寺田屋事件などを記した坂本龍馬の直筆の手紙が見つかった…と、ついこの前、ニュースで見た。
龍馬記念館の関係者が驚愕と喜びで、大興奮、だとか。
現物の映像を見た。
こんなふうにさらさらさらと書く、なんて。
かっこいいなぁ(*´∀`)
近々だと、夏目漱石とか谷崎潤一郎、太宰治といった文豪の手紙も新聞やら本やらで見たし。
坪内逍遥のそれは、実物を手に取って見る機会もあったし。
この方たちが生きた時代。
ワープロもパソコンもなかった時代。
書くことしか、着実に相手に気持ちを伝える手段がなかった。
だからなのか、書かれた文字たちは、いかにも味わい深い。
当時でも、もちろん「悪筆」の人、「達筆」の人、いろいろいたのだろうと思うし、私が先入観を持って見ているからそう見えてしまうのかもしれないが、今回見つかった龍馬の手紙を見ると、行間すら「伝えたくて伝えたくて仕方がない」感があふれている。
「パソコンで作った年賀状より手書きの年賀状」というけれど、そんな生易しいものじゃない。
…などなど、記念館関係者バリに感動したのだが、この手紙の持ち主が有料譲渡を希望している、と聞き、一気に興ざめした。
たとえば、「骨とう品店で見つけて○×円で購入したもの」だから、「せめて○×円で買ってくれ」というならわかる。
でも現在の持ち主は、「龍馬の親族から譲り受けた」とのこと。
詳細はわからないけど、いったいいくらで売りたいのだろうか。本物と断定された以上、相当な額が提示されるのだろうが、こういう話になってくると、急にきな臭く感じるのは、私だけか?
一行の次の空行涙文字
鞠子