長年の愛車と明日でお別れです。



ところが・・・

営業の方が「金曜日に電話する。」とおっしゃっていたのに、土曜日の夕方になっても電話がなかったのです。
二日間、まだかな?まだかな?と、電話を待っていたのです。

なんで?



私は、不信に思って、直接ディーラーに電話しました。



その後、担当者から折り返し電話があって、「土曜日に電話すると言った。」と言われました。

ムカッ!プンプン

まるで私が悪いみたいな言い方!


言った、言わないと言っていても始まらないので、納車が終わったら、もう付き合いはやめようと思いました。

特に大事な仕事の約束を守れない人は、私は好きではありません。


その後、再度、電話があって、「土曜日に電話すると伝えたつもりでしたが、金曜日と言い間違えていたのかもしれません。メモにも土曜日と書いてあったので・・・。せっかく楽しみに待っていてくださったのに、申し訳ありません。」と、謝罪の電話がありました。

さっきまでのムカッ!が、す~ぅっとひいていって、もしかしたら、私が聞き間違えたのかもしれないと思うようになりました。


そしたら、「私の聞き間違いだったのかもしれません。すみません。」と、自然に言葉がでました。

こういう出来事って、うちの職場でもたまにあるけれど、正しさを主張していても、解決しません。というか、正しさを主張していたら、溝は深まるばかり。

お客様がどんな気持ちでいらっしゃったかということを大切にすることが大事なんだなって、身をもって体験!

私の勘違いだったのかもしれないけれど、二日間、電話を待っていたわけです。




どれだけきちんと仕事をしていても、一生懸命やっていても、きちんと説明しても、やはりこういうことって、起きることがあります。
自分に非がなくても、こういうことって起きることがあります。

お客さんも、ただ勘違いしていたり、忘れていたりするだけなんだな~って。




正しさを主張するとどうなるか・・・

相手の気持ちを思いやって、その気持ちにこたえようとする姿勢をとるとどうなるか・・・


すっごく良い経験でした。





これって、普通の人間関係でも言えること・・・。

どっちが正しいかっていうんじゃなくて、今、何が起きていて、相手はどういう思いをしているかということを思いやることが大事!



も、もし、私の聞き間違いだったら、申し訳ない・・・ ガーン

ご、ご、ごめんなさい!

昨日は「白雪姫プロジェクト1000人集会in岡山」に行ってきました。

白雪姫プロジェクトは、病気や事故のために、意識が無く、回復の見込みが少ないと思われてきた「植物状態」と言われる人たちが、「誰もが思いを持っていて、回復する可能性がある」ということが当たり前になっていく世界をめざしています。

宮田俊也さん(みやぷー)は脳幹出血で倒れ、一生植物人間だと言われました。
しかし、みやぷーは、回復し、コミュニケーションもとれるようになり、車イスでいろんなところに行けるようになりました。

私は、みやぷーのお話を聞いたとき、それは奇跡だと思いました。
けれども、昨日の白雪姫プロジェクトの山元加津子さん、紙屋克子さんの講演を聞き、それは奇跡ではないことを知りました。

看護師で、筑波大学名誉教授の紙屋さんは、意識障害患者の看護と実践に長年取り組んでいらっしゃいます。紙屋さんは、「意識障害の方が、食べるという目
標を掲げるのは、当たり前の時代、「立って歩けるようになった人も増えてきた。」とおっしゃっていました。

人間の脳のしくみは、まだまだ未知。今までは不可能と思われていたことも、可能になってきたことを感じました。

特別な手術や薬等の治療をしたわけではないのです。
看護やリハビリの力
で、回復しているのです。

しかし、不可能だとあきらめていては、その可能性さえ見つけることができ
ません。

「決してあきらめない。私たちはプロなのです。」
「プロはあきらめない。」


はっきりと紙屋さんはおっしゃっていました。

「未来に絶望はない。未来に希望がある。」

私は以前、看護師をしていたことがあります。今は看護職ではありませんが、紙屋さんがどれだけ大変な思いをされて現在にいたっているかということが想像できました。

当時は、意識障害の方は回復しないとされていたので(今でもそうですが)、そんな中、その方たちにリハビリや看護していく・・・。
どんな反対にあったことでしょう・・・。

一番の敵は医師だった。けれども、医師は科学者なので、良いとわかったら比較的理解してくれた。

二番目の敵は同僚だった。最初は賛成していてくれたのに、いざ本当にやるとなると、できないと反対された。

けれども、一番の敵は自分だった。とおっしゃっていました。

それでも、頑張ってこられ、今の実績にいたるのです。
尊敬しました。

紙屋さんは、患者さんに初めてお会いしたとき、ご自分のお名前を自己紹介し、相手の方に語りかけ、意識がある方と同じように接していらっしゃいました。

もし、意識がないと最初から思っていたら・・・。
お声かけはもち
ろんすると思いますが、意識がある方と同じように接しているか?

