友達からポストカードとパワーストーンと一冊の本が届いた。



もぅね、おかしくて仕方ない。この本。ズバリ「彼氏彼女に言われた悲しいセリフ」

面白くてクスクス笑いなんてモノじゃなくて、こらえるのがツライほど笑える。



まだ途中だから、最後にどんな落ちが待ってるか分かんないんだけど、とにかく笑える!




皆さんも是非!







パワーストーンはアメジスト。意味は「感情をコントロールし真実の愛を与えてくれる」らしい。今のアタシにはピッタリ。送ってくれた友達に感謝☆さらに、なにげにお揃いらしい。どっかの誰かがヤキモチ妬いちゃうかも!


ありがとう、さっそく付けてます。ちょうど心臓の位置にくるように胸に下げました☆



本当にありがとう☆

今年も誕生日が来て終わった。



友達からメールが届いた。電話もきた。その瞬間、「今日はちょんの誕生日だ」って思い出してくれてメールをしてくれたんだと思うと嬉しかった。思い出してくれたことが嬉しかった。



沖縄で友達になった女の子からもメールが届いた。「今日、誕生日じゃなかった?おめでとうー☆」って。たった4日間一緒に居ただけなのに、覚えててくれた。本当に嬉しい。



昨日、友達から可愛い花が届いた。嬉しくて嬉しくて受け取った瞬間に電話した。あいにく仕事中だったのか電話には出れなかったけど、留守電と、しつこいけど「ありがとう」メールを送った。





沢山の友達からのメールや電話。そしてサプライズ的な花のプレゼント。





アタシは幸せだなぁって思った。1年中で携帯電話が一番鳴った日かもしれない。ホントにホントに嬉しかった。「ただ歳を取るだけだ…」なんてマイナス的なことはみじんも思わず、ただただ嬉しさでいっぱいだった。みんな、本当にありがとうー☆☆☆☆




誕生日の夜、アタシは幼なじみと過ごした。先月の幼なじみの誕生日も一緒に過ごした。「付き合ってるのかよ!」と、突っ込まれてもおかしくないウチラは、互いの誕生日まで一緒に過ごしちゃうほど仲むつまじい。っていうか、ココ最近、ほぼ毎日会ってる。それもすごい。






今年も無事に誕生日を終えることが出来ました。26歳になりました☆家族と幼なじみと友達に。感謝!ココまで来れたのはみんなのおかげさまだとホントに思ってる。みんなが居なかったらアタシは居なかったかも知れないから。支えられて生きて来れたんだと、実感した誕生日でした。ありがとう、みんな。無事に25歳を終えて、26歳に突入しました☆

ホントは誰かに甘えたいし、寄りかかりたい。けど、求められたいし、頼られたい。


アタシのちっさい器にどれだけの愛情があるだろう。アタシのちっさい心にどれだけの余裕があるだろう。




ホントは「受け入れること」なんて出来ないかも知れない。


ホントは自分自身をも受け入れてないのかも知れない。




「ちょんのすごいトコは強がるトコ。」「一度好きになったら、自分がボロボロになるまで、お前の思いってのはきっと消えないんだろう?」




誰がアタシの何を知ってる?図星的なことをアタシの周りの大事な人達は的確に突いてくる。アタシ自身よりアタシのことを知っている。「自分の背中は見えないんだなぁ」って思った。






ホントは泣きたいんだろうな、アタシ。それなのに、出るのはため息ばかり。




「最近、ため息多いですよね。」って、言われて気づいた。まるで「どうして泣かないんですか?」って言われてるみたいだった。






だって、張りつめている糸が切れちゃったらどうなるか分かんないじゃん。泣けないよ。その代わり、ため息ばかりが出るわ。。。

イチローの小学校6年生の作文って、ご存じですか?


イチローの作文には事細かに将来の夢が書いてあったそうです。


「僕の夢はプロ野球選手になることです。1億円契約でダイエーかヤクルトに入って、夜景が見える一流レストランでお世話になった人達みんなに、食べきれないほどのステーキをご馳走します。その為に、朝晩の素振りを300回ずつやっています!」


って。


小学校6年生にして、イチローは「何のために」を実行してきたのです。






ねぇ、みんな。何のために仕事してる?「お金」「生活」そんな当たり前のことじゃなくて、「何のため」に仕事してる?モノを買うためとかじゃなくてさ。今の自分に満足してる?心が躍動してる?





