ルソーの「社会契約論」がただの理想論だった | テキトーに何か言ってるブログ

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甘っちょろい戯言です^^

ロマン主義のロマンと言うのが、啓蒙主義的なものらしい。

ルソーはこの啓蒙思想に傾倒しており、人間を理性の枠に押し込め、「社会契約論」で私利私欲を超えた共同体全体への奉仕を「一般意志」と呼び、「一般意志」に従えと・・・

後にフランス革命の原動力になったり、マルクス主義と親和性を持ち、社会主義運動へとつながる。

これほとんど暴力革命に繋がっている。

 

現代社会にも置き換えられるかも。

自分も啓蒙的であったため、道徳を大事にしようとした。

しかし、完璧な社会システムなどなく、歪みの中に落ち、結果闇落ちする人間も現れる。

闇落ちする人間を出さない社会システムは今のところない。

 

自分も小泉・竹中構造改革で、、、中身よく知らないが、派遣改正法で正社員就職を絞られ、派遣社員の間口を広げたと聞いた。、、、正社員の枠をほとんど見つけられずにいた。

2年半だけ正社員だったけど・・・

ま、自分の場合は小心者だったから、社会の波に乗れなかった可能性はある。

だから、みんなが自由で平等であると言うのは理想論かもしれない。

 

それよりも自分の能力を過信せずに所属を見つけて、それなりの賃金をもらう。

プロ野球選手みたいに契約更改できるのが一番良いのかなと思う。

サラリーマンの場合、個人で会社と交渉し、ダメだったところのフィードバックを得る。

会社もチャレンジの姿勢を認めたり、賃金アップさせるべき人には賃金アップする。

これも交渉力の弱い小心者は言いくるめられてしまうから、良いアイデアではない。

 

無職になったら、また見えない圧力がある。

憲法に勤労の義務があるから。

働かざる者食うべからずと言う格言もある。

労働流動性が批判を食らうのは、無職に厳しい社会だから。

ブラックだから自分で辞めれば3か月国からお金をもらえなかった。

生活も保障されない。

辞めれば履歴書に書く職歴も増える。

次に働く企業に悪い印象を与える。

簡単に辞めれない。

だから向いてない仕事も必死にやらなければならない。

 

理性の枠に全員が収まるわけではない。

はみ出す者も出てくる。

 

自由に働いてる者の陰で不自由に働いてる者がいる。

これが現実かも。

平等にしようとすればするほど共産主義化する。

自由と平等も並び立たない。

 

不自由な思いをしてる者にどう恩恵を与えるか?

お金を積むか?休みを多くするか?交代制にするか?

どこかで自由だったものの自由が削がれる。

完璧なシステムはない。

自分もふがいない部分もある。

でもお金のため妥協している。多分会社も妥協してる。

 

一度今の会社を辞めて、本当にやりたい事を探した方が良いのかなとも思ってしまった。

でもこの歳だと選べない・・・

資本金もない。

なんやかんや社会に甘えて行こうと思った・・・

 

・・・なんか西洋哲学厳しい・・・

東洋思想の方が、加点方式でがんばろうと思える。

今、この迷いの中から救済して欲しい・・・