか、答えは彼がはっきり書いてある。『狂人日記』の中でね。」その一言だけで、ぼくはもっと早くこの世のーーとは流石に言いすぎかもしれないが、少なくとも中国のーー真実を知ることができたのに。

 

『狂人日記』の内容を知るには、なんといっても読んでみるのが第一だが、一言でまとめてしまえば、「私」が周りの人々が食人しているとの妄想に取り憑かれてしまい、自分も食べられることを恐れ、狂っていく過程を描いている。ここでの「食人」はカニバリズムそのものではない。作品が書かれたのは1918年、1911年の辛亥革命で数千年続いた王朝体制が終焉した中国だが、大衆の価値観が革命と同時に一新されることにはならず、王朝時代の束縛がまだまだ根強く残っていた。「食人」とは、数千年にわたって中国人の精神世界を束縛し続けてきた因習だということになるのだ。ぼくが使った教科書の解説にもそのように書いてあり、この小説は「封建的な礼教に痛烈な一撃を加えた」と称賛されている。これくらい理解できていればテストで困ることはないので、当時のぼくもこの単純な解説に満足し、これほど単純ならなぜ100年も読み継がれるのかを全く考えようとせず、「社会通念となっている伝統を批判するなんて、魯迅は勇気があるなあ」と能天気に考えていた。つまるところ、ぼく自身が単純すぎたのである。

 

今読み返せばすぐ気がつくが、この小説のクライマックスは食人とかそういうものではなく、自分を被害者と思い込んでいた「私」が、自身の人生を振り返り真実に気づく次のシーンである。

 

「四千年来、絶えず人間を食ってきたところ、そこにおれも、なが年くらしてきたんだということが、今日やっとわかった。兄貴が家を管理しているときに妹は死んだ。やつがこっそり料理にまぜて、おれたちにも食わせなかったとはいえない。
 おれは知らぬ間に、妹の肉を食わせられなかったとはいえん。いま番がおれに廻ってきて……
 四千年の食人の歴史をもつおれ。はじめはわからなかったが、いまわかった。真実の人間の得がたさ。」

 

因習批判に言い換えるのなら、「私」は因習に苦しめられた人間であると同時に、因習が獲物を逃さぬ蜘蛛の巣のように広がる社会に生まれたため、因習に育てられ、因習による甘い汁を吸ってきた加害者でもある。そのことに気づいたからこそ、「私」は自分自身が食人を断絶させる英雄になることが不可能だとわかり、作中で試みた兄への説得を繰り返すような無駄をせず、ただ最後に「子供を救え…」と弱々しくつぶやくことしかできなかったのである。そして、間違いなく「私」に自分の姿を重ねていた魯迅も、辛亥革命後の混乱と革命を唱えてきた者たちの腐敗を目にし、20代から抱いてきた中国を一新させる理想が、少なくとも自分のような因習に囚われた世代では実現がありえないと知った。だから魯迅は、「青年」に託すしかなかった。「灯下漫筆」にとどまらず、魯迅の各文章で繰り返された青年への檄は、大人が安全なところで血気盛んな若者をアジる無責任な言説ではなく、自分の世代に絶望した思想家と革命者が、一縷の望みを繋ごうとした渾身の叫び声だったのである。

 

より鋭敏な頭脳の持ち主なら(例えば私の妻)、或いは魯迅のテキストにより習熟していたら、高校生でも十分ここまで気づくことができるが、両方とも持ち合わせていないぼくは、而立の歳を過ぎ、魯迅がかつて8年間過ごした日本においてようやく偉大なる先哲の絶望に気がつき、そしてその瞬間、血の気が引いていくのを感じた。ぼくは、完全に間違っていたのだ。

 

当時のぼくは、大気汚染と名状しがたい違和感から逃げるように北京を去り、日本でしばしの安寧感に浸り、そして安全な場所から中国を眺め、折に触れては中国の出来事や国民を批判し、次のようなことを書いたりしていた。

 