アタシは…心が躍動しなくて、日々「何のために」を、考えているよ。






ある人が言いました。


「夢や希望が無いヤツは、人を喜ばせて生きろ。そして、頼まれたことは試され事だと思え。そして、その頼まれ事には相手がビックリする答えを出せ。相手の予測を上回れ。必ずお前にとって、躍動する人生になるはずだ。」





仕事について考えた。



アタシ、料理が好きだった。その料理で人が喜んでくれるのが好きだった。


「うわぁ~!すごい!」って言ってくれるのが好きだった。


ウチに食事に来た客が、アタシの料理を見て食べて言った。


「私、ここら辺の主婦の中で料理はトップの方だと思ってた。けど、ちょんの料理を見て…食べて…一般家庭でココまで出来るんだ!ココまでやっちゃうんだ!…私は負けた…って、初めて思った。」


って。


この時、アタシは何を作ったか。

鶏肉のジェノバソースがけだった。


実は、盛りつけにはちょっと自信がある。盛りつけはもちろん、彼女にとってジェノバソースが一般家庭で見れたことが驚きだった。この時のアタシの料理は彼女にとって斬新そのものだった。




この時、アタシは「あぁ、嬉しいな」って、素直に思えた。そして素直に「ありがとう」って、言った。




アタシはこの時、まさに「何のために」=「喜んでもらうために」だった。





夢や希望がないアタシは、「喜んでもらうこと」を実践し、自分でも満足できた。この時、アタシの心は躍動していたのは間違いない。





中村文昭さんっていう方の講演CDを聞いた。アタシは今、日々「何のために」を考え続けている。




世の中に自分の都合に合うコンセントなんて無いのだ。

吹き出物がさぁ、出来てきたんだよね。


眉間と下唇の下と花の横とあご。ちょっと前までは鼻の下にもあった。




どうなってんだ。。。




ホルモンバランスが崩れているんだろうなぁ。。。




安定した生活を送っていますが。。。






お昼は、何故かバナナでした。モシャモシャ食べました。何故か食べたくなったので。ご飯もあるのに。おかずもあるのに。他の何にも手を付けず、バナナでした。



そして、お昼の時間を利用して、夕飯の準備。



今日は、姉が出かけているので。夕方には帰るんだけど、なんとなく、作りました。



メニューはジャガイモと卵の煮物。長芋の千切り。菜花のおひたしー。あとは、帰ってから、豚肉を炒めて、みそ汁を作るだけー。



たまーーーーーーーーーーーーーに、むしょーーーーーーーに、料理を作りたくなる。



……イライラしてるのかもしれないな。。。危険です。




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金曜の夜は、年下君と飲みます!年下っつても、1個だけど。



友達の彼すぃーが1個下で、そのお友達と。



男4。女3。



このうち、友達カップルが一組。と、なると、3対2なんだけど、彼女持ちが一人いるのよ。だから、実質2対2。別にこんなのはどうでもイイんだけどさ。



問題はココからよ。


その彼女持ちが「しょうがねぇなぁ、行ってやるか。」みたいな感じでさ。


「はぁ??彼女持ちは来なくてイイからーさー」って、思ってるし、言ってるのに、主催者側の友達カップルの女の方(アタシの友達)「だってー、Hくんにも会いたいしさー」とか言いやがるワケで。「じゃあ、後で会えばイイじゃん。”しょうがねぇなぁ”感覚で来られても…上目線ですか?って感じなんだけど。」って、ついつい言ってしまったわよ。



さてさて、この度は、全員地元ですが。しかもほとんど面識がありますが、どんな飲み会になるのでしょうか。楽しみです。




春ですね。出会いの季節です。



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会社の倉庫のダンボールに張り紙が一枚。



「子猫が居るので、いじらないで下さい。」



はぁ???




いじらないワケがないだろう。開けるよ。当然。



居たんだよー。目も開いてない子猫が3匹。毛は生えそろってたけどさ、まだ目が開いてなかったのよ。持ち上げてみたら、片手に収まる。。。その瞬間、くすぐられるわけですよ。母性ってやつを。「可愛いぃぃ☆」



ダンボールのフタには、親ネコらしき毛が付いていて、「こっから出入りしてるんだなー」って思った。ただ、これから親ネコはちゃんとココに通うのか心配になった。はたまた、引っ越していくのか。明日の朝には居ないかも知れないな。



可愛かったなー。


春は、いろんな動物達の出産の時期だろうか。



ネコからしてみたら迷惑だろうが、子猫を見たとき「あー、癒やされる」って思った。




野良猫よ!すくすく育て!!

