4月9日は、ヨシオとアタシの結婚式の予定日でした。
ヨシオと別れた直前、「4月9日は何事も無かったように過ごすんだろうな。」と、思ってた。実際、昨日は我が家に来客があり、昼食をもてなした。夕方には出かけて、朝4:30頃に家に帰った。
一日のウチに2つ以上の予定が入っていると、正直言って疲れる。けど、この日ばかりは忙しい予定があってありがたかった。
さすがにまだツライ部分が残っているんだと実感した。すごく自分勝手で「はぁ?」って言われそうだけど、ちょっと悲しさがあった。
ほぼ毎日会っていたこと。くだらないことで笑い転げたこと。カラオケに行っても飲みに行っても2人でも十分楽しかったこと。むしろ、2人の方が楽しかった。沢山の喧嘩。アタシが怒らせても一度も手を挙げなかった。同じ空間でそれぞれが好きなことをして過ごした休日。毎晩のように一緒の布団でくるまって眠ったこと。ほぼ毎日一緒に居た。一緒に居るのが普通だった。晴れた日も雨の日も雪の日も。。。
「何があってもオレはお前の味方だからな!」って、励ましてくれた友達。「お前もヨシオも責めるつもりはない。」って、包んでくれた親友。「心配してた。」と、叱ってくれた幼なじみ。「ちょんが決めたことだから。ダイジョウブダイジョウブだよ。」と、慰めてくれた幼なじみ。
辛かった。周りにどう責められても仕方ないと思った。辛くても理由を話せなかった。言い訳出来なかった。何より誰より大事でヨシオさえ居れば生きていける。ヨシオが居なきゃ生きていけなかったのであれば、ヨシオと結婚していただろう。ヨシオに守るべきモノが無ければ結婚していただろう。アタシに守るべきモノが無ければ結婚していただろう。
けど、何より誰より大事じゃなかったのかもしれない。ヨシオが居なきゃ生きていけないワケじゃなかったのかもしれない。ただ、ヨシオとアタシの守るべきモノが遠くにありすぎた。大きすぎた。
結婚していたら、ヨシオを苦しめる気がした。ヨシオの両親を悲しませる気がした。
ヨシオに対する不安がきっかけとなり、沢山のことを考えた。仕事のこと、両方の親のこと、自分たちのこと、ヨシオのこと。
考えれば考えるほどに答えは「別れ」しかなかった。。。
けれど、別れるまで、アタシにはヨシオが全てだった。ヨシオにもアタシが全てだった。だから別れた途端、路頭に迷った。
別れて1週間後に沖縄に行ったときも「帰らなくてもイイかなぁ」って思った。伊豆に行かないか?っていう話しをもらった時も「行こうかなぁ」って思った。
本当にアタシには何もないって思った。
沖縄の海を見ていたベランダの柵の上に座って、音楽聞きながら歌った。他の音は何もなく、ただ大好きな音楽と晴れている空と海だけ。今までで一番贅沢な時間を過ごしていると感じていた。
目の前の砂浜は、誰かと手を繋いで歩いていきたいような砂浜だなぁって感じながら、逆に何も考えずに一人で歩きたいなぁって思った砂浜だった。
新潟に帰ってきて何度かヨシオと会った。その度にヨシオは「お前が好きだ」と言っていた。その度にアタシは「何のために別れたんだ?」と言ってきた。
1ヶ月、泣いて泣いて泣き尽くした。「もぅ泣かない!」と決めても泣いてしまった夜。けど、1ヶ月経って、泣くことは無くなった。もぅダイジョウブ。
4月9日に予定を入れてくれた幼なじみ、友達、親戚。みんなの予定をくるわせてしまったこと、本当に申し訳なかったと思っている。直接連絡しても、分かりやすいように話すことが出来なかった。自分の中で解決したからではない。言葉にならなかった。今でも上手に話すことが出来ない。本当にゴメンナサイ。
「何でも話せるワケじゃないんだね。」って、言わせてしまったこと。話したくても話せなかった事を分かってほしかった。分かってくれていると思っていたのは、うぬぼれだった。
泣かせてしまった人に、アタシは何も言えなかった。別れたことに輪を掛けて辛くなった。きっと、あの時、堂々と会うべきじゃなかったんだろうな。って、思う。
2006年4月9日が、終わった。