「中国国内にいる一部の知り合いが、抑圧に満ちた不自由な生活を送っているのを自覚しながら、その生活を強いる体制と社会を擁護することが、ぼくには理解できなかった。しかし、よくよく考えてみれば、ぼくだって数年前までは、中国のことを批判されると『でも少なくとも昔よりはマシだ』と論点をすり替え、それで反論した気になっていた。今振り返ると、あの頃のぼくは自分が身を置く社会と国家が批判されるのを恐れたのだろう、それはすなわちその社会と国家を構成する一部としての自分が批判されるのと同じだと感じたからだ。」

 

こんなことを書けば「一部の知り合い」の顰蹙を買うのは目に見えており、ぼく自身それを狙っていた節があった。しかし、ぼくは中国以外で生まれ育った人間ではない。魯迅以上に日本に長くいるとはいえ、ぼくは頭から爪先まで中国生まれの中国育ちであり、どうあがいても、中国の一部であることは否定できない。今の中国の風潮、価値観、思考回路などなど、ぼくが嫌うそれらがごった煮になった大鍋のなかから、ぼくという人間が煮詰まれたのであり、外から中国を眺めて批判することなど、原理的に不可能だったのだ。

 

この気付きはショッキングだった。打ちのめされてもおかしくないくらいにショッキングだった。幸い、同じ経験をした魯迅がいてくれた。自分自身にさえ絶望した魯迅は、それでも筆を執り書き続けたのである。それなら、絶望と言いながらも、実は彼はどこかで希望を持っていたのではないか、絶望は批判を展開するための単なるレトリックではないか、そう思いながら、ぼくはさらに魯迅を読むことにした。


(続く)

溝口雄三
東京大学出版会1989

 

溝口雄三が批判した中国観

日本のインターネット掲示板やニュースサイトのコメント欄などを眺めていると、近現代の中国、とりわけ人民共和国以降のことが話題に上ると、目を覆いたくなるほどの罵詈雑言で溢れかえっていることがわかる。他方、古代中国、とりわけ三国志が出てくれば、おそらく罵詈雑言を書き込んだのと同一、または同じくらいヒマな方々が、今度はウンチクを滔々と語りだし、思い入れの深い人物がいかに素晴らしいのかをみんなに納得させようとする。そしてこうした議論には、いつも「今の中国は嫌いだけど、昔の中国は本当にすごかった」と嘆く人が出てくる。なにもインターネットだけがそうなのではない。天下のNHKでさえ、中国を取り上げたドキュメンタリーでは近現代が批判中心、古代は文化の素晴らしさ中心というありさまである。どうやら日本では、マスコミから一般人に至るまで、古代中国と近現代の中国は完全に分断された別個の国家だと言わないまでも、価値判断としては切り離されて評価できるものになっているようである。

 

中国を古代と近現代にわけて捉えるこの奇妙な態度は、ここ数年間に誕生したのではなく、溝口雄三がこの本を書いた1980年代にすでにそうなっていた。溝口は日本人のヨーロッパ古代に対する関心がヨーロッパの近現代像に触発されているのに対し、中国の古代に対しては近代と無縁な関心を持つことを指摘した上で、次のように喝破する。

 

この相違は、ヨーロッパの近現代像が、明治以来、他の世界に時には優越的とさえされたある文明価値をもつと認められてきたのに対し、中国の近現代が一般に文明価値どころか歴史価値そのものにおいて、ヨーロッパはもとより日本にすら劣っていると通念されてきたことと無縁ではない。

 

日本のこのような関心において、古代中国は日本文化とのつながりを強く持つ分野ーー三国志、漢詩、仏教などーーのみが注目される。しかも、それらは劣っていると通念される現代中国へつながる文化的基盤としてではなく、日本文化へつながるものとしてのみ重要視される。溝口の言葉を借りれば「日本内的中国」というものになり、しかも、そうした関心が「最近ではマス・メディアによって卑俗なかたちで増幅されさえしている」のである。

 

もちろん、溝口以前にそれに疑問を持った学者や思想家がいなかったというわけではない。戦後日本の歴史学ではマルクス主義から中国の歴史や革命の価値を捉え直し、近現代中国を理想的な国家として再評価する論調もあったほどだ。しかし、溝口はそうした試みにも疑問を呈す。「進化や革命に主に依拠してなされたものであったため、それらと関係をとり結びえなかった『史記』とか『碧巌録』とかの古代や中世の世界は、依然として革命・進化の近現代中国とは無縁のまま」だというのである。つまり、中国を眺める際の拠り所となるのもが日本文化から進化や革命といった観念に変わっただけであり、中国そのものが不在だということにかわりはないのである。

