孤独について | 鞠子のブログ『ナミダのクッキング』

鞠子のブログ『ナミダのクッキング』

今日、ちょっぴり悲しかったこと…

今朝、テレビから「孤独」についてウンヌンカンヌンと話しているのが聞こえてきた。

他事をしながら背中で聞いていたので、内容はほとんどわからない。ただ、専門家が「コロナ禍、孤独に関する相談が激増した」旨、話していたことが、ちらと引っかかった。

 

コロナ禍になって、私も「孤独」に関して不安に思っていることが表出してきた。

ただし私の場合、テレビで専門家が言っていた相談内容とは真逆だと思う。

 

もともと「一人で何かする」ことが好きなことは自覚していた。

例えば映画に行くとかコンサートに行くとか買い物に行くとかお酒を飲むとか、一人の方がいい。

それでも、トラブルを起こさない程度に人と接することはできてきたと思う。誘われれば一緒に行ったし、それはそれで楽しかったし、集団でしかできないことも、そこそこ無難にこなしてきたと思う。

だが、コロナ禍になり、半ば強制的に「人と接するな」ということになった。そのうち、コロナに対する恐怖さえなければ「この方が楽だ」、それどころか「ずっとこの方がいい」と思うようになってしまったのである。

 

ついこの前も、某トモに「これはメールで伝えた方がいいな」と思う案件があった。

でも「どうしても伝えなければならない」ほどのことでもない。

でも、ずいぶん長い間連絡してないので、元気なのかな、という思いもある。近況報告もかねて、メールしようかな、という気もした。

でも伝えたら伝えたで、しばらくメールをやり取りしなくちゃなんないぞ、ということも想像できた。

何となく気が重いな。で、結局、やめてしまった。

 

万事こんな感じで、もうほとんど自分の時間を自分一人で満喫してしまっている。

こんな日々が続くと、ますます孤独を愛し、孤独から逃れられなくなり、孤独じゃないことに我慢ができなくなってくるのではないか。そして社会性格不適格者になりはしないか …… それが私の目下の不安なんである。

 

 

 

 

 

 

 

 

酌するも 酌されるのも わずらわし

鞠子

 

ブログランキング・にほんブログ村へ