ココ最近、夢を見る。



日曜の昼間。いつの間にか眠ってた。


その時の夢…すっげぇよく当たる占い師が出てきて、アタシを薄い布の上に寝かせた。アタシの両肩の横には青い綺麗な直径2cmくらいの球を置いた。まるで、沖縄の海のように綺麗な青だった。そして、夢の中のアタシは眠りについた。急に睡魔が襲ってきて眠った。でも、話し声は聞こえる。アタシの親が、その占い師に「眠ったのですか?」と、聞いたらその占い師は「眠ったのです。彼女(アタシのこと)はとても感受性が強いのでしょうね。」と、答えていた。だんだん話し声は聞こえてこなくなって、アタシは深く眠ったようだった。夢の中のアタシが目が覚める頃、意識が戻ってくる頃、その占い師と親が話しをしていた。内容もよく覚えている。「この人(アタシのこと)は結婚できません。出来ないと言うより、結婚をしないのです。」と、言った所で現実のアタシが目が覚めた。

不思議な夢だった。こうゆう夢を見ると必ずと言ってイイほど、息を止めていてやっと吸い込めるような感じで呼吸をして目が覚める。だから、ちょっと苦しい。



珍しくカラーをよく覚えている夢だった。アタシは海の上に住んでいるような感じだった。だって、地下が海だった。綺麗な海で、シュノーケルなんて要らない。アタシはしょっちゅう地下の海に潜って外へ出ていたようだった。よく覚えているカラーは青と黄色と茶色。多分、茶色は木の色。青は海の色。黄色は顔立ちのハッキリした男の人が来ていたTシャツの色だった。誰だったんだろう、分からない。







その日の夜も夢を見た。



誰かが話しているのか、アタシが話しているのか分からないけど、声がした。その声は言った。

「地上界はアナタのお姉さんと、アナタの後輩が守る。天上界は~~が守る。」



アタシが言ったのか誰が言ったのか分からない。「~~」の部分が分からなかった。



ココで目が覚めた。なんだったのか。。。






そして、昨日の夜も夢を見た。


幼なじみが来てて、泊まってったんだけど、幼なじみが隣で寝ていたせいか、夢に幼なじみが出てきた。


時代は現代よりもっと古かった気がする。戦争が起きていた。アタシと幼なじみは川辺を2人で小走りで走っていた。近くにある基地へ向かって走っている途中、爆撃されて、幼なじみが火傷をした。アタシも左腕に黒い点が無数に出来た。これは何だったのか…。しばらくすると、倒れていた幼なじみが回復して、また2人で基地を目指した。アタシ達の目的は、どうやら飛行機だったみたい。それぞれの飛行機に乗って、アタシ達は戦場へと行った。敵船を打つために。まるでパールハーバーだった。



朝起きて、左腕が痛む。何だったんだろう…。






最近、不思議な夢を見る。




昼の10分を寝ているときでさえ夢を見る。姉は「すげぇな!」って言うけど、アタシにはよくあることだ。短時間に見る夢を霊夢というそうだ。






無視していいのか、気に留めた方が良いのか、分からないな。ただ、どの夢のもカラーがハッキリしていた。声が聞こえる夢だけは、映像が全くなかった。ただ、声だけだった。








ココ数日の夢は何だったのだろうか…。

風邪をひきました。


インフルエンザっぽいような、よぉわからん。




今週早々に「あれ?風邪?」とかって、思って、けど認めたくないから「違う。これは風邪じゃない。」と、自分に言い聞かせながら、熱っぽいっていうことを無視しながら毎日を過ごしていた。仕事もいつも通り。遊びもいつも通り。…けど…昨日はさすがにダメだった。