 

中国を「方法」とすること

あれもだめ、これもだめ、では、どうすればいいのか。答えは簡単、そこに中国という存在があり、その存在の独自性を認め、それに即して研究・思考をすればいいだけのことである。至極当然で、何ら新鮮味のない立場だが、溝口はその先までをも構想し、中国を「方法」として世界を捉え直すことを提唱する。

 

今ではわたくしたちは、そうしようと思えば、この中国というよくも悪くも独自な世界を通して、いわば中国レンズでヨーロッパを見ることが可能になり、それにより従来の「世界」に対する批判もできるようになった。たとえば、「自由」とは何なのか、「国家」とは何なのか、「法」「契約」とは何なのかなど、これまで普遍の原理とされてきたものを、いったんは個別化し相対化できようになった。(中略)相対化された多元的な原理の上にもう一層、高次の世界像といったものを創出しようということである。

 

大胆な構想ではあるが、竹内好の思考に触発され、西洋の近代に疑問を持ち中国研究に進んだ溝口の経歴を考えれば、このような考えを持つのはよく理解できる。しかし、この言葉が、経済の成長にしたがい自信を強めつつあった当時の中国の一部の知識人の目には、「外国人が中国の独自性を認めてくれた」と喜びを持って迎えられた。日本には数多くの優れた中国学者がいるにもかかわらず、溝口雄三だけが著書のほぼすべてを中国語に翻訳され、著作集も刊行されていることからも、彼がいかに中国人を喜ばせたのかがわかる。そうした反応が日本国内に還流すると、日本国内においても、溝口が中国を「実体化」させ、竹内好がどこまでも実体化するのを避けた「方法」の意味を全く理解していないと、学術界の重鎮が批判するほどとなってしまった。

 

しかし、この批判はやや勇み足というべきだろう。溝口は普遍の原理をいったん相対化させるといっただけであり、中国を絶対化させたことが一度もない。むしろ読み手側が溝口の言葉を論拠に西洋のすべての相対化させ、中国自身の原理を絶対化させてしまっているのだ。「相対化された多元的な原理の上」に建つべき高次の世界像は、このような読み手の頭の中で「中国中心の世界像」にすり替えられてしまった。溝口自身は、1980年代に「NIES」の台頭を説明しようと欧米から始まった儒教再評価の時流に敏感であり、その時流が中国本土にも当然のごとく波及したことに言及し、流れの背後には欧米と中国それぞれの自前の要因と自前の有用性があることを見透かしていたが、まさか彼自身の研究が、「自前の有用性」のために中国でかように利用されるとは、溝口自身も想像していなかっただろう。

 

このことは、日本において中国を研究することがいかにリスクを伴うのかを物語る。もはや日本が中国を参考に国造りする時代でない以上、溝口が鋭く指摘しているように、中国を研究することが単に中国発の哲学書や文化芸術を繰り返し読むことに終止していては無意味であり、「それを通して中国を知ること」につながらなければならない。しかし、知ることは一方的に理解できた気分に浸ればよいものではなく、知ろうとする対象との交渉を経て初めて検証できるものである。その交渉の際に、相手が自分の研究成果をどのように読み、利用するかは、はっきり言って全くコントロールできないのである。

 

ただ、溝口雄三の研究に、「中国の独自性」の肥大化を抑止することのできる思慮がほぼ完全に欠落していたことも、事実である。溝口は史実や思想的基盤の研究において竹内好より数段も前進しており、そのため西洋と異なる中国の近代の歩みを、説得力に富む形で描き直すことが可能となった。この点から言えば、溝口と彼が影響を受けた竹内好は、ともに西洋が持ち込んだ近代に対決できる別の近代の東洋に見出そうとした点では同じだ。しかし、決定的に異なるのは、竹内好の「方法としてのアジア」は、アジア自身、東洋自身をも絶えず自己否定し続ける永遠に未完成なものであるのに対し、溝口雄三の「方法としての中国」は自己否定の契機に乏しかったのである。

