英雄たちの選択「蔦屋重三郎」を見ました。
田沼意次の緩い時代から松平定信の厳格な時代に変わった。
なぜなら浅間山の噴火で大凶作が起きたから。(天明の大飢饉)
松平定信は質素倹約を奨励した。(寛政の改革)
しかし蔦屋重三郎はガイドブック出版によって、吉原遊郭を盛り上げようとした。
しかし遊郭自体、質素倹約を守ってないと出版を差し押さえられる。
ならば、茶屋や和菓子屋の娘の美人絵を浮世絵として名前入りで売り出した。
遊郭の宣伝ではない。
会いに行けるアイドルとして人気になった。
しかし、名前を入れることは自粛した。
松平定信が失脚すると、浮世絵文化や創作小説文化が花開いた。
喜多川歌麿、葛飾北斎、十返舎一九、曲亭馬琴などが活躍。
(感想)
自分とエンタメになりますが、、、自分はお笑いが非常に好きでした。
M-1グランプリも2003年フットボールアワーから2015年トレンディエンジェルまで欠かさず見てました。
クイズヘキサゴンも好きで、島田紳助さんでゲラゲラ笑ってました。
続いてAKB48についても。
自分は90年代にモーニング娘をそんなに好きにならなかったです。
でも2010年あたりにAKB48を好きになりました。
AKB48は2005年に結成してしばらく鳴かず飛ばずでした。
2009年あたりから人気が出始めた記憶があります。
2010年と言えば、自分はリーマンショックで派遣切りに遭って、職を探して工場の期間工になった年です。
頭脳労働から肉体労働に仕事を変えた時です。
身体はきついけど、AKB48の推し活で頑張れてた感じです。
エンタメはきつい時の特効薬になります。
現在はそんなにきついことやってないから、必死に教養身に付けようとしています。
20代の時に教養があれば、もっとイージー・モードだったのかなとも考えます。
とにかくエンタメはストレスの捌け口になります。
松平定信はそのエンタメを辞めろと言っている。
これは、幕府に対して不信感しか生まれない。
確かに天明の大飢饉で東北などはひどい状況にあった。
でも他の地域のエンタメまで止めたら、ストレス社会になる。
AKB48の総選挙は今やったらアウトかもしれません。
島田紳助さんの黒い影も許されません。
でもあの時、お笑いとアイドルが無ければと思うと、ゾッとします。
ま、でも教養があれば、人生もっと楽になることを知ったので、お笑いも教養と掛け合わせられれば、市民権を得ると思います。(教養を推すのは、知らないと余裕がなくなる事が多い・頭に血が上りやすい)
エンタメで遊ぼう!
「モナ・リザは何者?」の大喜利で、「ダヴィンチの恋人」では笑いは起きません。
だから宝の山を探して、いろいろ発明が生まれるのです。
「モ・ナリザ」「ソフィーの若いころ」「富子」「同居してるバスケ部」「パパが夜会ってる人」「国民の妹」「レオだけの妹」「俺の初恋の人」「自画像」「俺の推し」「俺の嫁」「喪中」「罰ゲーム中」「男女入れ替わりイエス・キリスト」「精巧なフィギュア」「炎上アイドル」「魔法が使える」「名前にサンタマリアがつく」「フィレンツェが生んだ奇跡」「靴が買えない」「靴下見せたくない」「ルネサンスと言って乾杯した人」「偉人」「外国人」「貧乏エピソードなら負けない」「自己啓発書を批判してる人」「ダヴィンチを転がした人」「猫好き」「闇バイト中」「萌奈」「歳間違えてる」「双子の妹」「姉はサソ・リザ」
自分の限界を悟る・・・
とりあえず、おもしろいこと考えるだけで、風邪ひいてること忘れてたので、お笑い大事!
肝は、創作をすることかも。
個人個人が創作すると、文化が発展する。広がりを持つ。
かな・・・
日本文化の継承なら五・七・五の川柳が今でも大衆文化になりうる。
ちょっと勉強すれば、俳句や和歌になりうる。
狂歌なるものも勉強すればできそう。
紅の 色の果実に ヨトウムシ ゼイゼイゼイゼイ むしゃぶりつくかな
蔦屋重三郎に刺激されて、チャレンジングになってしまいました^^
内容がグチャグチャだ・・・