仕事が終わって、速攻で着替えて寝た。夕飯を食べて、また寝た。



10時前くらいかな。姉が部屋に来て、毛布をかけてくれた。知らず知らずのうちに何か分からんクスリを飲まされて、また寝た。



熱くて熱くて目が覚めた。思わず、上半身を脱いでしまうほど熱くて、また知らず知らずのうちに脱いだ服を着て寝てた。


どうやら、発汗作用のクスリだったらしい。




アタシの中で、「クスリは飲まない」っていうポリシーがあって(どんなポリシーだよ)自然治癒力で治したいと思ってきた。




朝、姉に「ねぇ、昨夜、クスリ飲ませた?」と、聞いたら「うん、熱くなっただろ?」と、言った。





やっぱり飲んだのか…クスリ…。と、ちょっとショックだったけど、体調は良くなったし。ま、いっか。




ってことで、今日もなんとか仕事した。今日は大事な仕事日だったので。どうしても落とせなかったので。どうにかして仕事をしたかった。その初日が終わったのでなんとか…。。。




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数日前、母と話しをした。



「例えば、お前が結婚するとき、その結婚相手はお前が選ぶでしょ。お前がどんな人と一緒になるのかは、分からない。お母さん達にはおねぇちゃん夫婦が居てくれる。じゃあ、お前が親のことを大事にしなくて良いのか?って言ったらそうじゃない。お前は嫁いだ先の親を大事にするんだよ。どんな相手で何処に行くかも分からない。親の願いとしては近くに居て欲しいけど、お前が結婚したいと思った相手で、相手もどれほどお前のことを思ってくれるか。決めるのはお前だよ。仕事と私達に捕らわれる必要はないよ。」




涙がこぼれて仕方なかった。母もまた、泣いてた。





今の仕事を続けている限り、結婚はできないと思っていた。この環境から離れないと結婚できないと思っていた。離れられないんだと思っていた。仕事を捨てれないと思っていた。




やっと「母親」と話せた気がした日だった。

不安なときもある

そんな時は

ずーっと

先を見る

先を見てれば

進む方向は

まちがわない

自信を持っていいんだよ

ゴールは決まっているのだから




沖縄の友達からのポストカード。




幸せの時間が蘇る。嬉しくて涙がこぼれた。


なんだろう?今、とても涙腺がゆるいのかな?


些細なことで涙がこぼれる。




いかんいかん!強くなれ!って、思う事って良くないんだろうなーって、思うけど、今はちょっと自分に厳しくしなきゃ。


「甘えたい芽」が出てきそうになっちゃうから。








ちょっと、疲れたな。



ココでも友達とでも家族とでも、上手に伝わらないと疲れるんだけど、なかなか思うように伝わらないよね。ココで書く事には制限がある。だから、思っていることの100%を書けているワケじゃない。20%位しか書けていないのが事実。





ちょっと、疲れた。

りかちゃんのブログの最後に書いてあった。

「それ以上に守らなければならないものがあることの、強さと弱さ。」




頭の中で何度も何度も繰り返し繰り返し。




アタシは、今までアタシのことを思ってくれた人に何をどうやって返していったらイイのだろう…。幼なじみ・友達・恋人・家族。



多くの人に心配をかけて、多くの人に迷惑をかけて生きてきた。




アタシの生き方で返していくのだろうな。きっと。


泣かせてしまった幼なじみに顔向けできるアタシにならなきゃ。


「大好き」って言ってくれる友達が自慢できるアタシにならなきゃ。



もっともっと、冷静にならなきゃ。






アタシの守るべきモノ…まだ、何もないハズなんだ。





「どうでもイイ」ってなってませんか?先週まで思い悩んでいましたよね?思い悩んでいる顔してましたよ。けど、今、そんな顔してないです。でも、逆にそれでイイんですかね?


って、言われた。




イーブンじゃないじゃん。まずは同じ土俵にあがれよ。


って、言われた。






「もぅいいや。」を、やめる。逃げてきたモノから目をそらさずに、向き合う。誰とだって向き合いたいと思ってきた。けど、それは出来てなかったような気がする。だって、一番身近な人間と向き合わないで誰と向き合える?




向き合おうと思う。同じ土俵の上で。





黙ることは納得しているんじゃない。逃げているだけだ。アタシは逃げてきただけだ。





家でアタシがしゃべらないのは、ただ、逃げているだけだった。




話しをしよう。アタシの事を知りたがっている家族と。







母「お前は、疑い深いよね?」

私「うん、疑い深いよ。」

母「そうだよね!」

私「…だから何なの?何?その確信つかみ取った!みたいの。」

母「あははは!」



アタシが疑い深い事すら、最近まで確信を持てなかった母。なんだか、嬉しそうだった。アタシのことを一つ、知ったからか?そんなに知らなかったのか?と、思った。





話さないアタシが悪かった。話しをしよう。家族と。

4月9日は、ヨシオとアタシの結婚式の予定日でした。



ヨシオと別れた直前、「4月9日は何事も無かったように過ごすんだろうな。」と、思ってた。実際、昨日は我が家に来客があり、昼食をもてなした。夕方には出かけて、朝4:30頃に家に帰った。