 

自己批判を探して

個人的には、溝口雄三の中国研究は戦後日本の一つの到達点であると考えており、現時点まで彼以上の近現代中国を理解するための理論を編み出した日本人はいない。したがって、自己否定に乏しい彼の欠点を補えるだけの日本人もいない。西洋に期待するのも的はずれだ。中国と日本は大きな違いを孕みつつも、なんとか同じ「東洋」と観念することができるが、西洋が入ってくれば「外からの否定」が可能でも、「自己否定」は原理的に不可能である。ここはやはり中国の思想家に頼らなくてはならない。とはいっても、自己意識が肥大化した現代中国にそのような人物はいない、どう考えてもいない。仕方がないので、次回から、ぼくは自己否定の雄・魯迅先生を頼りにしていきたいと思う。それによりこの連載は、しばらくの間「中国を読む」というより、「魯迅を読む」ものになるだろう。

コロナが始まってから早2年、帰省できず家族と会えないぼくは苛立ちを募らせ、入国規制をなおも続ける世界中の国々を呪う日々だ。そんな折に飛び込んできたのが岸田政権の水際対策を89%もの人が賛成するという世論調査、なるほど、さすがは鎖国日本、さもありなん。

 

そもそも海外への渡航が簡単に叶わない現状のうえに、鎖国根性が積み重ねれば、この国が眺める外国がいかに幻想、妄想、誇張、憶測のオンパレードなのか、いかに無根拠で信用できないのか、考えてみればわかりそうなものである。残念ながら、当の日本人たちの大半は全く無自覚であり、ただマス・メディアが垂れ流す海外情報を取捨選択もせずに受け取っているだけである。いやいやマスゴミは信用できないとする一見覚醒した一派は、より嘆かわしいことに掃き溜めツールのSNSを頼りにする。覚醒どころか覚醒剤中毒の彼らにはもはや付ける薬がなく、破滅という名の救いが彼らのもとに一刻でも早く訪れることを、願うばかりである。

無意味なテニス選手スキャンダル報道

つい先日、依頼を受け某大手メディアの番組制作を少し手伝った。以前にもブログに書いたことがあるできればやりたくない仕事だが、コロナで収入減の現状では背に腹は代えられない。割り切って仕事をこなすだけの心境でクライアントの会社に赴き、パソコンで資料検索と動画の文字起こしをし、元テニス選手が元副首相に性的暴行されただのされないだの、そんな何の意味もないスタッフ同士の編集会議を聞き、時間通りに帰宅した。

 

帰宅した頃には、件の放送がとっくに終了しているため、どのように編集されたのか、最新式のコメンテーターAIが今度はどんな空論を展開したのか、なにも知らずに済んだ。しかし妻は不運にも少しだけ放送を見てしまい、「あんなの、意味ある?」と時間を無駄にしたことを悔やんだ。お金をもらうためだけさ、出演者もテレビマンもぼくもーーそう考えて自分を納得させ、そしてなにも考えていないように見え、実際は考える能力そのものを失い、働き蜂のようにせわしなく動き回るだけの制作スタッフたちを、ひどく不憫に思った。

 

それにしても、中国の伊達○子と中国の麻生○郎のスキャンダルをとりあげて、何が面白いのだろうか。「異例の暴露」、たしかにそのとおりである。しかし、異例は最初の一回きりで、その後当事者から何の情報も伝わってこないのは周知のとおり、数ヶ月も追いかけるほどの価値はない。「この件の裏には権力闘争がある」、そうかもしれない、しかしそうではないかもしれない。現時点では何の証拠もなく、事件発生直後の憶測以上の結論を誰も出せないのなら、陳腐な論調を繰り返したところで無意味だ。「でも選手の身の安全が心配だ」、なるほど、それならもっとストレートに、「選手を出せ!さもないと訴えるぞ!」くらいの気概を見せてほしい。ワイドショーでSNSに上がった動画を流し、暇な中年男女向けに「心配ですねー」「この動画明らかに不自然ですねー」と騒ぎ立てたところで、当事者の安全に1ミリでも寄与すると思っているのだろうか。申し訳ないが不自然なのはあなた方の顔のほうだ。心配したフリを演じても、その目は明らかに悪意の輝きに満ちている。あなた方は誰の心配もしていない、むしろ無数のディスプレイの向こう側にいる視聴者と同様、選手の身に本当に不幸が降りかかり、できれば無残な死体となって発見され、そうすればもう一度涙する演技でお茶の間を賑わし、放送時間を潰せることを、ハイエナのごとく待ち構えているのだ。