回復するんだ、意識はあるんだという前提で会話するのと、意識は
あるかもしれないけど・・・という思いで話しかけるのとでは、全然違うと思うのです。

意識障害があっても、回復していく、それが当たり前の医療、看護になってほしいと心から願いました。

そして、看護師ではありませんが、私もプロです。
私も私のできることを精一杯やっていこうと強く思いました。

プロがあきらめてどうするんだ。
プロはあきらめない。
その誇り。

私は・・・。
子どもの虐待問題に関わったりしているのですが、なかなか改善しない家族の問題に対して、あきらめていた部分があったことをとても反省しました。
からだの回復と家族問題の回復は、その状況は全く違います。
しかし、プロとしての心構えは同じだと思うのです。

私もあきらめない。
どんな小さな可能性であっても、その可能性を見つけ出し、変わっていくことをあきらめない。

今年もあと少し!

今年を振り返ると、けっこうきつかった・・・。

けれども、芽がいっぱい出た一年でした。


行動せずに、ただ待っていても、何も変わりません。

何かを新しく始めるときは、行動を起こさないといけません。

それが大きなことである場合は、やはり大きな力で行動しなくてはなりません。

そして、一生懸命やれば、ちゃんと芽が出てくるのです。


私の場合・・・。


やりたくないという思いや、なぜ私がしなくちゃいけないんだろう?という思いがあったので、きつかったです。

なぜ?なぜ?という思いが出てきて、苦しかったです。

それでも、やらなくちゃいけなくて・・・。


今年の春先に、いろいろあって、やる気を失っていました。

年下の人たちが、どんどん昇格していくのに、私は・・・。

これだけ仕事をしていて、なぜ?

結果も出しているのに、なぜ?

トラブル起こしたわけでもないし、大きな問題を起こしたわけでもないし、期限を守らないとか、規則を違反したとか、そういうのもない。

人間関係でトラブルになっていることもない。

自分の何が問題で、何を改善すれば、ちゃんと昇級するのか、教えてほしいと確認してみましたが、明確な回答はありませんでした。

納得できませんでした。

自分の人事の評価が低い理由がわからない。

しいて言えば・・・。専門職だから?

けれども、私は、自分の専門職の仕事しながら、事務職の仕事もしていた・・・。


悔しさ、悲しさ、あきらめ。


やる気を失った私は、

「言われたこと、やるべきこと、最低限のことだけをやろう。どれだけ頑張っても、どうせダメ。」

「私は何をやっても認めてもらえない・・・。」


そんなあきらめの気持ちになってしまいました。


そんな状況の中、昨年以上の大きな仕事がやってきたのです。

しかも、いくつも。


やるものか!

なぜ私がしなくちゃならないんだろう?

絶対やるものか!


そんな思いとは反対に、どんどん仕事がやってきました。



けれども、

今ならわかる。


本来ならば(職種やポジションでみても)、私がすべき仕事ではない。


けれども、それは、宇宙からのオーダーだったのだと思います。

宇宙から見たら、それをやるのに私がピッタリだったのだと思います。

もっと出来る人もいるだろうけど、「私」が、この時、この仕事をすることが、ぴったりだったのだと思います。


そして、ちゃ~んと見てくれている人、応援してくれる人、理解してくれる人がいました。

本当にうれしかったです。


今、大きな、大きな事業が動き出しました。

まだ動き出したばかりですが、数年後は、この一年があったからこそ、「これができた」と、言うことができるでしょう。

そんな礎をつくりました。


今年は、耕し(これがきつかった)、種をまき(これもきつかった)、それが今、芽を出し始めました。芽を出し始めたら、スイスイ。


本当に苦しい思いをしながらやっていたので、こうして芽が出てきたことが、とてもうれしい。

私はこの一年、私がやってきたことを誇りに思う。


大きな大きな木となり、花開け!

そして、実れ!



なぜ、自分が職場で今のポジションにいるか・・・。

きっとそれも何かにつながっていってるのだと思います。

今はまだ納得できませんが、いつか、きっと、このために、こういう状況だったんだとわかる日がくるのだと思います。