一日のウチに2つ以上の予定が入っていると、正直言って疲れる。けど、この日ばかりは忙しい予定があってありがたかった。



さすがにまだツライ部分が残っているんだと実感した。すごく自分勝手で「はぁ?」って言われそうだけど、ちょっと悲しさがあった。



ほぼ毎日会っていたこと。くだらないことで笑い転げたこと。カラオケに行っても飲みに行っても2人でも十分楽しかったこと。むしろ、2人の方が楽しかった。沢山の喧嘩。アタシが怒らせても一度も手を挙げなかった。同じ空間でそれぞれが好きなことをして過ごした休日。毎晩のように一緒の布団でくるまって眠ったこと。ほぼ毎日一緒に居た。一緒に居るのが普通だった。晴れた日も雨の日も雪の日も。。。





「何があってもオレはお前の味方だからな!」って、励ましてくれた友達。「お前もヨシオも責めるつもりはない。」って、包んでくれた親友。「心配してた。」と、叱ってくれた幼なじみ。「ちょんが決めたことだから。ダイジョウブダイジョウブだよ。」と、慰めてくれた幼なじみ。





辛かった。周りにどう責められても仕方ないと思った。辛くても理由を話せなかった。言い訳出来なかった。何より誰より大事でヨシオさえ居れば生きていける。ヨシオが居なきゃ生きていけなかったのであれば、ヨシオと結婚していただろう。ヨシオに守るべきモノが無ければ結婚していただろう。アタシに守るべきモノが無ければ結婚していただろう。



けど、何より誰より大事じゃなかったのかもしれない。ヨシオが居なきゃ生きていけないワケじゃなかったのかもしれない。ただ、ヨシオとアタシの守るべきモノが遠くにありすぎた。大きすぎた。



結婚していたら、ヨシオを苦しめる気がした。ヨシオの両親を悲しませる気がした。


ヨシオに対する不安がきっかけとなり、沢山のことを考えた。仕事のこと、両方の親のこと、自分たちのこと、ヨシオのこと。




考えれば考えるほどに答えは「別れ」しかなかった。。。




けれど、別れるまで、アタシにはヨシオが全てだった。ヨシオにもアタシが全てだった。だから別れた途端、路頭に迷った。



別れて1週間後に沖縄に行ったときも「帰らなくてもイイかなぁ」って思った。伊豆に行かないか?っていう話しをもらった時も「行こうかなぁ」って思った。



本当にアタシには何もないって思った。



沖縄の海を見ていたベランダの柵の上に座って、音楽聞きながら歌った。他の音は何もなく、ただ大好きな音楽と晴れている空と海だけ。今までで一番贅沢な時間を過ごしていると感じていた。



目の前の砂浜は、誰かと手を繋いで歩いていきたいような砂浜だなぁって感じながら、逆に何も考えずに一人で歩きたいなぁって思った砂浜だった。




新潟に帰ってきて何度かヨシオと会った。その度にヨシオは「お前が好きだ」と言っていた。その度にアタシは「何のために別れたんだ?」と言ってきた。




1ヶ月、泣いて泣いて泣き尽くした。「もぅ泣かない!」と決めても泣いてしまった夜。けど、1ヶ月経って、泣くことは無くなった。もぅダイジョウブ。





4月9日に予定を入れてくれた幼なじみ、友達、親戚。みんなの予定をくるわせてしまったこと、本当に申し訳なかったと思っている。直接連絡しても、分かりやすいように話すことが出来なかった。自分の中で解決したからではない。言葉にならなかった。今でも上手に話すことが出来ない。本当にゴメンナサイ。



「何でも話せるワケじゃないんだね。」って、言わせてしまったこと。話したくても話せなかった事を分かってほしかった。分かってくれていると思っていたのは、うぬぼれだった。



泣かせてしまった人に、アタシは何も言えなかった。別れたことに輪を掛けて辛くなった。きっと、あの時、堂々と会うべきじゃなかったんだろうな。って、思う。






2006年4月9日が、終わった。