 

どうしてもこの件から意義を見出そうとするのなら、海の向こうのニューヨーク・タイムズくらいはやらないとだめだ。フェミニズムの専門家が書いたこの記事は、元選手の暴露が中国のフェミニズムに再度火をつけ、それがやがて人権を求めるうねりに発展するのを政権が恐れていると分析した。中国におけるフェミニズムの存在感を過大評価しているものの、視点の一つとしては成り立つ。なぜなら、高圧的な政治が続く中国では、環境保全、ジェンダー平等、マイノリティ支援などは、市民団体がある程度動ける数少ない分野であり、彼らの行動が結果的に政権批判・政治批判に繋がる可能性が十分にあるからだ。中国政府もそのことを十分意識しており、だからNGO・NPOの動きにはいつも目を光らせる。しかし、日本のメディアにはそのような思考力も視野もない。いや、邪推すれば、日本は中国と同じくらいフェミニズムを警戒し、ミソジニーに溢れる国だから、自分たちを居心地悪くさせる視座に乗っかることは、そもそもありえない。

中国を見ない中国報道

テニス選手の件と同じくらいメディアを賑わせているのは、新疆のいわゆる人権問題だ。ここで「新疆ですか?そういえばチベットはどうなったの?」と野暮なことを聞いてはいけない。おそらく新疆とチベットの正確な場所さえわからない人が大半の日本において、中国が抱える少数民族問題が大衆に理解されるのは不可能だ。したがって、民族自決を求めるチベット問題と、宗教、安全保障、テロ対策が焦点となる新疆問題とでは、全く異なる理解が必要となることも、当然日本では誰も考えていない。「ああ、また中国が少数民族と揉めてるんだね」くらいの軽い気持ちで、対岸の火事を眺めるのがメディアと視聴者である。こう言えば、「やましいことがなかったら、だったら海外のメディアを入れて取材させればいい」という声が聞こえてきそうだ。たしかに、ぼくもそうしてほしい。そしてそれができない現状に、中国の現政権の弱さと無能さを見ている。しかし、海外メディアを受け入れないことと、強制労働や「ジェノサイド」があったこととはイコールではない。ぼくはチベットや新疆で人権侵害があることを否定しようとしているのではない。おそらく、惨劇と呼ばれるようなことが実際に起きただろう。しかし、だからといって実情を把握していないのにそれを「ジェノサイド」と安易に呼び、はてには立法で現地に関わる経済活動を制限する手口は、横暴と言わずして何というのだろうか。テニス選手の件と同様、ぼくは新疆問題に目を輝かせる人たちに疑念を抱かざるを得ない。あなた方は、本当に新疆の人々のことを思いやっているのだろうか。仮にあなた方が中国を打倒することに成功し、新疆を「解放」したとしても、そこで暮らす人々がどうなるのかは、欧米諸国にいるムスリムたちの境遇を見ればだいたい想像できる。結局、あなた方も中国と同様、そして自分たちが昔からしてきたことと同様、価値観を押し付けようとしているだけではないのか。

 

ほかにも、香港の一国二制度の崩壊、緊迫する台湾海峡情勢などが、中国を報道する際に日本でよく取り上げられるテーマだ。新疆、チベット、香港、台湾、こうして眺めてみると、興味深いことにどれも「中国の外縁」にあたり、日本が(そして欧米も)関心を寄せるのはこれらの外縁と対峙したときの中国の態度である。しかし、それを眺めて何になるのだろうか。中国は自明の実体としてそこに佇んでいるのではない。外縁と対峙するときの中国は、実は自身の内部に激流を抱えており、その激流の向きと力によって外に対する態度も異なってくる。だから上の諸問題を深く思考したければ、なによりも先に中国そのものを観察し、行動論理を理解しなければならない。だが日本の殆どのメディアと視聴者は、中国そのものに全く興味を抱かず、理解しようとせず、それでいて中国の外縁をやたらと眺めたがる無責任な野次馬に終始している。たまに内部に目を向けても、テニス選手事件のような軽薄なスキャンダルにしか目が行かない。本当に内部を反映できる事件が現在進行形で起きているにもかかわらず、だ。

見るべき事件を見ない報道

その事件とは、今年一瞬だけ日本でも報じられた俳優・張哲瀚氏が社会的に抹殺された事件である。抹殺が靖国神社、乃木希典、さらにとんだ濡れ衣なことにデヴィ夫人をダシに使ったため、日本人の興味を少し惹き、何本か記事が出た。しかし、中国の内部を全く理解していないライターたちは、思い込みで「芸能人=富裕層たたき」「言論統制の一環」などと書きたて、すぐに別のスキャンダラスなワードに飛びついた。彼らは知らないのだーー約1ヶ月前から、中国のとあるプロデューサーが張哲瀚氏の社会的抹殺は不正だと声を上げ、その声に同調するネットユーザーが数千万人もいて、関連する書き込みがSNS上で100億近い驚異的な閲覧回数を記録したことを。数千万人のうちには、純粋に張哲瀚氏のファンもいれば、張の境遇に社会的不正に侵害される自分を重ねる人もいる。議論が繰り返されるうちにほかの不正にも飛び火しつつあり、芸能界を牛耳る資本の力への批判や、資本と権力の癒着への糾弾も公然と一般のネットユーザーから発信されるようになった。さらに官製メディアを含む大手メディアの沈黙に抗議する人も大勢おり、ついには中国の民主主義のためになんとしてもこの件を徹底的に追及しなければならないと書き込む人で出てくる始末。しかも、多くの書き込みが検閲を経ながらも完全に削除されず、閲覧可能なままになっているという不可思議な状態だ。もちろん、この一件をもって民衆が覚醒したなどと言うつもりはない。上述の通り、SNSには覚醒剤しかなく、覚醒はありえないのだ。それでも、数千万人が各々の立場から本心を述べ、あーでもないこーでもないの議論をインターネット上で戦わせるのは、ここ10年近く中国で見られなかったことである。議論の参加者は様々な階層からなり、実に多種多様な思想、価値観、信念を持つ。それを根気よく分析していけば、今の中国の内部への理解がどれだけ深まるか知らないのである。

 

こんなにおもしろいテーマが転がっているのに、日本では中国同様、誰も報道しない、分析しない、言及さえしない。中国では張氏を抹殺した一派が権力と金に物を言わせている最中なので仕方がないが、日本での沈黙は全く解せない。政治闘争になるとどこから仕入れたかもわからない情報を駆使して陰謀論たっぷりに書くくせに、すべての議論がいまだ削除されずにSNSに残っているこの件をみんな見て見ぬ振りをするのだ。なぜだ、ぼくは不思議でならなかった。考えたあげく、こう言いたくはないが、当面の結論として「日本の中国論者って、結局中国の内部をなにも理解してないから、この件を読んでもなにを議論しているのか、どんな深い意味があるのかがわからないのでは?」と思い始めるようになったのだ。そうであってほしくない。しかし、新疆、チベット、香港、台湾、そしてテニス選手、どんなテーマにしても、価値観先行による結論先行の報道とコメントしか出せない現状を見ると、そう考えざるを得ないのだ。日本は中国に興味を持つが、本当に中国を見ているのだろうか、中国が見えているのだろうか。日本が見ているのは、自分たちが見たい中国だけなのではないか。混乱した中国、非民主的な中国、事故が頻発し子供が毎日手すりに挟まる中国、そしてたまにパンダが笹をかじる中国。そんな自分たちの想像を補強するだけで、中国の真の姿、中国の内部の姿を全く見ようとせず、そしてついには本当の中国の姿を突きつけられても、もうそれが本当かどうか判断できないほど、鈍くなってしまったのではないかーー

 

だとすれば、日本の中国報道は、全くの無意味だ。